01-23 玄室廃墟ナウ (二)

 人のコップに限界まで酒を注いだ美女が目の前で、その白く細い指をくねらせる。

 なんか、・・・エロい、・・・と、感じるのはおかしいかね?


「この薬」


 シノさんが持っている紙包みは、オレの亜空間ボックスに入っているのと同じ奴だ。


「クロスハウゼン隊長の指示で、あなたが兵士に処方したそうですね?」


「多分、そうです」


「この痛み止めはかなり高性能です。

 これをどこから手に入れましたか?」


「えーと、ですね。

 ・・・自分で作ったと言ったら、信じてもらえますか?」


「あなたの言う師匠から作り方を教わったと?」


「ええ、まあ」


「医学について、特に高度な治療薬は我々血族が製造と販売を独占しています。

 それは知っていましたか?」


 へー、というか予想外の話だ。


「それは知りませんでした。

 と言いますか、変な話ですね。

 月の民の皆さんがそんな薬剤を必要とするのですか?」


「変な話と言うあなたが変です。

 人族や牙族の貴族でしたら常識でしょう。

 平民でも大概知っています」


 シノさんはいたずらっぽく笑った。


「でも、仮に医学知識だけは知っているが社会常識は何も知らない者が聞けば疑問に思うでしょうね。

 私の髪の色と同様に」


「・・・どうやらまた、無知をさらしましたか」


「一般的な人族ならば子供のころから刷り込まれ、それが当たり前で疑問も抱かない。

 それを疑問に思うあなたが特殊ということです」


「無知をさらしたついでに、今の質問の答えを教えてほしいのですが」


「あなたが疑問のように、我々血族はこれらの薬剤を必要としません。

 血族でも能力が低い者には有効ですが。

 基本的には人族や牙族に対する交渉材料です」


「交渉のために人族用の薬剤を開発したのですか?」


「開発したのは人族でしょう。

 ただ、それを収集し整理し体系化したのは我ら血族です。

 多くの知識を集積するには寿命が長い方が有利です。

 特に始祖様は多くの医療技術を集積し体系化しました。

 帝国建国過程において人族や牙族の兵士を救うために重要だったのです」


 興味深い話だ。

 しかし、始祖様、万能だな。

 ダ・ヴィンチみたいだ。

 自動で手術とかしてくれないだろうか。


「始祖様は多くの弟子にその技術を伝えたとされます。

 人族や牙族の弟子も多くいたのですが、結果的には人族も牙族もその伝承に失敗しました。

 現在では血族だけが高度な医療技術を伝承しています」


 高度な医療技術の修得には長い時間がかかり、帝国の混乱期にはそれが困難になったという。

 人族では、何時の間にか一子相伝みたいな秘匿技術となり、その一族が衰退して消滅したらしい。


「それで、月の民だけに技術が継承されたと。

 人族や牙族から教えを乞うという例は無かったのですか?」


「ありましたが、血族への転化が条件ですね」


「外部には教えないと」


「我々も善意だけでは生きていけませんので」


 彼女はシニカルに笑った。


「始祖様は帝国の中枢にいましたので、帝国臣民には分け隔てなく教えました。

 現在の我々は弱小勢力です。

 個人においては人族や牙族を圧倒する者はいます。

 ですが、総人口で二桁違います。

 結局勝てはしない。

 弱小種族が生き残っていく手段として医療技術は大きいのです」


「いろいろと大変なんですね」


「それで、あなたはどこの誰からそれだけの医学知識を教わったのですか?」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あー、うん。


「えーと、ですね。話はどーしてもそこに戻るのですか?」


「当然でしょう」


「じゃあ、ものすごーーーーーーく正直に話しますので怒らないでくださいね」


「わかりました」


「ある日、気が付いたら荒野に素っ裸で立っていた、です」


 シノさんが凍結した。

 しばしの凍結の後、彼女はブランデーを一気飲みした。


「・・・・・・もう少しましなカバーストーリーを思いつかなかったのですか?」


「あの時点で出来上がっていたのが、ライデクラート隊長にした話なんです。

 分かっていましたよ、穴だらけだってことは。

 あの時点で身の上話をする予定などなかったのです。

 この世界の住人と接触した時点で自分がかなりおかしな存在であることは分かっていました。

 ですから、しばらくは身を潜めて、こちらの世界の常識とか情勢とかを見極めて行こうと考えていたのです。

 カバーストーリーもそれから作るつもりでした」


「身を潜める人が何で、マリセアの内公女を助けたのですか?

 目立つどころの話ではないでしょう」


「あー、そうですね。

 ・・・面倒なので認めちゃいますが、確かに僕は彼女を救いました。

 何故かと言われれば、・・・そうですね、・・・根本的な話として私は、医学的知識を持つ者が手を下さずに患者を死なせるのは殺人に等しい、そういう思想を植え付けられた人間なのです。

 私がいた、『元の世界』ではそれが、『常識』だったのです。

 この世界、カナンとやらに来て、悲惨な例も見ましたが、命の問題はほとんどありませんでした。

 それが、いきなりやってきて、しかも患者は美少女ときている。

 見捨てたら、しばらく夢でうなされる程度には精神的なダメージを喰らったでしょう」


「それで、助けたと。

 随分とお人よしというか能天気な思想ですね。

 それでは敵対者でも助けるという話になりますよ。

 非現実的です」


 確かに暗黒の中世で成立する思想ではないわな。


「私が元居た世界では、人権、つまり個々の人間の権利を尊重する話になっていました。

 ろくに働かない貧民にも十分な衣食住が与えられる。

 できるだけ戦争はしない、したとしても非人道的なことは極力控える。

 敵の捕虜にも食事など充分な待遇をするのが当たり前の世界でした。

 個々人の生活が豊かで全体にゆとりがあるから成り立つ話ではありますね」


 基本的人権とか、生活保護とか、社会にゆとりがなければ成り立たない。

 カナンは、弱い者は飢えるのが当たり前の世界だ。


「あなたはその世界で医学を学んだというのですか?」


「まあ、そうですね」


「怠け者の貧民にも食事を与えられるぐらい裕福な社会で、敵対者や犯罪人にも医療を与えていた社会で、高度な学問を学んだと?」


「私の世界の医者は、貧乏人相手でも医療を拒んだら犯罪になるのです」


 シノさんはこめかみを押えて考え込む。


「それは、一体どこの国の話です?」


「勿論、このカナンにある国ではありません。

 全く違う世界、正確に言えば異なる宇宙の異なる惑星にある国です」


「・・・あなた、惑星、という概念を知っているのですか?」


「ええ、まあ」


「確かに、高度な教育を受けているようですが、・・・。

 それで、あなたは、どうやってここに?」


「それで、先ほどの話に戻ります。普通に日々の暮らしをしていたはずなのに、気が付いたら、この世界にいました」


「素っ裸で?」


「苦労しましたよ。何が何だかさっぱり分かりませんでしたから。

 最初は、あやうく奴隷に売られかけました」


 襲ってきた、ごろつき商人を返り討ちにして、何とか今があると説明する。

 亜空間ボックスの事は伏せたが、他は大体真実だ。


「見よう見まねで魔法を使い、奪った物資で身なりを整えたと。

 辻褄だけはあっていますが、現実離れし過ぎていて論評のしようもありません」


「私としては正直に話したのですが。信じる、信じないは別として、他言無用でお願いします」


「他言無用は保証しましょう。

 ただ、あなたの話は正直、信用し難いですね。

 初対面の女性に好みだの、美少女だの、軽々しく言う者の言葉は信用に足りません」


「あーうん、そうですか」


「それに、あなたの女性趣味については調べも付いています。

 筋肉質でがっちりした女性が好みなのでしょう?」


「へっ」


「クロスハウゼン・ガイラン・ライデクラートに成人の儀をしてもらって感動していたと聞きました」


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「ちょ、ちょっと何ですか、今の奇声は。

 あああ、あなた、ちょっと。

 いや遮音はしましたが最初の方は外部まで漏れたような、・・・」


「シノさん、人には、人には、触れてはいけない物が存在するのです」


「は、はぁ」


「下さい」


 コップを飲み干して突き出す。


「そうですね。

 そういう時は飲むのが良いでしょう。

 ・・・つまりあなたの成人の儀は不本意なものだったと、いうことですか」


「姫様や隊長の前では言えませんが、個人的には抹消したい記憶です」


「良く分かりませんが、いやだったなら拒否すれば良かったでしょう。

 あなたの能力なら逃げるのが不可能だったとは思えません」


「そうですね、何故、逃げなかったのでしょう」


「・・・・・・・・・・・闇が深いようですね」


「逃げるつもりだったんですよ。

 そう、直前まで逃げるつもりだった。

 絶対、絶対に逃げるつもりだった。

 そしたら、ナディア姫が」


「ナディア姫って誰ですか」


「あ、いえ、ネディーアール様が、『よかったな』とニッコリ笑って、・・・それで、それで、・・・」


「あー、はい、はい、それで、どうしたのですか」


「下さい」


「そうです。いいんですよ、ブランデーを飲んで吐き出しなさい」


「それで、姫様に色々と祝福されて、・・・されちゃって、断るわけにはいかないというか、この笑顔を無にするわけにはいかないとか、そんな風に思って、・・・思っちゃって、・・・それで、気が付いたら、・・・」


「あー、まー、そうですね。

 ネディーアールは可愛いですから。

 あの笑顔は、確かにあなたのような俗物でも汚せないと思うかもしれません。

 ・・・つまり、あなたの女性の趣味はネディーアールですか?」


「さり気なくディスられた気がしますが」


「気にする必要は有りません。

 それであなたは少女趣味ですね?」


「姫様は、今もなかなかかわいいですが十四歳ですし、どちらかと言えば将来が楽しみかなと」


「それは確かにそうです。

 彼女の母親も美人でスタイルが良いので将来が楽しみです」


「ほう、お母さんも美人ですか」


「ええ、胸も大きくウエストも引き締まっています。

 特に胸は、私より大きい人は少ないので鮮明に覚えています。

 推定Gカップです」


「・・・あの、Gカップというのは、・・・」


「ああ、知らないでしょうね。

 高位貴族の女性、それもある程度以上胸の大きい女性のための下着があるのです。

 ブラジャーといいますが、これの大きさで、アンダーバストとトップバストの差が一〇センチ程度の物をAカップといいます。

 あとは二コンマ五センチ刻みでB、C、Dと大きくなります」


「・・・あのひょっとして、それを定めたのは始祖様、最終皇帝様でしょうか?」


「そう聞いています。良く分かりましたね」


「いや、もう、この流れでなんとなく。

 しかし、Gカップですか。

 カナンでは、なかなかいませんよね」


「そうですね。

 ただ、直接確かめてはいませんので、詰め物を使用している可能性も否定はできません」


「・・・すいません、直接確かめるというのは?」


「実際に触ったり揉んだりしたわけではない、という意味です」


「・・・あの、シノさん、ひょっとして酔ってませんか?」


「いえ、別に」


「直接触るというのは、普通は無いですよね?」


「いえ、機会があれば行うべきでしょう。

 ちなみにネディーアールは現在Cカップです。

 これは直接触りましたので確実です」


「そうですかCカップですか、・・・。

 確実、・・・なんですか?」


「疑うのですか?」


「いや、一回揉んだ程度でサイズが分かるとは思えないのですが?」


「私は機会があれば触っていますから自信は有ります。

 侍女は全員触っていますし、シマのは毎日触っています」


「あー、それなら信憑性がー、じゃなくて、セクハラとか言われませんか、それ」


「セクハラとはなんでしょう?」


「あー、こちらには無い概念ですか」


「勘違いしているようですが、私は嫌がられるようなことはしていません。

 いつもできるだけ気持ちよく、感じるように触っています」


「あの、シノさん、中身は三六歳男性とか言われませんか?」


「私は少なくともここ数年は男性に間違われたことはありません。

 Fカップですし」


「Fカップなんですか」


「ええ、ちゃんとありますよ」


 両手で持ち上げるって、・・・何でしょう、コレ。


「随分と見てますね。」


「すいません。

 その、・・・大変、お美しいと思いました」


「・・・あなたは本当に変わっていますね。

 本気で私が好みだと主張するのですか?」


「あー、えー、そうですね少なくとも外見は、・・・」


「最初と微妙に話が変わっていませんか?」


「いや、その、・・・」


「胸が大きい女性が好みというわけですね。

 ネディーアールも将来大きくなりそうだからと。

 Aカップのシマは好みから外れることになりますね」


「あー、シマちゃんAカップですか。

 でも彼女はこれから大きくなる可能性がありますから、・・・」


「シマは十五歳ですからネディーアールより年上です」


「そう言えばそんなことを言っていたような、・・・」


「まあ、シマは小っちゃくてかわいいとも言えますが」


「それは同意します」


「胸も少しずつですが大きくなっています。

 本人も気にしていますので指摘しないで下さい」


「・・・気にしているんですね」


「年下に負けているのが気になっているようです。

 私もできるだけ揉んであげているのですが」


「あの、シノさん、酔ってますよね。

 いや、酔ってるってことにしましょう」


「失礼ですね。

 あなたこそ酔っているのではありませんか?」


「いやもう、確かにいろいろと変に酔ってると思います」


「まだ、足りないように見受けますね」


 またブランデーが注がれる。

 何回目だろう。

 根本的な話としてビールか日本酒みたいな感覚でブランデーを注ぐのは間違っているのではなかろうか。


「ところでシノさんは何歳ですか?」


「十七です。」


 十七でこのスタイルか。

 つーか、ひょっとしてまだ成長するのだろうか、その胸とか。


「あー、十七歳でアルコールを多くとるのは良くないと思うのですが、・・・そろそろ、・・・」


「我々の間では問題は無いと言われています。

 そう言えば人族の若年者には健康上あまりアルコールを取らせるなとも聞きます。

 あなた、何歳ですか?」


 オレって何歳の設定だったっけ、・・・。


「えーと、・・・・・・・・・確か、・・・・・・十五歳という話でし。」


「今更ですが、以前に人族のブランデー摂取限度はせいぜい一リットルだと注意された覚えがあります。

 あなた、その倍は飲んでますね」


 いや、飲ませたのはアンタだから、・・・でもそれを指摘したら怒る、・・・オレも要求してたかな、・・・。

 もう、どーでもいいか。

 ブランデーはすでに五本目だ。

 この人何本持っているのだろう?


「シマより飲む速度が速いです。

 並の月の民より酒に強い。

 少なくとも普通の人族ではないでしょう」


 この人の思考はどーなってんだろう。

 酔っているのかそうでないのか。


「先ほどの話に戻しますが、シノさんの容姿で男性にもてないはずがないと思うのですが、これまで誘いは無かったのですか?」


「少なくともカゲシンに来てからはゼロです。

 先ほど言ったようにこの髪の印象が強いので、そもそも女性として見られていないのでしょう。

 ちなみにシマは人気です。

 留学当初はパーティーに出るたびに声をかけられていました。

 血族と分かると皆退散しますが」


「でも、シノさんも故郷、というか同族内では人気だったのではないですか?

 セリガーの男には言い寄られていましたし」


「そうですね。

 センフルールでは美人と言われ、結婚の申し込みも多数ありました」


「そうですよね。」


「ただ、私に結婚を申し込む相手は、少なくとも一〇〇歳以上年上の者ばかりでした。

 私と言うよりも私の血統や地位が目当てですね。

 私は色々と面倒な立場なのです。

 故郷では常に周囲に保護され監視されていました。

 留学してからそこら辺は楽になりました」


「そう言えば始祖様の直系と言われていましたね。

 一〇〇歳以上年上は抵抗がありますよね」


「いえ、年齢自体は特に問題ありません。

 我々の間では一〇〇歳二〇〇歳程度の年齢差での婚姻は普通です」


「・・・では、何が不満なのですか?」


「根本的に能力が釣り合わないことです。

 基本的な魔力量が私よりも遥かに劣る者ばかり、百歳以上年上で現在の私と同程度かやや劣る程度の魔力量しかなく、それを補うために早めに結婚して、私を『染める』時間を長くしようと考えている、そんな男ばかりなのです。

 私の意見は完全に無視で、自分たちの都合だけを優先しています。

 正直、嫌悪感しかありません」


「若く優秀な男はいないと?」


「全くいないわけではありませんが、現在は年寄りの求婚者に逆らえないようです。

 まあ、そもそも、私は男性に対して性的な興奮を感じたことが無いので、一生結婚しなくて良いと考えています」


 はい、男性に興味ない発言頂きました。

 目の前に男性がいるんだけどなー。

 脈なしですか、そうですか。


「うーん、しかし、シノさんほどの美人が一生乙女と言うのも世の中の損失だと思いますけど、・・・」


「え、乙女、ですか?

私、そちらの経験はかなりありますよ」


 吹きました。


「ちょっと、あなた」


 かろうじて顔は横に向けました。

 直撃はしておりませんです。

 はい。


「高い酒を勿体ない」


 そっちですか。


「あ、あのう、男性には興味ないと言われましたが、その経験はあるのですか?」


「私は成人して何年にもなりますし、普通にあります」


「あの、あの、シマちゃんがシノさんは処女だと言っていたのですが、・・・」


「シマが?」


 本当にキョトンとしている。


「はい」


「本当に?」


「ええ、バイラルに捕まったら無理やり染められるとかで、確かシノさんは処女だから染まりやすいと言っていたかと」


「ああ、分かりました。

 男性から染めるとか染まりやすいとかの話ですね。

 そういう意味であれば、確かに私は男性との性交経験はありません。

 女性とだけです」


「・・・えーと、つまり女同士だけで男性とは経験ゼロと」


「自慢じゃないですが、私は男性の血を吸ったことも数回しかありません。

 体力やマナの回復のためとは言われますが、正直なところ男性に近づきたくないのです」


「それなら、セーフで」


「・・・あなた、本当に意味不明な言動が多いですね」


 ジトーっと睨んでいる。


「じゃあ、僕の血を吸って良かったのですか。

 それと、ここでもう一時間以上酒盛りしてますけど」


「あの時は本当に緊急事態でしたから。

 それにしても、確かに何故ここで酒盛りなどしているのでしょう」


「ブランデーを出したのはシノさんだと思いますが」


 また、ジトーっと見ている。


「あなた、男を感じさせませんね」


 ちょっと、まってよ、オイ。


「あの、今の結構ショックなんですが」


「私は褒めたつもりですが」


「あーそーか、そうなんですね。

 良く分かりませんが納得することにします」


 シノさんは立ち上がると後片付けを始めた。

 と言っても五本の空瓶を回収するだけだが。

 ちなみに一キロほど出したビーフジャーキーは全て無くなっている。


「随分と長く話し込んでしまいました。

 そろそろ帰ります。

 あなたが、こちらの常識に慣れて論理的な説明ができるようになったらまた話をしましょう」


「友好的な関係を続けて頂けると考えてよいですか?」


「ええ、勿論。

 あなたは命の恩人ですし、友好的な方がこちらの利点も多いです。

 話は通じないですが、話し合いそのものは可能ですし」


「あのう、僕は結構残念な子扱いになっているような気がするのですが」


「違うという根拠は?」


「・・・すいませんでした」


「それでは今夜のことは互いに他言無用ということでよろしいですね」


「了解しました」


 オレが頷くとシノさんは颯爽と立ち上がった。

 本当に颯爽という形容詞が似合う、そんな足のラインだと思う。


「あ、最後に一つだけ。『始祖様の印』は探さなくてよいのですか?」


「既に綿密に探しています」


「・・・見つかっていないようですね」


「言い伝えでは決して失われることは無い、という話だったのですが。

 伝説ですから、あのように爆発してしまえば流石に無理なのでしょう」


「では、もし僕が見つけたら、キスしてくれますか?」


「いいでしょう」


 そう言って彼女は軽やかに垂直の壁を蹴った。

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