01-16 月の民の目的

 赤毛夫人を怒らせないよう丁寧に礼をする。


「誤解させたのであれば謝ります。

 ライデクラート隊長が質問された、月の民の三派のうち内公女様を狙う可能性が最も高いのはどこか、との問いに対してはフロンクハイトという答えになるだけです。

 ここにいる月の民の三派はどこも直接的には関わっていない可能性が高いでしょう。

 これは単純に時間の問題です。

 ネディーアール様が担当すると決まったのが二〇日ほど前、決定五日後には出発しています。

 そして出発三日後に事件は発生しています。

 一方、カゲシン本山から永遠の霊廟には早馬でも三日はかかる。

 狼煙による連絡では派遣されるのがネディーアール様とは分からなかったはずです。

 それと、時間的に早馬での情報には、移動経路は含まれていなかったと思うのですが」


「それはその通りだ。そもそも決まっていなかった」


 隊長が両手を挙げて同意する。


「内公女様の派遣決定から事件までわずかに八日ほど。

 三日後の早馬で永遠の霊廟の誰かがこれを知ったとしても、実行まで五日。

 移動時間を考えると、不可能ではありませんが、かなり厳しいスケジュールです。

 さらに言えば移動経路も分からないのに待ち伏せるのは不可能です。

 場所と時間から考えれば、暗殺実行犯はカゲシン本山から内公女様一行に追随していたのでしょう。

 つまり、黒幕はカゲシン本山にいる誰かです。

 月の民の仕業と誤認させるためにアシナガ蜂を使用したのでしょう」


「月の民でよく使われる暗殺道具だから、犯人が月の民とは限らぬか」


 ライデクラート隊長が腕組みして唸る。


「考えるのですが、今回のハリナガ蜂暗殺未遂事件は実行者側にとっても予定外の場所と日時に発生したものでしょう。

 カゲシン本山からニシシュマリナまでは馬車での移動だったとお聞きしています。

 一方でニシシュマリナから永遠の霊廟までは山道で馬車は使用できません。

 一般的な話として、馬車移動では、吹き矢で狙うなど不可能です。

 実行犯は馬車移動中に機会は無いので山道の途中での実行を狙っていたでしょう。

 周囲に高低差のある狭い山道では、周りを囲むとしても限度があります。

 そして、ニシシュマリナから霊廟までの山道で、使用されたのが月の民の使用する蜂とあれば、カゲシン本山の者はまず疑われなかったはずです。

 ところが、内公女様が無防備に散策するという千載一遇のチャンスが訪れた。

 暗殺実行犯にとっては、日時と場所に問題はあっても暗殺成功を優先させるのは当然です」


「つまり、あそこで特別に休憩したから暗殺犯の背景を特定することが可能となったわけじゃな」


「そもそも、護衛が少ない状況で見晴らしの良い場所に行く事自体が危険と常々お話し、・・・」


「わかっておる。ちょっと冗談を言っただけではないか」


「いいえ、分かっておられません!」


 姫様とクロイトノット夫人が口論になってしまった。


「あの、・・・話はまだ続きますが、後程にした方がよろしいでしょうか?」


 オレの言葉に姫様はすぐに乗っかった。

 例によってクロイトノット夫人は、・・・この人、大変だな。


「話を続けます。

 そのようなことで、今回のハリナガ蜂暗殺未遂事件に、ここにいる月の民の者たちは、直接的には、関与していないものと考えます。

 ただ、逆に言えば、間接的には関与している可能性が高い。

 それは留意すべきでしょう。

 カゲシン本山にいる暗殺犯がどうやってハリナガ蜂を手に入れたのかが問題です。

 本山にはこの蜂の文献はあるようです。

 しかし、使用可能な卵が保管されているとは思えません。

 仮にあったとしても容易に持ち出せはしないでしょう。

 暗殺犯はどこから卵を、そして卵用の針を手に入れたのか。

 月の民からと考えるのが妥当でしょう。

 センフルールは留学先からですが、残りの二派は本国から派遣されたと聞きます。

 任務の性格上、他の月の民の集団と揉める可能性は少なくない。

 月の民は容易には死なないと聞きます。

 彼らが対立する月の民用の暗殺手段を用意するのは当然とも言えます。

 それを本山の者に提供したのではないでしょうか」


「卵の出所はそうかもしれんが、何故、彼らがこんな物を提供するのだ?」


「月の民の三派は二か月以上ここにいました。

 彼らが動かなかったのは他が抜け駆けしないよう互いに見張っていたからでしょう。

 ですが、無為に過ごすには長い時間です。

 留学中というセンフルールは兎も角、他の二派がカゲシン本山の有力者に『ご機嫌伺』の使者を出すのはある意味当然でしょう。

 そこで、聞かれたのではないかと思います。

 魔力が高く、回復力が高い姫君を確実に殺す方法は無いかと。

 ハリナガ蜂は、魔力が極めて高いネディーアール様だけをピンポイントで殺すことができるという恐るべき代物です。

 ネディーアール様と同時に狙われた魔力の比較的低い方は死なないのですよ」


「・・・・・・・・簡単に言ってくれるが、そのような大それたことを初見で話す馬鹿などまずいないぞ」


「セリガー、あるいはフロンクハイトの者と以前から親しく付き合っていた有力者はカゲシン本山には存在していない、ということですか?」


「・・・キョウスケ、お前はカゲシン本山に行ったことがあったのか?」


「いいえ、一度もありません。

 カゲシンがどこに在るのかも、どのような街かも知りませんし、どのような方々が住んでいるのかも知りません。

 全て、私の想像だけで話していますので、そういう意味では根拠も何もありません」


「カゲシン本山で信仰と徳のある者で月の民の者と懇意にしている者などおりません。

 キョウスケ、其方の言葉は大変な不敬に当たります。以後慎みなさい」


 ライデクラート隊長との討論にクロイトノット夫人が口をはさんだ。


「ま、表向きはそうなっているということじゃ。

 月の民は忌み嫌われておるからのう。

 じゃが、現実には月の民の者と何らかの繋がりを持っている者は少なくない。

 いや、有力者といわれる者で月の民に伝手がない者など皆無であろう。

 月の民は面倒で付き合いづらい者たちじゃが、長生きなだけあって多くの知恵や情報、技術を持つ。

 密かに付き合って損はない。

 それにしても、なんじゃ、公開儀式が不埒者の集団に襲撃されて、何故か死者は一人だけという事件が起きかねんと。

 あー、ナイキアスールもライデクラートもそう焦るでない。

 ハリナガ何とかヒメバチの対象は必ずしもこちらとは限らん。

 どちらかと言えば他に使われる可能性が高い。

 一度失敗した相手に同じ手は使わぬだろう。

 カゲシン本山にはこの蜂の対象となりそうな者は、あと五人はいるからのう」


 あと五人ね。

 五人もいると考えるべきか、五人しかいないと考えるべきなのか。


「それよりも時間がない。キョウスケ、話を続けよ」


 未だに落ち着いていないクロイトノット夫人とライデクラート隊長を放置してオレは話を再開した。


「ここで、ここにいる月の民の目的について推察したいと思います。

 ハーラングラント住持によれば、月の民三派の要求は全く同じです。

 永遠の霊廟の玄室に入りたい、他の二派より先に、です。

 これが何を意味しているのか、彼らの目的は何か、ということが問題となります。

 それぞれ玄室に入りたいということですが、では部屋に入ってできることと考えると、

 玄室にある何かを取り出したい、

 玄室に何かを持ち込みたい、

 玄室で何かをしたい、

 おおざっぱに言ってこの三種類です。

 これに他の派閥より先に入るという条件を当てはめると、『玄室にある何かを取り出したい』が残ります。

 何かを持ち込みたいとか何かをしたいのでしたら順番にはそれほど拘らないはずだからです」


「しかし、報告書によれば玄室には何もない」


「違うのう。何も無いと調査隊は結論した、というのが正しいのではないか」


 ライデクラート隊長の反論に姫様が再反論する。

 この姫様、十四歳なんだよなぁ。


「姫様の言われた通りです。

 月の民の者たちは、調査隊が見落とした物を欲していると考えるべきでしょう」


「見落とした物、か。

 何があると考える?」


「極端な話、隠し部屋とかあるかも知れません」


「調査隊は壁の厚さまで計測しているぞ」


「隠し部屋というのは流石に無いとは思いますが、隠し棚、隠し物入れ、ぐらいは可能性があると思います。

 ただ、月の民がこちらの者と同行しても良い、一人にしてくれと要求しているわけではないことを考えると、小さなものだと考えます。

 見張りの目をごまかして持ち帰れる大きさの物です」


「月の民の高位の者は大概、収納魔法を使える。

 魔法で作り出した空間に物を入れて持ち運べるのだ。

 手のひらサイズまでであればこちらの目をごまかすことも容易だろうな」


「あと、魔法的な何かという線もあります。

 ハーラングラント住持によると、この霊廟は約一年前まで活動を続けていた。

 中央の塔の先端から黒い煙と共にマナが放出されていたと。

 住持提供の資料によれば、マナの放出がある、ということは霊廟がまだ機能している証拠であり、機能が継続されている間は何人も霊廟に立ち入ってはならないと定められていた、とのことです。

 調査隊の報告によれば、中央の塔の真下に玄室があります。

 つまり、一年前までは玄室にマナを放出していた何かが存在していた可能性が高い。

 調査隊もこれは指摘していますが、何が存在していたかはつかめていません」


「月の民には、その情報が伝わっているということか」


 オレは頷いた。


「七〇〇年前というのは人族にとっては、はるか昔です。

 ですが、二〇〇年三〇〇年の寿命があるという月の民にとっては祖父の世代の話でしょう。

 月の民の三派の様子から推測すれば、彼らは皆それが何か知っていて、そして互いに相手が知っていると考えているのは明白です」


「玄室で呪文を唱えると何かが現れる、とかかのう」


 姫様が顎に手を当てて考え込む。


「ここで、もう一つ確認させて頂きたいことがあります」


 三人はすでにほぼ食事を終えている。

 お茶を飲む手を休めてこちらを見やる。


「こちらの、内公女様にとっての目標をどこに置くか、です」


「ここに来た目的は言っておいたはずじゃぞ」


「はい、内公女様はここに『月の民の仲裁』のために来られたと言われました。

 実は、これだけでしたら比較的簡単に達成可能です。

 三つの派閥をそれぞれ一番に玄室に案内してやればよいのです」


「其方、何を言っているのです?

 そんなことができれば誰も苦労などしないでしょう」


 クロイトノット夫人の発言だが、案の定、姫様が反応する。


「そうか、その発想は無かった。

 しかし、キョウスケ、其方は結構ひどいのう。

 今の案はつまり彼らをだますという話であろう」


「有体に言えばその通りです。

 永遠の霊廟の出入り口は一か所だけ。

 その出入口の正面には見張り小屋が建っていて、入り口と繋げられている。

 加えて霊廟内は結構広く入り口から玄室まで距離がある。

 見張り小屋で個別に会談し、特別に一人か二人だけを玄室に入れてやる。

 他の派閥は、怪しんだとしても確証は得られない。

 フロンクハイトが諦めずにここにいた理由が恐らくコレです。

 公式、表向きにはセリガーを一番とさせて、密かに先に玄室に入ろうと考えていたのでしょう。

 ハーラングラント住持を篭絡する自信があったのだと思います」


「確かに不可能ではないが、信義にもとるのではないか。

 露見した時の反動も大きい」


「隊長の言われる所はもっともです。

 私もこの策はとるべきではないと考えます」


「では、其方はどこを優先すべきと言うのじゃ?」


「結論から言えばどこも優先すべきではない、と考えます」


 ライデクラート隊長がこめかみを抑える。


「キョウスケの話は先が見えぬな」


 クロイトノット夫人が考え込みながら言葉を発する。


「つまり其方は、どこも玄室に入れるな、というのですか。

 どこも入れなければ痛み分けにはなりますが、・・・」


「それは考えましたが、霊廟を半永久的に警護し続けなければならなくなります。

 現実的には困難でしょう。

 こちらに、内公女様とカゲシン本山にとって最も良い結果を望むのであれば、月の民の者たちが何を探しているのかを突き止めることが必要となります。

 その上で、それをこちらで確保し、誰にも渡さないのが最善でしょう。

 渡すとしても一度は本山に持ち帰り、相応の協議を経たのちに譲渡すべきと考えます。

 月の民の者たちは二か月以上経過したにもかかわらず、何を探しているのか明かしていません。

 彼らは探しているものが何なのかこちらには知られたくない。

 知られれば渡してくれないと考えているのだと思います。

 つまり焦点となっている『物』は、彼らにとっては、自派で確保できれば他に対して優位になれるものであり、他者の手に渡ることは避けたいと考えているものです。

 それは同時にカゲシン本山にとっても確保できれば有意義な物でしょう」


「成る程のう。

 それが月の民のどこかに渡り、彼らの勢力バランスが崩れるというのも考え物じゃな」


「其方の言うことは分からぬではないが、・・・」


 頭がいっぱいという感じのライデクラート隊長が唸った。


「現実問題として、玄室は何度も調査され、何も発見されていない。

 探すものが何か分かればまだ対処もできるが、分からないものは分からない。

 かといって月の民の者に探させて取り上げるのも困難だ。

 収納魔法があればこちらの目の前でも簡単に隠すことができる。

 小さなものであれば特にそうだ」


「分からないのであれば、分かっている人に聞くしかないと思います」


「また、無茶を、・・・まさか、聞き出せる、と言うのか?」


「はい、不可能ではないと思います。

 当然、打ち合わせに舞台装置は必要ですが」


「聞き出せるのであれば、それだけでも大きい。

 やれるのか?」


「正直、成功確率は高くはないでしょう。

 ですが、何もしないで無為に本山に帰還すれば後々面倒なことが降りかかるやもしれません。

 やらないよりはやったほうが良いかと。

 ついでに、ハリナガ蜂についてもダメモトで聞いても良いでしょう」


 ライデクラート隊長が勢い良く立ち上がる。


「全く、月の民の仲裁をする、仲裁の結果も決まっている簡単な仕事、という話は何だったのですか」


 後ろでクロイトノット夫人がぼやくのが聞こえた。

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