01-15 会合の前に

 部屋では食事の準備が進んでいる。

 用意されているのは三人分、姫様にライデクラート隊長、クロイトノット夫人だけである。

 オレを含む下々は後程別室で食事をとる形だ。


 ライデクラート隊長が集めてくれた書置きを整理する。

 ・・・腹減った。

 なるべく早く済ませよう。

 食事を運んできた兵士が退出したところで話を始める。


「まずは質問からです。内公女様はセンフルールの者たちとは懇意にされているのですね?」


「うむ、あの者たちとは戦闘訓練を共にしているのじゃ。

 対等以上で相手をしてくれる者が少なくてのう」


「内公女様以外にセンフルールの者が懇意にしている宗家の方はおられますか」


「まあ、おらぬな。いるわけがない」


「内公女様とセンフルールの関係は、今回、彼女たちが厚意を期待できると考えるほどでしょうか」


「微妙だが、他の者が来るよりは良いと考えるであろうな」


 まあ、予想通りというところか。


「内公女様とセンフルールの関係について、他の二派、セリガーとフロンクハイトは知っているのでしょうか?」


「微妙だのう。

 特に秘密にしている訳ではないから知っていても不思議ではないが、そこまで調べているとは思えぬ」


「内公女様と月の民の交流については、可能な限り秘匿しております。

 これはセンフルールの者も承知しています。

 言いふらすことは無いでしょう。

 ただし訓練の頻度は少なくないので知られているかもしれません」


「フロンクハイトはカゲシンを経由しているがセリガーはカゲシンに立ち寄ってはいない。

 知っているとしてもフロンクハイトだけだろう」


 隊長と夫人が補足してくれるが、微妙な答えだ。無いよりましだが。


「仮に現時点で、意見を聞かずに書面上で、今回の三派を仲裁するとしたら、どこを優先するでしょうか?」


「うーむ、それが難しいからここに来ているのだが。

 あえてと、いうのであれば、セリガーかのう。

 セリガー、フロンクハイト、センフルール、どこも面倒というか扱いづらい国じゃが、セリガーの国力が一番高い。

 代表の格もセリガーが一番上じゃ。

 セリガー代表は男性で、国家序列第七位という大物じゃ」


 序列が決まってんのか。

 それにしても第七位っていうと、外務大臣クラスかね。


「月の民は極端な権威主義、男性上位主義でな。

 セリガー代表は男性で年齢も二〇〇歳を超えている。

 センフルールの二人も姫と呼ばれる身分のようだが二人ともまだ一〇代。

 月の民の間では成人したての小娘という扱いじゃろう。

 あの二人はそもそもカゲシンに留学中の学生で、今回の件では急遽の代理代表なのだ。

 フロンクハイトの代表は、年齢はそれなりだが、女性で身分的には一番下であろうな」


「ハーラングラント住持も内公女様が来られず、彼の裁量に任された場合はセリガーを優先しただろうと答えていますね」


「客観的に見てそれが妥当ということであろう」


 セリガーが圧倒的に上、ね。


「セリガー、フロンクハイト、センフルール、の三派はハーラングラント住持の言によれば、ここに二か月以上滞在していたようです。

 どこも実力行使にでなかったことについてご意見はありますか?」


「どこも、我らとの関係を悪くはしたくなかった、というのがまずあるだろう。

 だが、現実問題としては、三すくみであろう。

 実力的にはセリガーが上だが、フロンクハイトとセンフルールが結託すればセリガーも勝ち切るのは困難だろうな」


 ライデクラート隊長の返答は予想通りだった。


「今回の旅についてですが、内公女様の派遣は予定されていたのでしょうか。

 それとも急遽決まったことでしょうか」


「急遽だ」


 隊長が答える。


「ネディーアール様が立候補なされた。

 正直なところ宗家で他に希望者がいなかった。

 面倒な割に益のない話だからな」


「利益はあるぞ」


 姫様が満面の笑みで答える。

 クロイトノット夫人は渋面だ。


「任務に出れば退屈な行儀作法やら儀式魔法やらの勉強は無くなるし、帰り道にはセンフルールの者と戦闘訓練もできよう」


「では、内公女様の派遣は全く予定にないもので急遽決まったと。

 出発もかなり急いだと考えて良いでしょうか」


「決定から出発まで、わずかに五日だった。

 何の準備もない状態だった。

 当初は途中までは船を使おうと考えていたが、手配が出来ず全て陸路になったほどだ」


 げんなりした顔で隊長が答える。

 大変だったのだろう。


「出発する時点で、こちらに、霊廟に先ぶれは出されていたのですか?」


「それは、当然出している」


「それは何時頃の話ですか」


「派遣が正式決定されたのはかれこれ二〇日ほど前だな。

 先ぶれは決定直後に出されている。

 狼煙での連絡もなされたから、何らかの派遣があること自体は次の日には伝わっていたはずだ」


 かなりのイレギュラーというか、十四歳内公女派遣の背景が見えてくる。


「最後ですが、ハーラングラント住持は信頼できる人物ですか?」


「其方はマリセアの正しき教えの徒を侮辱するのですか!」


 クロイトノット夫人が激高するが無視して話を続ける。


「では、質問を変えます。

 失礼ではありますが、ネディーアール様はカゲシン本山において主流派であられますか?」


 クロイトノット夫人が浅黒い肌を真っ赤にさせて口をパクパクさせている。

 ライデクラート隊長はポカンとした表情だ。

 メイドたちが凍り付く中で、ナディア姫だけが声を出して笑いだした。


「全く、ズケズケとくるのう。

 母上は第七正夫人じゃ。

 主流派とは言い難い」


「第七正夫人の子でありながら、魔力量では有数と」


「現時点でも結構上位じゃが潜在魔力量ではトップじゃろうな」


「いろいろと大変なお立場とお察し申し上げます」


「懐柔だの、脅迫だの、暗殺だの、キリはないほどじゃわ」


「ネディーアール様、そのようなことを大声で!」


「出先で、身内しかおらぬではないか」


「ですから、もっと優しく、どなたとも敵対しない姫になるべきと常々お話していたではありませんか」


「自分の足で立てぬ人生など興味はないぞ」


「ネディーアール様、いい加減になさいませ!

 お母上のご心痛をこれ以上増やすおつもりですか」


「あー、キョウスケ、先程のハーラングラントについての話だが」


 ライデクラート隊長が姫様とクロイトノット夫人の口論に割って入る。


「ハーラングラントは悪い男ではない。

 マリセア本山に対する忠誠心も信仰心も篤いものがある。

 また、良くも悪くもそう度胸はないし、邪悪でもない。

 宗家の内公女に対して直接手を出すことはまずしないだろう。

 表立って反抗することもないだろう。

 だが、裏で策謀をせぬほど能無しでもない。

 ここでの事は本山の敵対派閥には遠からず知れ渡ると考えた方がいい」


「ありがとうございます」


 オレは改めて三人を見やる。

 姫様はいかにもという期待に満ちた目をしている。

 ライデクラート隊長も面白そうな顔でオレを見ていた。

 クロイトノット夫人だけは、不機嫌な顔だが、沈黙を守っている。

 恐らく事前に姫様が夫人に対して了解を取っていたのだろう。

 姫様は思い付きでオレに話をさせようとしたのではないのだ。


「それでは、僭越ですが、愚考を開陳させて頂きます」


 反対の声はない。

 オレは話を進めた。


「まず、センフルールの二人についてです。

 センフルールの者が今回のネディーアール様のハリナガ蜂による暗殺事件にかかわっている可能性はまず無いでしょう」


 反論は無い。


「まずもって動機がありません。

 センフルールにとっては調停者としてネディーアール様が霊廟に来ることは、利点はあれども欠点はありません。

 仮に宗家の方自体が邪魔だったとしても、ネディーアール様を排除すれば他の宗家の方が派遣される可能性が高まります。

 それであれば懇意にしている方が良いでしょう。

 センフルールの二人の様子もこれを裏付けます。

 シノノワールは蜂について詳しく知っていましたが、もう一人のシマクリール、そして付き人の二人も蜂に対する知識は無いように見受けられました。

 何か裏工作をするとしても一人では困難です。

 シノノワールとシマクリールは良好な間柄に見受けましたので、シマクリールが全く知らないというのは不自然でしょう。

 どちらかと言えばセンフルールは姫様の来訪に、姫様による有利な裁定に期待していた可能性が高いと考えます」


「懇意だからこそシマクリールに知らせない、ということもあるのでは?

 シノノワールがネディーアール様に対して蜂を使い、それを彼女自身が治療することで恩を着せようとした可能性もあるでしょう」


「お言葉ですが、残念ながらそれは無いと考えます」


 クロイトノット夫人の反論を切って捨てる。


「一国の姫に対してのテロ行為を独断で決行できる者などまずいません。

 出先で相談相手も少ないですしね。

 また、内公女様を間一髪で助けて恩を売るのでしたら近くにシノノワール自身がいなければ話になりません。

 事件はここよりもむしろカゲシン本山に近い場所で起きています。

 ハーラングラント住持によれば彼女はずっとこの霊廟にいました」


 多分、夫人はセンフルールの二人と姫様が付き合うことに反対なのだろう。


「話を続けます。

 このようにセンフルールが暗殺未遂事件に関わった可能性はかなり低いでしょう。

 ただ、センフルールについては一つ指摘しておくべき事があります。

 シノノワールはハリナガ蜂が内公女様に対して使用されたこと、そして治療に私が関わったことに感づいた可能性が高い、ということです。

 これが、今後の影響は未知数ですが、留意しておくべきと考えます。」


「まて、治療にキョウスケが関わったことは其方自身の存在が目立つからわかるとして、被害者がネディーアール様と断言するのは困難ではないか。

 せいぜい可能性が高いという程度だろう。

 内公女様の他にも魔力の高い者はいる。

 私や叔母上、あるいは他の誰かという可能性もあるのだからな」


「それに付いては完全に推測になるのですが」


 隊長に断って話を続ける。


「恐らくですが、シノノワールの言う、魔力量が高い者の体内でのみ孵化という条件がかなり高いのではないかと思います。

 月の民の間では古来、暗殺手段として使用されていて、カゲシン本山に文献がある。

 にもかかわらず人族の間ではほぼ使用されていない。

 職務柄、暗殺関係には詳しいであろうライデクラート隊長がご存じなかったことからも、人に対してはほぼ無効なのでしょう。

 また、この蜂が旅の途中で掘り出されたのは明白です。

 カゲシン本山やその近くであれば、施薬院の資料を当たることができます。

 シノノワールに聞く必要はありません」


「とすると、余計な情報を与えてしまった、ということか」


「彼女に話を聞かなければ分からなかったのだから仕方がないと思います」


「シノノワールは賢い。

 他に話しはせぬだろう。

 取りあえず放っておけばよい」


 ライデクラート隊長は姫様の言葉に気を取り直したようで話をつづけた。


「では、キョウスケ。

 ネディーアール様に暗殺を仕掛けたのは、セリガーかフロンクハイトだと?」


「可能性が一番高いのはフロンクハイトでしょうね。

 セリガーは元々最も有利な立場です。

 ネディーアール様が来られて何か悪くなるとは考えないでしょう。

 セリガーが姫様とセンフルールの関係を知らないのであれば特にそうです。

 まあ、知っていても大した変化はないでしょうが。

 一方のフロンクハイトは交渉で最も不利な立場です。

 姫様が到着すれば状況はさらに悪化する」


「フロンクハイトが最も不利なのは分かるが、ネディーアール様の到着で状況が悪化するというのは?」


「ハーラングラント住持は賄賂や脅迫があったと言っています。

 問題はどこがどのようなことをしていたのか、ということです。

 先ほどライデクラート隊長に聞いて頂いても、どこが、とは話されなかったそうですが」


「私は応じなかった、もう過ぎた話、ということだけであったな。

 あまり押してもどうかと思って追及はしなかったが」


「恐らく、それをやったのがフロンクハイトでしょう。

 センフルールは留学中であることや後々内公女様に露見する可能性を考慮すれば、裏の手口は使わないでしょう。

 セリガーは恐喝、あるいは恫喝的なことをした可能性はありますが、現地役人にそれをするかは疑問です。

 やるのなら堂々とやるでしょう。

 内公女様に対して成人のお祝い名目で宝飾品を贈るとかです。

 対してフロンクハイトです。

 もともと、状況的に最も不利と思われるフロンクハイトが二か月以上ここで無為に過ごしていたとは思えません。

 彼らは勝算があったからここにいたと考えるべきでしょう」


「その勝算というのが現地での賄賂だと?」


「そうです。

 セリガーとフロンクハイトでは、基礎となる国力も、使節の格もセリガーが上という事でした。

 単純に賄賂攻勢をやるとしたらフロンクハイトはセリガーに敵わない」


「だが、現地での賄賂合戦でもセリガー優位ではないか?」


「それについては、彼らの『勝利条件』というものが問題になります。

 これに付いては後程まとめて説明いたしますが、取りあえず私は、『フロンクハイトは内公女様が来訪したら勝ち目が薄くなると考えている』と推測しています」


「では、フロンクハイトが内公女様を狙ったと考えているのですか?」


「クロイトノット様が言われているのが、今回のハリナガ蜂によるネディーアール様暗殺未遂事件の犯人がフロンクハイトであるという意味でしたら、私は同意しません」


「あなたは何を言っているのです?

 今、フロンクハイトの可能性が最も高いといったではありませんか」

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