01-14 センフルール代表

 山から湖に降りる道は細い。

 霊廟前には開けた土地があるが、そう広いとは言えない。

 霊廟周囲の仮小屋は山から湖面への道の両脇と霊廟の前にひしめき合って建っている。

 霊廟入り口を塞ぐ形で建っている大きいのがハーラングラント住持や衛兵のいる本拠、主たる見張り小屋である。

 しばらく待っていると仮小屋の一つから女性の集団が出てきた。

 遠目からでもはっきり女性と分かる集団である。

 すごい、なんというかみんな凹凸があって肌が白くて奇麗だ。

 先頭を歩くのは黒髪の美人。

 オレと同じかやや高いぐらいの長身だが全体に細みだ。

 切れ長の目と薄く赤い唇。

 全体にすらっとしていてウエストが特に細い。

 だが筋力があるのか頼りないという感じはしない。

 ヒップは小ぶりで足は細く引き締まっている。

 全体にモデル体型なのだが胸だけはグラビアアイドルしていて、Eカップ以上、恐らくFカップはある。

 いや、別に大きすぎることは無い。

 そう、大きすぎることは無いぞ、何ならもう一回りぐらいあってもいい。

 顔には幼さが残るので年齢は一〇代後半というところだろうか。

 美少女から美女に脱皮しつつある感じだ。

 髪は長く漆黒のストレートで、良く見れば後ろで一部結っているのが分かる。

 つまり成人しているが結婚していないということだ!

 神様、ありがとう!

 黒髪美女に続く美少女も点数が高い。

 青味がかった銀髪に近いプラチナブロンドで、クリクリと良く動く済んだ青い目をしている。

 一五〇センチあるかないかの身長だが、手足は長くウエストもヒップも細い。

 胸はほぼ平らだが年齢的に致し方ないだろう。

 整った気の強そうな顔立ちは、有名な魔法映画シリーズ主役三人組の優等生を思い出させる。

 何というか、五年後ぐらいが非常に楽しみな美少女だ。

 おじさんは待つよ、何時までも。


 銀髪美少女が何事か黒髪美女に話しかける。

 なに話してるんだろ?

 おお、お付きの軍団も点数高いぞ。

 メインの二人ほどではないけど二人がいなければ十分に主役というか、ナディア姫のメイド隊よりは点数が高い。

 うーむ、これが月の民か。

 いや、悪くないんじゃないか。

 先入観で差別しちゃいけないよ、うん。

 って、・・・・・・・オイ、何してんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ???????

 キス、キスしてるよ。

 黒髪美女と銀髪美少女がキスしてる。

 マウス・トウ・マウスですよ。

 どーなってんのコレ。

 いや、そうだよね、女性の絶対数が多い世界なら当然、女性同士も多いよね。

 考えてみれば女性兵士の間でもカップルみたいのがいたような気がするし、・・・全然、気にしてなかったけど。

 いや、しかし、ちょっと長くない?

 まさか舌とか入れてない?

 どーなってんの?

 何て、けしからん、・・・いや、いい、おじさん許しちゃうよ、

 全然いい、全然ダメじゃない、全然問題ない、全然素晴らしい。

 オレ、もう、全然の神だな、・・・何考えてんだか分かんなくなってないか、・・・。


 まて、しばし、


 ・・・あ、目が合った。

 いや、オレ、見てないですよー。

 そー、なーんも見てない。

 え、何か、怒ってる?

 銀髪美少女は怒ってる顔もカワイイね・・・・・・・・。

 いや、だーかーらー睨まないでくれるかなー、


「キョウスケ、何をボーっとしている!」


「はい!大丈夫であります!」


 何時の間にかライデクラート隊長が立っていた。


「月人に見とれていたわけではあるまいな」


「いえ、そんなことは」


「月人の女は人族の男を食い尽くす。

 囚われになってはならん」


「あの、姫様によると月人は魔力のない一般人には興味を示さないとか」


「だから、其方のような魔力持ちの男が狙われるのだ。

 しっかりしろ!」


「はい、わかりました!」


「では、直ちに客人を内公女様の下にご案内するのだ」


「はい、直ちに!」


 ここでライデクラート隊長はオレの耳元に口を寄せた。


「欲望がたまっているのなら、遠慮なく私の所に来るのだぞ」


 隊長はそういってウインクと共に去っていった。

 ・・・オレは、・・・二コンマ五秒ほど機能停止した。




「おお、シノノワール、シマクリール、久しいのう」


 何とか機能を回復したオレは、センフルール一行を姫様の居室に案内した。


「此度は、ネディーアール様にはるばるご足労頂き感謝に堪えません。

 ご到着が遅れて心配しておりましたが、何事か有りましたか?」


「いや、大したことはない。

 ただちょっとした事があったのも事実でのう。

 今回とは別件になるのだが。

 それについて其方らの意見が聞きたいと思い、先に来てもらった次第じゃ」


「ネディーアール様、発言をよろしいですか?」


 銀髪美少女が声を上げた。


「ここは公式の場ではない。

 シマクリール、何時ものようで構わぬぞ」


 銀髪美少女がシマクリールちゃんね。

 では、黒髪美女がシノノワールさんか。


「では、簡単に。

 見慣れない者がいるようですが、そちらはよろしいのですか?」


 ああ、オレのことね。

 実は逆に聞きたいです。

 どうしてオレがここにいる事を許されているのだろう。


「ああ、この者か。

 こやつはキョウスケという。

 薬師として採用した」


「ふーん」


 シマクリールちゃんがこちらを睨んでいる。


「あの、ひょっとして、男?」


「ほう、良く分かったのう」


「何となく、ですけどね。

 ふーん、それにしてもあんた、さっきものすごい量のマナを出してるように見えたんだけど、・・・」


「シマ、私は彼に全くマナは感じませんよ」


 シノノワールさんの言葉にシマクリールちゃんが考え込む。


「うーん、さっきは確かに見えてたんだけど、・・・今は全然無いよねぇ・・・。

 私の見間違い?

 それとも何かあった?」


 今さっき頭から液体窒素を被りました。

 それにしても、この二人はマナの流れが見えるってことか。

 そうだよな、オレ以外にもマナの流れが見える者はいるだろう。

 月の民は魔法にたけているとの話だった。

 その代表格なら不思議ではない。

 つーことは他の月人もマナを見る能力があると考えた方がよさそうだ。

 オレ自身についていえば、現在はマナを出していない、という話だった。

 自分の手を見ても特にマナは出ていない。


 部屋の中を見れば最もマナ放出量が多いのはシノノワールさんだ。

 次いでシマクリールちゃん。

 ナディア姫、ライデクラート隊長、クロイトノット夫人の順になる。

 ナディア姫が帝国でも有数という話からすると月の民の魔力はかなり強力なのだろう。

 シノノワールさんはライデクラート隊長の倍ぐらいなのだ。

 更に言えば月人のメイド二人がクロイトノット夫人と同格である。

 問題は、オレが無意識にマナを放出していた可能性があることだ。

 シマクリールちゃんが言っていたのは、多分二人がキスしていた時だと思うが、・・・かなり興奮してたな、オレ。

 いや、あれは反則だから如何ともし難いよ。

 直後にクロスハウゼン・石垣・ライデクラート隊長の圧迫面接で一気に絶対零度まで下がったが。

 ひょっとして、オレは興奮したらマナを放出するのだろうか?

 んで、冷静になったら出さなくなる?

 確証はないがその可能性はある。

 今度、検証しよう。


「彼は今回の旅の途中での採用でしょうか」


 シノノワールさんが聞いた。


「うむ、まあ、そういうことじゃ。スッパイ村出身との話じゃ」


「ではスッパイ・キョウスケ、ですか」


「あの、すいません。スッパイというのはちょっと、・・・」


 反射的に口を出してしまった。

 クロイトノット夫人が目を吊り上げるのが分かる。

 幸いなことに姫様は怒らなかった。


「うん、平民は出身地を名字代わりに使うのが一般的じゃぞ。

 其方も名字はあるまい」


「あ、はい、そうですが、・・・」


「ああ、スッパイ村ではなかったか。

 ゼンラー村が近いのか?」


「・・・あ、いえ、スッパイでお願いします」


 いや、大した意味は無いのだけれど、語感が、・・・ゼンラーよりはましだと思おう、うん。


「あー、時間がありませんので本題に入らせていただきたい」


 ライデクラート隊長は机の上に小さな布包みを取り出す。

 中から出てきたのは、あの『幼虫』だった。


「これについて、お二人は何か知るところは無いだろうか?」


 隊長が取り出したのは、オレがナディア姫の足から掘り出した死骸だ。

 シノノワールさんは慎重に鋭い目つきで見分を開始した。

 シマクリールちゃんも熱心に見ているが、・・・多分、この子は分かっていないのだろう。

 視線が散漫だ。


「これを、どちらで?」


「それは言えぬが、かなりの問題のある状況で採取されたと言っておこう」


 シノノワールさんは、暫く幼虫を観察し続けた後に口を開いた。


「恐らくはハリナガアカツノヒメバチの亜種、あるいは類縁種の幼虫と思われます。

 ハリナガアカツノヒメバチはかなり特殊な蜂です。

 寄生蜂の一種ですが、一定以上の魔力を持つ魔獣にのみ寄生します。

 成虫は長く硬い針を持ち、魔獣に突き刺し、体内に産卵します。

 卵は宿主の体内で孵化し宿主の肉とマナを吸収して成長します。

 幼虫は宿主の体内深く、骨や大血管の近くまで潜り込みます。

 宿主はマナと栄養を吸われて衰弱します。

 更に幼虫とその放出する毒により周囲は壊死し化膿します。

 やがて宿主は死に至り、死体から成虫となった蜂が現れるのです」


 随分と物騒な代物だ。


「ハリナガアカツノヒメバチはかなり珍しい蜂です。

 魔力が多い土地で魔力量が多い魔獣が存在する地域にしか生息していません。

 問題は、この蜂が古来、血族で暗殺手段として用いられていたことです」


 シノノワールさんは切れ長の目で無表情にこちらを見渡す。

 顔立ちが整っている人の無表情ってこわいよね。


「この蜂は通常、成虫、あるいは卵の状態で採取されます。

 幼虫の状態で採取するには魔獣あるいは人の体内から掘り出す必要があります。

 それで、この幼虫は、誰の体内から取り出されたのですか?」


 しばらく沈黙が続いたのち、ライデクラート隊長が答えを発した。


「残念ながら、それには答えられない。

 シノノワール殿が言われた通りそれはさる人物の体内から取り出されたものだ。

 結果的には幸運だったのだろう。

 それで、その蜂について他に知るところがあれば教えて頂きたい。

 また、現在それを使う者や組織についてもだ」


 黒髪の美女はしばらく目を閉じてから話し出した。


「暗殺には採取した卵を使用します。

 肉の塊にマナを流し、そこに成虫を放ってやれば肉に産卵します。

 産卵された卵はマナの供給がなければ孵化しません。

 肉から卵を取り出せば数年は使用可能と聞きます。

 卵は麦粒かそれ以下の大きさで、これを対象者の肉に埋め込みます。

 多くの場合は矢か吹き矢、場合によっては刺突針でしょう。

 これ専用の二重針が開発されていて、中に卵が入るようになっています。

 一旦体内に入った幼虫は極めて厄介です」


 えーと、何で、オレを見てるのかな?


「幼虫は宿主のマナを吸うため、幼虫と宿主のマナ特性はほぼ同じになります。

 ご存じのように魔力量の多い者では、傷を受けると体が傷ついた場所にマナを集中し治癒を促進します。

 ですが、この場合は集中したマナを幼虫が吸収してしまいます。

 宿主の体は幼虫を異物として認識しないために、これを排除するような体の機構は働かず、集中したマナは幼虫自身の成長と幼虫が毒を産生する原料となります。

 外から探っても幼虫は宿主の筋肉と一体化しているため判別は極めて困難です」


 うーん、何かあると考えて探ったら見つかったんだけど、・・・。


「更に、経過が過激です。

 当初、症状は軽微です。

 しかしながら幼虫の成長とともに急激に症状が悪化します。

 多くの場合、三日目ぐらいから急速に悪化し、五日から七日程度で死に至ります。

 正直なところ、この虫に対処するには、卵が体内に入ってすぐに処置する必要があります。

 これは針を刺された時点でこの虫の存在を考慮していなければ対処できないことを意味します。

 孵化していない卵の状態であれば傷を探れば取り出すことは可能です。

 ですが、一旦幼虫となった場合は特別に訓練された医師でなければ摘出は不可能です。

 私は師匠にこの虫を教えられ、魔獣の体内に存在する幼虫の摘出を教わりましたが、これの探知には極めて鋭敏な感覚が必要なのです。

 このため多くの場合、この蜂に対しては、該当部位を大きく切除する対処がなされます。

 腕を切り落とす、などですね」


 腕を切り落とす、という話に姫様の侍女たちがざわめく。

 さすがと言うべきか、ライデクラート隊長やクロイトノット夫人、そして姫様自身は無反応だった。


「最初にも言いましたが、このハリナガアカツノヒメバチは我らの間では古来より暗殺手段として知られています。

 ですが、人族に対しては効きません。

 我らの体は人族に比べてマナとの親和性が高く、よって総魔力量が同じでも蜂に対してより多くのマナを供給してしまうのです。

 人族の一般人にこの蜂を使用しても、蜂は孵化しないで腐るだけでしょう。

 この蜂による暗殺対象となる人族は極めて多くの魔力量を誇る方だけと言えます」


 シノノワールさんの切れ長の目がオレを見据えている。


「もう一つ聞きたいが、シノノワール殿自身はこの蜂を使用できたと認めるのか?」


「ええ、そうですね。

 ですが、誓約してもよろしいですが、私はこの蜂を暗殺手段に使用したことはありませんし、誰かに提供したこともありません。

 そもそも現在手元にはありません」


「信じておきましょう。

 では、この蜂を使用できる、あるいは提供できる者の心当たりはどうでしょうか?」


「血族で、ある程度の上位の者は大概知っていますから、調達も使用も可能でしょう。

 セリガーもフロンクハイトも当然、使用可能でしょう。

 ただ、今お話した内容はカゲシン本山奥書庫の文献にあります。

 これは実際に私が拝見したので間違いありません」


「と言うことは、人族、カゲシンの者でも医学に詳しければ使用できたと」


 シノノワールさんの返答にライデクラート隊長が盛大にため息をついた。

 シノノワールさん、随分と情報をくれると思ったが、姫様たちが本拠地に戻れば手に入るものだったわけか。

 それにしてもねー、・・・・・・・・。


 オレがぼーっとしている間に会合は終了しセンフルール集団は去っていった。

 ライデクラート隊長とハーラングラント住持が相談し、時間的にまずは夕食をとりその後に月の民三派との会合というスケジュールが決定される。

 時間的にそんなものかと思っていたら、・・・不意打ちが待っていた。


「では、丁度時間もできたことだし、キョウスケの話でも聞こうかのう。

 わざわざ同席させてやったし、ブツブツと色々と考えておったのじゃろう?」


 まだあどけなさの残る奇麗な顔でニヤリと笑う。

 この姫様、意外と食わせ者だ。


「すいませんが、私に何をご希望なのでしょうか?」


「いや、其方の見立ては色々と興味深い所がありそうに思うてのう。

 そうじゃな、今会った、センフルールの者たちについてや、これからの会合について、というところか」



 クロイトノット夫人が睨んでいるが姫様はオレに意見させる気のようだ。

 まあ、今更というか、オレが行ってしまった手術は相当変だったようだから、今更取り繕っても無駄だろう。

 姫様に失望させるのもなんだしね。


「それでは、すいませんが幾つか先にお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 ナディア姫は声を出さずに笑うと、ライデクラート隊長に指示を出した。

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