01-13 永遠の霊廟
「それでは、これまでの経緯も含め、かいつまんでご説明させて頂きます」
話しているのは、ハーラングラント住持。
男性のお坊さんらしいのだが、この『永遠の霊廟』の管轄官らしい。
オレたちが滞在していたニシシュマリナの住持兼代官でもあるらしい。
いや、逆か。
ニシシュマリナの代官が永遠の霊廟を管轄しているのだろう。
ここの施設、元々は無人で周辺に民家も無く、見張り小屋に数人の兵士が詰めていただけのようだ。
厳密に言えばオレ達が今いるのは霊廟の前に建てられた仮小屋である。
しかし、・・・代官が住持って、・・・宗教国家かね?
まあ、宗教関係者って中世では高学歴者が多いから、官僚に登用された例は、多いけど。
リシュリューとか、金地院崇伝とか。
「今回の話が始まったのは昨年の七月六日のことでございます。
この日、見張りの兵士が霊廟から定期的に放出される黒雲が停止していることを発見いたしました。
この黒雲は霊廟よりのマナ放出に伴うものであると確認されていたものでございます。
連絡を受けた本職は直ちにカゲシン本山に連絡。
本山の上級魔導士殿にご足労頂き、霊廟からのマナ放出が途絶していることを確認いたしました。
これを受け、カゲシンにおける会議の結果、霊廟の調査が決定されたのが十月二十二日のことであります。
本職は直ちにニシシュマリナの衛兵、及び臨時徴募した傭兵も加えて霊廟の調査隊を編成、派遣いたしました。
しかしながら、霊廟周辺は長年に亘る霊廟本体からのマナ放出もあり、魔獣の巣窟と化しておりました。
冬の積雪もあり、魔獣討伐はやむなく一時中止となった次第です。
カゲシン本山で再度協議頂き、春の雪解けを待ってカゲシン自護院衛兵、魔導士の助力もあり、本年四月初めには魔獣も一掃され、学術研究者を中心とする調査隊本隊が玄室と思われる施設中心部に入ったのが四月十八日になります。」
ハーラングラント住持は、中年の男性である。
男性であることは確かめたので間違いない。
従者の女性もつれている。
オレは未だにカナンでの男女の見分けが出来ていない。
「調査結果については既に報告書をご覧のことと思われますが、一言で言えば、何もありませんでした。
古来伝えられているように施設には何重もの脱出防止用の罠が張り巡らされており、驚くべきことにその過半が稼働状態にありました。
七〇〇年以上前の罠が現役だったのです。
しかしながら、これらの罠が作動した形跡はなく、施設内に侵入者が入った形跡もありませんでした。
罠の解除には苦労したのですが幸いなことに当時の文献が残存しており、大いに助けになった次第です。
それでも罠の解除だけで一〇日以上かかっています。
文献がなければ半年以上、一年がかりだっただろうとの話で、これでも大幅な時間短縮でした」
ライデクラート隊長によるとハーラングラント住持はごく普通の、外見的には特徴のない男性、らしい。
髪の毛はオレンジで瞳は紫、そして肌は浅黒い、・・・でも、普通、らしい。
地球だったらかなり目立つ外見だろう。
「そのようにして、中心部、かの魔人が埋葬されたという玄室に到達したのでありますが、結論としては何もありませんでした。
遺体どころか、遺体らしき物すら無く、遺品も、埋葬品も、加えて言えば玄室以外の施設内にも物品は残存しておりません。
強いて言えば罠関連の物がありますが、これは施設の一部と考えてよいでしょう。
施設内に意図的に置かれたものは何もない、というのが調査隊の結論です」
ハーラングラント住持はここで一息つくと、水を飲んだ。
ライデクラート隊長が手を挙げて発言を求めた。
「その最初から何もなかったという推測は報告書にもあった。
それについて色々と仮説が提示されていたが、其方自身はどのように考える」
「私自身としましては、かの魔人の脱走を防ぐために脱走の助けとなる物品は最初から排除していた、という説に傾いております」
「言い伝えでは、豪奢な別荘と偽って最終皇帝をおびき出したと聞く。
それでは、かの者を中心部に閉じ込めたのちに豪華な装飾品や家具、絵画などは運び出したということか」
「いえ、その、カゲシン本山の一部の方々は、ここに多くの財宝が眠っていると期待されていたようではありますが、・・・ここは、そのような所ではない、ということです。
私もクロスハウゼン隊長のいう、豪奢な別荘と偽っておびき出したという伝説は存じております。
いや、私自身つい先日まではそれを信じていたと言って良いでしょう。
ですが、現実に来てみれば、ここがそのような施設でないことは明白です。
壁は頑丈一点張りの分厚い石壁です。
壁紙は貼られておらず、貼ってあった形跡もありません。
報告書にも書きましたが、玄室以外に部屋らしい部屋は無く、そして玄室に続く通路は迷路としか言いようがない作りです。
別荘におびき出したという伝説は虚偽であったと断言できます」
そういえば隊長はクロスハウゼン・ライデクラートだったなと思いだす。
ハーラングラント住持の話には頷くしかない。
この施設は外見からして異様なのだ。
ベランダやバルコニーどころか窓らしい窓すら無い。
明らかに別荘ではない。
個人的にはものすごく質問したい。
だが、オレがここにいること自体が不自然な話だ。
姫様の随員として当然のように入ってしまったが本来オレは部外者。
下手なことを言って追い出されるのは回避すべきだろう。
話は聞きたいのだ、ものすごく。
「中央の玄室、らしき場所にも棺は無く、遺体も遺体の跡らしき物も無かったという話でしたね」
クロイトノット夫人が確認する。
「その通りでございます。
玄室、他に言いようがないので我々は玄室と呼んでいる中央の部屋はとても奇妙な場所です。
これについては現地で説明させて頂きます」
ここで説明するより見た方が早いということか。
つまり、姫様たちは『玄室』に入るつもりなのだろう。
「話を進めます。
報告書がカゲシンに送られ、ここの状況が正式に公表されたのが五月一日になります。
ご存じのように即日、フロンクハイトとセンフルールから『永遠の霊廟』に対する『見学』の申請が為されました。
これについては、特に反対する理由もないとのことで本山より許可が出たとお聞きしております。
本職にとっての話は五月末にセリガー代表を名乗る者が現地に直接来訪し『見学』を要請されたことに始まります。
本職としては許可する権限がないことからカゲシン本山に急使を派遣と相成りました。
セリガー代表の見学許可も本山より下りたのですが、それが到着する前にフロンクハイトとセンフルールの代表がそれぞれ見学許可書を持参して来訪されました。
それ以降、三つの月の民の代表間で話が膠着し、やむなく本山に仲裁をお願いした次第です」
フロンクハイト、センフルール、セリガーか。
どうやらそれぞれ月の民の国のようだが、なんで揉めているのかね。
姫様が言うところの常識の違いだろうか。
「それで内公女様にご足労頂いたわけだが、月の者たちはそれぞれ何故にそのように強固なのだ?
大僧正でもだめで宗室の方に来てほしいという理由が今一つわからぬ」
「本職にもさっぱりわかりません」
ライデクラート隊長の質問にハーラングラント住持がお手上げというように両手を上げた。
「彼らの要求はただ一つ、他の勢力より先に玄室に入らせろ、それだけです。
なぜ一番でなければならないのか、二番目ではだめなのか、いろいろと聞きましたが答えはありません。
国家間の友好関係だの、貿易関係がどうだのと言われても本職の立場としては返答しようがありません。
全員一緒にとか、くじ引きとか、色々と提案しましたが話は進みません。
挙句に、本職に対する賄賂どころか脅迫じみた話まで出ていまして、本山にお願いした次第です。
実は仲裁人の人事に関しても要求が酷く、その、内公女様ということでやっと全員が納得した状況なのです」
確かに、地方代官としてはキャパオーバーなのだろう。
賄賂に屈しなかっただけこの男はましなのかもしれない。
「良く分からぬが、宗室の者が出てきたから話が付くというものなのか?
十四歳の小娘に何を願うというのじゃ?」
「まあ、宗室の方に仲裁されたという名目が重要なのですよ。
より正確に言えば、負けた時に本国に対する報告が楽になるという話です」
姫様の質問というかぼやきに隊長が答える。
「宗室の方に直訴しましたがダメじゃった、と言うためか。
何ともつまらぬことで呼び出されたものよのう。
まあ、これも政治というものかのう」
ぼやきながらも満更でもなさそうだ。
政治とか好きなのかもしれない。
「早速ではありますが、月の民の代表とお会いになられますか、それとも明日に?」
「そうだな、結論はともかく今日中に一度、会っておこう。
よろしいですね?」
ライデクラート隊長の問いに姫様と夫人が頷く。
「では、三派の代表をここに?」
「いや、センフルールの者を先に呼んでくれ」
「その、申し上げにくいのですが、どれか一つを優遇すると他がうるさい状況でして」
「解っている。
別件があるのだ。
本題は話さないと約束しよう」
「ふむ、それなら一度我らが宿舎に入り、そこにシノノワールらを呼べばどうじゃ」
姫様の仲裁案にハーラングラント住持が心底ありがたいという表情を見せた。
「そうして頂けると大変ありがたいです。
他に露見し辛いですし、露見したとしても公式の物ではないと言えますので」
「ならば本会議ではセンフルールの入室を最後にするとしよう」
話がまとまったので、ゾロゾロと宿舎に移動する。
と言っても仮小屋の一つから別の仮小屋に移るだけだが。
オレは何故か仮小屋前でセンフルール集団を案内する一員に任命される。
センフルール集団に全く面識ないのだが。
まあ、何とかなるだろう。
他の兵士もいるし。
改めて、『永遠の霊廟』を見上げる。
ここは何とも不思議な場所だ。
山の上の湖、その真ん中に伸びた半島の上に霊廟は建っている。
湖の周囲は切り立った崖というか山で、湖面に降りる道は一か所だけである。
湖に飛び出た半島も側面は切り立っていて、霊廟の立っている場所は湖面から一〇メートル以上上だ。
湖周囲の山の幾つかに見張り用の砦が建っている。
地形から見てカルデラ湖だと思うのだが、この細長い半島が良く分からない。
二重カルデラとかいうやつだろうか。
十和田湖だっけ?
良く分からん。
分かるのは、この中に閉じ込められたら逃げるのは大変ということだろう。
湖は青く深く透き通っていて水深はかなりありそうだ。
水温も低そうだし、透明度から推察すれば魚はほとんどいないだろう。
永遠の霊廟は半島の土地をほぼ全て使用して建てられている。
四角いビル型の建物なのだが、切り立った半島の上に建っているので、横から見れば塔のようにも見える。
霊廟自体はそう大きくはない。
いや、一辺が八〇メートル程の正方形らしいので十分大きいのだが、予想していたほどではなかったという話である。
東京武道館ぐらいだろうか。
四角四面の建物で高さは一〇メートルほど。
大きさのわりに高さが低いように思える。
中央部はドーム状に盛り上がっている。
先に書いたように入口以外は窓も突起物も何もないのっぺらとした建物で何とも不気味だ。
石垣だけの建物と言っても良いだろう。
・・・なんか変なものを思い出してしまったよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます