01-11 無限監獄への旅
「其方、そろそろ喉が渇いたのではないか?」
ナディア姫の言葉にオレはコップを取り出すと魔法で水を満たした。
この国の偉い人の風習なのか、姫様はほとんど一人称を使わない。
であるからして、今の言葉は自分の喉が渇いたので水が欲しいという意味。
古文の授業みたいだ。
ほら有ったでしょ、この文の主語はとか、これは誰のことを指しているのか、とか。
ちなみに姫様自身が慣れていないようで時々間違う。
「おお、水か。私にもくれ」
ライデクラート隊長が騎馬のまま寄ってきたのでまたコップを出して渡した。
ついでにクロイトノット夫人にも渡す。
「冷たい。其方は、本当に器用ですね」
クロイトノット夫人がやはり騎馬の上でコップを受け取り、礼を言った。
感想は多分、オレが出した水についてだ。
なんでも水を瞬時に出せるだけでも魔法使いとしては結構なレベルらしい。
オレの場合はそれに加えて出す水の温度を調節できる。
水の分子運動量を調節するだけの話だが、一般的な魔法使いは、ほとんどできないらしい。
「キョウスケは本当に医者向けの魔法特性なのだな」
「ネディーアール様もこのような魔術に励んで戴きたいのですが」
「チマチマとしたのは好かん。
もっとドカンとしたのが良いのじゃ」
クロイトノット夫人によると魔法使いの特性としては魔法量の他に器用さ、細かな作業ができるかどうか、があるのだそうだ。
例の『トリセツ』には無かった話である。
医療を扱う魔法使いは量と言うかパワーはあまり必要とされず、細かな作業をできる者が向いているという。
医療魔法でも持続性とか魔法量はそれなりに必要だと思うのだが、パワーのある者は軍人か聖職者らしいので、まあ、そういうことなのだろう。
ちなみにナディア姫の場合は、パワーは国家トップクラスで器用さもかなりのものらしい。
周囲としては聖職者兼医療者がお勧めらしいのだが、本人は軍人志望一直線。
戦闘系魔法にしか興味を示さず、クロイトノット夫人の頭痛の種らしい。
「容姿に恵まれているのだから、おしとやかであれば帝国一の姫」というのが夫人の談である。
「いや、ネディーアール様は攻撃魔法の筋が良い。
鍛えれば一流の戦場魔導士となれましょう」
「うむ、ニフナニクス様のようになりたいものじゃのう」
「その時は不詳、私が片腕としてお仕えいたしましょう」
「ネディーアール様、いい加減になさいませ。
ライデクラート、其方もです」
あ、地雷踏んだ。
「そもそも、此度、急遽、成人の儀が前倒しになったのもネディーアール様がお勤めをさぼって軍の訓練にばかり入り浸っていたためであって、大切な儀式の見学も修練もされず、・・・いいですか、ネディーアール様の魔力量であれば今すぐにでも第二級程度の儀式魔法はこなせましょう。
第一級儀式魔法も一年以内に習得できるだろうと聖魔導士も言っております。
内公女が自ら儀式魔法を行使される意義については、これまで何度もお伝えいたした通り、・・・それが、・・・聞いておられますか!」
「聞いておる。ちゃんと成人の儀も済ませたではないか。もう良いであろう」
「後学のためにお聞きしたいのですが」
ナディア姫に助け舟を出す。
「女性の成人の儀と言うのはどのようなことを行うのですか?」
「大したことはない」
ナディア姫が速攻で食いつく。
よくぞ聞いてくれたという感じだ。
夫人は渋い顔だが。
「祝いの言葉だの成人の御祓いだのいろいろとあるが、結局は髪を上げるだけじゃ」
「髪を上げる?」
「うむ、帝国内での淑女は、未成年は髪を下す。
成人したら髪を一部上げる。一部を結うだけでも良い。
そして結婚したら髪を完全に上げる。
ナイキアスールがしているのが成人淑女の髪形だ。
まあ、公式の席というか正しくはというところで、例外は色々とある。
例えばライデクラートのように軍人は兜を被るので短髪が許されている」
「あの、姫様は成人なされたのですよね?」
ナディア姫はショートボブ、いわゆるおかっぱだ。
髪は結んでいない。
「ああ、これか」
姫様は自分の髪に手をやって笑った。
「切った」
「はい?」
「父上と母上が無理やり成人の儀をするというから腹が立って。
髪を切れば髪を結うことができなくなるじゃない。
儀式は延期でしばらくは好きにできると思ったのよ。
ところがよ。
かつらを使って儀式強行だもん。
酷すぎだよー」
クロイトノット夫人がこめかみを押えている。
うん、また地雷踏んだね、姫様。
オレの視線で悟ったのだろう。
ナディア姫が唐突に話題を振った。
「そういえば、キョウスケの初セックスはどうなったの、じゃなくて、・・・。
うむ、あれから色々とあって聞きそびれていたが、キョウスケの成人の儀はうまくいったのか?」
・・・よりによって、その話題に行きますか。
オレも忘れていました。
いや、忘れようとしていました。
「それは、もう、万事、つつがなく。なあ、キョウスケ」
ライデクラート隊長がオレの背中をバシバシ叩く。
この人が女性と言うのが未だに信じられません。
「私のテクニックは最高だっただろう?」
いや、あなた、明らかに、パワー系ですから。
パワーとスピードで本能のままに動くタイプですから。
それとも何ですか、あの超高速上下運動、あれをテクニックと言いますか?
確かに正確無比なストロークでしたが。
あー、なんで逃げなかったんだろう。
雰囲気にのまれたというか、蛇の前のカエルというか、拍手とかされちゃったのだとか、あの時のオレに逃げる勇気があれば。そう、勇気さえあれば!
「キョウスケ、涙が出ているが、そんなに感動的だったのか?」
「まあ、私も久しぶりのハツモノで燃えましたからなぁ。
ちなみにキョウスケの出したものは量もマナ濃度もなかなかでしたな」
へー、オレ、出してたんだ。知らんかった。
そーか、あれにマナって出てるんだ。へー。
なんだろう、ものすごく生々しい会話をされているのにちっとも色っぽくないし、うれしくもない。
どうして涙がでているのでしょうか、オレ。
「ご存知のように男が出す精に含まれるマナは女性にとっては、外部魔力であると共に体内の自己魔力を活性化させる基となる貴重なものです。
男性がどの程度のマナを供給するかは、勿論、男性本人の魔力量によるところが大きいのですが、女性の側の魅力やテクニックにより男性を興奮させ、その気にさせることもまた重要となります」
「ふむふむ、ライデクラートほど美丈夫であれば、たやすいのかもしれんがのう。
やはり筋肉は必須か?」
「女性の魅力は筋肉だけではございません。
ネディーアール様は基本となる容姿については全く問題ございませんし、これからの鍛錬で筋肉も増えるでしょう」
「ふむ、ならばあとはテクニックか」
「そう、テクニックです」
昔、女子高出身の同級生に、女子高での猥談は酷いという話を聞いたが、女が多数派の世界ってこーなのかね。
世界が女子高化してる?
せめて男と言うか犠牲者がいないところでやってほしい。
大体、テクニック、テクニックって繰り返すけど、そんなもん有ったかね?
根元を紐で縛って無理やり二回戦に突入するのはテクニックとは言いません。
拷問です。
「ライデクラート、繰り返しますがいい加減になさい。
ネディーアール様、ライデクラートのような武力に長けた女性が必要とされるのは事実ですが、第一夫人としてではありません。
第二第三夫人としては戦場など護衛としても頼もしいからです。
ネディーアール様は然るべき男性の第一正夫人になられる立場です。
第一夫人は美しく聡明でしとやかな女性が好まれます。
筋肉の鍛錬は必要ありません」
「そんな男に見捨てられたら行き倒れになるようなか弱い女は好まん」
クロイトノット夫人、お願いですから姫様を正しく導いてください。
このような化け物にしてはいけません。
オレの涙のためにも。そう、オレの涙のためにも。
「ライデクラートのように将来、男のハツモノに巡り合う日は来るのかのう」
「ネディーアール様にそのような機会はございません。
そもそも、そのような期待などするのが間違いです」
姫様、ぶれないな。ぶれた方がいいと思うのだが、真剣に。
「のう、キョウスケ、其方もライデクラートにしてもらって良かったのであろう?」
「えー、あー、はい、そうです、・・・ね」
そんな、にこやかすぎる笑顔で聞くのは反則です、姫様。
つーか、うん、あの、その、何か罪悪感というか、・・・・・・・・・・・・・・・・。
えーと、懺悔します。
あの時のオレは、目をつぶってオレの上に乗っかってるのは姫様だと妄想してました。
すいません。
後半には姫様に革手錠はめて首輪にチェーンまで付けてました。
すいません、ほんとーにすいません。
でも、仕方がなかったんです。
そのぐらい強力な妄想しないと維持できなかったんです。
オレの理性とか、オレの正気とか、オレの下半身とか、特に下半身の硬度とかが。
いい事なんて、これっぽっちも無かったけど、・・・あー、いやー、うん、そーいえば有ったな、不本意ながら。
オレたちは現在、山道を進んでいる。
ニシシュマリナを出発して直ぐに山道に入った。
山に入ってすでに三日目である。
で、ですね。女性兵士のオレを見る目がギラついています。
魔法で聞き耳立ててみるとと、オレが旅に同行すると決まった時点で、『オレの使用順番』を巡って兵士たちで一騒動有ったらしい。
あみだとか作ってたらしいです。
コエー、女性多数世界コエー。
筋肉女子集団コエー。
ところがオレがライデクラート隊長の『お気に入り』になったので兵士たちは手出しを諦めたらしい。
幸運と言うべき???
いや、絶対、違う。絶対に。
道が狭くけわしいため馬車は使えない。
兵士に荷運び含め総勢五〇名近い集団で、馬も三〇頭ぐらいいるのだが、馬上なのは姫様とクロイトノット夫人、ライデクラート隊長の三人だけである。
他の馬は荷物用と姫様達の乗り換え用の副え馬だ。
ちなみにライデクラート隊長はいわゆる普通の乗馬で指揮を執っているが、姫様と赤毛夫人は横すわりで従卒が手綱を引いている。
オレはといえば人数外なのでナディア姫の横を歩いている。
姫様の話し相手というか聞き役である。
女性兵士から距離を置けるのも有難い。
ちなみにメイド集団はそれなりの貴族出身だそうで平民のオレには興味を示さない。
兵士は平民出身が大半らしい。
ライデクラート隊長が騎馬のまま先頭に戻ったのでオレは姫様との会話を再開する。
話はもっぱら今回の任務についてだ。
つーか、あの話はもうお腹一杯です。
ナディア姫は今回の任務のために促成詰込み教育を受けてたらしく、その成果を誰かに誇りたくて仕方がないらしい。
世間知らずのオレは丁度良い聞き役というわけだが、知識が増えるのは素直にありがたい。
「それでは『永遠の霊廟』というのが正式名称ですか?」
「そうじゃ。巷では『無限監獄』などと言われているようだがのう。
正式には『永遠の霊廟』なのじゃ」
「それにしても、随分と不便というか辺鄙なところにあるのですね?」
「いや、わざわざ辺鄙なところ、世間と関わり合いの薄い場所を選んで作ったらしいぞ。
随分と物入りになったらしい。
なんでも当時、帝国全土で臨時徴税が行われたほどだそうじゃ」
「臨時徴税ですか。
それほどの額となると、辺鄙な場所と言うだけでなく建物自体も大きいのでしょうか?」
「ふむ、察しが良いのう。
大きく堅固で特殊、らしいぞ。
中身については記録が失われていて詳細は分らんのじゃが」
「それで、その施設は何のために作られたのですか?
わざわざ辺鄙な場所に莫大な資金をかけてまで建てたというその目的は?」
「それは勿論、『最終皇帝』が恐ろしかったからじゃ。
『最終皇帝』が暴れださぬよう、暴れても封じ込められるように建てられたのが『永遠の霊廟』というわけじゃ」
「皇帝を閉じ込めたというのですか?
では『最終皇帝』という方はよほど強く、恐ろしい方だったわけですね。
周囲の人間が太刀打ちできぬほどに」
「ああ、うむ、流石に其方も聞いたことがあるか」
ちょっとしたカマかけだったのだが、ナディア姫は乗ってくれた。
馬上でクロイトノット夫人をみやる。
夫人は無言で頷いた。
構わないということだろう。
「正式な歴史書には書かれていないことじゃが、・・・まあ、其方ですら聞いているように巷の話も多少は事実を含む。
そう、最終皇帝は月人、月の民であった。」
月人、月の民、か。
これまでもあちこちで聞いたが何なのだろう。
「その月の民というのは、旅の途中でも何度か聞いたのですが、具体的にはどのような人々なのですか?」
「うん、知らぬのか?」
ナディア姫は怪訝な顔をしてクロイトノット夫人の顔を見やったが、特に変わりなく話に戻った。
「月人、月の民は外見的には人族と同じじゃ。
黙って立っていれば人族と見分けは付かぬ。
稀に牙族の外見をした者もいるらしいが詳しくは分らん。
一番の違いは彼らが夜に活動するということでな。
これが、彼らが月の民と呼ばれる所以じゃ。
人にしろ、牙族にしろ、日中、日の光がある時に主として活動する。
故に我らは太陽の子と呼ばれるのじゃ。
彼らが夜に活動するのは、日の光に弱いからとされる。
彼らは暗い夜空でも夜目が利く。
代わりに明るすぎると良く見えぬらしい」
ふむ、虹彩の色が薄いのかな。
みんな青目とか。
「肌も日の光に弱く、長時間浴びると爛れるそうじゃ。
夏場でも長袖の服を着こみ、帽子や日傘を使用する。
其方のように黒く日焼けするなど月人では有り得ない話のようじゃぞ」
「いろいろとあるのですね。
ですが、それだけでしたら恐れられる意味が分かりませんが。
村人からは吸血鬼と言われる人の血をすする者の話を聞きます。
夜に活動するとか日光を嫌うという話は共通しますが、それと月の民は別なのですか?」
「ああ、吸血鬼と聞いておったのか」
姫様が、そしてクロイトノット夫人も納得したという感じで頷く。
「まあ、同じじゃな。
月の民は口さがない者からは吸血鬼と呼ばれているようじゃ。
だが、人の血をすするというのは、誤りではないが、正しくもないようじゃぞ。
それから、月の民の前では決して吸血鬼と言う言葉は使ってはならぬ。闇人とか、闇の民も同じ。
侮辱ととられるからじゃ。
実は月人の知り合いがおるのでのう。
月人には結構詳しいのじゃ」
ナディア姫が偉そうに胸を張る。
「内公女様の知り合いがいるのでしたら月人は必ずしも悪い人々ではないのでしょうか?」
「うむ、全てが悪人と言うわけではない。
それは事実じゃ。
だが、付き合うのが色々と難しい者たちであるのもまた事実じゃろう。
月人が恐れられるのは、一言で言えば強いからじゃ。
ほぼ全員が魔法の素養を持ち、強力な魔導士も多い。
寿命も長く、容易に死なぬ。
高位の月人では、首を落としても繋げれば生き返ると聞く。
恐れられて当然であろう」
何か、オレの能力と被るというか親戚というか、・・・でもオレ日焼けしてるしな。
つーか、日中の活動に支障ないです。
「そのように強いのでしたら、月の民の国は大きいのでしょうね」
「いや、そうでもない。
月の民は人口が少ない。
よって大きな国は作れないのじゃ。
数百年の寿命があると聞くが、子供は数十年に一度しか作れないと聞く。
高位の魔力量の多い者ほどそうらしい。
月の民は人族よりもはるかに魔法に頼って生きているのじゃ。
子供もマナを消費して作るという。
なんでも男と女が魔力をなじませ、次いで男が女の子宮をマナで染めるとかいう手順が必要なのだそうじゃ。
場合によっては百年単位らしい。
人口が増えないのも当然であろう。
月の民が人口を増やす方法としてはもう一つ、転化と呼ばれる手段がある。
人族を月の民にしてしまうのじゃ。
よく間違われるのじゃが、この場合は月の民が人族に血を与えるのだそうじゃ。
つまり、転化する人族が月の民の血を吸うことになる。
相当量の血を与えねばならぬので、これも数年がかりと聞く」
「血を吸ったぐらいで増えるのでしたら、世の中、月の民だらけになりますね」
「うむ。更に人を月の民に転化させるには相性が良くないと無理だとか言うておった。
じゃが、人を月の民にできる、その手段があるという事も忌み嫌われる原因の一つじゃろうな」
「では、月の民が血を吸うというのはデマですか?」
「いや、そういう場合もあるそうじゃ。
これは単純にマナ補給が目的らしい。
魔法への依存が高い月人にとっては異性のマナ補給が人族の数倍大きな意味を持つという。
ただ、この場合は月人の基本魔力量が高いのが問題になるようじゃ。
相手の魔力がよほど高くないと意味がない。
人族なら正魔導士以上が望ましいと聞くぞ」
正魔導士クラスってどれぐらいなのだろうか?
まあ、それは兎も角として、月人とオレとでは類似点も多いけど相違点も少なくない。
オレ、子供は簡単に作れるらしいしね。
「月人が無差別に人族を襲って血を吸うという話はデマなのですね」
「月人に望まれるぐらいなら誇ってよいというか、それぐらいの魔導士ならば自衛力も高いからそう簡単に血を吸われることもない、というのが現実じゃ。
他にもいろいろと常識の違うところが多く付き合いは大変なのじゃが、月の民は魔法技術や古典知識では突出しておるから付き合って損はない。
そういうことで我が国も月の民の国とは国交を保っているのじゃ」
気になるのは、『トリセツ』の『吸血鬼』という一節だ。
月人というのは神様の御使いィのいうところの『吸血鬼』なのだろうか?
その可能性はあるが、断言するには簡単に見つかりすぎだよな。
月の民の一部を指すのか、それとも別に『吸血鬼』と呼ばれる存在がいるのか。
・・・ちょっと保留だな。
「話を元に戻したいのですが、帝国というのは人族が作ったものですよね?」
「うむ、当然じゃ」
「それでは何故、人族が作った帝国の帝位に月人である最終皇帝とやらが座っていたのですか?」
「ふむ、良い質問じゃ。
其方はやはり馬鹿ではないのう」
ナディア姫は嬉しそうに笑った。
多分姫様も教師に同じ質問をしたのだろう。
「そこは知能ある者ならば当然疑問に思うところであろう。
当時の資料には抹消された物が多く散逸も多いのではっきりとはしないらしいのじゃが、かの者は正式には皇帝ではなかった。
歴史家の意見はそうなっておる。
ただ、皇帝と同様、あるいはそれ以上の権力を握っていただけじゃと。
かの者は、テルミナスに帝国を建国した初代皇帝陛下に賛同し協力した仲間の一人であったそうじゃ。
大変に優秀で強力な魔導士だったと聞く。
月人は一般に人族を軽視というか軽蔑する者が少なくないが、彼は初代皇帝陛下やその盟友である建国の功臣達に対しては尊敬と敬愛を持って接していたと伝わる。
だが、時は無常じゃ。
気が付けば彼は一人になっておった。
初代皇帝陛下も他の盟友達も次々と世を去っていったのじゃ。
時がたつにつれ、かの者は帝国内でその重みを増していった。
唯一生き残った建国の功臣なのだから当たり前じゃろう。
そして、生き残ったかの者から見れば周囲の者は全て馬鹿に見えたらしい。
『其方は其方の祖父の十分の一の能力もない』かの者はしばしば周囲にこう言って叱責したそうじゃ。
そして、気が付けばかの者は帝国の権力を一手に握り、『最終皇帝』とか『魔王』、『魔帝』と呼ばれる存在になっていたそうじゃ。
残念じゃがどんなに優秀な者でも一人では広大な帝国の統治はできぬ。
そして、月人と人族ではどうしてもずれが出る。
軽く懲らしめるために二〇年の鉱山送り。
だが人族が二〇年も鉱山に送られれば死んでしまう。
何時しかそのずれを正す者はいなくなり、本人もそれを受け入れられなくなっていた、そうじゃ」
うわー、何か切ない話だ。
そりゃ帝国を建国するような優秀な人材に比較されたら後任も困るよね。
でも、おじいちゃんの優秀さを知っている者としては、もうちょっと何とかならないかって思うだろうし。
「では、永遠の霊廟に最終皇帝を封じたというのは」
「うむ、有体に言えば罠にかけたそうじゃ。
周囲の者たちは最終皇帝の横暴に耐えられなくなっていた。
何とかかの者を除かねばならぬ。
だが、相手は強力な魔導士であり容易には死なぬ月人。
綿密に極秘に事は進められたそうじゃ。
陛下のために別荘を建設しました。
予算はこれこれこの通りで莫大なものですが帝国臣民から陛下への感謝の気持ちです。
超絶豪華で素晴らしい物ですので、まずは一度ご視察に。
そう言っておびき出し、そして、殺した」
「・・・・・・よく、殺せましたね。
その、いろいろな意味で」
「入念に酸で溶かしつくしたそうじゃ。
実行犯にとっては正に生きるか死ぬかの話だったのだから、当然じゃろうな。
帝国にとっては破格の醜聞。
関係資料が徹底的に破棄されたのも致し方ない話じゃろうて。
そのような施設じゃから、別荘でも墓でもなく、監獄と通称されているわけじゃ。
一旦中に入ったら絶対に抜け出せないように何重もの対策が取られていると聞く」
「なるほど、だから極めて交通の便が悪い、行きづらい場所に建てられたわけですか。
封じ込めるにも、醜聞を隠すためにも」
酸で溶かすか。すごいな。
・・・ひょっとしてオレも酸で溶かされたら死ぬのかね。
方法としては結構面倒だけど、強酸が準備できれば意外と簡単かもしれない。
うーむ、検証方法が思いつかない。
これもとりあえず保留だ。
「お話からすると姫様もその『永遠の霊廟』には行ったことは無いのですね」
「行ったことがある者など極少数であろう。
父上母上は勿論、親族一同、誰も行ったことはないと断言できる」
「それでは、今回の任務はどのような事なのですか?」
「うむ、月の民の仲裁じゃ」
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