01-10 アーッ

 オレは姫様の傷口の形成術を行っていた。

 これは農村の女の子を実験台にした時に発見と言うか開発した手技である。

 患者の皮膚をつまんでそこを通過するように魔力を流してやると、つまんだ部分が粘土のように柔らかくなってくる。

 皮膚の一部がオレの魔力になじんで自在に変形できるようになるのだ。

 傍から見れば皮膚を親指と人差し指で挟んでフニフニしている感じだろう。

 十分に柔らかくなったら変色した部分をちぎって捨てて残りを撫でて平らにする。

 農村女子のあまりにも酷いケロイドに何とかできないかと試したものだが、今回はほぼぶっつけ本番。

 でもいい感じだ。

 一つまみの処置に体感で三分ちょっとかかる。

 農村女子の全身改善には非現実的だが、ナディア姫の縫合痕の消去には十分だろう。

 まあ、ナディア姫の切創はオレが切った物だけでも一〇センチ×二ある。

 前医が切ったのもあるので、それなりに時間はかかる。

 目測で二時間以上、恐らく三時間は必要だろう。


 そーゆーことで、オレはフニフニとプニプニに精を出していた。

 ナディア姫は足の傷がきれいになっていくのが嬉しそうだったし、赤毛夫人も最初に比べると当たりが柔らかくなっている。

 まあ、順調だ、いろいろと。

 この技、将来的には縫合の方でも使えるんじゃないかとか考えながら、オレは呪文的なものを鼻歌にしていた。


「其方、名は何と申す」


「あ、京介です」


 素で答えてしまった。

 オイオイオイ、不意打ちだよ、やっちゃったよ。

 何で本名言っちゃうかな、オレ。

 散々、偽名考えてたのに。

 そりゃ、本名、答えてダメってわけでもないけどさ。

 実はそれまで名前は聞かれていなかった。

 お偉い貴族の方々にとってオレは『薬師』か『医者』であり名前など必要なかったのだ。

 ちなみに町でも農村でも名乗っていない。

 ニシシュマリナに入る時も「お前は何者だ」、「薬師です」で終わった。

 衛兵に聞いたところでは、身分証を持たない一般人の名前など無駄らしい。

 いくらでも変えられるからだ。

 名前よりもどんな人間で何をしているのかが重要らしい。

 であるから衛兵にとってのオレは、「東から来た薬師、瞳-黒、髪-茶、肌-薄茶」ということだった。

 あ、肌は結構日焼けしてたのよ。

 髪の毛は染めたけど、瞳はそのまんまだ。


 一応、偽名は用意していたのだが、本名を答えちゃったのは「ナディア姫」が直接聞いたからだ。

 それまで、オレと姫様は言葉を交わしていなかった。

 つーか、直接話しかけないように何度も念を押されていた。

 偉い人は下々とは直接話してはならない、という奴だろう。

 オレとナディア姫との会話はクロイトノット夫人を介して行われていた。


「私が押しているこの部分が痛いかどうか姫様に聞いていただけますか」


「ネディーアール様、薬師が押している場所が痛むかどうかを尋ねております」


「うむ、少しだけ痛むがそう痛くもない」


「内公女様はそう痛くはないとおっしゃられております」


 と、こんな感じで話していた。

 それが突然、直接話しかけられたのである。


「ふむ、キョウスケ、というのか。

 変わった名じゃのう。

 しかし、其方は魔法を使っている途中で受け答えができるのか?

 呪文はどうなっておる?」


「あ、いえ、その、この魔法は最初に呪文を唱えれば継続しますので、・・・」


 しどろもどろも、いいとこだ。


「ネディーアール様、下賤な薬師と直接話してはなりません」


 クロイトノット夫人が赤毛を逆立てて怒る。


「うん、キョウスケは薬師なのか。

 薬師というのは薬を処方するだけであろう。

 処置や手術をするのであれば医者であろう。

 ライデクラートもナイキアスールもキョウスケの腕は本山のそこいらの医者よりも上だと評しておったではないか」


「それは、・・・確かにそうですが。

 しかし、今現在、この者が医者の資格を有している訳ではありません」


「ならばカゲシン本山で医者の資格を取らせればよいであろう。

 キョウスケなら直ぐじゃ。

 それよりも、のう、キョウスケ。

 其方が今行っているのは伝来の秘法かなにかか?

 このように傷がきれいに消えるなど月の民の秘術並みではないか。

 母上はイボを切り取った跡が残っていて大層お悩みなのじゃが、其方ならば対処できよう」


「それは、直接診てみなければ何とも言えませんが、・・・」


「うむ、ならば、カゲシンに戻ったらすぐに手配しよう」


「ネディーアール様、内公女という立場の方が軽々しく約束などされてはなりません。

 キョウスケ、今の話は聞かなかった、良いですね」


「あー、えー、はい、勿論、分かっております」


「キョウスケ、其方の技はくれぐれも他の者に見せてはならぬぞ。

 特に第四正夫人の、・・・」


「ネディーアール様、いい加減になさいませ」


「あー、ネディーアール様、皆様、少しよろしいですかな」


 混乱を制したのはライデクラート隊長だった。

 なんだろう、このいかにも頼りになりますって感じのイケメン・ボイス。


「キョウスケ、と言ったな。

 其方の尽力もあってネディーアール様は健康を回復された。

 我々は明日から旅を再開し、当初の目的地に向かう。

 目的地到着は順調に行って六日後だ。

 ここからはきつい山道になる。

 内公女様はかなり回復されたが万全でないのは其方も良く分かっていると思う。

 そこでだ、キョウスケ。

 其方には我々と旅を共にしてもらいたい。

 このまま『永遠の霊廟』まで向かい、カゲシンに帰るまで、だ。

 其方は、医学を学びたいと言っていた。

 それであればカゲシン本山の教導院学問所、並びに施薬院学問所が最善であろう。

 このまま我らに同行し任務を全うすればカゲシン到着時には推薦状を書いてやろう。

 本山施薬院は通常ならば一般の者が入所することなど不可能に近い。

 其方にとっては願ってもないものと思う」


 こちらの都合とか予定とか全く無視したというか、言うとおりにするんだろうな逃げんじゃねーぞ、という言外の圧迫を感じるが、まあ、貴族ってこんなものなのだろう。

 逃げてもいいのだが、従ってもデメリットは少ない。

 予定らしい予定もなかったからね。

 一方、メリットは結構ある。

 ナディア姫がどの程度の姫様かはわからないが、少なくとも内公女と言われている身分なわけで、そことコネクションができるのは有難い。

 逃げた場合は今後の厚意は見込めない。

 学問所というのがどの程度の規模とレベルなのかはわからないが、近隣ではマシな方と推測できる。

 医者の世界、特にこんな文明レベルでの医者の世界は極めて狭いだろう。

 〇〇先生に師事したというのは結構な看板になるはずだ。

 総合的に見れば悪い話ではない。

 恐らくオレの今後の処遇について隊長と夫人とで相談していたのだろう。

 披露してしまった一部の技能からオレは彼らにとって確保すべき人材に映ったと思われる。


「推薦状を頂けるのでしたら私にとっては願ってもない話でございます。

 謹んで微力をお尽くしいたします」


「良い返事です。

 其方は内公女様に付きっ切りでした。

 休むのでしたら部屋を与えましょう。

 買い物があるのでしたら外出しても構いません。

 出発は明朝です」


 クロイトノット夫人がオレの言葉に満足そうに頷き、外出許可までくれた。

 まあ、物資は亜空間ボックス内にあるので買い物の必要はないのだが。


「ん、まて、キョウスケの供の者は呼ばなくて良いのか?」


「ああ、この者はいささか変わった生い立ちでして、成人の儀も終えていないようです。

 供の者もおらず一人で旅をしていたようです」


「なんとも、まあ。

 キョウスケ、其方はつくづく変わっておるのう」


 クロイトノット夫人の返答にナディア姫があきれ返った声を出した。


「しかし、其方、その体格で男性の欲求の方は大丈夫なのか?」


 姫様、露骨です。

 いや、周りもスルーしてるけど、この程度はこっちでは普通なのか?

 確かにオレの体格は悪くはない。

 現在の身長は一七〇センチちょっとというところ。

 こちらでは明らかに平均より上だ。

 体重と言うか筋肉量は平均より下の感じだが、そう貧相でもない。

 この部屋でもオレより高身長はライデクラート隊長ぐらいである。

 あとは女性兵士でオレと同じ程度の身長が数名。

 兵士の大半とメイド全員、姫様とクロイトノット夫人はオレより小さい。

 女性兵士は、体重は多そうだが。

 一人前の体格なのに女性を連れていないのが不自然なのだろう。

 ちなみにライデクラート隊長は身長、体重、筋肉量、顔面偏差値に魅惑のテノールボイスと全てが平均を大きく上回った偉丈夫である。

 リア充、死すべし。


「あ、その点はこちらで何とかしていますのでお気遣いなく」


 我ながら間抜けな返答だ。


「そう、なのか?」


 ナディア姫は全く納得していない顔をしている。


「うん、そう言えばキョウスケ。

 其方、成人の儀を行っていないようじゃが、ひょっとして女とのやり方を知らないのではないか?」


 もっと露骨なのキター。

 隊長、そーゆーのは男同士というか、男だけの所でお願いしたいであります。


「なんと、女との交合の仕方を知らぬというか。

 それは男としてかなりの問題ではないか」


「おっしゃる通りです。

 キョウスケの今後を考えると早急に解決すべきでしょうな」


 すいませんが、何、決めつけてるのかなー。

 オレだって地球にいたころは何度か彼女がいた、・・・ことはあったんですよ。

 ・・・一年、続いたことないけど。

 ・・・・・・・・止めよう、この話。


「よし、わかった。

 私が協力しよう。

 キョウスケ、今夜は私の部屋に来るが良い。

 いろいろと教えてやろう」


 何故か、冬場に破局すんだよなぁ。

 学生の時からだもんなぁ。

 期末試験が長すぎんだよ、うちの大学。

 でも、社会人になってからはなー。

 トラウマかなー。

 バレンタインで義理チョコしか貰ったことのないオレの人生って、・・・。

 って、ちょっと、隊長、何、言いだしてんの?

 教える?

 何を?

 いや、あーじゃないよね、あーじゃ。

 あ、そっか、女とのやり方、の方ね。

 え、なに、じゃあひょっとして三Pとか四Pとかの世界?

 こっちの成人の儀ってそーゆーことなの?

 実地に見せて教えるの?

 すげーな、カナンすげー、大人の階段上りすぎだろ。

 つーかその階段、間違った方向じゃね?

 ほら、オレ、完全ノーマルだし。

 あ、でも、この場合、女の子は誰?

 ここにいる面子の誰か、かな?

 姫様とご夫人は抜かして、・・・女性兵士かメイドさん?

 兵士はちょっとごついけど、メイドさん達は結構かわいいよね。

 ナディア姫と比べると、美少女コンテスト優勝と地下アイドルぐらいの差はあるけど、逆に言えば地下アイドルぐらいならできんじゃねーって可愛さはあるわけで、・・・。

 これはちょっと、様子見かな、まずは女性陣が誰か、・・・。


「はぁ、ライデクラート、あなたも夫の有る身です。

 羽目を外すのも程々にしなさい」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?


「大丈夫ですよ、叔母上。

 私は第三正夫人で夫はもう年です。

 遠征先での多少のつまみ食いは許容範囲内と言質を取っています」


 へー、隊長と赤毛夫人って甥と叔母の関係なんだ、・・・じゃなくて、・・・今、なんつった?

 第三正夫人?

 夫のある身?

 いやいやいや、ちょっと待て、いくら何でもあり得ないだろ、・・・。


「心配しなくて良いぞ、キョウスケ。

 私はいろいろと経験があるからな、優しく、女と言うものを教えてやろう」


 あ、あんた、何言ってんだ。

 何、その十五歳処女を口説いてるようなイケメンフェイスにイケメン・ボイスは。

 つーか、あれか、テノールじゃなくてアルトなのか、どこの斎賀み〇きだよ。

 いやいやいや、おかしいだろ。

 カナンとやらにきて出会った人間で一番背が高くて体格がいいのが女って。

 って、あんた、隊長、何、胸甲脱いでんの?

 いや、シャツ一枚になって、ちょっと、何、ボタンまで外してんの?

 あ、意外と胸がある?

 いや、でもそれほとんど大胸筋じゃないですか。

 そりゃ、立派な胸を作るためには筋肉の土台が必要って話は聞いてますよ。

 筋肉の土台なしに大きくなりすぎるとダラーンと垂れるって。

 でもさ、土台だけってのは、・・・いや、まったく無いわけじゃないけど土台八割ってのはどうかと。

 いや、立派な土台ですよ。

 つーか、それもう石垣ですよね、カッチカチで。

 いや、確かに、石垣も悪くはありませんよ。

 ええ、姫路城きれいでしたし。

 でもね、姫路城だって石垣の上にバランスよく建物があるから美しいのであって、石垣だけってのは、・・・。


「お前は何も考えずに、私の言われるままにしていればよい。

 素晴らしい夜にしてやろう」


 なななななななななな、何をいってるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。

 逃げなくちゃだめだ、

 逃げなくちゃだめだ、

 逃げなくちゃダメだ、・・・・・・・・・

 でも、どうやって、あ、そうだ、姫様だ、赤毛夫人だ、・・・


「そうか、キョウスケは今夜、成人の儀というわけじゃな。目でたいのう」


 へっ、・・・・・・・・・。


「カゲシンの位階は分り辛いとよく言われるのじゃが、ライデクラートは諸侯で言えば伯爵と同格とされる家柄なのじゃ。

 平民の男子が女伯爵に成人の儀の手ほどきを受けることなど通常有り得ん話ぞ。

 其方の医師としての腕を見込んでの特別のことじゃ。

 大変名誉な話であろう」


 あの、・・・姫様?


「よかったのう、キョウスケ」


 うん、素晴らしい笑顔だ。

 美少女はやはり笑顔がいいね。

 へ、うん、・・・ちょっと、・・・なんでオレ、だっこされてんの?

 なんでオレがお姫様だっこされてんの?

 いや、なに、なんでみんな拍手してんの?

 してないのは赤毛夫人だけって、ねえ、クロイトノット様、何かお言葉を!

 そこの従卒、何、にやけながらドア開けてんだよ。

 いや、あれ、あの、その、

 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

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