01-09 姫様の治療

 姫様の寝所は、・・・まあ、それなりだった。

 どこぞのホテルの下級スイートルームぐらいの広さはあるのだが、豪華かといえばそうでもない。

 旅先の間借りだからこんなものかもしれないが。


 ベッドの周りにはクロイトノット・ナイキアスール夫人、ライデクラート隊長他、従卒とメイドがずらりと並ぶ。

 警戒されてますネ。当然ですが。

 あ、クロイトノット夫人は例の赤毛夫人で姫様の側近筆頭らしい。


 なんだかんだと何回目になるのか分からない注意を受けて、やっと姫様とご対面である。

 姫様の個人名はネディーアール。

 正式名称も教えられたが、国名領地名みたいのから始まるのでやたらと長い。

 真剣に録音器具が欲しい。

 後で何かに書いてもらうとしよう。

 それで、ネディーアール姫ですが、・・・


 むちゃくちゃ、かわいい。


 いや、美形ですわ。すんごい美形。

 少なくともオレがこっちに来てからではダントツです。

 肌の色は両脇の二人に似て浅黒いが健康的な感じがいい。

 髪は青味の強い紺色、それをショートボブにしている。

 顔のつくりが整っていて顎から首筋のラインが実にいい。

 そこから発達途上の胸に繋がる感じもいい。

 胸はCカップぐらいだろうか。

 十四歳ということなので充分というかこれからの発育が極めて楽しみだ。

 全体としては、パリの万博で暴れて海底戦艦にでも乗り込みそうな感じ。

 これから脳内ではナディア姫と呼ぼう。

 しかし、そーかー、やっぱり美形は上流階級かー。

 やっぱ、出世するしかないかー。

 いやー、でも、これはテンション上がりますわ。

 おじさん、頑張っちゃうよー。


 真面目な顔で診察を開始した。

 呼吸は浅く、早い。

 結構な発熱で、毛布を大量に掛けられているにも拘らず汗は出ていない。

 脱水状態なのだろう。

 意識レベルは若干低下中。

 問いかけに反応はあるが意味のある言葉が返ってこない。

 I-3からII-10というところだろう。

 脱水の影響かな。

 それにしても聴診器が欲しい。

 今度作ろう。

 心臓の具合も見たかったが、額や首筋に触る程度でもクロイトノット夫人の目が厳しいので断念する。

 患部の診察に移った。

 右下腿が著明に腫れている。

 ぐるぐる巻きにされた布を開いてみれば、ふくらはぎに直径一〇センチぐらいの赤黒く変色した膨隆疹があった。

 表面には人工的と思われる切創が三本、恐らくは排膿のための傷だろう。

 これ、敗血症になってんじゃなかろうか。

 なっていないとしてもなる間際だろう。

 それにしてもなんでこんなきれいな円形なのだろう。


 隊長に聞けば、円形疹の中央が『串』の刺さった場所だという。

 ふむ、何かあるか。

 まずは外見的にマナの流れを見てみる。

 中央部だけが妙に流れが悪い。

 指先から微量のマナを放出して反応を見る。

 これはマナを使ったエコーみたいなものだ。

 物質密度の差を判別するという点で似ているのだが、画像化はできないし、感度も悪い。

 固形物ぐらいしかわからない感じだ。

 具体的に言えば胆石は分るが胆のうポリープは分らないというぐらい。

 何れも神様の御使いィの本にあったのを実践している。

 癪だが役には立つ。


 ふむ、やはり何かある。


「切開手術を行う必要があります。手伝って頂けますか」


 こーゆー時は断言すべきだ。

 周囲が戸惑っているうちに立て続けに指示を出す。

 防水の革製マントを敷いて出血に備える。

 ベッドの下には汚物用の壺だ。

 姫様の両手両足をロープでベッドに固定する。

 窒息予防にさるぐつわも噛ませた。

 鉄皿とかは無いので陶器の平皿とスープ皿を出してもらい熱湯をかけて消毒する。

 ガーゼが無いので白布を適当に切ってもらい煮沸消毒する。

 煮沸した布は皿の上に置いて魔法で乾かす。

 温風とかを送るよりも布の水分を直接蒸発させる方が早い。

 ついでに湯冷ましも大量に作った。

 周囲に考える暇を与えないぐらいに指示を出して、オレ自身は麻酔に取り掛かる。

 あの本にあった麻酔は魔法で痛覚神経を一時的に麻痺させるものだ。

 最初は腰椎麻酔を考えたが、腰を出せというとクロイトノット夫人が激怒しそうなので諦める。

 よく分からんので、右膝上の辺りで右足全周に麻痺魔法をかけた。

 適当な呪文を唱えたが、・・・まあ、流派によって呪文は違うようだからなんとかごまかせるだろう。

 あれ、さっき布を乾かす時に呪文を言ってなかったような、・・・まあ、もう仕方がないか。

 気を取り直してメスやピンセットなどの自前の器具を取り出す。

 力のありそうな女性従卒に姫様の両手両足を押さえてもらい手術開始だ。


 まずは、右下腿全体に蒸留酒をかけて消毒にする。

 高い酒らしいが仕方がない。

 患部は大きく十字切開した。

 ブヨブヨした何とも言えない壊死組織が現れる。

 湯冷ましを上から注いでもらって洗う。

 徹底的に洗う。

 ・・・なかなか上手く行かないので途中から魔法に切り替えた。

 亜空間ボックスにある水を出すほうと迷ったが、水圧が欲しかったので魔法を選択した。

 幸い周囲にはお湯と水蒸気がたくさんある。

 指先に水を生成してそのまま勢いをつけて放出する。


「水の聖霊よ、ほとばしれ!」とか適当に呪文ぽく叫んでいたが、だんだん面倒になってきて最終的には小声でぶつぶつになった、・・・まあ、もういいです。

 魔法の水圧水鉄砲の効果は大きく、廃液用の壺が三つ目になったころには傷口は随分ときれいになっていた。

 中心部に『モノ』がある。

 だが、どうやらこれだけではないらしい。

 変な痕が、化膿物のスジが横に続いている。

 筋肉の隙間を慎重に探る。

 約三センチ先にそれはあった。

 色が筋肉と同じなので一見では見分けがつき辛い。

 だが、血管も神経も走っていない境界明瞭なマスなので、そこに物があると分かってしまえば取り出すこと自体はさほど面倒ではない。

 ピンセットでそれをつまみ上げ、皿の上に置く。


 クロイトノット夫人とライデクラート隊長を手招きする。

 一つ目の物は、長さ二センチ弱、直径二ミリ弱ほどの『針』だ。

 先端は鋭く、根元の方には「かえし」のような棘がいくつも付いている。

 根元の方は一部中空になっているようだ。


「恐らくこれが原因です。

 かえしがついていますので、一旦、刺さったら動くたびに肉に深く潜りこんでいくのでしょう。

 中が中空になっていますが、そこに入っていたのがこいつでしょう」


 オレが針の横に置いたのは長さ三センチほどに成長した『虫』だ。

 筋肉と同じ色のため極めて見分けにくいが取り出してみれば虫であることは疑いない。


「多分、まだ小さい状態かあるいは卵の状態でこの針の根元に入れられていたのでしょう。

 肉の中に入ったら周りを食べて成長する」


 しばしの沈黙の後、二人が一斉にしゃべり始めた。


「これは、この虫は何だ。

 幼虫か、何の幼虫だ。

 どこの物だ。

 誰がこんなことを」


「これを取り除けば内公女様のお命は助かるのですね。

 足は、足は元に戻りますか、歩けるようになりますか」


 できるだけ丁寧に静かに話す。

 病気の原因と思われる物を取り除いたので、病状は回復方向になると思われるが、まだ予断は許さないこと。

 足については筋肉がかなりえぐられているので、運動能力に支障が出る可能性は少なくないこと。

 勿論、足についてはこれから最善を尽くすこと。

 虫については自分も初めて見たこと。

 ただ、かなり特異な虫の可能性が高く、暗殺用に特別に調達された物と言われても驚きはないこと。


 口々に政治的なことを言い合う二人を放置して手術に戻る。

 筋肉層に結構深い欠損ができている。

 こーゆー場合、どーすんだっけ。

 オレ、内科だし。

 褥瘡処置みたいのでいいのだろうか。

 いや、褥瘡処置用のパッチも軟膏も無いぞ。

『薬剤マニュアル』には筋肉を補充再生する薬剤があったのだが、手持ちには無い。

 考えた末に、ここで作ることにした。

 薬剤の原料だが、実はオレの血液である。

 血球細胞がオレの意思に最も反応しやすく変化しやすいのだ。

 指先にメスを刺して血液を噴出させ、出た血液を端から薬剤に変化させていく。

 傍から見れば指先から薬剤を噴出しているようにしか見えないだろう。

 大方、それで埋めて、再度入念に洗って抗生剤軟膏を塗布して皮膚を縫合する。

 化膿で膨隆していた皮膚の下の空洞については無理に埋めず、細く切った布を詰めた。

 昔見た、こめガーゼみたいなかんじである。

 これのため傷口は完全には縫合していない。


 手術の終了を宣言し、同時に鐘三つ後、六時間ぐらい後に再度処置をすると話した。

 姫様にはロキゾロプロフェンとセフカペンジェネキシルを飲ませる。

 内服剤も六時間おきに投与とした。

 あと、砂糖と塩でスポーツドリンクもどきを作って適時飲ませてもらう。

 砂糖は精製度の低い茶色の物だったが、かえって良いかもとそのまま使用した。

 吸い飲みがあったのでメイドに付きっ切りで、五分おきぐらいの気持ちでこまめに飲ませるよう指示する。


 防水マントだの壺だの、雑多な片づけはお任せして、オレは隣室で休ませてもらうことにした。

 オレがここに招集されたのが夕方。

 なんだかんだあって手術にも三時間以上かかっている。

 もうすっかり夜中だ。

 さすがに疲れた。

 長椅子に毛布でも良いといったのだが、お付きのメイドが使っていたベッドを提供されたので遠慮なく使わせてもらう。


 予定通りに起こしてもらって、包交を開始する。

 ナディア姫は、発熱は継続しているものの呼吸は改善している。

 浸出液は結構出ているが、予想よりはかなり少ない。

 創の内部の筋肉組織の盛り上がりも予想以上だ。

 クロイトノット夫人によると姫様は魔力量が多いので傷の治りも早いのだそうだ。

 魔力量が多いと傷の治りが早い?

 全然知らなかったよ。

 どうやらこちらでは常識のようで、「姫様の魔力は私の想像以上に高いのですね」と、魔力量が想定外で驚いた風に装う。

 夫人は「当然です」という顔で頷いていた。

 再度、魔法水流で創を洗い、抗生剤軟膏を塗布する。

 抗炎症剤と抗生剤も内服させる。

 メイドさんによると意識は朦朧としているが薬というと根性で飲むらしい。

 なかなか気の強い姫様のようだ。

 引き続き自家製スポーツドリンクを飲ませるよう頑張ってもらう。


 再度、鐘三つ後、と言ってあったのだが、メイドさんが呼びに来る。

 時間は鐘二つ、四時間後。

 手術から一〇時間後ぐらいか。

 姫様の意識が回復し、何か食べたいと言っていると。

 診察したが、発熱は継続しており重いものは無理そうだ。

 クロイトノット夫人らに指示して『パン粥』を作ってもらう。

 多分こちらにもあるだろうと勝手に考えていたら、誰も知らない。

 作り方から説明する羽目になった。

 まあ、白パンをちぎって牛乳でグダグダに煮込んで砂糖を大量にぶち込むだけだが。

 ちなみにこちらでの病人食は麦がゆらしい。

 パン粥は姫様に好評だった。

 頃合いの時間だったので、そのまま二回目の包交に入る。

 傷口はかなりきれいになっていた。

 こめガーゼは中止して洗浄と軟膏塗布だけにする。


 三回目の包交時には、発熱も改善し姫様は座って自力でパン粥を食べられるようになっていた。

 四回目の時には傷口を完全に縫合した。

 筋肉の動きは予想外にいい。

 魔力量が豊富だから、なのだろうが普通の人間なら有り得ない回復だ。

 ただ、皮膚表面の傷跡はケロイドのまま。

 いびつに残った傷跡を姫様が悲しそうに見つめていたので、ついつい、「後できれいにします」と請け負ってしまう。

 なんかまずい、というか、やりすぎな感はあるのだが、・・・まあ、姫様の笑顔があればそれで万事OKだよ、うん。


 そして、足掛け三日目の昼過ぎに事件は起こった。

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