01-08 呼び出し

「衛兵が言っていた、腕利きの薬師というのはお前か?」


「・・・昨日、衛兵の方々に薬を売ったのは確かに私ですが」


「では、ついてこい」


「いや、それは、ちょっと」


 反射的に断ってから後悔した。

 客は兵士、ご多分に漏れず女性兵士、らしい。

 どうやら結構上の階級か組織らしい。

 町の衛兵より明らかに装備が良いのだ。

 案の定、相手はご立腹。

 自己紹介すらしていないのだから非礼はそちらだと思うのだが、普段は断られることなど無いのだろう。

 良く分からないが一瞬だけ考えて下手に出ることにした。


「薬師としての私に御用があるのだと思います。

 荷物を整えますのでしばし時間を頂けませんか?」


 兵士は不承不承、頷いた。


 取りあえず買ってきた服の一つに着替える。

 荷物は全て亜空間ボックスに入れた。

 ダミー装備の背嚢を背負って部屋を出たら兵士に驚かれた。

 荷物が少ないのが一つ。

 従者がいないのが一つ。


 連れていかれたのは町の中心部。

 町の領主だか代官だかが住んでいると思われる立派な屋敷、その離れが目的地だった。


「其方がガランタの足を治したという薬師か」


 出迎えたのは何だこれっていうほどのイケメンだった。

 肌の色は浅黒く、オレの目から見ればアフリカ系の混血という感じだが、顔のつくりは彫りが深く整っている。

 顔のつくりだけ見れば北欧系だ。

 髪と瞳の色は肌よりもやや薄目の茶色。

 立ち上がると身長も高く、恐らく一八〇センチ以上あるだろう。

 年齢は二〇代後半ぐらいか。

 磨かれた金属製の胸当てをしていて、そこから伸びる手足は長く引き締まっている。

 服の上からでもよく鍛えられているのが分かる。

 そして止めが声だ。

 透き通った伸びのあるテノール。

 声だけで女を落とす声。

 ありきたりだが「リア充爆発しろ!」と言いたくなるイケメンだ。


「私はクロスハウゼン・ガイラン・ライデクラート。

 内公女様の護衛隊長をしている」


 これで『隊長』ですか。

 そうですか。

 モてるだろうなー。

 合コンに参加させたくないけど、参加させないと女が集まらないって、このオーラ。

 多分貴族なんだろうな、それも結構上の。

 こっちに来てイケメンらしいイケメンに会ってなかったから何となく安心してたけど、居るところには居るというか。

 神様の御使いィが美人は貴族にしかいないって言ってたけど、イケメンも貴族なんだなぁ。


「早速だが、内公女様の診察と治療を頼みたい。

 最初は大した傷ではないと思われたのだが、次第に悪化し、昨日からは意識が朦朧となっている。

 ここには碌な医者も薬師もいない。

 カゲシンに戻ろうにも内公女様は動かせる状態ではない。

 医者を呼び寄せようかと考えていたところにガランタから腕の立つ旅の薬師がやってきたとの話を聞いた。

 それで早速来てもらったという訳だ」


 部下と違って丁寧な人だ。


「私は下賤な者ですので良く分かっておりませんが、内公女様と言われますと、やんごとなき所の姫様という認識でよろしいでしょうか」


「うむ、そうだな、その認識で良い。

 分かっていると思うが、治療のことは他言無用だ。

 首尾よく治れば褒美を取らせよう」


「発熱と言われましたが、何かの感染症、・・・えーと、はやり病にかかったとかでしょうか」


「いや、それなのだが、・・・繰り返すが他言無用だ。誓えるな?」


 オレは大仰に頷き、ライデクラート隊長は話を始めた。

 ちなみにこちらの貴族の名前は、家族名、個人名の順番らしい。

 隊長の場合はクロスハウゼンが『姓』でライデクラートが『名』である。


「ここに来る旅の途中、さる場所で休憩中のことだ。

 内公女様が景色を見たいと言われ、馬車から離れて見晴らしの良い場所に行かれた。

 その帰り道、突然、内公女様がうずくまられた。

 見れば右足に細い矢のような物が刺さっていた。

 肉を焼く時の肉串のような物と考えてもらいたい。

 勿論、すぐに抜いて手当てした。

 直後は大したことはないと思ったのだが足の腫れは次第に悪化し、ひどい熱が続いている」


「すいませんが、それって、・・・」


「他言無用と言っただろう。

 我々も偶発的な事故とは考えていない。

 ただ、心当たりは有り過ぎなのでな。

 可能な限り内密に済ませたいところなのだ」


「犯人に繋がる直接的な証拠はないと」


「まあ、そうだ。

 こちらの弱みを見せる訳にはいかないのもある」


「毒物については」


「無論、毒抜きはしたし、各種毒消しを使用している。

 だが、効果がない」


「解りました。

 微力を尽くしましょう」


 ライデクラート隊長は安堵したように腰を下ろすと呼び鈴を鳴らした。

 赤毛のご婦人が侍女を引き連れて入ってくる。

 やはり肌の色は濃い。


「この者が例の薬師、ですか」


「ええ、ガランタが言っていた者です」


 隊長の答えに赤毛のご婦人はオレを睨みつけた。


「これからお会いするお方は、このような旅先でなければ其方のような者は本来、近づくことすらできないお方です。

 そのこと、くれぐれも忘れないように」


 オレは黙ったまま蹲り頭を下げた。

 ご婦人の反応は悪くなかったので、これで良さそうだ。


「それでは、ここにいても仕方がないですから、さっそく奥の方へ」


 隊長が促したがご婦人は動かない。


「ライデクラート。念のためですが、規則です。確かめましたか?」


「ああ、すいません。失念しておりました」


 隊長はそう答えるとオレに歩み寄り、「すまんが規則なのでな」と言って、いきなり手を伸ばした。

 ・・・オレの大事なところに。

 ちょっとー、潰れる、ツブれる、つぶれるってばー。

 オレは何とか声を押し殺したまま退避する。

 ライデクラート隊長はまるで信じられない顔で自分の右手を見ていた。


「お前、まさか、男、か???」


「あ、はい、男、です」


 間抜けな声になってしまった。

 つーか、別に男でないとは言ってない。

 聞かれていなかっただけだ。


「なんで、男が、一人で、旅の薬師、をやっている?」


「そんな、一言一言強調されなくても。

 まあ、男でやってはいけない、ということもないと思うのですが」


「不自然だろ!

 お前、成人してないのか?」


「えーと、多分、成人してると思いますが、・・・」


「多分とはなんだ、多分とは。

 成人の儀をやっただろ」


「あ、え、成人の儀、ですか」


「まさか知らんのか?」


「え、いや、知らないという訳では、・・・」


「じゃあ、何をやった。言ってみろ」


「えーと、えーと、みんなで集まって、市長じゃなくて、村長が挨拶して、・・・」


 ・・・ボロボロでした。


 何やかやでオレは身の上話をする羽目に陥った。

 まあ、一応考えてはいたのですよ。

 将来、貴族になるとしたら出自とか聞かれることもあるだろうと。

 そーゆー訳でカバーストーリーという奴を作っていました。

 ・・・こんなに早く披露するとは思わなかったよ。


 オレがこの時、話した内容は簡単に書くと以下のようなものだ。

 一つ、物心ついた時から師匠と二人で人里離れた家に住んでいた。

 一つ、外出は禁じられていた。

 一つ、師匠からは医療魔法と薬のつくり方、その他を教わった。

 一つ、出入りの行商人がいて定期的に来ては食料などを提供し、師匠の作った薬などを買っていった。

 一つ、出入りの行商人は時々『患者』を連れてきて師匠が治療していた。

 一つ、患者の身元は分からない。顔を隠していた。

 一つ、ここ数年は自分も練習として治療を行うことを許されていた。

 一つ、一か月ほど前に師匠が突然死した。

 一つ、師匠が死んだことを出入りの業者に話したところ不穏な感じになった。

 一つ、業者が恐ろしかったので、有り金を集めて脱出した。

 一つ、それ以降、村々の間でさまよっていた。

 一つ、今後の希望としては大きな町に行って医学他の勉学を行いたい。

 一つ、女性については勉学するところで学問の有る女性と結婚したいと考えている。


 ・・・・納得してもらえるかなぁ、もらえたらいいなぁ、・・・。


 で、今現在、隊長と赤毛夫人が協議中です。

 オレはしかめっ面のメイドさんと隊長付き従卒のダブルに監視されて部屋の片隅。

 部屋は広いし、端と端なのであちらは聞こえない。

 ・・・と思っているようだが、・・・。

 二人の方向以外の空気の振動を遮断すれば、結果的に音が拡大して聞こえる。

 魔法って便利だ。


「それで、あなたはあのホラ話を信じるというのですか?」


「確かに荒唐無稽ですが、信じるというか、信じるしかないのかというか」


 ライデクラート隊長はしかめっ面で話を続ける。


「彼はあまりにもおかしい。

 彼はこの国の名前を言えなかった。

 隣の国の名前も、領主の名前も、です。

 彼が知っていた地名はこの町と近隣の村の幾つかだけ。

 成人していると言い張りながら、成人の儀すら知らない。

 成人の儀を終えた男性が妻の一人すら持たないという矛盾すら理解していない」


「そんな、得体のしれない者にネディーアール様の治療を任せるというのですか」


「それが医学の知識はあるようなのです。

 この町の衛兵隊長によると単に薬を売るだけでなく、傷口の処置や縫い合わせまで、慣れた手つきで行ったそうです。

 実際に話してみても、粗野な感じはしません。

 それどころか理解力があり知能も高いように感じます」


 ネディーアール様って姫様のことかな。

 それにしても、やっぱりと言うか何と言うか、全く信じられていませんね。

 うーむ。

 まあ、オレだってこんな話聞かされたら、信じないだろう。

 本当はもうちょっと情報を集めて細部を煮詰めてからお披露目の予定だったのですよ。

 でも、もう仕方ない。

 ・・・逃亡するしかないか、・・・。

 まあ、もうちょっと様子を見よう。

 オレ簡単には死なないみたいだし。


「確かに、粗野な感じはしませんね。」


 赤毛夫人は何か考え込んでいる。


「話していて教養を感じさせるところはあります。

 しかし、国の名前も町の名前も言えないのはあまりに不自然です。

 これまでどこで生きてきたというのでしょう。

 国の名前を知らないように見せかけているという可能性はありませんか?」


「あれが演技だとしたら相当です。

 仮に演技だとしても、そのように演技する利点が私には思い付きません」


「他からの間者という線はありませんか」


「まさか」


 隊長は手を振って笑った。


「私が相手の元締めでしたら、最低限一般常識は叩き込んでから任務に出します。

 そもそも、男一人だけなんて目立ってどうしようもない」


「まあ、それは、そうですが」


「それらを踏まえて考えると、彼の言った内容は必ずしも全てが嘘とは言い切れない。

 全てが本当かはともかく大筋は嘘ではないように思えます。

 彼の優れた医学知識と欠如した一般常識は、隔離された場所で教育を受けていたという彼の証言に沿っています。

 また、彼は時々妙に古い単語や言い回しを使います。

 私は仕事柄、第一帝政期の書物や記録を読んだことがありますが、彼はそれに出てくるような言葉を使うのです。

 これは、彼が一人の師匠から学んでいたという話を補強します」


 ライデクラート隊長の言葉に赤毛夫人は再び考え込んだ。


「ライデクラート、仮にあなたの考えが正しいとすると、彼の夢想話が本当だというのでしたら、何かウラがありますよ。

 それは彼自身が知らないものかも知れません。

 そして危険なものの可能性があります」


「彼の知らないウラ、ですか?」


「彼の師匠と言う女は慈善事業で学問を教えていたわけではないでしょう。

 一か所に一〇年以上引きこもって一人の男性に教養を仕込むなど普通はあり得ません。

 ですが、一〇年二〇年ぐらいは大したことはないと考えられる者であれば話は違います」


 はて?

 オレは自分の師匠という脳内設定は男性と考えていたのだが。

 確かに男とも女とも言ってなかったが。

 しかし、仮にオレの空想上の師匠が女だとなにかあるのだろうか。

 ところが聞いた方はそうでもないようだった。


「ああ、言われてみればその可能性がありますか」


 隊長が唸っている。


「確かにそうかもしれません。

 彼が充分な年齢なのに成人の儀を行っていないこと、内容すら知らないこと、男一人で旅をしてそれが異常と思わないこと、全部納得が行きます。

 彼は意図的に女から遠ざけられて育てられていたのでしょう。

 しかし、そうなると、その師匠、どこの何者でしょう?」


「それを今ここで確認するすべはありません。

 今言えるのは彼が後ろに得体のしれない何かを抱えた存在だということです。

 彼を信頼するのは問題です」


「それはそうかもしれませんが、・・・」


 赤毛夫人と隊長の話は白熱している。

 しかし、オレの空想の産物にそんな推理を展開されてもね。

 そもそも何を懸念しているのかすら分からない。


「そうかもしれませんが、他に手がありません。

 ネディーアール様は日に日に衰弱されている。

 今からカゲシンに早馬を立てても医者が来るのに七日はかかる。

 それまでネディーアール様が持つ保証はない。

 いや、持つとは思えない。

 そしてこの町の既存の薬師はみなダメです。

 期待できるのは彼だけなのです」


「そうは言っても、・・・。

 そもそも、成人されたばかりの内公女様の寝所に男を入れるなど、露見すれば大変なことになりますよ」


 あのね、オレを気にするよりライデクラート隊長の方がマズイでしょ。

 こんなイケメン護衛がいたら、たいていの女の子はいちころだよ。

 姫と護衛の恋愛とかスキャンダルだよね。


「彼は、親兄弟はいない、その存在すら知らないと言っていました。

 天涯孤独ということです。

 面倒になった場合は処分すればよろしいのでは」


 微妙に不穏な話になっている。

 だが、赤毛夫人の表情からすればオレに治療をさせる方向なのだろう。

 ま、取りあえず直ぐに逃げるのはやめとこう。

 上流階級にいらぬ敵を作りたくないし、お姫様も見てみたいからね。

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