01-07 ニシシュマリナ

「さあさあ、皆さん、初めまして!

 ワタクシは東方にて薬師を生業とさせて頂いている者でございます」


 オレは胡散臭いほどの笑顔で甲高い声を張り上げた。


「取りいだしたるは、東方伝来、秘伝中の秘伝の神秘の霊薬。

 一つ目は、ロキゾロプロフェン。

 腰痛、頭痛、肩こり、打ち身、捻挫、なんでもございの痛み止めでございます。

 二つ目はどんな化膿も立ちどころに癒す魔法の化膿止め、セフカペンジェネキシル。

 三つ目は軟膏で、リンジェネロンVG。

 単なる切り傷だけでなく、じゅくじゅくとただれた傷口も塞ぐ優れものにございます。

 お値段は、ロキゾロプロフェンが5回分、セフカペンジェネキシルは3回分で棒銀一個。

 リンジェネロンVG軟膏は一匙分で同じく棒銀一個。

 と、言いたいところではございますが、本日は、町を守るという重要なお仕事をされている衛兵の皆様方がお相手。

 特別に、棒銀一個でロキゾロプロフェンは一〇回分、セフカペンジェネキシルは六回分、リンジェネロンVG軟膏は二匙分、ご提供させて頂きます」


 オレとしては必死の営業トークだが、観衆、町の衛兵たちの反応は薄い。

 だが、まあ、ここまでは想定範囲内だ。

 オレが今いる場所は町の正門の衛兵所前。

 町の出入りを監視し取り締まる場所でもある。

 オレは身分証明書というか通行手形を持っていない。

 身分証明書を持っているのは貴族や一定規模以上の商人だけ。

 一般人は持っていないのが普通だが、大半は、近隣の農民、商人で、衛兵と顔見知りなのだという。

 オレのような得体のしれない旅商人(ということにしている)、それも、紹介者なしの初顔は、町に有害でないことを証明せねばならない。

 と言うわけでオレの営業は結構重要だったりする。

 失敗したら町に入れない。


 目の前の兵士は一〇名ちょっと。

 大半が女性のようだ。

 体力勝負の兵士の大半が女性というのは違和感があるが、ここらでは普通なのだろう。

 実はオレ、こちらの男女の見分けができていない。

 男らしすぎるというか、見た目は男性その物の女性が多すぎる。

 完全ガテン系の体型でガッサガサのシミだらけの皮膚に体臭マックスでも女性だったりするのだ。

 最初の村で話しかけた『農夫』が実は『農婦』だと分かった時には驚愕したよ。

 服装もジェンダーフリー、というか、男女差が無いし。


「ふむ、皆様、反応が薄いですね。

 確かに初めてみる私が、今一つ信頼できないのは、わからないでもありません。

 それでは、こうしましょう。

 そこのあなた、特別に無償で治療いたしましょう」


 一人の兵士、恐らく女性を手招きした。

 左上腕に血が滲んだボロ布を巻き付けている。

 開いてみれば案の定、酷い傷だった。

 挫滅創に近い切創でろくに処置がされていない。

「よもぎ」か何かの葉っぱを張り付けて圧迫止血しただけだろう。

 オレはバックパックから革袋を取り出した。

 中身はお手製の滅菌精製水。

 傷口をきれいに洗って、滲出物などを取り除き再び洗う。

 リンジェネロンVG軟膏を塗布して完了だ。

 包帯は、・・・布の市販価格が高いので本人にできるだけきれいな布をださせてそれで巻いた。

 仕上げとしてロキゾロプロフェンとセフカペンジェネキシル一回分を内服させる。

 ちなみに内服剤は粉、散剤だ。

 錠剤にするのが結構大変なのである。

 処置をしていたら隊長らしき男性兵士が足を出してきた。

 どうやら無料で処置しろ、ということらしい。

 むかついたが、隊長の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 営業スマイルを張り付けたまま処置を開始。

 って、あんた、傷深いよ。

 仕方なく縫合セットを取り出す。

 持ち出し多いよ、・・・仕方ないか。

 麻酔は、・・・魔法でやるのだが、・・・効いてる、・・・のだと思う。

 まあ、何やかやで終了。

 二人で一時間以上かかったと思う。

 なんでこんな、ただ働きを、とは顔に出さず愛嬌を振る。


「私は、こちらで紹介頂きました宿屋に数日滞在する予定です。

 ワタクシの薬剤をご希望の方はそちらに来て頂ければ幸いでございます。」


 こうしてオレは首尾よく城壁内に入ることに成功した。

 更にその翌日。

 オレの薬は大量に売れた。

 オレの薬が初めてまともに売れた瞬間だった。


 ニシシュマリナ、この町の名前だ。

 人口は三千人ぐらいだろうか。

 もっといるかもしれないが知るすべはない。

 オレがカナンに来てから立ち寄った八個目の町で、城壁がある町、つまりまともな町としては初めてになる。


 ここに来るまでは、色々とあった。

 あの後、オレはトリセツの各論『旅慣れないあなたにオススメ八選』に従って体裁を整えた。

 まずは情報収集だが、その前にある程度の身なり、というか、仮の身分設定を行わねばならない。

 河原で、丸一日、悩んだ末に、オレは『薬師』になった。

 一人旅を行う必然性がある職業は限られる。

 恐らく、最も怪しまれないのは宗教系、托鉢僧とか、聖地巡礼の類だが、カナンの宗教が分からないから却下。

 あとは商人系だが、一人旅の商人って、売れるものが限られる。

『亜空間ボックス』を使用すればチョロくてポロい儲けが期待できるが、それが目的ではない。

 つーか、『亜空間ボックス』の存在は隠した方が良いだろう。

 そんなことで、オレは薬師になることにした。

 越中富山の薬売りではないが、薬は比較的かさばらずに持ち歩ける商品である。


『医者』ではなくて『薬師』を名乗ることにしたのは、まあ、どちらでも良いのだが、何となく、『薬師』の方がうさん臭さは低いかと考えたからだ。

 医者というのは、近世以前はいい加減な職業だった。

 日本では江戸時代以前は、名乗ったら医者に成れたぐらいである。

 それで商売になるかは別だが、とりあえず、それぐらいの職業なのだ。

 西洋でも似たようなものだったらしい。

 そんなことで、基本、薬売りで医者の真似事もします、にしたのである。

 まあ、医学知識は、そこそこ有る、・・・と思う、・・・オレって卒業してからずっと胃腸管系(くだものや)だったから、他の知識が抜け落ちて、・・・まあ、何とかなる、・・・筈だ、・・・とは思う。

 実際の薬作りについては、『トリセツ』の各論に載っていた。

 亜空間ボックス内にもたくさんあったが、基本、魔法で作れるらしい。

 こちらの魔法は合目的に使えるから、助かった。

 沈痛解熱薬が作りたいと考えれば、それだけで、作れる。

 アスピリンの構造式とか、薬理の授業で習ったきりだからね。

 ちなみに、炎症を鎮静化させるとか、プロスタグランジンの産生を抑制するとか考えて作ると、効率が良い。

 前世?の医学知識は無駄ではないのだろう。


 そんなことで、いかにも長旅をしてますって風体を作り、背中には大型のバックパックを背負い、旅を開始した。

 街道の東と西、どちらに進むか迷ったが、酒飲みおやじ軍団がやってきて逃亡したのが東側だったので、反対側にしている。


 村はすぐに見つかった。

 と、言うか、街道沿いに進むと、五キロから十キロ毎に何らかの集落がある。


 一つ目の町というか村は規模が小さすぎ、更には住民が閉鎖的過ぎて交渉すらままならなかった。

 東方からきた行商の薬師と自己紹介したのだが、生活環境が劣悪で現金収入が極めて限られ、薬などという高価な物を買う者はいないと断言される。

 何か食糧を売ってほしいと頼んだが、これまた余分な物は無いと拒否である。

 何とか情報を得たいと世間話を振ってみたが警戒が強まるばかり。

 最後は明らかに険悪な雰囲気になり退散する羽目に陥った。


 二つ目の村では、金を持っていることを印象付けようと金貨を見せびらかして村長を釣りだすことに成功。

 村長宅に招待された。

 恐らく歓待してくれたのだと思う。

 食事内容は、まあ、お察しで。

 野菜をごちゃごちゃ煮込んだだけで味も何もないのはシチューなのかスープなのか。

 会話も弾まなかったが、ここが『帝国』の一部だということはわかった。

 何帝国なのかは分からないしオレの持っている帝国金貨との関係も良く分からない。

 どうも村長も良く分かってなさそうだった。

 執拗に聞かれたのが、『マリセアの正しき教え』について。

 良く分からないので適当にごまかしたのだが、思えば良くなかったのだろう。


 そんなんで寝込みを襲われました。


 夜中に村長の娘がオレの足元で何かゴソゴソしだしたので、つい『夜這い』にでも来たのかと、・・・いや別に美人でもなんでもなかったし、胸もぺったんこだったから全然好みでもなかったし、まあ、ギリギリ女に見える外見だったけど、変な期待なんてこれっぽっちもなかったんだけど、ちょっと、ほんのちょっとだけ様子を見ようとしたら、・・・人の足、縛ろうとしてたのよ。

 びっくりして蹴飛ばしたら、隣から武器持った奴らがワサワサと。

 どうも、オレの身ぐるみは剥いで奴隷にでも売ろうとしてたらしい。

 治安の悪い田舎で金持ってるって言っちゃダメだね。

 しかし、村長自らってのもねぇ。


 逃げましたよ。

 そりゃ、もう、すたこらさっさと。

 途中でファイアーボール二、三発かましたのは大目に見てもらいたい。

 怪我人はともかく、死者は出なかったはず。

 正当防衛ってやつだ。

 ・・・ファイアーボール練習しといてよかったよ。


『トリセツ』によると、この世界の所謂、攻撃魔法は、ファイアーボールとライトニングボルトの二つだ。

 マナという元素を使う関係からか、種類はあまりない。

 マナを球状に圧縮して投げつけるのがファイアーボール。

 表面に火をつけるのが一般的で、延焼効果もあるのだが基本はマナの爆発。

 手で投げるのが基本だから、射程距離は一般には五十メートル程度。

 圧縮されたマナが爆発するので、オレの感覚では手榴弾に近い。

 熟練の魔法使いだと風魔法を併用して遠距離投擲するという。

 一方、マナを電化させ、これまた放出したマナに乗せて放つのが、ライトニングボルト。

 基本、手の平から発射され、有効射程は十メートル程。

 電気が拡散するので、有効射程はあまり長くはできない。

 近距離兵器だが、近距離では、ファイアーボールよりも防御しにくい。

 他は、この二つの亜流だ。

 ファイアーアローとかは無い。

 火を矢の形にするというのが、まず、できない。

 それを飛ばすのはもっとできない。

 冷気系の魔法もない。

 理論的には魔法で液体窒素を作ってぶっかけるとかできる気もするが、苦労のわりに使い道は限られるだろう。

 あの酒飲みが使った風魔法は、補助魔法に分類されている。

 落ち着いていれば風魔法で倒れることは無いのだそうだ。

 まあ、確かにそうだろう。


 三つ目、四つ目の村でも不調だったので、さすがに反省したオレは、変装することにした。

 どうも、見た目で警戒されていた気配。

 とっとと気づけよ、オレ。

 まずは髪と眉を脱色して茶髪にした。

 魔法で漂白したのだ。

 カナンの住民の髪の色は様々だ。

 赤、青、黄色、緑に紫なんて奴までいる。

 ところが、金髪系は少ないし、黒髪は全くいなかった。

 黒い瞳もいなかったと思う。

 であるからして黒髪という時点でかなり不気味だったようだ。

 男の一人旅も奇異に見られる。

 そもそも何時魔獣がでてくるか分からない郊外での一人旅がかなり珍しい。

 それが男となると「有り得ない」レベルらしい。

 この辺りは四つ目の村で教わった。

 カナンでは男性が少ないため「保護」対象なのだ。

 奴隷としても男が高く売れる。

 一人旅の男性と分かったら何時襲われてもおかしくないという。

 そういうことで、「男」と自発的には名乗らない事にした。

 マフラーや襟の高い服で喉元を隠せば結構ばれない。

 この体は髭がほとんど生えない。

 髪型は女性でも短髪が少なくない。

 肌もきれいなので、こちらから言わなければ勝手に誤認してくれる。


 ちなみにオレの肌が妙にきれいというのもあるが、これは諦めた。

 実は毎日入浴している。

 魔法の練習でもあるのだが、今では戸外での入浴ではベテランの域だ。

 土を操作して穴を掘り、水を作って分子活動を活発化させてお湯にする。

 最近は周囲に土壁も作って目隠しに利用している。

 結構快適だ。

 いやね、初めは風呂なんて面倒だからせいぜい三日に一回だなとか思っていたのですよ。

 それが実際に旅を始めてみると、・・・ゴワゴワなんです。

 文明化されていない、石畳みの街道を歩いていると、一日で髪も体も埃だらけ。

 髪の毛とか埃コーティングで凝固だよ。

 クールでクレバーでクリーンなシティボーイであるオレとしては耐えられる限度を超えちゃったわけですね。

 一日で。

 そーゆーことで入浴は毎日している。

 肌がきれいなのは女性に誤認されやすい利点もあるので良しとした。


 服装も少し変えた。

 亜空間ボックス内に用意されていた服と、ここらの住民の服は微妙に違う。

 年代によるデザインの変化という奴だろうか。

 服はいずれ調達するとして、当座は大きめのポンチョをかぶることにした。

 マント風にポンチョの穴から顔を出せば体の大半がポンチョで覆われる。

 ついでにポンチョの前には、六芒星、三角形を二つ組み合わせたやつを目立つように描いた。

 良く分かってはいないが、六芒星のマークはここらで信仰されている『マリセアの正しき教え』のシンボルらしい。

 伊勢神宮なのかイスラエルなのか、・・・まあ関係は無いとは思う。

 何度か『マリセアの正しき教えを信奉する者か?』と聞かれたのだが、今もさっぱり分からない。

 ちなみに『マリセア教』というと怒られる。

『正しき教え』というのが重要らしい。

 宗教は大変だ。

 マークを描いたのは宗教関係のトラブルを避けるためだ。

 マークを描くことで相手が勝手に同胞と誤認してくれるのを狙ったわけである。


 このような涙ぐましい努力の結果、五つ目の村では食料の調達に成功した。

 黒パンと野菜だけだが。

 そして、六つ目の村では干し肉をゲットした。

 干し肉は村人からではなく、偶然居合わせた行商人から入手した。

 なんでも牙族が作る伝統食品らしい。

 牛肉が使われていて牛の膀胱で作られた袋に入れられている。

 膀胱一つに牛一頭分の肉が入っているとのことだが真偽を確かめるすべはない。

 値段は膀胱袋二つで金貨一枚。

 最初はなんでお前みたいのが金貨持ってるんだという顔をしていたが、両手にファイアーボールを出したら納得してくれた。

 値段は、・・・、多分、高く買っている。

 ファイアーボールを見せたのに相手がいい笑顔をしていたのが根拠だ。

 高い値段にも拘らずオレが干し肉を確保した理由はいくつかある。

 一つは亜空間ボックス内の弁当が少なくなってきたこと。

 最初はものすごい数で、しかも一個が大きい、コンビニ弁当の三倍近くの量があるので楽観していたのだが、数えたら三〇〇個しかなかった。

 たったの三〇〇個だ。

 一日三回食べていたら三か月ちょっとで尽きる。

 一個のカロリーも多いように思えたが、一日中歩いて野宿していると、あっさり食べつくしてしまう。

 二つ目の理由は普通の旅人が食べているような保存食、現地住民の前で堂々と食べられる食べ物が欲しかったことだ。

 亜空間ボックス内には弁当の他に肉や野菜もあるのだが、「新鮮な肉」に「新鮮な野菜」なのだ。

 不自然極まりない話である。

 三つ目の理由は単純に興味があったこと。

 何かこれチンギスハンの世界じゃねって感じで、ボルタだかボルツだかいう保存食を思い出したのだ。

 ちなみにオレはモンゴルの本物は知らない。

 本の知識だけである。


 ボルツを買った商人にはもう一つ重要なことを学んだ。

 商売の仕方である。

 オレはそれまで現代人らしく紳士的に商売していた。

 だがこれはダメらしい。

 嘘もいい加減にしろという誇大広告、過大表現が正しいのだ。

「帝国皇室伝来の技法で作成された秘伝の石鹸」だの「何とか寺の大僧正が絶賛されたやすり」だの、「大僧正がやすりを使うのか」とか突っ込んだら負けらしい。

 逆に言えば誇大広告が当たり前なので、「そこいらの薬よりは効果があります」とか「完全ではありませんが痛みはそれなりに軽減します」なんてやってると「全然効かない」と評価されるようだ。

 難しいね。


 そんなんで七つ目の村では、薬は売れなかったが「針」は売れた。

 針は薬がなかなか売れないので考案した新商品だ。

 旅の行商人が扱っても不自然ではない、小さくて軽くて劣化しない商品である。

 勿論、魔法で作った。

 魔法で金属加工の練習をしていて思い付いたのである。

 太閤記、木下藤吉郎伝説ってやつだ。

 多分フィクションだが。


 結論から言えば針はあまり良い商品ではない。

 利幅が少なすぎる。

 これでは黒パンか稗・粟のおかゆぐらいしか食べられない。

 ひえ吉さんはこれで良かったのかもしれないがオレは無理だ。

 ・・・なんか遅々としてるって?

 オレもそう思うけど、情報が足りないんだよね。

 それでも七つ目の村で「薬が売れそうな町」の情報を得たのは大きかったと思う。

 あと、怪我をしていた少女をなだめて治療の実験台にしたことも良かったと思う。

 歩けない状態から歩けるようにしたので大層感謝された。

 その分、いろいろと実験させてもらったのだ。

 そうやって、オレはニシシュマリナにたどり着いた。




 宿屋の個室でオレはニマニマとしながら硬貨を数えていた。

 これまでの経験により、物価とか貨幣も分かってきた。

 基軸となっているのは『帝国硬貨』と言われる貨幣だ。

 青銅製か黄銅製で大きさは日本の100円玉程度。

 が、薄いので重さは軽い。

 真ん中に5円玉と似たような円形の穴が空いている。

 オレの亜空間ボックスにあった『帝国金貨』は500円玉の二回りぐらい大きく重い硬貨だが、ここでも通用していて、どうやら基軸通貨らしいのだが、一般には全然見かけない。

『帝国金貨』の下が『帝国棒銀』で長さ5cmぐらい直径2cmぐらいの円柱状。

『帝国棒銀』の下が『帝国四分銀』で長さ5cm幅2cm程の平べったい硬貨である。

 金貨一枚が棒銀一〇個、棒銀一個が四分銀五枚となる。

 四分銀と言いながら棒銀の五分の一の価値というのも変な話だが、いろいろと事情があるのだろう。

 硬貨との交換比率だが金貨が硬貨一万枚、棒銀が硬貨一千枚、四分銀が硬貨二百枚となる。

 上述のように街中というか庶民の間ではほぼ硬貨しか見ない。

 稀に四分銀、極稀に棒銀というかんじだ。

 硬貨の穴にひもを通して、二〇〇枚単位、一〇〇〇枚単位でまとめた物も流通している。

 硬貨一〇〇〇枚となると長さは一メートルを超える。

 ものすごく持ち運びし辛いと思うのだが棒銀よりもよっぽど流通している。

 と言うか、一般には棒銀一個というと硬貨一〇〇〇枚の束を、四分銀というと硬貨二〇〇枚の束を持ってくる。

 ちなみに硬貨一〇〇〇枚なんて数えるのが大変というかごまかし放題に思えるが、対策は簡単、重さである。

 商店には大概、吊り秤が常備されている。

 見本として置いてある一〇〇〇枚の束と両脇に引っ掛けて釣り合えばOKである。


 物価だが、硬貨一枚の価値は農村の質の悪い黒パンで三枚程度。

 大体一食分である。

 町の比較的良い黒パンだと二枚ぐらいになる。

 オレの泊っている宿での一般的な食事は硬貨三枚で、そこそこの黒パン三枚、くず野菜だけのシチュー、ワインと水がそれぞれ三〇〇ミリリットル程度付く。

 宿代は大部屋の素泊まりで一人一泊硬貨三枚。

 毛布一枚のレンタルが一泊硬貨一枚。

 ベッドと毛布のセットで硬貨三枚になる。

 個室は一室一晩三人までで硬貨三〇枚。

 滞在客は三〇人弱で行商人と少し遠くの村から農作物を売りに来た農民が主。

 大体が、大部屋で毛布すら借りずに泊っている。

 大半が女性のようで、明確な男性は行商人のトップぐらいだ。

 大部屋は一か月以上風呂に入っていない人間と至近距離で雑魚寝になるので、オレにとっては野宿の方がマシである。

 個室を申し込んだら宿屋の親父は、なんでこんな若造がという顔をしていたが。


 丸一日を薬売りというか外傷治療に費やして、翌日は買い物に出た。

 第一目的は服だ。

 先にも書いたが現在俺が着用している服は軍服系、がっちりした作りの洋服である。

 こちらの一般人の着ている服とは基本スタイルは似ていると思うのだが、微妙に感じが違う。

 そーゆーことで、一般人の服を求めて店に来たのだが、・・・古着屋しかない。

 そう、服は仕立てるものなのだ。

 試しに聞いたら早くて五日、普通は十日以上と言われて諦めた。

 仕方がないので「高級古着屋」に行った。

 古着屋は三段階ぐらいに分かれている。

 庶民に溶け込むためと安いところも覗いたが、基本継ぎ接ぎ擦り切れなので断念した。

 オレだって多少は着心地というものを気にするのだ。


 高級古着屋に行ってまとめ買いした。

 服は高い。

 高級古着で一着硬貨五〇〇枚から一〇〇〇枚ぐらいする。

 仕立てだとどれぐらいするのだろう?

 五着ぐらい選んで、金貨を出したらまた揉めた。

 オレのもう一つの目的が金貨を硬貨に崩すことだ。

 金貨は大きな店でしか使えない。

 硬貨は重くて持ち運びが不便だがオレの場合は問題ないというのもある。


 町で大きめの買い物ならば金貨を出しても大丈夫だろうと考えたのだが、・・・店主の顔が渋い。

 ニセ金貨ではないかとか、盗んだんじゃないかとか、露骨に疑われる始末。

 従者もつれずに一人で「高級店」にやってきてまとめ買いをする時点で『異様』らしい。

 結局、衛兵詰め所に行って色々と証明してもらう羽目に陥った。

 ・・・疲れたよ、パトラッシュ。


 古着の山と硬貨の束を抱えて宿屋に戻ったら、来客が待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る