01-04 神様の御使いィ?

なんか変なのが空中に漂っている。


『アニメの女の子の顔だけの画像』


あえて表現すればそんなものだろうか。

どこかの動画の、『何とかゆっくり解説』とかに出てくるキャラみたいだ。

それがまた、安いボカロみたいな甲高い声で喋っている。

何というか、シュールだ。

何かは分からないが差し迫った問題が先だろう。

腹に刺さった剣を抜かねばならない。

背中と足の矢もだ。

抜けば出血するだろうが、こんな物を刺したまま行動するわけにもいかない。

動けば剣がずれて、さらに切れてしまう。


両手で剣を引っ張る。

なんか逆切腹みたいだ。

ちょっとだけ引っ張ったが血は出ない。

思いっきり引っ張ったら剣はあっさりと抜けた。


「私を押す、ポヨ」


なんか、うるさい。うざい。

腹の傷がみるみる塞がっていく。

我が体ながら、驚愕だ。

続いて矢を抜く。

こちらもあっさり抜けた。

矢ってこんなに簡単に抜けるのだろうか?

昔読んだ知識とはずいぶん違う。

矢に刺された経験も、腹に剣を刺された経験も、そもそも皆無ではあるが。


「私を押す、ポヨ」


体を動かしてみるが特に支障はない。

何とも形容し難い。

支障がないのは良いことなのだが。


「私を押す、ポヨ」


酒飲みおやじ一行からは逃れられた。

最悪の状況から脱したのは、歓迎すべきことだろう。

だが、状況は依然として厳しい。

腹はすいたままで食料は無い。

パンツも無い。

馬車から落ちたものは幾つかあるが、ほぼ燃えカスだ。

まともな戦利品は腹に刺さっていた剣ぐらいだろう。


「私を押す、ポヨ」


だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、うるさい。

ポヨポヨポヨポヨ、いい加減この幻覚、消えてくれ!


「この画像はあなたの能力で設定された亜空間を、便宜上あなたの視覚野に投影したものです。

従って、この画像は他の者には見ることはできません。

この画像の操作は人のいない場所で行うことを推奨いたします」


変わった。

って、今、何言ってた?


「おい、お前、何なんだ?」


「神様の御使いィ?」


なんで半疑問形なんだよ。

胡散臭いなんてもんじゃない。


「じゃあ、その神様ってのは何なんだ?」


「魔法を使えるようになったあなたに、ボーナス、タァァァァイィィィムゥ」


戻った。

なんか本当に安いAIみたいだ。

ホント何なんだ、これ?


「私を押す、ポヨ」


どうやら押すしかない、らしい。

オレは誰に見せるわけでもなく肩をすくめると、魔法使いの帽子をかぶった下膨れの左右に揺れる女の子の顔を押した。


指先が触れた瞬間、PCの画面みたいに画像が変化した。

空中に九個のフォルダーが出現する。

本当にフォルダー、そうとしか言えない。

これPC、なのか?


「ここは、あなたの能力により接続された亜空間を便宜上使用しやすいように設定したものだポヨ。

これは亜空間ボックスと呼んでいるポヨ。

画面表示と使用方法についてはグラフィカル・ユーザー・インターフェイスに準じているポヨ。

勿論、この空間はあなた以外には見えない、使用できないものだポヨ。

人前で使用すると意味不明なダンスを踊る変人だとばれるポヨ」


斜め下に再出現した下膨れが何か言ってる。

・・・誰が変人だ?

そりゃ、素っ裸で走り回ってたけどさ。


「亜空間ボックスは亜空間であるが故に移動することは無いポヨ。

亜空間ボックスは能力があれば誰でも何時でもどこでも使用可能だポヨ。

しかしながら虚数空間に関与できる能力を持つ者が極めてとっても、すんごく少ないことから、事実上あなたの専用だポヨ」


いきなり『亜空間』とかぷっこんできたが・・・よーするにドラ〇モンのポケットか?


「亜空間ボックスはどんなものでもどんな大きさでも収納可能だポヨ。

亜空間には時間の概念がないポヨ。

収納された物資は時間で劣化することは無いポヨ。

これは脱ぎたてパンティーのぬくもりと触感が永遠に維持されることを意味するポヨ」


脱ぎたてパンティーって、表現古いな。

脱ぎたて下着に拘るとか、高校生かね?


「あなたは亜空間ボックスに何時でもどこでも接続可能だポヨ。

現実問題としては無制限コストゼロの移動貯蔵庫だポヨ。

とっても便利ポヨ。

生物も亜空間ボックスに収納可能だポヨ。

収納された生物はその時間が停止するポヨ。

亜空間ボックスに入れられた人間は入れられた瞬間に意識を無くすポヨ。

出てくるまで時間が停止した状態になるポヨ。

つまり亜空間ボックス内部での活動は不可能ポヨ」


なんか分らんが本当だとするとすごい能力だ。

どこぞのラノベだと、生物は入らないって制限があったが、こちらはそうではないらしい。


「ここには九千九百九十九個の亜空間ボックスが設定されてるポヨ。

その内の一三六五個が使用中だポヨ。

亜空間ボックスは現在九個のフォルダーに分類されているポヨ。

これは自由にカスタマイズ可能だポヨ。

一番目のフォルダーは『武器』だポヨ。

緊急時に使用するので一番になっているポヨ。

武器フォルダーは更に剣や槍、弓といったサブフォルダーに分かれるポヨ。

手裏剣、手榴弾、長尺つまようじ等の消耗型武器もここに含まれるポヨ。

二番目のフォルダーは『防具』だポヨ。

兜や鎧だけでなくとっさに使用することが多い迷彩ポンチョや盾、チタン製洗面器等もここに含まれるため二番目だポヨ」


武器や防具の分類に違和感があるが、何か意味があるのだろうか。

それとも文明の差か。

ちなみに、このポヨポヨしたのが喋っているのは『帝国語』だ。

それにしても、チタン、あるんだ。

ミスリルとかじゃないんだな。

洗面器っていうのは突っ込んじゃいけない気がする。

絶対にだ。


「三番目のフォルダーは『貨幣』だポヨ。帝国金貨は一〇万枚ほど入っているポヨ。

しばらく遊んで暮らせるぐらいの財産だポヨ。

でもマルチに嵌まったり、お徳用不動産のまとめ買いとかすればアッというまに無くなるポヨ。」

今は入っていないポヨが、細かい貨幣もここに入れてもいいポヨ。

ただ、リアルに財布を膨らませておかないと不審者認定されるポヨ。

不審者認定されれば変態性癖もばれやすいポヨ。

他には宝飾品や金の延べ棒、絵画、女性用ドレス・下着・着用後下着など高価格で贈答に使用できるものが入っているポヨ。

四番目のフォルダーは『食料』だポヨ。

パンや米などの主食類、肉魚野菜等の副食類は勿論、小麦などは穀物や粉でも入っているポヨ。

男性用女性用精力薬や媚薬は薬品フォルダーになるポヨ」


問題は帝国金貨とやらの価値が如何ほどかということだろう。

金貨というぐらいだからそれなりだとは思うが。

あと、紙幣は無いのだろうか。

文明の発達度合いは期待できない。

それと、貨幣フォルダーに女性の着用後下着を入れる、こちらの常識に不安を感じたい。

文明が未発達にも拘らず、マルチ商法と不動産サギが存在する社会も問題だろう。

つーか、人をやたらと変態扱いしてくるが、変態なのはそっちだと声を大にして言いたい。


「五番目のフォルダーは『水』が入っているポヨ。

蒸留水や海水など一〇〇トン単位で入っているポヨ。

普段飲むためのミネラルウォーターなどは食料フォルダーに入っているポヨ。

六番目のフォルダーには『衣服類』が入っているポヨ。

基本的に男性の下着だけで未使用ないし洗濯済みのものだけだポヨ。

七番目は『雑貨』だポヨ。

その他もろもろだポヨ。

筆記具もここに入るポヨ。

八番目は『薬剤』フォルダーだポヨ。

多分、結構使うことになるポヨ。

九番目は未使用フォルダーがまとめて入っているポヨ」


水が単独で、それも一〇〇トン単位で入っているのは何だろう?

この世界、余程、水が足りないのだろうか?

薬剤フォルダーも気になる。

オレのこの体は薬を必要とするのだろうか。

剣が腹部を貫通しても支障ないのだが。

え、フォルダー名、媚薬? 精力剤?

結構使う? ・・・・・・・・ま、まあ、後で考えよう。


「最後にこの世界のトリセツを進呈するポヨ。

それでは、おはこんばんちわなら、グッバイ、アディオスアミーゴなのだポヨ」


胡散臭い『神様の御使いィ』は胡散臭いままに消えた。

展開が早すぎて何が何だかワケワカメである。

オレの手にはA四版ぐらいの貧相な本が残された。

どこぞのコピー本みたいな体裁で、ページ数は五〇ページぐらい。


表紙には


トリセツ・この世界の取扱説明書、

必読・異世界の歩き方、

初めての異世界・異世界の真実をあなたに、

初心者必携・異世界白書、

リアル異世界事情、


どうして、こうも胡散臭さを前面に押し出すのだろうか?

それとも何か、これが素か?

これ、・・・読むのか?

・・・まあ、でも、とりあえずは、・・・パンツと食事だ!


亜空間ボックスとやらを開いてみる。

おお、本当に入っている。

牛肉に豚肉、野菜もある。

どれを焼こうか?

ふふーん、オレ、すぐ火つけれるんだぜ。

パンツも探そう。

トランクスもブリーフもシャツも一〇〇枚以上ある。

少しだけ悩んで、服は軍服様の厚手の生地の物を、靴も底の厚いアウトドアタイプを選択する。

ポンチョに帽子も出した。

身に着けるとそれだけで心が軽くなった。

なんか、クロマニヨン人未満からフランス王政ぐらいまで一気に進化した気がする。


さて、メシだ!

街道から川沿いに南下する。

少し歩いて河岸で開けた所を発見した。

街道からは段差と川の屈曲で見えづらい。

また、変な奴に絡まれたら嫌だからね。

まずは、燃料。

枯れ木と枯れ草を思いっきり集める。

・・・自分でも呆れるぐらい集めてしまった。

ま、まあ、次だ。

どの肉を焼こうか?

調味料は?・・・


弁当がありました。Orz


オレの努力は?

この枯れ木と枯れ草の山は?

腰の高さまで積みあがっちゃってるんですけど。

ちなみに、薪と炭もありました。

・・・なんだかな。


弁当はものすごい数と種類だった。

選択したのはチーズハンバーグ弁当とローストビーフサンドだ。

現在の空腹状況なら二個ぐらいいけるだろう。

飲み物は液体のまま入っている。

コップを出してそれにそそぐ形だ。

最初は迷ったが、少しの工夫で指先から水流として出すことに成功した。

脳内イメージとしては水を指に這わせて落とす感じ。

理屈は自分でもよくわからないが、結果オーライである。

簡易だがテーブルと椅子もあったので、それで食事とする。

チーズハンバーグ、でかい。

五〇〇グラムぐらいありそうだ。

それも熱々だ。

米も大量。

夢中でかっこんだ。

ちなみに箸を使っています。

弁当に付属していました。

うまい。

涙するほど、うまい。

胡散臭い『神様の御使いィ』だったけど、やたらと人を変態扱いしてくれたけど、この食事は素直に感謝したい。

大容量の弁当を食べて一息つく。

あっ、ローストビーフサンドは亜空間ボックスに戻しました。


さて、・・・。

辺りは暗くなってきている。

せっかく集めたので枯れ木の山に火を付ける。

子供のころのキャンプファイアーみたいだ。


炎を見ながらぼんやりと考えた。

こちらに、この不可思議な世界にきてからずっと、生き延びるためだけにもがいてきた。

川の水をすすり、うさぎもどきを食べ、ピンクレスラー軍団と死闘を演じた。

ただひたすらに生き延びることだけを考えてきた。

そこに唐突に出現した胡散臭い救世主。

『神様の御使いィ』とかいう奴が提供した物資と力で状況は劇的に改善した。

しかし、だ。

それは根本的な改善ではない。


本を手に取る。

中を見るのが怖い。

読まねばならないのは分かっている。

いずれ読むことになるのも分かっている。

『神様の御使いィ』が話した内容、提供された物資。

そして、この本の表紙。

全て、オレがこの世界に残留することを前提にしている。


オレは前の世界は嫌いではなかった。

好きかと言われれば微妙だが、それでもこの世界よりはマシと思える。

少なくとも以前の世界ではオレの周囲に奴隷なんていなかった。

女王様の奴隷にしてくださいとか言ってた馬鹿な知り合いはいたが、・・・まあ、その程度だ。

結婚もしていなければ彼女もいなかったし、職場は超ブラックで月の残業時間は平均一〇〇を超えていたから、お世辞にも人生の勝ち組とは言えなかったが、負け組でもなかったと思う。

ブラックでも対外的にはそれなりだったから、ゴールドカードぐらいは持っていたし、過去には彼女がいたこともあるし、現在だって彼女ができそうな感じ、・・・の気配、・・・のようなもの、・・・の欠片、・・・みたいなのはあった、・・・のだと思いたい・・・。

まあ、これはちょっと考えよう、・・・。

日々の食事にも、パンツにも不自由することもなかったし、命の危険を感じることがなかったのは大きい。

それが、消え去る。

怖い、とても怖い。


・・・それでも、・・・そう、進むしかない。

オレは意を決して表紙をめくった。


“はじめに

ここは、地球ではありません。”


成る程。

これは何となく分かっていたので、ショックは少ない。

それよりも、この一文だけでも分かることがある。

これを書いた奴は地球という存在を知っている。

オレが地球人だということも知っている。


“ここは、地球とは異なる恒星系に所属する惑星です。

現地住民はこの星、あるいはこの世界のことを『カナン』と呼びます。

これは『大いなる大地』、『母なる大地』といった意味を持ちます。

以下、この文では、この惑星、この世界を『カナン』と呼称します。

カナンと地球の位置関係は不明です。

すぐ近くの恒星系かもしれませんし、異なる銀河、あるいは異なる時空間かも知れませんが、計測不能・証明不能です。

会社に缶詰めになっているデスマーチ中のロリコン・プログラマーがでっち上げた仮想現実という可能性すら否定できません。

恐らくは違うと思いますが。

あなたは地球からカナンへと異空間を通じてやって来ました。

サイエンス・フィクション的に書けば『ワープ』とか『超高速亜空間航法』とかに近いでしょう。

少しだけ詳しく書くと、突然の空間虚数変異断層に巻き込まれ、虚数空間に取り込まれた『あなた』という存在のうち、虚数適応を保有していた分子だけが残存しカナンに漂着。

カナンの地表でマナを取り込み再構成された存在、それが現在のあなたです。

つまり、現在のあなたは過去の記憶を持っているとしても、その体を構成する組成は以前とは全く異なっています。

現在のあなたは生体構造的に言えば地球人ではありません。

地球からカナンへの移動は一方通行と考えられます。

カナンから地球への接続は不可能です。

正確に述べるならば、カナンから地球への転移ないし空間接続への試みは現在までのところ全て失敗しており、成功の見通しは全くありません。

結論として、あなたは、このカナンで生きていくしかありません。”


オレは本を置き、立ち上がった。

様々な小説や映画などで、主人公がいきなり他の世界に取り込まれてという設定があったと思う。

主人公たちはあっさりとそれを受け入れていたが、どーなんだろう?

尺の問題とかもあるのだろうが。


空を見上げる。

そりゃあ、星座が違うはずだ。

月もウサギがいなくて当たり前。

亜空間ボックスで酒を探す。

幾つかあった内で一番強そうなのを選んだ。

オレには晩酌の習慣は無い。

いわゆる機会飲酒という部類だ。

自宅で一人酒を飲むのは年に数回、特別なイベントだけ、そう今日のような。


オレは月に乾杯するとウイスキーと書かれた酒をあおった。

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