01-05 トリセツ (一)
オレが再起動するのに数時間を要した。
再び『トリセツ』を手に取る。
まあ、なんだ。
いろいろ考えたが、ここで死ぬのも切ない。
こちらで生きていくしかない。
幸い手持ち資金はあるし、こちらで少しいい目にあっても良いのではなかろうか?
一日八時間以内の仕事で、そこそこのところに住んで、まあまあの食事が取れて、そんでそれなりの美人と結婚出来ればうれしい。
そう、やっぱり彼女は欲しい。
普通の拘束時間なら彼女とのデートも楽だろう。
清楚でやさしい思いやりのある彼女とかできたらいいなぁ。
少し強気で主導権を取ってくれるタイプも悪くはない。
あと、母性溢れるEカップの彼女とか、Fカップの彼女とか、Gカップの彼女とか、・・・何考えてんだ、オレ。
そうだよな、胸の大きさだけでなく全体との比率が大事、・・・。
まて、しばし。
ちょっと理想の彼女は置いとこう。
まずは情報を集めて、・・・。
ところでこちらの世界には労働基準法とかあるのだろうか?
四〇時間規制とか、残業規制とか。
・・・どうも、思考が散漫になっている。
深呼吸してから読書を再開した。
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“この世界について”
カナンは地球にかなり似た惑星です。
地球と比較すると恒星との距離は遠いのですが、恒星の放射熱量が大きく地表の熱量は地球と大差ありません。
地軸の傾きも存在し、地球と同じように四季があります。
地球と同程度の大きさの月もあり潮汐が発生します。
一日は地球時間で二四時間と一五分ほどですが実感としては大差ないでしょう。
太陽暦での一年は三七〇日で地球より若干長くなります。
地球とカナンの差異で最大の物は『マナ』の存在でしょう。
マナ、魔法素子は一種の元素とでも言うべき存在で、カナンの地表上に広く分布します。
マナは主として生物の体内で生成され、空気中に放出され、そこを漂います。
水中、地中、あるいは鉱物中にもマナは存在しますが空気中と比較すると少量です。
マナは質量を持ち、空気中に浮遊するマナは潮汐で濃度が変化します。
マナは生物により生成されますが、一般に、植物よりも動物、動物よりも人類の方が多く産生します。
勿論、例外は多々あります。
マナを使用することによりこの世界の生物は『魔法』を使用します。
魔法の定義は困難ですが、ここでは「マナを使用・媒介することにより発生する超常的現象」とします。
この世界の人類はほぼ全員が魔法を使用できますが、現実問題として他者や自然環境に干渉可能な能力を持つ者は少数であり、『魔法使い』、『魔術師』、などと呼称されます。
同様に魔法を使用できる動物を『魔獣』と呼称します。
また、稀ですが幻覚系などの魔法類似現象を引き起こす植物があり、『魔木』、『魔草』と呼ばれます。
カナンにおいて『人類』と呼べる存在は数種に分かれます。
最も多いのは『人族』であり地球の人類と外見は酷似しています。
ただし体毛や瞳の色は多種多様であり、地球人ではありえない色彩にあふれています。
また、前述しましたが体内でマナを生産し使用します。
しかしながら、それ以外の人体構成は地球人と酷似しています。
外見的にもですが、肺や肝臓・腎臓などの臓器、血管・神経の走行など差異を見つけるのが困難なほどです。
これに付いて、幾つかの推察意見はありますが確定的なものは皆無、要するに原因不明です。
人族に次いで多いのは『牙族』、あるいは『獣人』と呼ばれる種族です。
人族に獣の耳としっぽをつけたのが基本の形態となります。
体格は人族と大差ありませんが、筋肉量が多く、運動能力に優れます。
耳や尾の形、体毛の量と広さは種族により異なります。
腹部以外がほぼ毛皮で覆われている種族から、人族と体毛量が変わらない種族まで様々です。
牙族は一般的に人族よりも魔法・魔力の取り扱いにたけているとされます。
また、魔法に対する抵抗力(抗魔力と呼称)も高い傾向にあります。
ただし、高位の魔法能力者は人族と比べて少ない傾向にあります。
人族と牙族、また牙族同士の交配は可能で、混血は少なくありません。
人族・牙族の他にも『人類』とされる知性を保有した様々な種族が存在します。
しかし、人族と交配可能な種族・人族と交配不可能な種族共に、全体には減少傾向にあります。”
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マナ、魔法素子、ねぇ。
『神様の御使いィ』とかが、『魔法が使えるようになった』とか言っていたが、確かにこの世界に来た直後にこれを読んでも戯言としか思えなかっただろう。
今となっては信じるしかないが。
あのピンクレスラーがここで言うところの『牙族』なのだろう。
しかし、地球で美人が猫耳付けてたのとは別物だな。
リアルは怖いです。
一番分からんのはこちらの『人間』の内臓配置が地球人と同じという話だ。
さらっと原因不明と書いてあるがかなりの重要事項だろう。
地球とこのカナンという星をつなぐ鍵のような気がする。
それにしても、神様の御使いィに比べると数段まともな解説になっている。
書いた人間が違うのだろうか?
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“あなたについて”
上述のようにあなたは異空間を経由して地球からカナンに至りました。
現在のあなたは、元のあなたを構成していた分子のうち虚数空間に適応できるものが残存し、カナンの地でマナを取り込み再構成された存在です。
生体構造的には、もはや地球人ではなく、カナンの人類とも全く異なっています。
哺乳類ですらなく、そもそも一般的に言う『生物』と言ってよいのかすら不明です。
ただ、外見的には人と酷似しており、黙っていれば特に違和感を指摘されることはないでしょう。
あなたは自分が若返ったように感じているでしょう。
外見的には地球人の十代後半から二十代前半と思われます。
顔面偏差値も多少上がっているはずです。
これは、現在のあなたが、『あなたが考える理想的な自分』に再生されたためです。
この意味であなたは転移したとも転生したともいえる存在です。
あなたはこのカナンにおいて唯一無二に近い存在です。
有体に言ってあなたはとても強いです。
あなたが自身の力を理解し使いこなせば戦闘でまず負けることはありません。
あなたは完全生物です。
その気になれば土や金属、紙くずですら『食べ』てエネルギーにすることができます。
あなた自身は普通の食事を食べたいでしょうが。
また取り込んだ食物はほぼ全てエネルギーに変換できるため『排泄』という行為が必要ありません。
ただ、意識的・無意識的に排泄することは可能です。
あなたは多分、一日何回かトイレに行きたいと感じ、トイレに行けば小水を作り出すことでしょう。
酸素がある場所では酸素呼吸でエネルギーを生成しますが、酸素がなくなれば無酸素活動に切り替わりますので窒息することもありません。
剣で切られた程度は数秒で治癒します。
出血も瞬時に止まります。
現実問題として腕を切断されるぐらいでないとそもそも出血らしい出血はないでしょう。
ただし意識的に出血することは可能であり、採血も問題なくできます。
生存面で一つだけ注意しておくべきは、脳と心臓です。
脳、および脳に血液を送る心臓が破綻した場合、脳が再生しても、記憶は再生されないことが起こり得ます。
脳の破損度合いによりますが、記憶が固着していない短期記憶から失われる確率が高いことが判明しています。
戦いの途中で脳が大きく破損した場合、脳が再生してもその直前数時間、あるいは数日の記憶が跳んでいて『なぜ今どうして戦っているのかわからない』という事態になります。
これはよく覚えておいてください。
あなたはこのカナンにおけるほぼ全ての魔法を使用可能です。
カナンにおける魔法は個人の体内のマナを、あるいは大気中のマナを利用して行われます。
魔法は合目的に使用できます。
魔法は『念じる』だけで発生します。
ただし、その願いが無茶なものであればあるほどマナの消費量は大きくなり、マナが不足していれば魔法は発生しません。
あなたの場合、体内でエネルギーが続く限り無尽蔵にマナを生産できますので、理論上は上限が存在しません。
しかしながら、現在の肉体の物理的制限はあります。
また、自然の科学原理を理解したうえで理論的に実行した方がマナ、つまりエネルギーの消費は少なくなります。
例えば晴天で雨を降らす魔法を実行する場合、ただ単に『雨よ降れ』という魔法を実行するよりも、『近くの川の水を蒸発させて水蒸気を発生させて雲を作り雨として降らす』という魔法を実行した方が早く大きく容易に魔法が実行できます。
カナンの一般的な魔法使いの場合、体内のマナ量が限られていることと科学知識の欠如により、呪文を唱えて魔法を実行します。
『川にやどりし水の聖霊よ、我が望みを聞き入れて天に登り給え、天に登りし水の聖霊よ、我らの恵みとなりて地に下られたまえ』
このような呪文で魔法が実行されます。
魔法の呪文は同じ魔法でも流派でしばしば大きく異なります。
目立ちたくないのでしたら適当な呪文を唱えたほうが良いでしょう。
カナンの魔法は簡単なものから高度なものまで多種多様です。
中には芸術と言える魔法もあります。
あなたはマナの流れを感じ取るのが容易ですので、高度な魔法でも何度か見れば使えるようになると思われます。
カナン固有の魔法の他にあなたは、『虚数』に関する能力を保有しています。
代表的な『亜空間ボックス』についてはすでに見ているでしょう。
この能力は熟練すれば極めて有用ですが、慣れなければ極めて危険です。
下手に虚数空間をいじって大宇宙の真空域と繋げてしまえば辺りの物全てが一瞬で吸い出されてしまうでしょう。
恒星の中心部に繋げるともっと悲惨です。
以上のように、あなたは極めて強大で強靭な能力を保有しています。
カナンの国家が攻めてきてもあなたを打倒するのはほぼ不可能です。
ただし、覚えておかねばなりません。
あなた自身は強力ですが、あなたの周囲はそうではないことです。
あなたがあなた自身を守ることは容易ですが、あなたの大切な人や物はしばしば脆弱であり、あなたはそれらの全てを守り切るほどに強くはないのです。
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・・・なんか、とんでもない話になっている。
『あなたの大切な人や物』って何ですか?
恋人死んで泣き叫んでいるスーパーマン???
いやいやいや、オレ、そんなハリウッドの主役張るようなタマじゃないって。
神様の御使いィってばさ、オレに何させたいわけ?
あんたでしょ、オレをここに呼び出したの?
こんな、とんでもない能力に大金、そんな物与えられて喜ぶほどオレ馬鹿じゃないって。
棚ボタで金だの地位だの貰ってもろくな事にならないっての。
何となくで政党党首になっちゃって、「政策はこれから考えます」とか言っちゃう馬鹿みたいに。
宝くじ高額当選して一族崩壊って話も聞いたなぁ。
だいたい唯一無二って、なんだよ。
それ言い換えれば、モンスターってことじゃん。
強すぎるが故に民衆に理解されない孤独なヒーロー、・・・。
セツネー。
・・・ん? あれ、追記がある。
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“追記 交配について”
あなたとカナンの人類は全くの別種族ですが、結婚・交配・子孫形成は可能です。
あなたは、交配相手の遺伝子と対になる遺伝子を体内で魔法的に作成可能です。
遺伝内容はあなたの希望で限定的ですが調節可能です。
ただし子供の能力は交配相手の能力を大きく超えることはできません。
交配遺伝子はあなたが相手を妊娠させようと考えた場合にのみ体内で生成されます。
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えっと、これ、・・・出しっぱなしOKで作りたい時だけ作れる???
ちょっと都合よすぎじゃね。
いいのかよ、変態性欲魔人にこんな能力与えたら世の中の女性がどれだけ被害を受けることか。
いや、勿論、道徳の塊、節度と自己保身の鬼と言われたオレが不特定多数の女性を相手にしてウハウハとかするわけないから、全く持ってノープロブレムですけどー、オレ以外の男にこんな能力与えちゃいかんでしょ。
オレだって躊躇するぐらいだし、・・・まあ、貰えるものは貰っておいてもいいか、・・・。
うん、少し、こちらの人生も前向きに考えよう。
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