01-02 ココハドコ、ワタシハダレ? (一)
引きずられるような音がした。
瞬間、衝撃が来た。
音がした。何かが崩れる音、崩壊する音だ。
走った。とにかく走った。
音はどんどん近づいてくる。
走った。
走るしかない。走る他ない。・・・他にどうしろと?
音はどんどん近づいてくる。
走った。
・・・なんで走ってるんだ?
・・・生き残るため、・・・生き残りたいのか?
音が迫る。何がどうなっている?
振り返って確かめたい。だがどう考えても悪手だろう。
振り返ったら、走る速度が落ちたら、呑み込まれる。
・・・何に?
オレは振り返り、意識を失った。
息ができない。
両手を突っ張る。
わずかなスペース。
吸い込むとわずかに力が戻った。
渾身の力を込めて起き上がる。
口の中が泥だらけだ。
よくわからないが、がれきの中に埋もれていたらしい。
泥を吐き出し、顔をぬぐう。
目を開けると暗かった。
室内?洞窟?いや、外だ。
どうやら夜らしい。
見上げると満月だった。
わずかでも明かりがあるのはありがたい。
ともかく体をチェックする。
体は動く、手足は問題なし、指も壊れていない。
意識レベルはクリアーだ。
そこで気づいた。
素っ裸、だった。
なんだ、何が起こっている?
昨日は、・・・普通に仕事して、普通に残業して、・・・そして帰宅、・・・。
帰宅したか???
よく覚えていない。
よく覚えていないが、遠出した記憶はない。
旅行の予定もなかった、・・・ハズだ。
スッポンポンになって月に吠えるとかいう宗教には入っていないし、真夜中に裸でパートナーを求めてさすらう趣味もなかった。
路地裏から飛び出してJKにウラーとやる予定もなかった。
だいたいウラーとやるには全裸じゃだめだ。
レインコートが必需品だし走って逃げる靴も大事だろう。
まて、しばし、・・・。
思考があらぬ方向に行っている。
冷静になろう。
体は無事だ。一糸纏わぬと言っても直ちに死ぬわけではない。
男一匹、葉っぱ一枚あればいい、・・・。
ごめんなさい。やっぱり嘘です。寒いです。特に下半身が。
気温は二〇度ちょっとか。
凍え死ぬほど寒くないのは不幸中の幸いだろう。
しかし時間がたてば低体温症になりそうだ。
服を手に入れる必要がある。
いや、服とか上等なものでなくていい。
大事なとこだけでも隠したい。
股間が寒いと心も寒い。
立ち上がって辺りを見回す。
・・・・・・・・・・・見事に何もない。
家どころか電信柱もない。
一面なだらかな平面。
足元は、がれきが転がっている。
少し向こうには草が生えているようだ。
いくつか木も見える。
だが、森と呼べる密度はない。
何てったらいいんだ、コレ?
原野、とでも言うのだろうか?
振り返ると、なだらかな上り坂になっていた。
オレは、その坂の麓に埋まっていたようだ。
上り坂と言ってもゆるやか。
視界を遮るほどではない。
絶望的なのは光が無いことだ。
三六〇度、地上から空に向かって放たれる光が見当たらない。
これは半径二〇キロ以内に文明が無いことを示している。
見渡す限り山らしい山が見えないことを考慮すると、半径六〇キロは、だめかもしれない。
どこだ、ココ???
東洋のちっぽけな島国だったらド田舎でも山ぐらい見えるだろう。
まっ平らで半径六〇キロ以内に文明がない場所って、・・・気温も考慮すると、・・・北アメリカのド田舎かユーラシアの真ん中あたり、・・・何とかスタン方面だろうか。
・・・放射能大丈夫かな?
まとめてみよう。
オレは帰宅途中で拉致され、何とかスタンまで運ばれて素っ裸にされて生き埋めにされて放置されたと、・・・。
ないわー。
どこの誰かは知らないが目的がさっぱりだ。
シールズのサバイバル訓練かよ。
志願した覚えはないぞ!!!
空を見上げる。
確かこーゆー時は星座で場所を確認する、・・・オレの知ってる星座って、・・・北斗七星と冬の大三角形、・・・星座じゃないな。
取りあえず北斗七星と北極星を探してみる、・・・が、・・・さっぱりわからん。
よく分からんが星座と言うか星の配置が違う気がする。
星座なんて真面目に見たのは中学生以来だから断言できないが。
つーか、月も違う、ような気がする。
これまた中学、以下略だが。
絶望的過ぎて、逆に冷静になってきた。
開き直って何とかするしかない。
とりあえず明日は欠勤だ。
後輩諸君、明日はオレ無しで何とかしてくれたまえ。
ちょっと長期の休みになる、かもしれないが。
オレはここでサバイバルに邁進する。
って、食料だ!
緊張して意識外だったが空腹だ。
血糖値がやばいレベル。
喉も渇いている。
食料、何よりも水の確保だ。
脱水での衰弱死はメチャ苦しいと聞いた。
死ぬにしてもそれは避けたい。
避けたいが、・・・それで、どーする?
こんな何もない、・・・見渡す限り何も、・・・あれ、何か動いた。
なんだろう?小動物?
耳がピンと立った。うさぎか?
かわいいな、いや、食料だ!
反射的に石を拾って投げた。
フルパワーで投げた。
思わず「当たれー」とか大声まで張り上げてしまった。
まあ、当たるはずもない、・・・いや、当たった。
当たったみたいだ。
ウソだろ?
駆けた。全速力で走った。
石に当たってもウサギが死ぬとは限らない。
短時間麻痺という可能性が高い。
だから走った。
肉さん、待っててね!
こけました。
満月と言っても夜間だ。
辺りは十二分に暗い。
原野は平らだが整地されてはいない。
草が生えている所、生えていない所もある。
加えてオレは裸足で、両足の真ん中は不安定だった。
こけないはずがない。
転倒先に雑草があったのはラッキーだったのだろう。
それでも衝撃でしばらく立ち上がれなかった。
何やってんだ、オレ。
夜中に素っ裸で奇声発して走り回るって変態そのものです。
すいません。
そういえば素っ裸で外を走りまわるって、いつ以来だろう。
五歳児ぐらいかね。
新人歓迎会の時は、・・・紙おむつはしていたな、そういえば。
最後の一線は守ってたわけだ。
あれも何だったのか。
プレ宴会でラ〇ール出身の奴がゼロ戦とか披露しちゃってハードル上げたのがまずかった。
あれさえなければ、・・・いや、今はどーでもいいな。
よろよろと立ち上がって今度は慎重に歩き出す。
焦って転んで骨折でもしたら致命傷だ。
うさぎさんはその場でご臨終していました。
南無。
うさぎを抱えて引き返す。
歩いている途中でもっと大きな発見があったのだ。
水である。
水面に月あかりが光っている。
対岸までは七~八メートルというところか。
恐らくは川だ。
全く音がしないので近づくまでわからなかった。
満月でなかったら突っ込んでいたかもしれない。
草をちぎって投げ入れると、右から左へと流れていることが分かった。
流速は遅い。
手ですくってみたが、ヌルっとして腐った匂いがした。
十分な文明人であるオレとしては煮沸消毒も塩素消毒もされていない水を飲料に供するのはいささか抵抗がある。
焦って飲んで急性胃腸炎。
原野で素っ裸のまま下痢便に塗れて死亡はいやだ。
でも水は必要だ。
しばらく考えた後、河岸に穴を掘ることにした。
以前戯れで読んだSASサバイバルとかいう本を思い出したのだ。
河岸で川の水位以下の深い穴を掘ると水が染み出てくる。
この水は川の水だが、川との間にある土でろ過されるため細菌など汚染物質が減るのだ。
そーゆーことで穴掘りを開始したが、道具が石しかない。
遅々として進まない。
ようやくそれらしい穴が掘り終わったときには空が白んでいた。
大変疲れました。
しばしの休憩の後、オレは次の作業に取り掛かった。
うさぎの解体である。
毛皮付きでは食べられない。
穴掘りで懲りたので、道具を作ることにした。
適当な石に手ごろな石を投げつけ破壊すること数十回。
先のとがった石を複数確保した。
打製石器という奴である。
これで解体を開始した。
しかし、・・・。
何というか、少し前からわかってはいたが、・・・おまえ、うさぎか?
全体のフォルムはうさぎである。
耳も長い。だが片方だけだ。
まあ、これは片方ちぎれただけかもしれない。
いや多分、恐らく、絶対にそうだろう、そうだったらいいなー、と思うことにする。
でも、毛皮が緑ってーのはどうなんだ?
しかも黄色い縦じままで入っている。
おまえ、うさぎか?
地球上の生物か?
いや、世界は広い。
珍獣ハンターでも知らない生物だって残っているだろう。
きっと、そうに違いない、・・・。
分かってます。
突っ込まないでください。
腹が減ってるんです。
これが食べられなかったら、なんて考えちゃいけないのです。
ああ、それにしても毛皮が硬い。
悪戦苦闘して解体したが、なんか悲惨。
ダンプカーとの正面衝突で救急に搬送されてきたご遺体とかそういう感じ。
見た目一〇キロ以上だった「うさぎもどき」だが、解体して取れた肉は一~二キロ。
肉は普通の色?をしている。
試しに舐めてみたが極めて血なまぐさい。
殺して直ぐ血抜きをすべきだったと気づくが今更である。
加えて偉く硬い。
触った感触はスーパーで買う鶏肉の十倍ぐらいだ。
とても生では食べられないだろう。
衛生学的に考えても焼いた方が無難だ。
そうすると、・・・火か。
溜息しか出ない。
取りあえず、穴には水が溜まっていた。
すくってみるとヌメリは無い。
匂いも悪くはない。
水面に口をつけて、上層の透明な部分をすすった。
冗談ではなく生き返った感じがした。
成功だったので水用の穴をもう一つ掘った。
石器を使用したら最初の半分の苦労で掘れた。
道具って大事だね。
水を飲んで気力が湧いた。
根性入れて「火」の確保を目指す。
と、言っても大した策はない。
何となく想像が付くだろうが、枯れ木と枯れ草を集めて、木と木を擦り合わせて、という奴である。
凸レンズどころか火打石も無いのだから仕方がない。
擦る、擦る、擦る。
理論的にはこの方法で火が付くはずだが、一向に付かない。
その気配すらない。
そう言えば、この方法で火を付けるのは一日がかりだという話を聞いた、ような気もする。
前に見た動画では弓みたいな道具を使って回転運動で火を付けていた。
前後に擦るより回転の方が一点集中だし、道具を使えば回転速度も上がるだろう。
そっちの方が効率的だとは思う。
でも、紐なんてない。
擦る、擦る、擦る。
ダレてきた。
でも途中で止めたら温度が下がってしまう。
棒を擦るのは男の義務だと自分に言い聞かせて無心で手を動かす。
擦る、擦る、擦る。
「アー、モー、やってらんねー。
いい加減、火、つけよ。
火、ついてくれよ!」
とキレ気味に叫んだところで火が付いた。
うれしい、というよりも安心で脱力して気を失いそうです。
いそいそと枯れ草を集めて枯れ木を突っ込んで、・・・気が付いたら日が暮れていました。
肉を焼くのも悪戦苦闘。
何とか焼けた時には辺りはもう真っ暗。
血なま臭く、ガッチガチに硬い肉を無理して呑み込みながらオレは考えた。
一キロちょっとのまずい肉を食うだけで一日がかり。
結論。
ここにいたら死んでしまう。
移動するしかない。
夜明けを待って移動を開始した。
夜は立木の根元で枯れ草にくるまって寝た。
肉体的にも精神的にも疲れ切っていたはずだが、睡眠深度は浅かった。
君は全裸で草の上に寝たことがあるだろうか?
まあ、そういうことだ。
あれだけ苦労した焚火は消えていた。
可能な限り、枯れ枝を入れたはずだが足りなかったらしい。
悲しいが仕方がない。
緑うさぎの毛皮は足に巻いた。
大事なところを隠すのと迷ったが足の方が大事だと判断した。
代わりに枯れ草を抱えるだけ抱えて前を隠した。
枯れ草はベッドであり防寒具でもある。
可能な限りの水を飲んで出発だ。
移動は川沿いに下流に向かった。
川沿いに移動するのは水のためである。
水を持ち運ぶ手段がないのだ。
下流方向に決めたのは人家のある確率が高いと考えたからである。
太陽が昇って沈む方向から考えると南東方向になる。
ちなみに太陽の天頂位置から考えると北半球にいるのだろう。
歩きながら考えたのは体のことだった。
どうも体が違う。
見た目に手足が細く引き締まっている。
腹には中年太りがなく肌つやも良い。
時間が経過しても髭が生えない。
体力もマシになっている気がする。
ついでに下半身も妙に元気だ。
疲労蓄積時に下半身が元気になるのは生物学的に致し方ないのだが、その硬度と角度が半端ない。
素っ裸でオッ立ててる。
我ながら変態です。
ごめんなさい。
しかし、若返ったとでもいうのだろうか?
鏡が欲しいが濁った川面では代わりにならない。
と言うか単純に若返ったとも思えない。
視力が驚異的に良いのだ。
自慢じゃないがオレは視力が弱い。
乱視に近視、視覚障害五級が取れるぐらいである。
小学五年から眼鏡のお世話になっている強者だ。
それが今は遠くまではっきりと見える。
こんなに視界が良いのは生まれてこの方記憶がない。
勿論、眼鏡はかけていないしコンタクトレンズも入っていない。
つーか、俺の場合、どんなに矯正しても視力は一.〇に届かない。
若返って視力が改善したとすれば八歳ぐらいまで若返る必要があるが、身長はさほど変化していないようだ。
もう一つ不思議なのは「傷」である。
一日目には相当派手に転んだし、穴掘りやら枯れ木枯れ草の採取で手と指は酷使している。
そもそもがれきに埋まっていたはずだ。
なのに傷がない。
打撲の痛みもない。
何度見ても指先はきれいなままだ。
いや、傷自体は何度も付いているのだが知らないうちに治っている。
異様な治癒速度だ。
非現実的過ぎて夢みたいだが、こんなリアルな夢などありえない。
そもそも夢なんて本人の想像以上の物は出てこない。
全裸で緑の縦縞うさぎ食ってサバイバルなんてアバンギャルドにも程がある。
いや、ひょっとしてアレを食べたからこうなったとか、・・・時系列的におかしい。
体が数時間で変化するはずもない。
考えれば考えるほどドツボだ。
昨日までは「ココハドコ」だったのが今や「ココハドコ・ワタシハダレ」に進化してしまった。
もうやめよう。
今はとにかく人を捜すことだ。
無心に歩き続けること数時間。
やたらと暑いのは良いのか悪いのか。
夏、なんだろうな。
汗をぬぐいつつ歩き続け、オレは遂に文明のカケラを発見した。
「橋」である。
自然石を積んだだけの橋脚に、丸太をかけて板を打ち付けただけの欄干もない原始的な橋。
それでも橋は橋だ。
うれしいことに橋の両岸には道も続いている。
アスファルトはないが古ぼけた石畳があり、轍らしきものもある。
車が走っているということだ!
すばらしい!!!!!
足と渇きが限界だったこともあり、留まることにした。
太陽が天頂に近いから五~六時間は歩き続けた感じだ。
休み休みとはいえよく歩いたものである。
取りあえず、河岸に水採取用の穴を三つ掘った。
穴に水がたまり始めたころ、橋の東方街道上に車影が見えた。
うれしい。
ものすごくうれしい。
抱きついてキスしたいほどうれしい。
思わず声を上げ、手を振る。
なんて声をかければいいのだろう?
トルキとかカザフとか何語だったっけ。
取りあえずは「ヘルプ!」だろうか。
だが、・・・車は、なかなか近づいてこない。
しばらくして理由が分かった。
車はハイランダーでもなければハマーでもない。
馬車だ。
地元民?
言葉が通じるのか、・・・いや、通じない確率が高い。
身振り手振り?
取りあえず、キスは保留だ。
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