第2カード

 「いっちに、いっちに、いっちに......!」

タケダスタジアム周辺での朝のランニングは私のルーティーンだ。

デーなら昼、ナイターなら夜にざわめくこの一帯で、物静かな朝にランニングをしていると不思議と心が凪いでいく。


滴る汗のベタつきでさえ気にならなくなるくらい顔にかかる風がとても気持ちいい。名残惜しい気持ちを押しとどめ、一度家でシャワーを浴びてから学校へ向かう。


 「おはようございます!!」

たとえその場に誰もいないとしても、お世話になっているグラウンドに挨拶をして足を踏み入れる。

部員十一人の女子硬式野球部に割り当てられているのは小さなプレハブとぎりぎり野球のできるスペースしかない小さなグラウンドのみ。正直なところ、設備が整っているとは言い難い。すぐ隣にある男子硬式野球部と比べると雲泥の差だ。


そちらの方を使わせてもらえる時もあるが、強豪と名高く、かなり実力のある選手が集まってきているそちらの方が優先されている。

それが仕方のない事だと頭では分かっているはずなのに、言葉では言い尽くせない悔しさがどうしても込み上げてきてしまう。


「岩田、おはよう!今日も早いな。」

「石川監督!おはようございます!!」


 石川監督は、三年前この学校に女子硬式野球部を創部した、いわば創立者だ。

そんな石川監督は、大学野球では毎年優勝争いをする強豪大学のエースでずいぶんと界隈を賑わせたが、卒業後には野球界からめっきり姿を消したことから、"疾風の貴公子"と呼ばれているらしい。

実際、甘いマスクと低音で伸びの良いその美声で数々の女子生徒たちを骨抜きにしておりファンクラブまでできているのにも関わらず、当の本人はそんな事もつゆ知らず、遠巻きに見ている女子たちにいつも笑顔を振り撒いている。


「もしかして、わざとだったりして......」

「ん??何か言った??」

「え?!い、いいえ。それより、今日の昼練のことなんですけど......、」


時間が経つごとに増えているように思える強い視線に耐え、冷や汗のかく思いで今日も朝のミーティングを終えた。

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