130.学院長からの報せと不思議な少女~お断りします~

いつもありがとうございます。


急に涼しくなりましたね。

体調にはお気をつけください。

――――――――――――――――――――――――――――――――





 クレアさんについて到着した教員棟の最上階。


「……入れ」


「失礼いたします」


 この学院に来た日と違って部屋は片付けてあったらしく、特に待たされることもなくクレアさんの先導で学院長室に足を踏み入れた。


「ご足労いただき誠に申し訳ございません、殿下」


 僕が重厚な木製の扉を閉める音と、金属同士が触れ合う硬質な音が重なる。

 クレアさんが膝をついた音だ。


「構いません。それと以前にも言いましたが、ここでは僕はただの学生なのですから、学院長である貴女が膝を折る必要もありませんよ」


「ですが……」


「――また、私に同じことを言わせるのか?」


「っ!? は、ははっ。失礼いたしましたっ!」


 まったく……この忠義の人ときたら……。


 僕が気配と声色を変えると、僅かに身を震わせたクレアさんは一層深く頭を下げてから後ろでまとめた赤髪を揺らして立ち上がった。


「どうしてそこで嬉しそうな表情をしているんですか……」


「はっ! あ、いえっ……久方ぶりに殿下の覇気を感じることができて身が震える思いでございまして……」


「……いつもありがとうございます。先日の王城での件といい、クレアさんには感謝しています」


「ははっ! もったいなきお言葉!」


「も、もういいですから……座ってください。それで、先程の【アイコンタクト】の件ですが……」


 このままでは話が進まないと思った僕は、クレアさんをこの部屋の主の席に座らせるとそう切り出した。


「は! ではなくて、はい……。そ、その……奥方様がたと仲睦まじいお食事中に大変申し訳無いと思ったのですが……」


「ぅ……ま、まだ婚約者ですから……」


 そこで顔を赤くされると、僕まで恥ずかしくなってくるのですが……。

 クレアさんだっていい大人だし、こんな美人さんなのに浮いた話の1つもないとは言え、こういう話に少しは耐性があってもいいと思うんだけれど。


「し、失礼いたしました……しかしその、大変申し上げにくいのですが……本日のご用件の1つは、その殿下とアイネ様・マリアナ様との仲睦まじさについてなのです……」


「僕らの……?」


 なんだろう、『用件の1つ』ってことは別にも話があるのだろうけれど、クレアさんがわざわざ僕を呼び出して話をするくらいのことなのだろうか?


「はい……これはこの学院の長として申し上げないといけないことで心苦しく思いますが……。その、教師や生徒から上がってきたお話で、皆様が学院中で、ええと……」


 学院長としてと前置きをしたクレアさんは頬を赤くしながら、なんだか言いにくそうに僕の顔色を伺っていて……。

 ……なんだか嫌な予感がしてきたぞ。


「仲睦まじいことは良いことなのですが……せ、をしている姿などが目撃されていたりしまして……『女同士の美しい恋人関係』と噂になっているようなのです。本来であれば私が皆様のご関係に口を出すことなど恐れ多いですが……す、少しご自重いただかないと学院の風紀が……」


「ぅぐっ……」


 『イチャイチャしすぎ』と言われてるのか、これは……。

 た、確かに……気持ちの抑えが効かないときはあって、そんなときに周りを気にしている余裕なんてなかったけれど……。


「噂には皆様の関係についての憧れまで含まれているようでして……多くの貴族や有力者の子女を預かる学院として、将来に影響を及ぼすような風潮はあまりよろしくありません」


 さっき、食堂で僕が考えていたことと同じだ……。


「それに、今の殿下は未だ学生であらせられます。お姿こそ女性であらせられますが……私は殿下が男性であることを存じておりますゆえ申し上げますと……せ、接吻などはお控えいただかなければ……」


 ……ん?


 風紀が乱れるって話や女同士の風潮が広がるのはまずいって話は分かるけれど、どうしてそこから僕が本来は男であるって話とキスはダメって話に……?


 しかもさらに顔を赤くしてまで……?


「こっ……」


「こ?」


ではありませんかっ……!」


 …………。


「……は?」


「でっ、ですから、その……学生である内に子供が出来てしまっては、殿下の秘密とお立場をお守りすることが難しくなりますので……せ、接吻などと……子作りは今しばらくお控えいただければと……」


 いや、いやいやいや?

 そりゃあ『子供ができる行為』はしちゃってますよ?


 でもまさか、『キスしたら子供ができちゃう!』なんてある意味ベタな勘違いが年上の女性の口から出てくるなんて思わないじゃないですか……思わず真顔になっちゃいましたよ……。


「クレアさん、その……キスをしただけでは、子供はできないのですよ……?」


「へ……? いや、しかし書物では男女の睦事の末に子供ができると……」


 ……それ、少女向けの恋愛小説とかじゃないですかね……。

 クライマックスシーンで『2人の顔が近づき……』とぼかした表現で書いてあってその後には仲良く子供を抱いているようなエンディングの……。


 サリアさん……恩人であり早くに亡くなった貴女に言うべきことではないですが、剣や術だけじゃなくて少しは娘に性教育というものをしたほうが良かったのはないですか……。

 せっかくこんな美人さんに成長したというのに、このままではクレアさんの将来が心配ですよ……。


「で、ではどのようにすれば……?」


「え……!?」


 それを僕の口から説明させる気ですか!?

 そんなの完全にセクハラじゃないですか。


 この世界にセクハラという概念があるかは分からないけれど……。


「……クレアさんがおっしゃりたいことはわかりました。子供の件については配慮していますので大丈夫です、とだけ言っておきます」


「で、殿下……?」


「次です次。次のお話は?」


 顔を赤くしながら『子作り』について知りたそうにしているクレアさんを無視して強引に話を打ち切ると、僕は次の用件へ移るように促した。


 またしょうもない……というと大真面目なクレアさんに悪いけれど、そんな内容の話でないことを祈ろう。


「は、はい……実は先程、城から使が来たのですが……」


「城から、ですか……」


 クレアさんの表情が引き締まり、『使いの者』と言ったときに僅かに目を細めていた。

 恐らくは、公にしてはいない情報部の人間のことだろう。


 そんな人間がわざわざ来るということは、どうやら今度は本当に重大な用件のようだ。


「この学院に――帝国の第一皇女殿下が来られることになった、と……」


 …………。


「……は?」


「驚かれるのも無理はございません。先触れこそあったものの、事前調整などはなく突然のことで……しかもご到着は数日中とありました」


 いや、いやいやいや?

 こう言っては悪いけれど、今の帝国において第一皇女殿下の重要度は第二皇女殿下……『狂犬皇女』ことクラウディア皇女殿下より遥かに上だ。


 そんな人物を唐突に国外に出すなんて……。


「……帝国に何かあったのですか?」


「わかりません……なにぶん唐突なことで、城の方でもまだ何も掴めておりません。先方は最初、来訪の理由を『我が国の皇女が貴国の王太子殿下に謁見することを希望する』と言ってきましたが……」


「……申し訳ないですが、無理な話ですね……」


 表向きには、王国王太子……アポロは闇王との決戦時の負傷が原因で面会謝絶の療養中となっている。

 僕がまだ元に戻る方法を見つけられていない状態で、その申し出を受けることは出来ない。


「はい。当然ですが断ったそうです。陛下が御自ら代わりに用件を聞くことをご提案されたそうですが、先方の第一皇女殿下は『王太子殿下でないならご遠慮いたします』と言ってきて、それならと『世界で唯一の輝光士女学院への編入を希望する』と……」


「……色々と、わけが分からないですね……」


 突然やってきて『王太子と話がしたい、話は王太子じゃないとダメ』『話が出来ないなら学院に入りたい』なんて……療養中と公表している王太子を目的にしてるのも意図が分からず怪しいし、まるで王国に来ることが目的で理由は何でも良いみたいじゃないか。


「は……いま城の方では大騒ぎのようで……」


「でしょうね……」


 昔から帝国という国の性質は……良い言い方をしても自由奔放、悪く言えば傍若無人と言われているけれど、今回の件は特にそうだ。

 一国の重要人物が訪れるとあっては、それが急なこととは言え王国としては最低限の体裁を整える必要がある。


「それで……陛下が今は少しでも情報がほしいと仰っしゃられたそうで、殿下は例の第一皇女と面識があるから何かご存知ではないかと思い、こうしてお呼び立てしたというわけでございます」


「なるほど……」


 確かに僕は……というか王太子で星導者としての僕は、大戦中に彼女と顔を合わせたことがある……というより何度も話をしたし共に戦ったこともある。

 お互いに立場もあったので大っぴらに友人と呼べるほどの接し方はしなかった……はずだが、いくらかプライベートな話もした……ような気がする。


 あの頃は僕自身がいっぱいっぱいだったから、話をした内容はおぼろげで容姿くらいしかハッキリとは覚えていないのだけれど……。


 そのことをクレアさんに話すと、クレアさんは『左様でございますか……』と難しい顔をした。


「僕が持っている帝国の現状についての情報は以前にいくらか陛下にお話はしましたが、それ以上は……すみません」


「帝国の現状、ですか?」


「ええ。クラスメイトの第二皇女殿下が漏らしていた話です。帝国は公表をしていませんが、どうやら帝国の皇子は2人とも既に亡くなっていたいたようなのです」


「ああ、その話でしたら私もお聞きしましたね……」


「ええ。だからこそ、第一皇女という皇位継承権上位者を国外に出すなんて……帝国の意図がよくわからないですね」


「はい……」


 ふたりして考え込んでしまい、暫くの間、外の昼休みの喧騒が学院長室まで聴こえてくるほど静かになってしまう。


 これは……ツバキさんにお願いして帝国に入っている忍華衆に動いてもらうことが必要かもしれない。


 本人がここ、学院に来るとのことだけれど、気をつけていれば今の僕を星導者と結び付けられることはないはずだ。


「……とにかく、後手に回っている現状では先方の意図に注意するくらいしかできることはないですね」


「は……おっしゃる通りかと」


 そろそろ昼休みが終わってしまうし、ここで悩んでいてもこれ以上話が進むことはない。


 僕がそう思って話を切り上げたところで――コンコンと、扉がノックされる音が響いた。


 とっさに僕とクレアさんの目線が交差する。


「……少し待て!」


「……では、私はこれで失礼いたします」


「あ、ああ……思ったより時間を取らせてしまってすまないな。面会の予定がもう一件入っていたのだ」


 扉の向こうに人が居る状況なので、僕らは速やかに学院生と学院長の話し方に戻った。


「いえ、お気になさらず」


 今回は急な用件だったから仕方がないけれども、元からクレアさんはとても忙しい人だ。

 また何かあればそのときに話があるだろうし、僕はそのまま目礼して学院長室を出た。


「失礼いたします。……どうぞ、おまたせしました」


「ん……?」


 と、扉を閉めて階段の方へ向かおうとしたところで、一人の人物が僕の方を見ていることに気づいた。


 学院内だから当然ながら女性で、彼女が扉をノックした主なのだろうが……なんというか、それはとても不思議な雰囲気の女の子だった。


 顔の造形は整っているという言葉では収まらないほど美しく、僕を見つめる眠たげな瞳は『金色の』。

 金色だが白に近い白金色ともいえる長い髪が無造作に流されていて、寝癖なのか整えていないだけなのかボサボサだ。

 小柄で僕の胸くらいまでしか身長がなく、身体のサイズに合っていなさそうな大きなブラウスはヨレヨレで……なぜかその上から汚れた白衣を纏っている。


 そして……耳が大きく尖っていることから、光樹族に関係する種族であることが伺えた。


 総じて言うなら、中身は絶世の美少女なのに気怠げな表情や適当な格好がそれを台無しにしているような女の子……だろうか。


 学院生でも先生でもなさそうだが……ひと目見た途端、見た目以外の部分でもその強烈な印象が僕の中に残った。

 上手く言葉にできないが……存在感の密度が違うというか、おそらくその身に蓄えている輝光力は相当なものだ。


 『三星眼』というのも初めて見たし……間違いなくただの一般人ではないだろう。


「ほぉ……?」


「あの……何か?」


 名も知らない白衣の女の子は、僕の方を見ながら何事か感心したような声を上げた。

 そんな観察するように見られると居心地が悪いのですが……。


「ふむ……いや、何でもないさ。私にとって興味深いことがあったというだけだよ」


「はあ……そうですか」


 白い髪が珍しかったとか、そんなところだろうか。


 なんというか、中身には似合ってないけど服装には似合っている話し方というか……耳を見て思ったけれどやはり見た目通りの年齢ではないことを伺わせる落ち着いた口調と声色で話す子だな……。


「それでは……」


 そんなことを思いつつ、僕はその場を辞そうとしたのが――。


「ああ、君。よかったら私を養ってみる気はないかい?」


 ――唐突にそんなことを言われて呼び止められてしまった。


「へっ……? よ、よくわかりませんが……お断りします」


「三食昼寝付きで私を手元において置けるならお買い得だぞ?」


 やけに自信ありげですねっ!?

 しかも要求がダメ人間のそれだ……。


「い、いえ……お断りします」


「そうか……残念だ。では、また次の機会にお願いするとしよう」


 僕が断ると本当に残念そうにそう言った女の子は、そのまま学院長室へと入っていってしまった……。


 初対面の僕にいきなり『養ってみないか』とか……いったい何だったんだ……。


 『また次の機会に』なんて言っていたけれど……急にあんなこと言われて肯く人なんていないと思う。


 あれがいわゆる『不思議ちゃん』というやつだろうか……なんて首をひねりながら、僕はその場を後にするのだった。






――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

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ぜひそちらも作者情報や下記URLからお読みいただけると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16817139558885411953


次回、「陽光姫と編入生~突撃娘と自由人~」

※更新が明後日になる可能性あり

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