第四章 月の奔走と東西より来るもの
129.ランチタイム・ラバーズ~食堂に咲く百合の花~
まえがき
いつもありがとうございます。
本日より第四章開幕です!
引き続きよろしくお願いいたします!
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王国歴725年、双首鳥の月(6月)上旬
先月の『アノ日』から一週間あまりが過ぎ、また月が変わった。
この世界……というより僕らが生きるこの星も、『前』の地球と同じで太陽の周りを回っているようで、ちゃんと季節が移ろいゆく。
今の時期は、春は完全に過ぎ去り夏に向かっていく時期だ。
『前』に聞いたことがある学校生活だと制服が夏服に変わる頃なのかもしれないけれど、このセンツステル輝光士女学院の制服は変わることがない。
元々が光を浴びやすいように袖は透けているしスカートも短いから、デフォルトが夏服と言えなくもない。
制服に使われている生地が高性能なものだからか、雨が多くなりジメジメとした陽気が続くようになってきたこの時期でも快適に過ごせている。
逆に冬は寒そうだ……みんなはどうするんだろう?
学院の食堂で昼食のメニューを選ぶ大勢の女の子たちの姿を見ながら、なんとなくそんなことを考えつつ階段を登っていく。
そして昼食が載ったトレイを手に2階へ上がると……今度は僕が女の子たちから見られる番になってしまった。
「あ! 見てくださいまし! 本日も来られましたわ!」
「お姉さま……本日もなんとお美しいのでしょう……」
「曇天の中でも長い御髪が白く輝いていらっしゃって……」
どこかうっとりとした視線を送ってくるのは……リボンの色からすると下級生だろうか。
「あら……なんだか2階だけやけに混んでいますのね」
「あれですわ、先日のお城での……」
「あぁ、『純白の貴公子』……ホワイライトさんだったかしら?」
「そうですわね。3階に参りましょう? ここにいたらわたくしたちまでアテられてしまいますわ」
「そ、そうね……はぁ。わたくしもあれほどの美貌があれば婚約者の1人や2人は見つかると思いますのに……」
「ホワイライトさんは別格よ……ないものねだりをするより、身の丈にあった方を探すのがいいですわ……」
「そうですわね……」
そういって階段をさらに上がっていったのは、先輩方のようだ。
この食堂は全生徒が同時に利用できるほどの席数があるが、あの先輩方が言っていたように……2階だけ席がうまるのが早い。
それでいてとあるテーブルだけは綺麗に空いていて……僕は主に下級生や同学年の女の子たちの視線を集めながらその方向へと足を進めた。
「あっ、ルナちゃん。こっちよー!」
先に席についていたらしいマリアナさんが僕に気づき、席から立ち上がると満面の笑顔で手を振ってきた。
「あはは……今行きます」
僕と恋人関係になり昔の明るさを取り戻しつつあるマリアナさんは、今では学院でも人目をはばからずに笑顔を見せてくれるようになった。
そしてそんなマリアナさんに陰口を叩くような娘もいなくなり……むしろ王城での一件は瞬く間に学院中に美談として広がり、アイネさんも含めて僕らの関係までもが年頃の女の子たちの注目の的になってしまっていた。
僕を指して『純白の貴公子』なんて呼び名まで出回っていて……ちょっと背中のあたりがむず痒い思いをしていたりする。
「くすっ……さぁ貴公子さん? 早くいただきましょう?」
「アイネさんまで……」
僕が6人がけのテーブルの片側中央の席につくと、右隣に座っていたアイネさんが可笑しそうに笑いかけてきた。
「ユ……ルナちゃんは今日は何にしたの? ……お肉?」
「ええ。今日はなんだかお腹が空いていましたので」
そして左側からは、スカートを抑えて席についたマリアナさんがニコニコとしながら僕がテーブルに置いたトレイの上を覗き込んできた。
「ふふっ……ちゃんと精をつけておかないといけないものね?」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
確かに最近、やけに肉系が食べたくなる気がするけれど……。
もしそれがそういう理由だったとしたら……半分以上は貴女が原因ですからね、夜の大魔神のマリアナお姉ちゃん。
人目があるというのに妖しい目をしないでください。
「マリアナさんも……そ、そういうのは、夜にしましょう? 今は昼食をいただかないと午後の授業まで余裕が無くなってしまうわ」
「そうね……たっぷり、いただきましょう♡」
いやマリアナさん、いただくのは昼食ですからね?
僕とアイネさんじゃないですからね?
「また……。え、ええと……『太陽と月と星の恵みに感謝し、其の光の下、我らがこれを糧とすることをお許し下さい。
「「光在れ」」
マリアナさんの雰囲気を感じ取ったのか、アイネさんが若干強引に食前のお祈りを口にし、僕とマリアナさんの声が合わさる。
それから僕はフォークに手を伸ば――そうとして、それよりも前に伸びてきた手が僕のトレイの上からフォークを奪い去ってしまった。
「ほらルナちゃん、あ~ん」
「あ、あーん……むぐ……もぐ……」
「ふふっ……」
きょ、今日もやるのですね……。
「~~~! 見まして? 今の見ましてっ!?」
「嗚呼……あのお姉さまが大きくお口を開けて……ほのかに頬を染めていらっしゃるのがまた……」
「あんなにお綺麗なのに、愛らしさまでお持ちとは……!」
「今日、早く来て席を確保できて良かったですわっ!」
た、食べにくい……。
「……ルナさん、次はこっちよ」
「は、はい……あーん……」
別に大好きな人から『あーん』をされるのはイヤじゃないし嬉しい。
……そう思う時点で僕もだいぶ頭が恋愛脳というやつになってしまっているのかもしれないけれど……幸せなんだから仕方がない。
それはともかく……。
どうやら2階の席を埋めている彼女らの目的は、こうして僕らが堂々と『女の子同士の恋人』として繰り広げる光景を見るためらしい。
元から注目度は高かったものの、家の爵位の高さや『薔薇銀姫』の評判もあって近寄りがたい雰囲気を感じていたであろうアイネさん。
そして突如として学院に現れそんなアイネさんの心を射止め雰囲気を柔らかくした(とされている)、今をときめく月猫商会の娘である僕。
さらにそんな僕がお城のパーティーで王子様のようにピンチから救い出し求婚した(ことになっている)お相手のお姫様が、一躍有名となったシンデレラガールであるマリアナさん。
この3人が一堂に会し、さらにいかにも『らしい』やり取りを繰り広げる場面を見られるとして……いつの間にやら昼の食堂では僕らがいつも利用している席がある2階の『鑑賞席』争いまで起き始めてしまっていた。
女学院で寮生活を送る良家のお嬢様である彼女たちにとっては、とても刺激的な娯楽のように思われてしまっているのかもしれない。
見世物になる気はない……ないんだけれど……。
「くすっ……はい、ルナさん。こっちも美味しそうよ?」
「あっ、じゃあその次はこれねっ」
アイネさんもマリアナさんも僕が好きな笑顔でいてくれているし、きっと笑顔になっているのは僕も同じだろう。
ちょっと恥ずかしいのを我慢すれば、こんなにも幸せな気分を味わえる時間を手放すのは……もったいなさすぎる気がしていた。
「お三方を見ていると……わたくしもお相手が殿方でなくとも良い気がしてきましたわ……」
「私もですわ……。ただ、そんなお相手もいないのですけれど……」
「…………」
「…………」
「ねぇ……貴女って、こんなに可愛らしかったかしら……?」
「えっ……そ、それってどういう意味ですの……?」
……恋愛は自由だと思います。
思いますが……僕らが原因で貴族の女の子たちの間で女の子同士のブームでも起こってしまったら……この国の将来を考えると陛下に申し訳無さすぎる……。
どこかで百合の花が咲くような会話が聞こえてきて、僕は口の中のものをもぐもぐと噛み締めながらそんなことを考えてしまった。
「ほら、ルナちゃん?」
あ、はい。
早く口の中を空にして次の『あーん』をさせろってことですね。
しかし……今日のランチタイムはなんだか平和だなぁ。
アイネさんもマリアナさんも、僕に食べさせながらもちゃんと自分の分も食べられている。
最初のうちは僕の隣にマリアナさんが加わったことで他クラスや下級生から質問攻めにあったり、人目を気にせず『あーん』を始めたマリアナさんに対してアイネさんが恥ずかしがったり……恥ずかしがりながらも結局はアイネさんも加わるようになり、最終的には気にしないようになっていった。
そんな風だったので慣れない頃は時間を取られ、さらには2人とも僕を優先して最後の方に急ぎ目で食べていたからなぁ……ちょっと申し訳なかった。
僕がひたすら口を動かせば、結果的には2人もゆっくり最後まで食べられるということで……今は平日のお昼のささやかな楽しみを享受することを許してほしい。
『もうっ、ルナリアさんたちはどこに……あっ! いたわっ!』
「ちょ、ちょちょちょエルっち! マズイッスって! あの中に入っていくのはアタシでもキツイッス!」
ゆ、許して……ほしいんだけど……。
大きな声がして階段のほうを見てみれば、トレイを手にしたままキョロキョロとしていた視線を僕の方に向けて固定したエルシーユさんと、その服の裾を引っ張りながらも止めきれずに引きずられているといった様子のミリリアさんがいた。
「またなのね……」
「あ、あはは……」
同じように気づいたらしいアイネさんが、僕らの平和な昼食の終わりを告げるその人を見てこっそりため息をついている。
マリアナさんと学院でも恋人同士なやり取りをするようになってからの変化として、以前にも増してエルシーユさんの『私も仲良くなりたい』アピール……というよりアタックが激しくなってきている気がする。
その度にそれとなく『ただのお友達じゃないんですよ』と伝えているものの、よく理解できていないらしい彼女にとってはそこに自分が含まれていないのがご不満らしい。
この前には帰り道でいい雰囲気になっているときに突撃されたということがあり……アイネさんも扱いに困っている様子だった。
エルシーユさんはその輝く金髪を揺らし完璧すぎる美人顔に人好きするニコニコとした笑顔を浮かべながら、こちらへやってきている。
尖った耳がピコピコと動いていて、純粋に『お友達』に会えたことを喜んでくれているように見えた。
断じて悪い娘ではない……ないのだけれど、純粋すぎるというかなんというか、空気はあまり読んでくれないのが玉にキズだ。
きっとアイネさんも同じ思いでため息をついたのだろう。
『ちょ、ちょっとミリー! 私はルナリアさんのところにいきたいのっ。いい加減に放してっ……わわっ!? 危ないじゃない!』
「放してって言ったのは分かったッスけど、それならもうちょっと落ち着いたらどうッスかねっ!? この暴走娘はっ!?」
何と言ってもあのミリリアさんが抑える側に回るくらいのパワフルっぷりだ。
周りも何事かと余計に注目を集めていて……また賑やかになりそうだと思っていた僕だったが……。
「昼食中に失礼する。でん……ホワイライトはいるか?」
エルシーユさんたちに遅れて階段を上がってきた人が僕の名前を呼ぶのを見て、『おや?』と首を傾げることになった。
「が、学院長っ!?」
「キャー! グランツ様よっ!」
この場においては珍しすぎる人物の登場に、女の子たちもざわめき始めて……。
「あぁ、すまない。そこにいた……か……」
2階を見渡していたクレアさんは、明らかにポッカリと空いている一角に僕たちがいるのを見て近寄ってきたが……。
ミリリアさんの登場で両サイドは譲らないとばかりに僕の腕を抱くアイネさんとマリアナさん、そして間にいる僕の様子を見てなぜだか顔を赤くしていた。
「ご、ごきげんよう……グランツ様」
「あっ、いえ……そ、その……仲が良さそうで何よりだ……」
うん、知り合いのお姉さんに恋人とイチャイチャしてたところを目撃された気分で、僕も非常に気まずい……。
タイミングが悪かっただけなのだけれど。
「ゴ、ゴホンッ。そんなときにすまんが、ホワイライトに話がある。……学院長室まで来てくれるか?」
「……承知いたしました。アイネさん、マリアナさん、エルシーユさんとミリリアさんも……すみませんが、行ってきます」
「ええ、ルナさん。いってらっしゃい」
「片付けはお姉ちゃんがやっておくわね」
『むぅ……この鎧を着たひと、ルナリアさんを連れて行こうとしているの? 私も一緒にお昼を食べたかったのに……!』
エルシーユさん、学院長のこともちゃんと認識できていなかったのですね……。
申し訳ないけれどもフォローはみんなに任せ、踵を返したクレアさんの後に続いて食堂を後にした。
……クレアさんは『話がある』といったときに、ごく短時間の間、瞳を瞬かせ……輝光術のほうの【アイコンタクト】を送ってきた。
その内容は……『重大要件発生』。
エルシーユさんのことを丸投げしてでも早く聞くべき……なおかつ、人前では話せないような内容であることが伺えた。
クレアさんは特段ポーカーフェイスというわけではなく、先程声をかけられたときの表情からは『重大』の度合いは軽く見えるが……。
僕の星導者としての感覚にも何も引っかかってはいないので、闇族関連でもないだろう。
考えていても仕方がない……とにかく早く話を聞いたほうが良さそうだと、僕は足早に職員棟へ向かうクレアさんの後に続くのだった。
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あとがき
??「穏やかじゃないですね」
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価」をよろしくお願いいたします。
皆様からいただく応援が筆者の励みと活力になります!
新作の『宇宙イチャラブハーレムもの』の更新を始めました。
ぜひそちらも作者情報や下記URLからお読みいただけると嬉しいです。
https://kakuyomu.jp/works/16817139558885411953
次回、「学院長からの報せと不思議な少女~お断りします~」
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