128.温もりに包まれた朝~1人と3人、続く幸せな関係~

まえがき

いつもありがとうございます。

ついに第三章最終話、最後までお楽しみください。

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 王国歴725年、牧獣の月(5月)下旬。



「……ん、っ……」


 全身を包む倦怠感というには重すぎる感覚と、柔らかで安心する温もりを感じて……僕は目を開いた。


「ふふ……ユエ様。おはようございます」


「ぁ……おはよう、ございますツバキさん。僕は……寝てたのですね……」


 目を開くと、僕の顔を覗き込むツバキさんと目が合った。


「はい。よくお眠りになられておりました」


 柔らかく慈愛に満ちた……幸せそうに微笑むツバキさんは、昨晩のまま一糸まとわぬ姿で……ちょっと目のやり場に困る光景だった。


 どうやら全身を包む温かさのうち後頭部とおでこのあたりに感じていたのは、先に起きていたらしいツバキさんが膝枕をしてくれていて、僕の頭を優しく撫でていたからだったようだ。


 ではそれ以外はというと……。


「……すー……すー……」


「んっ……すー……ゆえくぅん……」


 僕はアイネさんを抱きまくらのように全身で抱きしめていて、アイネさんもまた僕に身を寄せるように丸まって安らかな寝顔を見せてくれていた。

 反対の背中側からは僕の胸に腕を回したマリアナさんが抱きついてきていて……背中にとても大きく柔らかな感触が押し付けられ潰れているのが分かってしまった。


 窓から差し込む朝日を受けて3人の肌が白く輝いて見え、僕はその幸せな眩しさに目を細める。

 昨晩までのことを考えると……ツヤツヤしてるといったほうがいいのかもしれないけれど……。


 正直、僕は自分がいつ寝たのかを覚えていない……。

 気恥ずかしいけどツバキさんに撫でられるがままになっているのも、疲労感が強すぎて身体が動いてくれないからだ。


「ふふっ……お疲れ様でございました」


「あ、いえ……その、ツバキさんは身体は大丈夫ですか……? 優しくすると言っておきながら……あまり、そうはできてなかったと思いますので……」


「はい。問題ございません。ユエ様にたっぷりと愛していただき……私を幸せな気持ちにしてくださいました」


「そう、ですか……」


 こうして全てを出し切った後だと、あのときの僕がどれだけ異常な状態だったかわかってしまう……。

 だからこそ尋ねてみたものの、微笑みと喜びの言葉だけが返ってきて……僕の中には申し訳無く思う気持ちが生まれてしまっていた。


「すみません……その、まだちゃんとけじめをつけられていないのに……結局、またツバキさんを求めてしまいました……」


 『前』に聞いたことがある男女の性事情と比べると僕の考えは古臭いのかもしれないけれど、僕は僕が好きになった、僕を好きになってくれた女性に対して……その将来を共にする証も誓いもないままに肉体関係を持つというのは不義理だと思っている。


「ユエ様……そう仰っしゃらないでください。そのお気持ちは大変嬉しく思いますが、私も自分の立場はわきまえております。それでも……なにより私自身がユエ様に抱いていただいたことをこの上なく嬉しく幸せに思っておりますので……良いのです」


「……ダメです。言ったはずです、僕はツバキさんのことが好きです、と……。ツバキさんもそう言ってくれたのではありませんでしたか……?」


 この期に及んで『立場』を持ち出したツバキさんに、そんなことは関係ないのだと…… 愛する者同士がちゃんと結ばれるのは当然のことなのだと……そう思ってほしかった。


「は、はいっ。お慕いしております……!」


「ならば、その上で僕は貴女を抱いたのですから……僕はきっちりとけじめを付けるべきです。……この身体がもとに戻って、僕が誰にはばかることなく表に立てるようになったら……その時は必ず貴女と……主従ではなくお嫁さんとして、共にいられるようにしてみせます。結局は待たせてしまいますが……それでも、いいでしょうか……?」


 とはいえ、僕も色々な事情や立場を抱える身で……。

 カッコよく言い切れればよかったけれど、しっかりと意思は伝えられたと思う。


「あぁ……はいっ……はいっ……!」


 この上なく嬉しそうに涙をこぼすツバキさんの顔を見上げて、僕はそう思った。


「おまち、しておりますっ……! んっ……!」


「んっ……」


 ――誓いのキスは、上から降ってきた。


 動けない僕の代わりにツバキさんの方から、それも裸で膝枕されながらというのがどうにも格好付かないけれども。

 世話のかかる僕と世話焼きなツバキさんらしいといえばらしい、忘れられない瞬間となるのだった。


「……ぐすっ……ふふっ……アイネ様が仰った通りになりそうですね……」


「へ……?」


「ふふっ、何でもございません」


 触れ合った唇に手で触れて綺麗に微笑むツバキさんが、ポツリと何かを言った気がしたけれど……。

 幸せて満たされて頭がフワフワとしていた僕には、アイネさんが、というところくらいしか聞こえなかった。


「ユエさまのお身体が元に戻る方法を早く見つけられるように、誠心誠意お仕え……いえ、頑張らせていただきます」


「はい、よろしくおねがいしますね」


「んっ……ふふっ……」


 そうしてもう一度触れ合うようなキスを交わし、僕とツバキさんは微笑みあった。


「ん……んんっ……ぁ……ゆえ、さん……」


 温かな気持ちになっていると……僕の腕の中でもぞもぞと身体を動かしたアイネさんが目を開き、真っ先に目に入ったのが僕の顔だったからか、嬉しそうに微笑んでくれた。


「おはよう、ユエさん……んっ……」


「んっ……おはようございます、アイネさん」


 微笑んだまま朝の挨拶とばかりに、アイネさんは僕の両頬に手を添えて優しくキスをしてくれた。

 ただそれだけのことで僕の心はさらに幸せで満たされ、愛しい人に向ける微笑みに変わってしまう。


「アイネさんも……大丈夫でしたか?」


「ふぁ……え、ええ。まだ、その……ユエさんの形が残ってる気がするけれど、大丈夫よ……」


 気遣う言葉を聞いて何のことか思い至ったのか、頬を染めてもぞもぞと動いて――膝をこすり合わせて――いる様子はとても可愛らしいけれども、僕まで気恥ずかしくなってきてしまった。


「ぅ……その、昨日はありがとうございました……僕のために……」


「……くすっ。ユエさん、そんな気まずそうな顔をしなくてもいいのよ……? だって、私が2人と一緒に『アノ日』のユエさんと共に過ごしたいって思ったのは……ユエさんのためだけど、私たちみんなのためでもあるのだもの」


「僕たち、みんなのため……?」


「そうよ。ユエさんも、私たちも、ちゃんとそういうことにも向き合った上で先に進んでいかないといけないもの。だからユエさんは……くすっ、もう次からは諦めることね。どれだけユエさんが遠慮したり気を使っても……それがユエさんの優しさだとしても、もう私たちがそうはさせないんだから」


「アイネさん……」


 『アノ日』を迎える前の僕は……遠慮というより怖がっていただけだ。

 そんなことはアイネさんにはお見通しで……僕が手を出して楽にならざるを得ない状況を作ってくれて……それはこれからもそうだという。


「あの、すみませんでした……じゃなくて、本当にありがとうございました。こんな僕ですけど……これからもよろしくお願いします……」


「ふふっ……」


「ええ、もちろんよ。……くすっ。もう、真面目なんだからっ……」


「あ、あはは……」


 感謝の気持を伝えたら2人とも嬉しそうにしてくれたけれど、どうやら真っ直ぐすぎたようで笑われてしまった。


「そ、それで……ユエさんこそ、もう大丈夫……なの?」


「ええと、はい……おかげさまで。今はとてもスッキリした気分です……」


 げっそりと言うかもしれませんが……。


「それは頑張った甲斐があったわ……ね?」


「はい」


「ただまぁ……私たちも頑張ったつもりだけれど、2人合わせてもマリアナさん1人分くらいかもしれないわね……」


 僅かに頬を染めたアイネさんは僕を気遣ってくれたが、その頑張りを遥かに上回る暴走を見せてくれた犯人を僕越しに見つめていた。


「……すー……むにゃ……んー……もっとぉ……」


「っ……!?」


 僕からは背中側にいるマリアナさんは見えないけれども……なにやら抱きつく力が強くなって背中に感じる柔らかさが……その中心にあるものがちょっと硬くなっていることまでハッキリと分かってしまい……。


 『アノ日』が明けて第一号ホームランを浴びせられてしまった。


「……ユエさん……? いま、身体が熱くなったわよ……?」


「うぐっ……」


 しかも今は僕がアイネさんに抱きついている状況だ。

 アイネさんからも身を寄せているので、僕の身体に起きた変化が直に伝わってしまい……唇を尖らせたアイネさんが僕の方をジトっとした目で見つめていた。


「は、裸の私に抱きついてて……目の前にツバキさんだっているのに……それは平気だっていうの……?」


「いっ、いえっ……!? ふ、不意打ちですっ……お二人が嬉しいことを言ってくれて幸せな気持ちだったところに、不意打ちだったから余計にドキッとしてしまっただけで……」


 こんな状況で1人だけに反応した僕の身体を責めたい気分になりながら、僕は慌てて釈明の言葉を口にした。


「……くすっ。仕方のない旦那さまね……この分じゃまた来月も頑張らないといけないわね」


「そのときは、私もお供させていただきます……ふふっ」


 ……どうやら冗談半分だったようだ……冷や汗を流してしまいましたよ……。


「あ、あはは……よろしくおねがいしま――ひゃぁっ!?」


「ん、んぅ……」


 ちょ、ちょっとマリアナさんっ!?

 どこ触ってるんですかっ!?


 背中から抱きついてきていたマリアナさん……その手がいつの間にかスルスルと僕の股の間に滑り込んできて……ナニかを探すようにうごめいていて僕に何とも言えないくすぐったさをもたらしていた。


「ユ、ユエさまっ……?」


「ぷっ……ど、どうしたのユエさん……? そんな女の子みたいな声を……いえ、今は完全に女の子だったわね……」


「い、いえマリアナさんが……僕の股に手を――や、やめっ……」


 も、もう今はソコには何もないんですってば!?


「……すー……むにゃ……ゆえくん……ありがと……だいすき……すー……」


 ……寝てる……んですねこれで……。

 仕方のないお姉ちゃんだ……。


 寝ぼけたイタズラや見ている夢の内容はともかく……寝言でまで僕のことを好きと言ってくれるマリアナさんに、思わず微笑んでしまう。


「くすっ……私も大好きなんだからね、ユエさん?」


「わ、私もお慕いしておりますっ……!」


「……ありがとうございます。僕も、大好きです……!」


 大好きと、愛してると。

 心からのこの言葉を伝えられる相手がいるということは、なんと幸せなことなのだろうか。


 昔の……それこそ『前』から続く孤独の中にあった僕には想像もしなかったことだ。


 アイネさんと結ばれてからその感情を知り、僕のこの気持ちは全てアイネさんだけに向けられるものかと思っていたけど……アイネさんに向けるその大きさは変わらないまま……どころかより大きくなりつつ、気持ちを向ける相手が増えることになった。


 その中に……かつての約束を果たすことができたマリアナさんに入ってもらうことができて……。

 壮絶な生まれであり僕が取り返しがつかないことをしてしまったツバキさんにも、幸せだと言ってもらうことが出来た。将来の約束もできた。


 ……僕らの関係は、決して普通だとは言えないだろう。


 人であるかも怪しければ女でもなく男でもない状態の僕と、3人の女の子。

 そんな状態であるのにも関わらず、僕らは愛し合うことができている。


 この幸せを得られていることに感謝して、大切にしていくこと。


 それが僕の望みであり、この温かさの中で愛しい人と共有していくべきことなんだと……そう思うことが出来た。


「……んぅ……ゆえくん……あったかぁぃ……すー……」


「ひゃっ!? やぁ、んっ……!? ちょ、ちょっとマリアナさんっ……!? 私にまでっ……ユ、ユエさんごめんなさい、放してっ……! このままじゃ……」


「……す、すみません……実は身体が動かなくて……」


「あ……そ、そうよね……ユエさん、気を失うほど頑張っていたものね……ひゃんっ!? んんぅっ……!? ゃぁんっ……!」


「ぅっ……」


 これは……ひと月後の『アノ日』も大変なことになりそうだ……。


「んふ……むにゃ……ゆえくん……」


 その日が来たらこの『溜まった』モノの責任は……ちゃんと取ってもらいますからね、マリアナお姉ちゃん……?



*****



第三章 月の躍如と姉との約束

END






――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


ということで、第三章完結!

ここまでありがとうございます!

筆者の感想や裏話などは、明日更新予定のEXにまとめましたので、ここでは控えさせていただきます。


お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「EX3.第三章完結時点 簡易設定資料+第四章特別予告」

EX3は明日更新、そのまま順調に行けば第四章は明後日から開始……できるといいなぁ。


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