122.第一回 嫁たちの夜会~問題と解決策提示~



*****

//アイネシア・フォン・ロゼーリア//



 私が頬の熱を自覚しながら口にした問題……『妊娠してしまうかもしれない』という問題について告げると、マリアナさんもポッと頬を染めた。


「そ、そうよね……そういうことをするってことは、こどもが……できちゃうものね。でも私は……ユエくんの赤ちゃん、ほしいわ……」


 いえ、これは恥ずかしがってるだけじゃないわね……瞳にこの前の夜に見たような蠱惑的な色が混じっているわ……。


「……それは私だってそうよ。でも、私たちはまだ学生なの。そしてユエさんの立場も……秘密もあるわ。もしいま私たちに子供ができたら……特に私の場合は、流石にお父様にもお母様にも『相手は誰だ』と厳しく問われることになるでしょうね……」


「あっ……そうしたらユエくんが本当は男の子で……なんで今は女の子になってるんだってお話になって……」


「そう。ユエさんと……事実上、今のこの国で王太子様の立場にある人と結ばれることは祝福してくださるとは思うけれども、そうなるとユエさんとこの国が隠している秘密を知られることになるわ。それは陛下に秘密を守るとお誓いしたことを違えることになるし、ユエさんの立場を危うくしてしまうわ」


「なるほど……子供ができちゃったらもう言い逃れできないから、だからアイネちゃんはそれを『問題』って言ったのね……」


「ええ、そうよ。本来なら……好きな人との間に子供ができることは喜ばしいことなのでしょうけど、私もこの国の貴族の一員だもの。陛下と王国のためにならないことを……不義理を働く訳にはいかないわ。何よりユエさんのためにならないことは……」


「うん、私もアイネちゃんの言うことはもっともだと思うわ」


 マリアナさんもこの国の貴族の一員、分かってくれたようで良かったわ……。


「…………」


 約一名、『私なら問題ないのでは?』って顔をして尻尾を揺らしているけれど……それはダメよ。


「さて……ここまで話して『問題』は分かってもらえたと思うけれど、それでもユエさんの『アノ日』は毎月やってくるわ。そして私たちはユエさんのためにもその日はずっと傍に居たいし、寄り添っていたい」


「うん。でも……その日のユエくんはえっちなことで頭がいっぱいで、我慢できないのよね……?」


「そ、そうよ。その上でさらに……陛下が仰ったこともあるから、悪いけれど実際に子供ができる順番は正妻と認めていただいている私が一番先でなくてはいけないの」


「それは仕方ないわよ……ちょっと、羨ましいって思っちゃうけれど……」


「……………………」


 マリアナさんは一応納得してくれているようね……目線をそらしたから、思うところはあるのでしょうけど。


 約一名、まるで『そうだった……』とでも言いたげに揺らしていた尻尾を『シュン』とさせて人もいるけれど。


 とりあえず話を続けよう……。


「……正直なところ、先月に私が妊娠しなかったのはたまたまでしかないわ……。ちょうど周期が……子供ができにくいって日だっただけで……」


 ユエさんったら……とても優しく、とても激しく、何度も何度も私の中に……だもの。


「そう言われますと、私の時もたまたまでございますね。…………。(あのとき主様のお子をお授かりしていれば……)」


 ツバキさんがお腹を撫でながら何を考えているか、なんとなく分かる気がするわね……。

 わ、私もつい……お腹に手をやってしまったけれど……。


 私たちのそんな様子を見たからか、頬を染めたマリアナさんが思わずといったようにユエさんの方を見ていた。


「……ゴクリ……そ、そんなにすごいの、ユエくん……?」


「……ええ、とっても……」


「左様でございますね……」


「ふぁっ……そ、そうなのね……。その、初めては痛いって聞くけれど……どれくらい痛いものなの……?」


「うーん……痛かったのは覚えているけれど、正直に言うとどれくらいと聞かれてもよく覚えていないの。痛みよりも、その……嬉しいとか、幸せだって思う気持ちのほうが強くて……」


「……焼きごてを差し込まれている感じといいますか、身体が裂けるようなといいますか……いえ、しっかりと準備をしていればそこまでではないとも聞きます。個人差があるのでしょう。気持ちが勝るというのは、私も理解できます」


「そうなんだ……いいなぁ……」


 ……ちょっとマリアナさん、そこで口元に指先を当てて物欲しそうにするのは今はやめなさい……そんな熱い目で見てたら、ユエさんが起きてしまうわ。


「は、話を戻すわ……。要は子供の問題さえなくなれば、ユエさんは私たちに遠慮せずともよくなるし、私たちも遠慮なく『アノ日』のユエさんの傍にいられるわ。……ちょっとはしたない考えだけど、私たちのほうも順番を気にせずユエさんに愛してもらえる……ってことよ」


「……あぁっ。それでアイネちゃん、この前の薬局で……」


「そう、この問題のために……コレを買ってきたのよ」


 私の説明で察したらしいマリアナさんに肯き、私は持ってきていたアレを一人分取り出した。


「それと、次の『アノ日』には――――ツバキさんも一緒にいてもらいたいと思っているわ」


「っ……!? よ、よろしいのですか……?」


 急に話を振られたツバキさんは珍しく動揺したように目を見開き、耳と尻尾がピーンと立っていた。

 驚きの中に隠しきれない喜びまで混じっていて……でも私は、そんなツバキさんに身勝手で酷いことを言わなければならない。


「ええ。理由は……わ、私たちのせいでもあるけれど、次のユエさんはきっと先月以上に『すごいこと』になってしまうと思うの……」


「……アイネ様もマリアナ様も、主様とはよくお励みのようですからね……」


「……うふふっ♡」


「ぅっ……そ、それで……よ? 前回は途中からとは言え私一人でお相手させてもらえたけれど、ソレ以上になると……あのユエさんの様子を思い出すとちょっと自信がないわ……」


 あのときのユエさんもとってもステキだし、愛してもらうのはこの上ない幸せなのだけれど……私の体力にも限界ってものがあるもの……。


「今回はマリアナさんがいてくれるわ。ただマリアナさんは初めてで……余計なお世話かもしれないけど、2人のためにも、できればユエさんが少しは落ち着いた状態で望んで……向き合ってほしいと思っているの」


「アイネちゃん……ありがとう、気を使ってくれて」


 マリアナさんなら何とかなってしまいそうな気もするけれど……一度しか無い初めてだもの、ユエさんのためにもしっかりと思い出を作って欲しい。


「だから、その……まず私とツバキさんにいっぱい……してもらってから、と考えているの。ただそのために……経験済みのツバキさんを都合よく使うようで、本当に申し訳ないとは思っているわ……でもその上で悪いけど、現状でユエさんの婚約者ではない貴女に拒否権はないわ。私のことを嫌な女だと思ってもらっても構わない……結ばれたのは私のほうが後なのに正妻面して……って。でもこれもユエさんのために――協力してもらうわよ」


 ユエさんの正妻として、同じくユエさんの妻となるマリアナさんのために、私たちと変わらずユエさんのことを愛しているであろう女の子の気持ちを利用する……そんなことは最低なのは分かっているし、罪悪感もある。


 それでも私は、驚きで固まっている暗闇で光るその相貌を毅然と睨みつけた。


「アイネ様……ありがとうございます」


 その視線を受けたツバキさんは……なぜかフッと表情を柔らかくして微笑んだ。


「……どうしてそこで笑えるのよ? 私は、貴女の気持ちを自分勝手に……貴女自身を都合のいい物のように扱おうって言ってるのよ? それも、貴女以外の女のために」


「アイネ様は……本当にお優しゅうございますね」


「っ……。だから、なんでっ……」


 なんでそこで、普通の年上のお姉さんみたいに優しく微笑むことができるのよ……。


「――アイネ様、マリアナ様」


 微笑んでいたツバキさんは表情を引き締めると、短いスカートのメイド服でも構わず私たちに向けて膝をついた。


「私は人に言えぬような卑しい出自であり、日の下にも出られぬ身。本来であれば主様の奥様となられるアイネ様とマリアナ様からすると邪魔な女でしかないかと存じます。にも関わらず、ここまで気を使っていただいた上に主様からお情けをいただく機会までいただき、先立ってはこの先もお傍にいることまでお許しいただきました」


「…………」


 それは……ユエさんのために、ユエさんを支える女性は一人でも多いほうが良いと思ったからよ。

 ツバキさん、いい人だし……。

 その中で私が一番でいられるからこその傲慢とも言えるわ。


 それを『気を使っていただいた』だなんて……。


 機会というのは……確かにこうでもしないとユエさん自身がなかなかツバキさんに手を出さないだろうっていうのは、思ったことだけれど……。


「ですので、私は感謝の言葉を申し上げました」


 ……どうやらお見通しのようね。


「恐れ多くも陛下よりお許しを頂いておりましたので、勝手ながらいつかはまた……と夢を抱いておりましたが、それをこれほど早く機会をいただけるとは……望外の喜びでございます」


「はぁ……わかったわ。正直、そう言ってもらえると私も助かるもの……」


 『正妻として』なんて言って悪い女になったつもりだったけれど、本当は私たちがみんな気兼ねしない関係でいられて、みんなでユエさんと幸せになるほうが良いに決まってる……。


「やっぱり……ツバキさんは良い人だわ。きっとこれからもいい関係でいられると思うの」


「う、うんっ。私もそう思うっ……! 私だったら、そんな風には思えないかも……」


「アイネ様、マリアナ様……ありがたき幸せ」


 しみじみと噛みしめるように言いながら、ツバキさんは大きく頭を下げた。


 つかの間の間、しんみりとした空気が私たちの間に漂う。


「さて、いつまでも跪いていなくてもいいわ。立場がなければ、私たちは同じ人を愛してるというだけのただの女の子なんだもの」


 私は立ち上がると、その空気を払拭するためにツバキさんの手を取って立たせ、微笑みかけた。


「……ふふ……かしこまりました」


「みんな仲良くが一番よね! お姉ちゃんもそう思うわっ」


 ツバキさんも微笑み返してくれて、若干話に着いてこられていなかった様子のマリアナさんもなんだか笑顔で肯いている。


「ねぇツバキさん。私たちが卒業して、子供ができて……ツバキさんの順番が来たら、ちゃんとユエさんのお嫁さんにしてもらいましょう?」


「っ……は、はいっ……! そうなれたら、どれだけ幸せなことか……」


「くすっ、『なれたら』じゃなくて『なりたい』って言ってもいいのよ? ツバキさんなら、私も喜んで協力するわ」


「あ、ありがとう……ございます。やはりアイネ様も、私にとってお仕えするに相応しい奥様です……ふふっ……」


 相変わらず従者っぽいことを言いながらも、その顔には恋する女の子の綺麗な笑顔と涙があった。


「ぁっ……こ、これは失礼を……。……そうですね、お二方にはご卒業後すぐにお子をお作りいただかないと……私の後に控えている一族の女達が待ちくたびれてしまいます」


「まあっ……くすっ」


「ふふっ……」


 涙を流していたことが恥ずかしかったのか、ツバキさんにしては珍しく冗談っぽく言ったので、つい笑い声をこぼしてしまった。


 言っていることは冗談ではないのでしょうけれどね。


 ひとしきり笑いあった後……ふと私たちは、安心しきった様子で寝ているユエさんの方を見た。


「ユエさんったら……私たちにこんなに愛されている幸せ者なのに、いい人過ぎて背負い過ぎなのよ……」


「ユエくん、昔からなんだか落ち着いていて大人っぽかったけれど……このことに関してはどちらかというと、優しい男の人の意地ってやつなのかしら?」


「かもしれませんね。もしくは主様は……悲しいことを経験しすぎたのかもしれません」


「そうね……でも、世界を救うほどに頑張ったユエさんが幸せにならないなんて嘘よ」


「うんっ! 私だって救ってもらったもの!」


「私もでございます」


 私だって、命を……抱き続けた想いを、救ってもらった。


 本当、他人を救うことには余念がないくせに、自分を救うことには疎い星導者様なんだから。


 ……せ、せめて女の子にえっちなことをするのくらい、好きにすればいいのよっ。

 相手はユエさんのことを大好きな、私たちなんだから……!


「だから……ええと、もう一度ユエさんの『アノ日』の話に戻るけれど……ツバキさんにも、これを渡しておくわ」


 ずっとユエさんの方を見ながら心に湧き上がる温かさを感じていたいけれども、既に夜も遅いし、いつまでもこうしてユエさんが寝ている横でおしゃべりを続けることもできない。


 そう思った私はそろそろ話を切り上げるべく、取り出していた小さな紙袋……薬局の奥のほう、貴族の女性しか入ることが出来ないそこで特別に用意してもらって購入した『あるもの』を、ツバキさんの方に差し出した。


「頂戴いたします。これは……な、なるほど……」


 紙袋の口を開いて覗き込んだツバキさんは、そう言って納得の声をあげ……わずかに頬を染めたのだった。







――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「黒猫屋敷~撫で撫で権を行使するッ!~」

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