123.黒猫屋敷~撫で撫で権を行使するッ!~

まえがき

いつもありがとうございます。


新作を月曜日に公開予定です。

現状ではスタートダッシュ後はのんびりと更新していく予定です。


そしてこちらは3章の中でも最終章に突入といったところでしょうか。

引き続きよろしくお願いします。

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 王国歴725年、牧獣の月(5月)下旬。



 着々と近づいてくる新月の日。

 体調は下方気味で、ジワジワと『アノ日』へ向けて違和感がせり上がってきている。


 僕がその逃げようのない事実にこっそりとため息をつきながら迎えた週末の、その夜のこと。


 ――ユエさん、ちょっとお休みを取りましょう。期間は明日から三日間ほどよ。学院には私の方から届けを出しておいたわ。


 ――主様、先日に仰っしゃられておりました部下たちへの『ご褒美』の件、場所は中央区のお屋敷でいかがでしょうか。お屋敷の中なら人目もありませんので部下たちも集まれます。先立って参集をかけておきました……あ、ちょうど明日がその予定日でございます。


 ――そうなるとクロちゃんも行くわよね? お姉ちゃんがクロちゃん用のバスケットを持ってあげるわ。


 ――なんじゃと!? うむ、くるしゅうないのじゃ。どうせならその『ばいんばいん』な胸の上に乗せてくれてもよいのじゃ……にぎゃぁっ!?


 なぜか突然告げられた三日間の休みと中央区の屋敷に行くという『決定事項』。

 僕の部屋で繰り広げられたその有無を言わさぬ連携っぷりに、『え、聞いてませんよ。いきなりどうしたのですか?』とは言えなかった……。


 それが昨晩のことで、僕たちは朝早くから私服姿で……中央区に与えられたホワイライト家の屋敷の門前に立っていた。


 新月は、明日に迫っている。


 そんなときになぜ……と思いながらも、もしかしてそんな日だからこそなのかという予感もありつつ、僕は門の脇にある輝光具に特定の波長の光を照射した。


「ここがユエさんのお屋敷ね」


「うちよりも大きいわ……」


 解錠された門が自動でゆっくりと開くと、初めて訪れるアイネさんとマリアナさんが屋敷の全容を見上げて感想を口にしていた。


「いらっしゃい……というほど僕も自分の屋敷という感覚はありませんが。こちらです」


 帰ってきたという感覚が全くないことに自分で苦笑しながらも、僕は2人を先導して久しぶりにその敷地内に足を踏み入れた。


 二月近く空けていたけれども庭は手入れが行き届いているし、恐らく屋敷の中もそうだろう。

 忍華衆のみんなに感謝だ。


 そしてそのみんなの独特の気配は、既に屋敷の中に満ちていて――。


『おかえりなさいませ、主様。奥様方』


 玄関に入った途端に、ズラッと膝をついて整列している彼女たちの姿があった。


「ただ今戻りました。お久しぶりですみなさん。どうぞ顔を上げてください」


『はっ!』


 僕が顔を上げるように言うと、様々な色の瞳が一斉に僕たちの方を向く。

 みんな僕に会えて喜んでくれているのか、僕が声を発すると耳が一斉にこちらを向き、尻尾も同じく一斉に揺れ始めるのがちょっと可愛らしいと思ってしまった。


「わぁ……すごいわね」


 こうして集まっているところは僕も久しぶりに見るけれども、しばらく離れていたからこそマリアナさんが驚く気持ちも分かる気がする。

 コレだけの人数の女の子たちが膝をついて声を揃える姿は、改めて見ると圧巻の光景だ。


「ねぇねぇユエくんっ! 私、奥様だって……ふふっ」


「っと……そうですね」


「………玄関で立ったままだと、彼女たちがいつまでも動けないわ。まずは荷物を置きにいきましょう」


 マリアナさんはテンションが上った様子で『奥様』という言葉を繰り返しながら僕の右腕を抱きしめてきた。


 アイネさんはこれだけの従者たちを前に自然体でいて、流石は大貴族のお嬢様といったところだろうか。

 ただ、マリアナさんの様子を見たからか、それともアイネさんも『奥様』がお気に召したのか……おすまし顔の下に喜びの感情が見て取れた。


「アイネ様、お荷物は私共がお持ちいたします」


「そう。お願いするわね、ツバキさん。この前にお願いした通り、皆さんを紹介してくれるかしら?」


「承知いたしました。それなら、主様からご褒美をいただくときに順番に紹介させていただきます」


「わかったわ、お願いね」


「は。こちらでございます」


 なんだか僕抜きでどんどん話が進んでいるような……最近はよくあることだし、気にしないほうが良いか……。


 アイネさんはちゃんと忍華衆のみんなとも顔合わせがしたいと言っていたし、きっと長い付き合いになる。

 ちょうどいい機会だろう。


 みんなの期待感でキラキラした目とふりふりと揺れる尻尾を見てると、この場に留まっているよりも早くしてあげたほうが良さそうなのは僕も同感だ。


 たしか奥の部屋が……。


「主様っ、わたしがお荷物をお持ちしますっ!」


「あぁっ!? ちょっと、抜け駆けはやめてよねっ!」


「み、みんな落ち着いてっ……主様の前で失礼だよっ……!」


 僕が一歩踏み出したとたん、我先にと僕の荷物を受け取ろうと囲まれてしまった。


「あはは……」


 そうそう、みんなはこんな感じだったな……なんて思いながら、最初にこの屋敷を訪れた時と比べてずいぶんと賑やかになりそうな予感を感じていた。



*****



 1階にあるリビング。この屋敷の中でも一番広い部屋だ。

 日光が苦手な娘も多いので窓にはカーテンが敷かれ、今は多くの人で賑わっている。


 そして、普段は置かれている家具は横に退けられ、中央にソファーが一つだけ残されていて……僕はそこに座ってソファーの下から膝に寄りかかってくる忍華衆の一人にご褒美を……満場一致で希望されたという『撫で撫で権』を行使されていた。


「ふあぁぁぁぁ……ふにゅぅ……」


「彼女はスイレン。普段は西方の調査に赴いております。我らの中でも偵察や後方支援に長けており、その実力と冷静沈着さから隊のひとつを任せております」


「そ、そう……」


「あぁぁぁぁ~……あるじさまぁ……きもちいいですぅ……」


「……冷静沈着、ね?」


「……はい。仕事の上ではそうなのですが……」


 ゴロゴロと本当の猫のように喉を鳴らしそうな雰囲気で僕に撫でられているスイレンさんを見て、ツバキさんから紹介を受けた僕の隣に座るアイネさんは怪訝な表情をしていた。


「…………(ウズウズ)」


「いいなぁ……早く私の番がこないかなぁ……」


 頭を撫で、耳を撫で……スイレンさんが気持ちよさそうな声を上げる度に、その後ろにズラッと並んだみんなから羨ましそうな声が聞こえ、待ちきれないとソワソワしてる雰囲気が伝わってくる。


「……主様、お時間です」


「わかりました。……いつもありがとうございます、スイレンさん。これからもよろしくお願いしますね」


「ぁっ……はい、わかりましたぁ~!」


 この『撫で撫で権』は時間制らしい。

 ツバキさんがその制限時間の終わりを告げるとスイレンさんは残念そうな空気を出したものの、僕が労いの言葉をかけると笑顔になって次の子に順番を譲った。


 これを、僕は人数分こなさないといけないらしい。


 いや、僕が言い出したことだし感謝してるのは確かだから文句はないのだけれど……みんなスイレンさんみたいに大人しく撫でられてくれるわけではないのが……。


「次、主様の前へ」


「はい。あぁ主様……よろしくお願いいたしますわ」


「ええ、では……」


 次に順番が来たのはキキョウさんだ。

 ついこの前も会った、今はエーデル家で働いてもらっている知的でたおやかな女性といった印象のお姉さん。


 ……のはずだけど。


「ふぁっ……んんっ……あぁ……! 主さ、まぁっ……! ぁんっ、主様が……わたくしに、触れていただいて……んんっ……!」


「……彼女はキキョウ。アイネ様にも先日お会いいただいたので、紹介は省かせていただきます」


「ええ……」


「わ、私の中のキキョウさんのイメージが……ユエくんの前だと、こんなに……えっと……」


 デレッデレで僕の手を色んな意味で気持ちよさそうに受け入れ、時折艶めかしい声まで漏らしている様子のキキョウさんを見て、マリアナさんまで微妙な心境になっているようだ。


 あとこの女性(ひと)、隙きあらば僕の手を滑らせて胸とかを触らせようとしてくるし、自分から僕の手にスリスリと頬をこすりつけたり、潤んだ瞳で見つめてきたりと……直接的な表現をすると、今のキキョウさんは発情した猫みたいになっている気がする。


 僕は僕で新月前というタイミングで綺麗な女性のあられもない姿を見せられ、どうしてもドキドキしてしまって仕方がない。


 両隣にはお嫁さん、斜め後ろにはツバキさんが目を光らせている気がするので、何でも無いような表情を作るのに必死だ。


 逆に言うと、そんな状況でもこうなってしまうキキョウさんがすごいのかもしれないけれど……。


「はぁっ……ぁぁっ……あるじさまぁ……! いつ、わたくしに伽をお命じいただけるのですかぁ……? んんぅっ……!」


「……お時間です。さぁキキョウ、早く主様の膝から退きなさい」


「あぁっ……そんな、もうっ……!? 族長っ、わたくしだけ短いのではっ……!?」


「…………そんなことはありません」


「あはは……キキョウさんも、マリアナさんの家のこと、お願いしますね」


「あぁ主様っ……もったいなきお言葉でございます……! 精一杯お役目を果たさせていただきますわっ……! ですから、その……もう少し――」


「……次の者、主様の前へ」


「あぁっそんなっ!? せ、せめてあと10秒っ!? 10秒だけでも主様のおそばにぃっ……!」


 ――バタンッ


「……連れて行かれちゃった。私、あの人に家を任せていて大丈夫かしら……」


「失礼いたしました……マリアナ様、あれでも勉強熱心で知識は豊富で我らの中でも事務仕事に秀でており、優秀なのは間違いございませんので……引き続きお使いいただければと……」


「あっ、そ……そうね。別にイヤってわけではないのよ? 私もすごく助けてもらったし、感謝はしてるのよ?」


「お気遣い、ありがとうございます……」


 ツバキさんも、気苦労が絶えないですね……なんて、他人事じゃないんだけれど。


 好意を向けてくれるのは嬉しいですが、もうちょっとこう、なんというか……時と場合を考えてほしいというか……好意が大きすぎてすぐに行為をしてもらいたがるところとか……ねぇ?


「キキョウさんは……あの様子だと、ツバキさんの次かしら……」


 って、アイネさん? 何をメモしてるんですか……?

 次って何がですか……?


 そうして……次々と並ぶ女性たちを撫でていく僕と全力で喜ぶ女性たちいう、客観的にはどう見てもおかしな光景が繰り広げられていく。


 キキョウさんで前例ができてしまったせいか、もはやただ撫でらている娘のほうが少ないといった具合で……。


 僕はずっと手を動かし続け……彼女たちからのアピールにドキドキしながら午前中を過ごすことになるのだった……。








――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「黒猫屋敷~恩には報を~」

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