114.クラスルームは平常運転~前後左右~
王国歴725年、牧獣の月(5月)中旬。
『……よ。……しょう?』
『……ふ……の……ね。…………わ……』
……なにか、きこえる……きがする……。
『……様は、…………ます』
フワフワとした意識が、耳心地の良い刺激を受けて眠りの底から浮かび上がってくる……。
あぁ……もう、起きないといけない時間か……。
もう完全に春が終わったことが分かる陽気が続く中でも、朝のこのまどろみはなんとも捨てがたい。
とはいえ、満月が過ぎ去り新月に向かうこの時期は、いつもの深海の底から這い上がるような思いをして起きているのに比べれば、多少は楽というものだ。
瞼の向こうに明るさを感じて、僕は目を開いた。
「……ん…………ぁ……あれぇ……?」
「あ、起きたのね。おはよう、ユエさん」
「ふふ、おはようユエくん。いつの間にかお寝坊さんになっちゃったのね」
目を開くと、見知った天井……ではなく、見知った愛しい顔がふたつ、僕を覗き込んでいた。
「アイネしゃん……マリアナしゃん……おはよう、ございまふ……」
寝起きで頭がよく回らないけれど、目覚めて1番に好きな娘たちの顔が視界いっぱいに広がって、そのことが幸せで自然と口元が微笑みに変わっている気がした。
とりあえず起きなければ……と僕が苦労してベッドの上で身を起こすして目をこすっていると、2人はベッドの横で微笑みを向けあっていた。
「くすっ、ユエさんったら……」
「寝起きのユエくん……かわいいっ……!」
「あぁ、やめておくのじゃマリアナよ。今のコヤツに手を出すと痛い目をみるのじゃ――」
「クロちゃんの言うとおりよ。なんでも、クロちゃんは前に――」
「あらそうなの? 残念――」
「ここはツバキさんに任せましょ――」
「んー……」
こしこしと目をこすりながら、ボーッとする頭でなんとなくその光景を眺めていると、ツバキさんが寄ってきてそっと背中を支えてくれた。
「おはようございます、主様。さぁ、まずはお召し替えをいたしましょう」
「ふぁい……」
そのままいつも通り、ツバキさんに手取り足取りパジャマを脱がされ下着を着けられ制服を着せられ……僕の一日が始まる。
「ふぁ~……ぁふ……」
「ふふっ、本日もいい天気でございますね」
「はい……」
そうしてツバキさんに丁寧に髪の世話をされる頃には、多少は意識がハッキリしてきた。
「いいわねぇ、ああいうの」
「そうね。でも邪魔しちゃ悪いわよ?」
ニコニコのツバキさんに世話を焼かれる僕に、アイネさんとマリアナさんが微笑ましいものでも見るような表情を向けて何事か話し合っている。
「朝のユエさんのお世話は、ツバキさんにとって大事な時間なんだから。こうしていつもと違うユエさんが見られるだけでも楽しいから、私たちは我慢しておかないと」
「ふふっ、そうね。ただユエくん、昔はこんなに朝が弱い子じゃなかった気がするのよねぇ……」
「そうなのね……。そうなると、星導者様になってからか、女の子になってから変わったのかもしれないわね」
本人が直ぐ側にいるというのに、僕が朝が弱いことについて話し合っているようで……なんだか気恥ずかしいけれども、心温まる幸せな朝だった。
*****
朝の支度を終え、ツバキさんに見送られ、自然と寄り添ってくるアイネさんとマリアナさんを左右にくっつけたまま……僕らは教室までたどり着いた
ゆっくり歩いていたのもあって、時間に余裕を持って寮を出たはずなのにギリギリになっていた。
「「「おはようございます」」」
「……くすっ」
「ふふ」
「あはは……」
扉を開いて挨拶をしたら、図らずとも声が揃ってしまった。
そんな些細な事でもおかしくて、つい3人で顔を見合わせて微笑みあってしまう。
「お、来たッスね! おはよッス、ルナっちーズ。早速新しい嫁を連れて、ハーレム登校ッスか~? 羨ましいッスね~?」
直ぐ側にある席にマリアナさんがカバンを置いていると、珍しく早かったらしいミリリアさんがニヤニヤとしながら声をかけてきた。
「おはようミリリア。何よそれ……あと、机の上に座るなんてお行儀が悪いわよ」
僕もそう思います。色々見えそうで良くないと思います。
「そんな細かいことはいいッスよー。それより……ニッシッシ。みんなルナっちたちを待ってたッスから、覚悟するッスよ……ねぇ?」
――ガタガタッ!
「わぁっ……!?」
「えっ……私もっ!?」
ミリリアさんが話を振るようにクラスメイトたちの方を見ると……ミリリアさんが言った通り、待ってましたと言わんばかりに立ち上がった女の子たちが僕らを取り囲んだ。
その目はどこまでも純粋でキラキラと……とう言うわけではなく、興味津々で知に飢えてギラギラとしていて、まとめて囲まれたマリアナさんなんかは驚きの声を上げている。
「そうですわっ! ホワイライトさんとエーデルさんのダンス、とても素敵でしたわっ! わたくし、感動してっ……!」
「エーデルさん! あのときのドレス……いったいどこのデザイナーの作品ですのっ!? 教えてくださいましっ!」
「ロゼ―リアさん、ホワイライトさんとのご関係をご公表なさったのですかっ!? ステキですわっ!」
「ホワイライトさんのドレス姿もステキでしたけど、やっぱりその後の凛々しいお姿も……」
「や、やはりお姉さまとお呼びさせていただけないかしらっ……!」
集まってきた女の子たちはキャーキャーと賑やかにしながら、これまで何度か同じことを経験している僕とアイネさんだけでなく、目を丸くしているマリアナさんにも興味をぶつけている。
中には、少し前までマリアナさんに対してあまり良くない態度を取っていた娘まで混ざっていて……。
ムシが良いなと思うところもあるけれど、これでマリアナさんに対しての変な噂もなくなるかと思うとそちらのほうが大切なので、あえて波風を立てる必要もないし……気にしないことにした。
「ちょ、ちょっとみなさん、そんな一度に質問されてもっ……」
「ホワイライトさんに、あのお姿でダンスに誘われたりしたら――」
「「「キャ~~~!」」」
「ね、ねぇエーデルさんっ! いったいどのようにしてホワイライトさんのお心を射止めたんですのっ!? ホワイライトさんにはもうロゼ―リアさんがいらっしゃるのに、その上で……となると、よほどすごい何かがあるのではなくてっ?」
「えっ……えぇと、それは……」
……なんだか話が怪しい方向に向かってきたぞ。
お姉ちゃんや、そんな可愛らしく助けを求めるような目を向けてくれているところ悪いですが、お姉ちゃんのためにもしばらくクラスの人気者になっていてください……。
「か~っ! みんなして何言ってるッスか! そんなのああしてルナっちがマリねぇのことを見つめてる様子を見れば分かるじゃないッスか!」
と、思ってたら、思わぬところからフォローが入ろうとしていた。
ミリリアさん……ありがとうございます。
お友達として、僕たちの関係をちゃんとクラスメイトに分かってもらおうというわけですね?
そうです、僕とマリアナさんはしっかりと心を通じあわせて――
「そんなのおっぱいに決まってるじゃないッスか!」
……は?
「アイねぇも美人! マリねぇも美人! ルナっちは家柄なんて気にするタマじゃないッスし、ソコに違いがあるとしたらやっぱりおっぱいなんスよ! やっぱり大きいは正義! 世界の真理だったってことッスよ!」
や、やめろこのロリ巨乳ピンク娘っ……!
僕の左側から底しれない怒りの炎が湧き上がってるのに気がついていないのかっ……!?
「聞けばルナっちは家の財力までつぎ込んでマリねぇをモノにしたって話ッスし、こりゃもうこの週末はマリねぇおっぱいでお楽しみで――――ンギャァァッス!?」
「ミ~リ~リ~ア~~~?」
「アイタタタッ!? 痛いッス!? それヤバいっすから!? ミリリアちゃんのツインテールはストレッチ器具じゃないッスから!? そんな引っ張ったら取れちゃうッスー!?」
「なんでっ! わざわざっ! 私をっ! 比較に出すのよっ!! ルナさんがそんなことを理由にっ! 私以外の人をっ! 選んだと言いたいわけっ!? だいたいっ! 私だって! 大きいほうだって! 言ってるでしょっ!」
「ンギギギギッ!? ち、違うッス!? じょーく、ミリリアちゃんジョークッスからぁっ! ごめんッス! そ、そうッスよねー、アイねぇも大きいッスよね~?」
「言い方がっ! なんだかムカツクっ!」
「ンギャーー!? それは理不尽ッスよぉっ!?」
アイネさん……そのままご存分に、ソイツでストレスを発散しておいてください。
みょんみょんとよく伸びるし、発散しがいがあると思いますよ。
決してあり得ない誤解で、僕にそれを向けないでくださいね……。
いつもより多めに回して……じゃない、いつもより激しいキャットファイトを横目に……僕もしっかりと誤解を解いておかなければならないだろう。
「あはは……みなさん、ミリリアさんがおっしゃることは誤解です。マリアナさんが魅力的なのは間違いないことですが、今回の件では私の方からお話を持ちかけた……つまり、私からマリアナさんに『私のそばに居てください』とお伝えさせていただいたのです」
態度でも示すために、近くに居たマリアナさんを立たせて腰を引き寄せた。
「「「キャーーーーーーーツ!」」」
「ユ……ル、ルナちゃん……♡」
「あぁっ……たしかにそうですわっ! みてくださいまし、あのホワイライトさんがエーデルさんを見つめる優しい瞳っ!」
「エーデルさんもあんなに頬を染めていらっしゃって、ホワイライトさんに寄り添われて……とてもお幸せそうですわっ」
変な誤解に対しては毅然とした態度をとることに限る、と思って行動したけれども、どうやらまた僕は真っ直ぐ過ぎたらしい。
「ルナちゃん……早退、しちゃう……?」
「キャーーーーーーーツ!」
「エーデルさんったら、大胆ですわっ! 大胆ですわっ!」
「出席確認ならおまかせくださいましっ! わたくしが上手く言っておきますわっ!」
「あ、いえ……あの、みなさん……?」
「ねぇ、どうするのルナちゃん……♡」
クラスメイトたちはますますキャーキャー言い出すし、頬を染めて瞳を潤ませたお姉ちゃんはスイッチが入ったようにそんなことを言ってくるし……どうしよう、これ。
『あっ、ルナリアさんおはよ――あぁっ!? マリアナさんまでルナリアさんにひっついて何してるのっ? ズルいわっ!』
あぁ……さらには騒がしいことに疑問を持ったらしいエルシーユさんにまでロックオンされてしまった。
輝く金髪と、綺麗なお顔にある『お友達が仲良くしてる』としか映っていないような純粋な瞳がキラキラしていて眩しい……。
『いつの間にそんなに仲良くなったのかしらっ!? やっぱり私もお友達と仲良く――』
あっ、ちょっと、こんなカオスな状況で身動きできないのに、飛びついてこようとしないでっ……!?
「…………こっちは、ダメよ。私のだもの」
「ルナちゃんのここは、私のよ?」
『むぅっ! アイネさんもマリアナさんもズルいっ! 私もルナリアさんと仲良くしたいのに、そんな両側を取られたら私はどうすればいいのっ?』
……と思ったら、桃色娘を制裁していた正妻ことアイネさんが機敏にエルシーユさんの動きを察知して僕の左腕をがっちり抱きしめ、もともと右腕に寄り添っていたマリアナさんも改めて右側を固め、2人で鉄壁の守りを作り出してしまった。
両腕が幸せでいっぱいになる僕を前にして行き場を失ったエルシーユさんは、唇を尖らせて拗ねたような表情をしている。
常人離れした超が着くほどの美人顔でも、そんな子供っぽい仕草が似合ってしまうからこの人は可愛らしい。
とはいえ、いい加減『仲良く』の種類が違うことに気づいてほしいのですが……エルシーユさんは国元を出てるとは言え、お姫様といえる立場にいる人だ。
下手なことを吹き込んではいけないのではと……説明することから逃げているのがいけないのかもしれない。
エルシーユさんの純粋さでは理解してもらえないかもしれないと、諦めてる部分もあるだろうけど。
「諦めるのは早いッスよ……エルっち!」
『ミリー……?』
そうか、やっぱり諦めるのはまだ早い……え?
「ルナっちを見るッス! 左にはアイねぇ、右にはマリねぇがいてもう埋まってるッスけど、前と後ろならまだ空いてるッスよ!」
またこのピンクは……何てことを言い出すんだ……。
『あぁっ! 全部はわからなかったけど……前と後ろ、ね!?』
聞き取った共通語が合っているかを確認するように、エルシーユさんは僕の前の方と後ろの方を順番に指さしている。
「そうッス! エルっちは……背が高いから後ろッスね! そんで、前ッスけど……ルナっちぃ? アタシなんてどうッスかぁ~?」
今度はなんだかクネクネし始めたよこのピンク。
こ、こらっ……僕が動けないことをいいことに、すり寄ってくるんじゃありませんっ。
バチコーン!とウィンクなんてするんじゃありませんっ。
「ミリリアちゃんのキュートなボディなら、ルナっちの前にすっぽり収まって抱き心地抜群っ! おっぱいだって大きさにも柔らかさに自信あるッス! 今ならお買い得ッスよぉ~?」
「い、いい加減にしなさいミリリアっ! はしたなさすぎるわよっ! こら、エルさんも後ろから忍び寄らないのっ!」
「『えー』」
「えーじゃないわよっ!?」
「キャーー! ホワイライトさんを巡っての修羅場ですわーっ!」
「四天嫁誕生ですのっ!?」
「違うわよっ! 何よ四天嫁って!?」
「ルナちゃん……♡」
「マ、マリアナさんも戻ってきてっ! ルナさんの貞操が危ないわっ!」
「え……? ルナちゃんの貞操なら、もうアイネちゃんも私も――」
「わーっ!? わーっ! そ、そんなこと人前で言わなくても――」
「ニッシッシ、どうしたんスかアイねぇ? そんな大声だしたりして、はしたないッスよ?」
「こ、このっ――」
やいのやいのと……僕を置き去りにして僕のことで盛り上がる周囲の女の子たち。
僕はと言うと……もう、心を無にしてこの恥ずかしさに耐えるしかなかった。
頑張ってください、アイネさん……。
どうやらこれが、僕らの学院での新しい日常のようです……。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます。
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次回、「次回、「デートとヒミツのお買い物~幸せトライアングル~」
3人でのデートへ突入!」
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