115.デートとヒミツのお買い物~幸せトライアングル~



 王国歴725年、牧獣の月(5月)下旬。



 マリアナさんと恋人同士になり、周囲にもアイネさんと共に認知され賑やかになった学院での日々が続き、週末がやってきた。


 平日ということもありそこまでたっぷりしっとり……というわけではなかったけれど、この今週からは夜にアイネとお茶会だけでなくマリアナさんとのおしゃべり会とも言うべき時間が加わるようになり、必然的にアイネさんともマリアナさんとも、それぞれ夜の触れ合いの時間を過ごしていた。


 お陰で寝不足気味で朝が辛い日が続いた……心はこの上なく満たされたけど。


「ぅ……んぅ……ねむぃ……」


 休日くらいはゆっくり寝たい……のだけど、マリアナさんにとっては僕との最初の週末だ。


 アイネさんの言葉を思い出して初デートの日にすると決めた僕は、月猫商会名義で新しく設立した孤児院の様子を見に行くという名目で2人を『街に行きませんか』と誘ってある。

 僕の言い回しなど関係なく意図に気づいてくれたマリアナさんはとても喜んでくれて、僕とアイネさんは微笑みあったりした。


 あの笑顔を見せてくれたマリアナさんのためにも、僕はここで起き上がらなければいけないんだっ……!

 満月はとっくに過ぎ去ったはずなのに身体が重くても、客観的に見るとうつ伏せのまま亀のオモチャのように四肢をモゾモゾさせているだけだとしても、僕はちゃんと起きようとしているんだ……!


 動けっ、動けよっ!

 今動かなきゃ、今起きなきゃ、ふたりとも悲しんでしまうでしょうっ!


「んぐっ……ぅ…………ぐぅ…………はっ……!?」


「……ふふっ……ユエ様、そろそろお支度をしませんと。ほら、起きてください」


 健闘むなしく……起き上がるために立てようとしていた膝が崩れ落ちペショリとベッドに沈んでしまったところで、とっても慈愛に満ちた声で僕を呼んだツバキさんに抱え起こされ、僕は意識を取り戻した。


「つばきしゃん……ありがと、ございまふ……」


「あぁユエ様、なんと……♡ ご、ごほんっ。さぁ、お召し替えをしましょう。本日はシンプルなワンピースをご用意させていただきました。お二方がどのような服装をしていらしても、並んだときに映えるようにしております。ささ、ユエ様、腕を上げてくださいませ」


「…………ふぁい」


 ふたりきりだからか、ツバキさんは『今だ』と言わんばかりに何度も僕を名前で呼んでくれている。

 しょぼしょぼする目をこすったときに、天井から吊るされたナニカが見えた気がするけど、きっと気のせいだろう。今の僕らはふたりきりだ。


 そんなこんなで……結局、楽しそうなツバキさんに世話を焼かれるという、いつもの朝の光景が繰り広げられて一日が始まるのだった。



*****



「ふふっ、じゃあいきましょっ!」


「くすっ……ええ、そうね」


「はい」


 学院の正門で合流した僕たちは、そう言ってデートの第一歩を踏み出した。


 当然ながら、3人とも私服姿だ。


 僕はツバキさんが用意してくれた純白のワンピースに、同じく白のヒモで編まれたサンダルのような靴。


 そして偶然にも、アイネさんもマリアナさんもワンピースだった。

 ……偶然だよね、ツバキさん? 僕抜きで申し合わせたりして……そうだね。


 ともかく、2人のワンピースは色もデザインも違うけれども、右を見ても左を見ても僕に笑顔を向けてくれる私服姿の美人さんがいてとても眼福だ。


 マリアナさんはほんのりと水色に染まった白いワンピースで、大胆にも肩の部分が大きく開いていて健康的な肌が眩しい。

 リボンのようなもので腰のあたりをキュッと引き締めていて、お胸から腰までの激しい凹凸につい目が行きそうになる。

 前は前で豊かな谷間が見えてしまっていてそこにもつい目が行きそうになり――。


「……ふふっ、どうしたのユエくん?」


「い、いえ。とても良くお似合いですよ」


「ありがとうユエくんっ♪ うれしいわっ!」


 思いっきり見てたのがバレていたようですね、はい。

 こっそり見ていたつもりだけれど、楽しそうにニコニコしているマリアナさんとバッチリ目が合ってしまった。


「もぅ、ユエさん……私は……?」


 うぐ、先にマリアナさんを褒めたのが良くなかったのか……!?

 ……あ、いや、慌てて左側を見たけど声ほど拗ねた感じじゃないですねこれ。


 目が合ったらイタズラっぽくニッコリと微笑まれてしまった。


 アイネさんのワンピースは落ち着いた色合いで襟付きの、とても上品さを感じるものだ。

 腰の高い位置でお洒落なベルトで留められており、ワンピース自体もスリムタイプなのでアイネさんの細さが際立っている。


「アイネさんも、とても良くお似合いです。今日はなんだか、いつもよりも大人な女性に見えますね。アイネさんの綺麗さが引き立っています」


「くすっ、ありがとう。ユエさんもステキよ」


「うんうん! ユエくんったら、こうして改めて見てもすごくスタイルいいんだもの。お姉ちゃんちょっと羨ましく思っちゃうわ」


「あはは……」


 こういう場合の男の立場は、なんと綱渡りなのだろうか……。

 この体型は、きっと努力して維持しているであろう2人とは違って勝手にこうなるので、その点でもなんだかズルをしている気がして申し訳がない。


 この格好の3人が並んで歩いていると、季節を先取りしている三姉妹のように見える……かもしれない。

 正確には『並んで』ではなく真ん中を歩く僕の腕を左右から取って密着しているので、僕としては姉妹には見られないほうが嬉しかったりするけれど。


 そうしてお互いに私服を褒め合いながらも、学院前の坂を下っていく。


 学院を出たときの時間は、まだギリギリ朝と言えるような時間帯。。


 楽しくおしゃべりをしながら東区に入るころには日も昇りきっていて、多くの人で賑わっている大通りをその人の数だけ注目を集めながら進んでいた。


 まぁ、客観的に今の僕たちを見るならば……。

 左側に、特徴的な薔薇銀の長髪で見た目も所作も美しく高貴な雰囲気を醸し出す美人。

 右側に、背が高めで空色の長髪と猛烈に盛り上がった胸部が特徴的な美人。


 そして中央には、その2人からどう見ても好意を寄せられて侍らしている、背が高く長い白髪が目立つモデル体型な美人。


 目立たない要素が皆無だよね。


 そんな注目があることが気になったり、2人にガッチリとそれぞれの腕を抱き込まれているので若干歩きにくいけれど……そんな注目すら2人は楽しんでいるようだし、僕もこんな綺麗な2人の恋人を持つことができて、その中心人物として見られていて……鼻が高いというか、ちょっとだけ気分が良かった。


「ん~♪ ユエくんとアイネちゃんと、3人でこうしてお出かけできるなんて思っても見なかったわ!」


「っとと。喜んでもらえているみたいで、良かったです」


「くすっ……そうね。ただマリアナさん? そんなに引っ張ったらユエさんも私も転んでしまうわよ?」


「あっ、ごめんね? お姉ちゃん嬉しくて、つい……あっ! みてみてっ! もう夏物が出てるわっ! しばらくお出かけもしてなかったから……そんな時期になってたのね。 ねっ、ねっ、行ってみましょっ?」


「わわっ!? あはは……わかりました、わかりましたから落ち着いてくださいっ」


「これじゃあ、誰が1番年上なのかわからないわね……くすっ。これが本当のマリアナさんということかしら」


 学院を出てからずっと、マリアナさんのテンションは高いままだ。

 色々なしがらみから開放されて、恋が叶って、幸せいっぱいという感じなのだろう。

 その顔からは暗い色などは一切合切が消え去り、笑顔でいてくれていることが僕も嬉しい。


 僕とアイネさんはマリアナさんにまとめて引っ張られて洋服店のほうに向かいながら、顔を見合わせて笑い合うのだった。


「わぁ、これ可愛い……あ、でもこれならアイネちゃんのほうが似合いそうねっ」


「そうかしら? ……あら、ほんとねっ。これは可愛いかも……」


「ふふっ、でしょう? 私だとちょっと小さくて……」


「…………そう、ね。じゃ、じゃあマリアナさんは……こっちなんてどうかしら?」


「あら、さすがアイネちゃん、とってもオシャレな服ねっ。でも私、こういうの似合うかしら……? こういうシュッとしたのはあまり着たことがないのよ……」


「大丈夫だと思うわ。ちょっとだけ着こなすときのコツがあって――ほら、ここのベルトは上から合わせて緩めにしてみると……うん、いわね。あとこっちのタイをリボンに変えてみれば、必要以上に胸が目立つこともないと思うわ」


「ほんとね……すごい、これなら私でも着られそうね」


「くすっ、そうでしょう? じゃあキープしておきましょう」


「うんっ!」


「じゃあ……とりあえず次はユエさんね。どれがいいかしら……」


「いまのユエくんなら、何でも似合いそうだものね……悩んじゃうわよね」


 ……これはなんというか、幸せの光景だ。

 場所が女物の洋服店というのは置いておいて、好きな人同士が仲良く楽しそうにしてくれていて、そこに僕もいられるんだ。

 とても心穏やかな気分でずっと眺めていられそうだ。


 例え……『女の子の買い物』という長丁場の代名詞を体現するかのように、店中の服をひっくり返す勢いであったとしても、2人が笑顔でいられるこんな幸せ空間の中で文句を言うなんてバチが当たるだろう。


 結局……僕は楽しそうな2人を眺めつつ時折請われるままに試着したりして、店を出るときには3人がそれぞれ2着ずつの夏物の私服を手にしていた。


 僕からアイネさんとマリアナさんに1着ずつをプレゼントして、アイネさんとマリアナさんが僕のためにと選んでくれたものを1着ずつプレゼントされ、アイネさんとマリアナさんがお互いに1着ずつプレゼントし合う。

 これでそれぞれ2着ずつだ。


 僕らの新しい関係を象徴するかのような買い物で、あっという間にお昼の時間を迎えていた。



*****



 昼食は、もはや支配人さんと顔なじみになりつつある中央区に近いところにある高級レストランで済ませた。もちろん支払いは僕持ちで。


 4人がけのテーブルの片側に無理やり椅子を3つ並べて座るという僕らを見て、オーダーを取りに来た熟練のウェイトレスさんも流石に笑顔を維持するのが大変そうだった。


 ごめんなさい……でも、僕にはどうしようもないんです……1人だけ向かい側というのも同じ恋人なのに区別しているみたいで寂しいしどうか許してください。

 ……なんて思った僕も十分浮かれているのかもしれない。


 ちなみに、運ばれてきた料理もデザートも、僕は一口たりとも自分で食べることを許されなかった。

 右から左から、幸せそうな微笑みと共に差し出されるスプーンやフォークの攻勢に、僕が勝てるわけ無いでしょう?

 僕も2人に食べさせてあげたかったんだけれど……どちらの腕もパンケーキよりも柔らかいものに包まれて動かせませんでしたとさ。


 食後のお茶は……うん、他の席と区切られているとはいえ流石にやりすぎだと思いましたよおふたりとも。

 『感想は?』と問われたら『柔らかく瑞々しかったです』と答えるだろう。


 え? それはお茶の味の感想ではないのではって?

 僕もそう思うけれど、それしか覚えていないくらいドキドキしたので仕方ない。

 危うくマリアナさんだけでなくアイネさんまでスイッチが入るところだった。


「はぁ……美味しかったわね……♡」


「え、ええそうね……ぅぅっ……」


 あの、マリアナさん……?

 これから孤児院に向かうので……そういう子どもたちの教育によろしくないえっちなお顔はなさらないでくださいね?

 明らかに『美味しかった』という感想の対象が違いますよね?

 あと、ペロリと唇を舐めるのははしたないですよ。


 アイネさんは我に返ったのか、恥ずかしそうにしていて……可愛いだけだから問題はなさそうですね。


 そんな風に全力でイチャイチャしながらも、中央区を抜けて西区に入り……僕らは新しい孤児院の前に立つのだった。







――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「デートとヒミツのお買い物~僕は母ではありません~」

3人デート その2

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