108.穏やかな帰り道(約一名を除く)~嫁三人寄れば~



 西の空にある茜色の太陽が街を染め、影を長くする頃。


 闇に覆われる前にと足早に人々が行き交う大通りを、月と猫を組み合わせた印章を掲げた1台の馬車が進む。


 叙勲式を兼ねたパーティーでの騒動、謁見の間でマリアナさんに真実を打ち明けるなどの一連の大事を経て、僕たちは学院がある南区へ向けて進む馬車に揺られていた。


「……は~……」


「アイネちゃん、大丈夫?」


「あっ……ごめんなさい。ため息なんてみっともない……」


「ふふ、それくらい大変だったのよね?」


「そうなのよ……お父様がしつこくて……」


 僕の左隣で頬杖をついて窓から夕焼けを眺めていたアイネさんは、そう言ってまたこっそりとため息を漏らしていた。

 ちなみに僕の右隣がマリアナさん、正面に寝こけている(猫だけに)クロを抱えたツバキさんが座っている。


 謁見の間を辞したあと、城内でアイネさんはご両親に捕まってしまったのだ。


 パーティー会場でアイネさんが僕……ルナリアという少女と懇意にしている、つまり恋人関係であるということが知れ渡り、驚いたのがアイネさんのご両親だ。


 王太子に恋する乙女だった娘がいつの間にやら同性に熱を上げている……一体どうしたんだと思うのは当然だろう。


 アイネさんがご両親を説得する様子を僕は居心地の悪い思いをしながら遠くから見ていたけれど、お母様のほうはアイネさんそっくりな美人さんでびっくりした。

 親子ってこんなに似るものなんだなぁ……と、『前』を含めて肉親を知らない僕は遺伝子の神秘に驚いたものだ。

 アイネさんには年上の兄姉がいたということだから……全部で子供を三人産んでいる女性ということになるのに見た目は若々しく、感じる輝光力も相当なものだった。


 対してお父様のほうは、実は何度もお見かけしたことがある……という以上に、一緒に戦ったこともある。

 将軍とも言えるお立場でありながらご本人の輝光力や技巧は非常に高いレベルで、多くの戦場で活躍されていた。

 まぁ星導者として僕は常に最前線だったから肩を並べてというわけではなかったし、向こうは今の僕とは結びつかないだろうけれども。


「ユエさんのことはまだ話せないし……お父様は根っからの貴族で殿方だから、女の子同士ということを中々理解してくれないし……」


「ご苦労をおかけしてすみません……」


 先程3人の様子を見守っていた時にも考えていたけれど……僕は心の中でご両親に事情を話せないことを謝り、アイネさんをこの世に生んでくれたことに感謝し、いつかちゃんとご挨拶に行くことを再び誓った。


「いいえ、ユエさんが謝ることはないわ。ユエさんが負っている苦労に比べたら、こんなことわけないもの。それに今となっては私はロゼーリア家で唯一の子……お父様が心配なさるのも分かるけれど……。最後にお母様が援護してくださらなければ、きっとまだ言い合っているわよ……はぁ……」


「男親というのは、娘のことを非常に気にかけると耳にしたことがございます」


「それは僕も聞いたことがありますね。あと……原因を作っている僕が言うのもおかしいですが、気にかけてくださる肉親の方がいらっしゃるというのはとてもありがたいことだと思いますし、そうお父様を邪険になさらないでください」


 同じ男として共感できる部分もあるからね……。

 親というものや、親がいるという感覚はまだ分からないからあくまで想像だけど。


「そうよアイネちゃん。ご両親がご健在な間にいっぱい孝行してあげないと、めっ、よ?」


「恐れながら、私も同感でございます」


「……あ、あの……確かにそうなんだけれど、3人にそう言われるとすごくいたたまれないわ……ごめんなさい」


「ああいえ、そんなつもりでは……」


 といっても……孤児で実の両親は顔すら知らない僕、幼い頃に実の両親と死別し義理の両親すら失っているマリアナさん、闇将の実験の餌食となり両親が人ではないものになってしまいどうしようもなかったツバキさん……この3人から肉親のことを言われてはアイネさんがそんな気持ちになるのも仕方がないか……。


「いいじゃない。今は言えなくても、アイネちゃんは結果的にはちゃんと王太子様の婚約者になれたってことだもの。ちゃんとお話できるときには、きっとアイネちゃんのお父様もお喜びになるわ」


 いたたまれなさそうなアイネさんの暗い気持ちを吹き飛ばすように、マリアナさんはそう明るく言った。


「マリアナさん……ありがとう。そうね、私もそう願うことにするわ」


 僕もそうなればいいなと思って……いや、いつか必ずそうしよう。

 胸を張って『僕がアイネさんの婚約者です』と言えるように。


 ……そのときに張る胸が膨らんだものではなくなるように。


「ふふっ、どういたしまして。これからはアイネちゃんだって私にとってはお友達以上の……そう! 妹みたいなものだものっ! いつでもお姉ちゃんに頼っていいんだからねっ?」


「マ、マリアナさん……確かにマリアナさんは年上だけど、妹というのはちょっと……むず痒いわ……」


「ふふっ、照れているの? 可愛いっ」


「「わっ!?」」


 なんで僕までっ!?

 ……いや、単に座っている位置的に『間に入ってるユエくんもまとめて抱きしめちゃえっ』ってだけなんだろうけど。


 ニコニコと楽しそうなマリアナさんの様子は、なんだか重荷から開放されて昔の天真爛漫さを取り戻しつつある気がする。

 良いことだけれど、挟まれてる僕は苦しいです……。


「ふふっ……」


 あとツバキさんや、『主様が楽しそうで何よりです』みたいに優しい微笑みを浮かべてないで助けてほしいです……。


 僕とアイネさんをもみくちゃにしていたマリアナさんだったが、やがて満足したのか僕らを開放してくれた。


「ふ~……ふふっ、なんだか良いわねこういうの。アイネちゃんの学院での様子を見ていて、ちょっと羨ましく思ってたのよ?」


「学院での様子……?」


「そう。だってアイネちゃんとユエくん……あの頃はまだルナちゃんだと思ってたけれど、とにかく2人はずっとだったんだもの」


「ら、らぶらぶ……」


 マリアナさんが口にした単語を繰り返しながら、アイネさんが顔を赤くしている。


 いや、たしかに僕はアイネさんを愛しているしアイネさんも僕を愛してくれているけれど、学院で人前でそんな感想を持たれるくらいのことなんて…………していたかもしれない。


「だ、だってそれはユエさんが……」


「いえ、アイネさんがあまりにも可愛らしいからですよ」


「ぁぅ……」


 頬を染めてイジイジとしながら言うアイネさんに僕が言い返すと、より頬を染めて僕の肩に顔を埋めてしまった。


 ほら、やっぱりアイネさんが可愛いからじゃないですか。


「……マリアナ様がおっしゃる通り、今まさに……だと思います。付け加えるなら、アイネ様が主様のお部屋にいらっしゃったときも、でございますね。恐れ多いですが、私も何度も羨ましいと思ってしまいました……」


「そうよね? ツバキさんもそう思うわよね?」


 『僕は悪くない』と胸を張りアイネさんの髪を撫でていると、正面と右隣から『それだよそれ』というような視線が突き刺さった。


 どうして……?


「ぅぅ……マリアナさん、そんなこと言って……マリアナさんもそうなるのよ……?」


 と、まだ頬を染めていながらも少し復活したらしいアイネさんまで、そんなことを言いながら僕にジトっとした目を向けてきた。


「私も……? ユエくんとらぶらぶになれるのは嬉しいけど……アイネちゃんみたいにってなると、学院……それも人前でってことかしら……?」


「そうよ、ユエさんったら……」


「ふふっ、そうよね。ユエくんは昔からそうだったわね。しっかりと自分を持っていて、真っ直ぐで、カッコつけちゃうところもあるけれど……それがまた可愛くてキュンときちゃうものねっ」


「そう! そうなのよっ! それは、真っ直ぐ想ってもらえるのはとっても嬉しいけれど……行動も真っ直ぐだから、恥ずかしい思いをしてるのも確かなのよ……」


 あ、あの、おふたりとも……?

 揃って僕の袖を掴みながら身を乗り出し合わないでください……おふたりの綺麗なお顔が同時に目の前にあって、ドキドキします……。


「やっぱりアイネちゃんとはもっと仲良くなれそうねっ。……あっ、そういえばアイネちゃんのその髪飾り……いつも大切にしてるけれど、もしかして……?」


「……そうね、今のマリアナさんなら気づくわよね。そう、これは私がユエさんと出会ったときにプレゼントしてもらった……とても大切な、私の宝物なの」


「ふふっ……アイネちゃん、いまとっても可愛らしい顔をしてるわよ。それほど……ねぇねぇアイネちゃんっ。そのときのお話、聞かせてくれるっ?」


「くすっ。もちろんいいわよっ。私も、ユエさんが小さな頃のお話を聞いてみたいと思ってたの」


「いいわよ~! お姉ちゃんがイチからお話してあげるわっ!」


「せ、僭越ながらっ、私もお聞きしてもよろしいでしょうかっ!?」


 か、顔がっ……ツバキさんまで身を乗り出して綺麗なお顔が3つ……!?


「もちろんよ。あ、じゃあツバキさんからはユエさんが冒険者をしていたときのお話とか、旅をしていた頃の様子とかを聞いてみたいわ」


「は。お任せください。主様の素晴らしさは、一晩かかっても語りきれないほどこの胸に抱いておりますゆえ」


 あ、あの……またもや僕がここにいるのを忘れていませんか?

 とても恥ずかしいので、そういう話は僕がいないところで……。


「いいわね~! ああでも、ツバキさんは表立って学院内を歩けないのよね? それなら今度、私かアイネちゃんのお部屋でじ~っくりお話するっていうのはどうかしら?」


「それはありがたき幸せ。しかし……特殊な場合を除き、私は主様のお側を離れるわけにはいきませんので。残念ですがおふたりで……」


「そうなの……? 私は執事しか知らないけれど、従者というのは……ツバキさんはすごいのね。それと、特殊な場合って?」


「それは……その……」


「……? 私?」


「アイネちゃんがどうかしたの?」


「……主様とアイネ様が、その……励んでおられるときは、流石に別のお部屋で待機するようにしております……」


「っ……ぅぅ……気を使ってくれていたのね……ありがとう、ツバキさん……。いつ何回してるのかバレてるのは恥ずかしいけれど……」


「いえ……」


「アイネちゃん、ユエくんともうそんなに……。あ、でも、それならユエくんも一緒にいればツバキさんも一緒にお話できるのかしら?」


「は。恐れ多いですが、主様が側に居ていただけるなら私もその場にいられます」


「なら大丈夫ねっ。ふふっ」


 いやいや、どうして決定事項になってるのですか……?

 それ、僕にとってはもはや拷問ですよね……?


 僕を恥ずかしがらせて殺す気ですか……?

 これが『恥ずか死』ってやつですか……?


 ちなみに、今まさにそうなりそうですよ……?


 お菓子は私が、じゃあお茶は私が……などなど。

 顔を突き合わせてものすごく楽しそうにする3人を目の前にしながら、僕は現実逃避で気が遠くなりそうになるのを必死に耐え続けるのだった……。








――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「夕暮れに影ひとつ~気遣い上手のアイネさん~」

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