105.お姫様な王子様と、お姉ちゃんなお姫様~『やくそく』はダンスの前に~
*****
//マリアナ・フォン・エーデル//
ドキドキ、する。
「――マリアナさん」
高鳴った鼓動が心地よいリズムを刻み始め、舞い上がっていく心は胸の中から私の全てを満たしていく。
ただ一言、綺麗な声で名前を呼ばれただけで。
ただそっと振り返り、凛々しい瞳で見つめられただけで。
「ルナちゃん――」
『必ず貴女を幸せにします』と誓ってくれた。
『全て、解決してさしあげましょう』と手を差し伸べてくれた。
シャンデリアのきらびやかな光の下、それは現実のものになった。
いま、私はとっても幸せな気分で……ただひとつの小さな気がかりを除けば、様々なものに縛られていた私はルナちゃんの手によって驚くべき手段で解き放たれ、なんだか羽がなくても飛んでいけそうなくらいで……。
もしかして、これは夢なんじゃないかと感じてしまうくらいよ……。
……小さな頃、あの子と一緒に読んだ絵本があった。
ピンチになったお姫様の元にカッコいい白馬の王子様が颯爽と現れて、悪いやつをやっつけて、お姫様を救い出す……そんなよくある話。
よくある夢物語ではあるけれども、現実には在り得るはずがないと思っていた物語。
でも、夢じゃない。
一歩を踏み出した王子様な格好をしたルナちゃんが、再び私の手を取ってくれて。
こんなにステキなドレスを着てお姫様気分な私に、確かな温もりと微笑みをくれている。
「――ありがとう……!」
最高の
「どういたしまして」
ルナちゃんは私が口にしたお礼を聞いて、またパチンとウインクをしてみせた。
「ふふっ……」
「あ、あはは……」
カッコいいけれど、今のはちょっとキザっぽかったわよ?
ルナちゃんは私が笑ったことで気恥ずかしくなったのか、頬をかいている。
そんなところもとっても可愛らしくて……抱きしめたくてウズウズしてしまった。
でも、ただでさえ今も目立っていて気恥ずかしいのに、ここで抱きしめたりなんかしたら後で思い返して悶絶してしまうこと請け合いだわ。
私たちは未だに会場の後ろの方で固まっているけれど、今はテーブルと椅子が取り払われ、前の方には楽器を手にした楽団員が並び始めている。
ルナちゃんが陛下からファーストダンスを踊るようにご命令をいただいたので、準備が整えば私もこの中で踊るんだ……。
そう思うとお姫様気分は増して期待する部分はあるけれども、私の中では同時に気恥ずかしさも大きくなってきていて……。
「……それにしても、ルナちゃんっ」
つい、目の前で何でもないようにおすましをしているルナちゃんにその気恥ずかしさをぶつけたくなってきてしまった。
「……? はい、なんでしょう?」
ぅっ……不思議そうに首を傾げる仕草も可愛いわ……。
「そ、そのっ……こんなことになるなんて、お姉ちゃんびっくりしたんだからねっ。まさか、こんな大勢の前で、その……恋人だって宣言するようなことをして、それを陛下に認めていただけるなんて……」
「あはは……ダメ、でしたでしょうか……?」
あぁぁーーもうっ!?
そんな不安そうにしてるところも――って、落ち着きなさい私……!
「……さいっっっこうだったわよ! おかげさまで夢のような……お姫様にでもなった気分よっ」
「それは良かったです」
くっ……この娘っ……なんでそんなに平然と微笑んでいられるのよっ……!
私がこんなにときめいているっていうのにっ……!
「……なんだかルナちゃんはあっさりしてるわね……?」
「そんなことないですよ……? ……ほら」
「~~~~!!?」
ふにっ、と。
ル、ルナちゃんがっ……私の手を、胸にっ……!?
「私もドキドキしてて、手汗もすごくて……割りと頑張って平静を装ってます」
た、たしかに……すごく、ドキドキしてるのが分かるし、手もしっとりしてるけれど……。
いくら身体を寄せて他からは見えないようにしたからって、よくこんなところでそんな恥ずかしいことをっ……!
「も、もうっ。ルナちゃんがこういうことをあっさりできちゃうカッコいい娘だっていうのはよくわかったわっ。でも恥ずかしかったんだからねっ? とっても嬉しかったけれど……ぅぅ、私のほうがお姉ちゃんなのに……こんなところ、ユエくんに見られていたらどうするのっ……?」
ルナちゃんの不意打ちで、心の中がもうぐちゃぐちゃになってきてしまった……。
もちろんそのぐちゃぐちゃの成分は殆どが嬉し恥ずかしなのだけれど、その中に混ざっていた僅かな気がかりが……目の前に大好きな娘がいるというのに、ちょっと困らせてやろうなんて考えからつい口から漏れ出てしまった。
でも――。
「……ちゃんと見ていましたよ」
「――えっ……?」
眼の前で私の瞳を見つめるルナちゃんから返ってきた思わぬ答えに、大いに困らせられる……どころか、また心臓を跳ねさせることになるのは私の方だった。
「準備、整いましてございます!」
「うむ、ご苦労」
誰かが陛下に報告をして、それに陛下が肯かれている。
それをどこか遠くのことのように聞きながら、私は呆然とルナちゃんの顔を見つめる。
ユエくんが、見ていた……?
もうここにきて、浮気だなんだと言うつもりはないけれど……いったいどこから?
どこにも……いないわよね?
それなのに、なんでルナちゃんはそんな確信をもって言い切れたの……?
……いや、待って。私、なにか重大なことを忘れていないかしら……?
その重大なことを、それこそ夢だったと片付けて……可能性を諦めていなかったかしら……?
ふいに意識していなかった眼の前のルナちゃんの純白の髪が目に入り――。
「……陛下、お願いがございます」
私の視線を受けていた白銀の瞳がそっと閉じられると、ルナちゃんは振り返って陛下に向かってそんな申し出をしていた。
「うむ、なんじゃ? この際じゃ、申してみい」
「本日の騒動にお付き合いいただきました皆様へのささやかなお礼といたしまして……私の力で会場にささやかな彩りを加えてもよろしいでしょうか?」
「……ククッ、良いぞ」
「ありがたき幸せ。では……」
あっさりと不思議な申し出の許可を取り付けたルナちゃんは、そのままそっと両手のひらを上にして胸の高さで掲げた。
――光が、灯る。
「……えっ……?」
ルナちゃんの手から、白い光の玉が生み出される。
次から次へと浮かび上がっては、シャンデリアの明かりの下でも、不思議と存在感を放っていて……会場を幻想的に彩っていった。
「これ、は……」
この光景を、私は知っている。
この玉を追いかけ、はしゃぎ回った思い出を、私は持っている。
そのとき初めて芽生えた、小さくても確かな気持ちを、私は覚えている。
たとえここが、あの場所でなくとも――。
「――覚えて、いますか……?」
眼の前のヒトから、背に向けて……私に向けて、投げかけられる言葉があった。
誰もが見上げて感嘆の息を漏らす中。
ドキドキと鼓動が早くなっていき、私は目の前のヒトと私しかこの場にいないかのような感覚に引き込まれていく。
「あの月夜の湖畔と比べると……どうしてもぼやけてしまいますね……」
「どうして……ルナちゃんがそれを……」
『あの月夜の湖畔』なんて言われても『なによそれ』となるのが普通かもしれない。
でも、どうしてか、私とルナちゃんが思い浮かべている景色が……同じだと感じられていた。
諦めていた可能性が、夢の続きが、目の前にある気がして――。
心臓と耳元の距離が限りなく近くなったような錯覚を覚える私を置いて、前を向いたままのルナちゃんは――。
独白のようにぽつりぽつりと、それでいて告白のように優しく、言葉を紡いでいく――。
「あの時に初めて見た貴女は……とても小さく可愛らしい女の子でした。そんな子が泣いていて、なんとかしてあげたくて……変な理屈をこねたこともありましたね――」
――ふ、ふぇ……むずかしくてわからないよ……。
――そうですね、簡単に言えば……『みんなと違うからといって、それを良いと言ってくれる人もいるので、それ以外の人が言うことは気にしなくていいですよ』ってことです。
「――それが――」
眼の前で、また、振り返る。
何度も、何度も……目で追ってしまっていたあの頃のように。
優しい微笑みを、向けてくれている。
「――こんなに綺麗な女性に成長して――」
……想像なら、妄想なら、何度もしてきた。
薄れてしまいそうになる記憶を必死にかき集めて。
いま彼はどんなにカッコよくなっているのだろう、と。
「――僕の恋人になってくれるなんて……――」
あの子が、私を迎えに来てくれて……私の恋人になってくれたら、と。
「…………まさか……でもそんな――」
私の心はこんなに夢をかき集めているのに、私の口はまだ現実から離れられない言葉を吐いている。
あのとき、口にした『願い』は、現実になることはなかったから。
「――長い間、本当にすみませんでした。ですがようやく……あのときの『やくそく』を果たすことができます。――また、お会いできましたね」
「ぁ……ぁぁっ……」
強情だった私の口から、言葉にならない想いが溢れ出していく。
目の端からも、次々と。
もうひとつの夢が、いま、形を伴い始める。
ルナちゃんは――ユエくんは、ここにいる。
私の目の前で――片手は胸に当て、もう片方の手を差し出し――王子様のように跪いて。
「――お迎えにあがりましたよ、お姫様? ……いえ、マリアナお姉ちゃん?」
「ぅんっ……うんっ……!」
涙で言葉が滲んでしまったけれど。
私はその手を取って――――ユエくんとの、再会を果たした。
あぁ……さっき、私は自分で最高の笑顔って思ったけれど……それは撤回しないといけないわね。
たったいま、眼の前のユエくんに向けているのは涙でグショグショになってしまっている顔だろうけれど……きっと、そんな顔であろうと今こそが私にとって最高の笑顔になっているはずだわ……!
「さぁ、ここはあの湖畔ではないですが……またあの頃のように舞踏会ごっこでもしましょうか?」
「ぅっ……ぐすっ……うんっ……! するっ……するわっ……!」
「あはは……。涙を……はい、大丈夫ですね。お綺麗ですよ。ああそうだ、もう僕にお姫様役をさせるのはナシですよ、お姫様?」
「ぐすっ……めよ……ズズッ……だめよっ。ふふっ……いくらそんなカッコいい格好をしていても、私にとってはいつだってユエくんは可愛いユエくんなんだからっ」
「あらら……では、仕方がありませんので今はふたりともお姫様ということで」
「あー! いつからユエくんはお姉ちゃんにそんな生意気なことを言うようになったのかしら?」
「…………ぷっ」
「…………ふふっ」
私たちは、まるであの頃のように笑いあった。
見た目も変わったどころの話ではないし、思っていた形とは違ったけれども。
たった1つのやりとりで、あの日々が戻ってきたかのように錯覚してしまうほど。
「……あー、ゴホンッ。そなたら、曲はもう始まっておるぞ」
……だけど、ここはやっぱりお城のパーティー会場で。
私とユエくんのやり取りは他には聞こえていなくても、陛下も他の人達もばっちりご覧になっていたわけで。
「ぅぅっ……」
「……あはは……」
お互いに照れた顔を見合わせることになってしまった。
「さ、さぁっ。踊りましょう!」
ユエくんが私の手を取ったまま立ち上がり、恥ずかしさを誤魔化すようにそう言った。
「……ふふっ。ええっ、喜んで!」
私もそれに応えて、リードされるままに会場の中央へ進み出る。
そして、見た目の通り殿方役をやってくれるらしいユエくんに手を取られ、最初のポーズを決めれば、気の利いた楽団員によって曲が最初から演奏され始めた。
「…………」
「…………」
優美な音楽に合わせて、私たちは身体を揺らし始める。
「っ……!?」
「…………!」
あまりにドキドキしてしまっていて、ステップを間違えてしまっても……思いがけずグイッと引き寄せられて……ユエくんがフォローしてくれていた。
純白と、空色が、舞う。
くるくると回る視界の中でユエくんの瞳から横を見れば、誰もが私達に注目していて……。
いまこの場においては、間違いなく私とユエくんが主役だった。
「……夢みたい……」
「夢じゃないですよ」
我ながらうっとりとして夢見る女の子そのままなことを口にしてしまったけれど、すぐにユエくんに答えを返されてしまった。
「……ふーん、そうよね。夢じゃないわよね。ユエくんったらさっき手を取る時、私の胸をチラチラ見てたもんね?」
「――うぐっ……そ、そんなことは……」
ふふっ……目が泳いでる泳いでる。
「お姉ちゃんの目は誤魔化せないんだからっ。学院の訓練のときも、お風呂のときも、いーっぱい、見てたものね?」
「…………すみません……見てました…………」
「ルナちゃんは女の子なのにどうしてだろうって、女の子が好きな子だからかなーって思ってたけど……これってやっぱり、ユエくんはユエくんってことよね?」
「……そうです。貴女のことが好きで、魅力的だと感じてつい見てしまう……僕はそんな僕のままです」
「それなら、良かったわ……その、今更だけど……どうしてユエくんはルナちゃんに――女の子になっちゃった……の?」
「……すみません、いくら周りには聞こえなくてもそのお話だけはここでするわけにはいきません。後ほど……全てお話します」
私がその質問をした時、わずかにユエくんの顔が曇ってしまった気がする。
そうよね……私も色々と苦労してきたつもりだけど、こんな美人な女の子になっちゃうくらいのことが、ユエくんの身にも起こっていたということよね……。
ちゃんと話してくれるということだし……これから、ゆっくりと。
2人の時間を埋めていけばいいのよ。
「わかったわ。また、後で」
「……ええ、また後で。今は……この舞踏会ごっこを楽しみましょう」
「むーっ、ユエくん、『ごっこ』ならやっぱりユエくんがお姫様役ってことでいいわよね? お姉ちゃんは弟を引っ張るものなんだからっ」
「あはは……勘弁してください。今更この格好で女性役のステップは周りの目が……それに、いま貴女を――」
「きゃっ……!?」
しまった、ユエくんのほうに気がいきすぎて足がっ……!
「――リードしているのは僕ですよ」
……と思ったら、サッと伸びできた細腕に力強く腰を引き寄せられて腕を引かれ、私は上体を大きく逸した体勢にされて至近距離から私を覗き込んでくる白銀の瞳に射止められた。
そしてまた、導かれるようにターンをしてからのステップ。
『おー!』という感嘆の声が上がっていることからすると、私のミスをユエくんがフォローしてくれたおかげでダンスの一部として見られたらしい。
「……また、そんなカッコよく決めたって、ルナちゃんなユエくんだと可愛いだけなんだからねっ」
お姉ちゃんぶってみたものの……ドキドキと高鳴る鼓動が、熱を帯びる頬が、たまらなく愛しい。
「ぅ……こんなときにわざわざ指摘しなくてもいいじゃないですか……男というのは好きな人の前ではカッコつけたがるものなんですから」
この身体に触れているのが男性だと分かっても、それがユエくんであるならこれっぽっちも嫌でないと感じる自分が、嬉しくで恥ずかしい。
「ふふっ……だーめっ! ユエくんは、いつまでも……どんなになっても、私の大好きな可愛いユエくんなんだから」
「……今更そんなお姉ちゃんぶっても、子供みたいな憧れをいつまでも持ち続けていたのはどこのどなたでしたっけ。ねぇお姫様?」
「あー! ユエくんこそわざわざ『ぶって』って言ったわね! 実際私のほうがお姉ちゃんなのに!」
「たったふたつですよ。僕だって成長したんです。今くらい、綺麗で可愛いお姫様のための王子様でいさせてくださいよ……」
「えー、だからそのお姫様まんまな顔で言われても――」
「…………」
「…………」
「あははっ」
「ふふっ」
お互い変わってしまったというのに、こんなやり取りはあの頃のままで。
顔を見合わせた私たちはまた、どちらからともなく笑い合ってしまった。
こんなきらびやかなお城の一室だというのに。
物語とは違ってシャンデリアの光の下にいる主役は――王子様になりきれないお姫様と、お姉ちゃんになりきれないお姫様。
物語では感じることが出来ない確かな幸せを感じながら、そんな私達のダンスはしばらく続くのだった……。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます。
いやー、これでお姉ちゃんとの関係も一件落着!
筆者的には満足の行く形で区切りまでたどり着けましたが、いかがだったでしょうか?
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★」をよろしくお願いいたします。
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次回、「ハーレム・プロブレム~恋人は勇者様~」
おまちかねのイチャラブタイム、はっじまっるよー
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