103.お姫様な王子様と、お姉ちゃんなお姫様~けちょんけちょん~
*****
//マリアナ・フォン・エーデル//
会場の空気を支配し全ての人の目線を独占しながらも、少しも揺るぎない歩みでこちらへ近づいてくるのは、まさかの王子様風の衣装に『お色直し』をしたルナちゃんだった。
私とこのビルギーという男の成り行きを見守っていた野次馬たちは、その歩みに圧倒されるかのように自然と道を開けていく。
ルナちゃんの姿を見て思わず涙が溢れそうになるのをぐっと我慢していると、颯爽と歩み続けていたルナちゃんは、片腕を広げて私をその背中で男から庇うようにして間に入った。
「っ……さっき、なにか言ったか?」
ルナちゃんと私の周りだけ輝いて見えるかのように錯覚する中で、その白銀の瞳に見据えられたビルギーは一瞬怯んだような素振りを見せた。
そのことが殿方のプライドとやらを傷つけて苛立ちが増したのか、一時は苦々しそうな表情がよぎったものの、なんとか取り繕って睨み返すと低い声でルナちゃんに尋ねていた。
「えぇ、申し上げました。この方……マリアナさんとの婚約のお話は、待っていただきましょう」
対してルナちゃんは、私が震え上がってしまっていた男性特有の低い声で脅すように言われてもどこ吹く風といったように……相手が誰であろうと『ただ尋ねられたから答えただけ』と言わんばかりに平静のまま『待った』を繰り返した。
その言い様にぎょっとするひともいるくらい、普通であればありえない返しだ。
「……貴様、いくら陛下の覚えが良いからといって、なりたての名誉子爵家の娘程度が侯爵家次期当主たる俺になんて口の聞き方をする……! 無礼だぞっ!」
当然、この男にとってもルナちゃんの答えはありえなかったようで、見下すようにしながらこめかみにシワを寄せて声を荒らげている。
「それは失礼いたしました」
ル、ルナちゃん……わざとやっているのかしら……?
表面上は謝りカーテシーをして頭を下げているけれど、口調や声色は全然『すみません』とは思っていないのがまるわかりよ……。
「ふん、そうだ。我がカネスキー家はお前のような『ぽっと出』の家より長くこの国に貢献してきたのだ。それゆえに伯爵の位を賜っている。俺は伯爵家の次期当主、お前はただの名誉子爵家の娘。本来ならこうして対面で口をきくことすら栄誉なことだぞ! 分をわきまえろ!」
しかし目の前の男は頭に血が上がっているからか、それとも女が自分の前で頭を下げたという事実だけで気を良くしたのか……。
聞いていて『それしかないのか』と思えるほどに自らの立場を傘にきた物言いで、ルナちゃんを貶める言葉を吐いて悦に浸っているようだった。
これにはさすがにルナちゃんも怒るのではと、私がそのきれいな顔を覗き見ると……そんなことはまったくなく。
いつもの優しげな微笑みを浮かべながら……その実、私にはその微笑みの下に侮蔑すら感じるほどの冷たい何かが見えたような気がした。
「なるほど……ただ、『長くこの国に貢献してきた』とおっしゃいましたね? 私はなりたての貴族の娘でございますので寡聞にして存じ上げませんが、それはこの国の貴族の方の間では『長い間我が国の情勢を脅かす火種を育ててきた』という意味と同義なのでしょうか?」
「なっ……なんだと貴様っ!?」
あくまで優雅に涼やかに。
それでいて冷水に熱した石を投げ入れるかのような発言に、ビルギーはいきり立ち、聴衆はざわめいた。
「それはどういう意味だっ! いきなりいきなり訳のわからないことを言いやがって! 小娘ごときがっ、これは許されない侮辱だぞっ! 皆様、お聞きになりましたか! この小娘はいきなり伯爵家である私にこのような根も葉もない言いがかりを投げかけ、私を陥れようとしているのです! 所詮はよそ者の一家! 我が国へ貢献の貢献と格式に則って貴族に叙されるには値しないと思いませんかっ!?」
「話をすり替えないでいただけないでしょうか? 侮辱とおっしゃりましたが、貴方と貴方の家のほうが、ここにいらっしゃる皆々様に対して許されない背信行為をされているではありませんか。貴方がおっしゃる『貢献』というのは、外交問題を誘発するようなことで稼いだお金を国に納めることを差しているのでしょうか? それとも孤児を攫って不当な扱いをすることでしょうか? それとも……多くの女性を食い物にしてその未来を奪って来たこと?」
「なっ……なな……」
「貴方がおっしゃる貴族の定義に当てはめれば、皆様も同じことをして今のお立場にいらっしゃるということになりますが……どれを『貢献』とおっしゃっているので?」
ビルギーがつばを飛ばしながら周囲に訴えたことに対して、ルナちゃんもとんでもない問いかけを投げかけた。
「ど、どういうことだっ!?」
「そんな恐ろしいことを私達がするわけなかろうっ!」
「彼女が言うことは本当なのかっ!? カネスキーの小倅ッ!」
わざとなのかもしれないけれど、ルナちゃんは問いかけと同時に冷たい視線を……『貴方達も同じなのか』と背筋が凍るような視線を送っていて、それを受けた貴族たちは『そんなことはない』と反射的に声を上げている。
中には、彼よりも上位の貴族なのだろう……詰問するように気勢を上げている年配の殿方もいらっしゃるようね。
「くっ、ぐぎっ……ぐぅっ……!」
そんな中にあっても、ビルギーが感じているのは屈辱なのか怒りなのか。
何かを口にしようとするが、噛み締めた口からは唸るような音が鳴るばかりで意味のある言葉は出てこず、その瞳は人でも殺せそうなほどに涼し気なルナちゃんの瞳を睨みつけていた。
もしかして、言えないのではなく言い返せないのか。
そんな疑念が聴衆の中に広がっていき……。
「――ルナリアと申したな。いまそなたが申したことは、まことか?」
とうとう、最も上の立場におられるお方が現れた。
「「「!?」」」
ここは、解除の入り口からさほど距離はない場所。
つまりは、陛下がいらっしゃるべき高い場所ではなく、陛下はご自身の足で臣下と同じ場所までいらっしゃったのだ。
同じ高さでその御前に在るわけにはいかないと、一部を除いた殆どの人間が慌てて跪き――女性は深く頭を下げるカーテシーをして――自分たちの王を戴く形を示した。
一部を除いてというのは、当事者の中でも頭が沸騰しているのかビルギーだけが、唖然としながら不敬にも陛下のお顔を直接見て立ち尽くしていたからだ。
私もルナちゃんもこの騒ぎの当事者だけれど、しっかりと陛下の方に向き直ってカーテシーをしているもの。
「カネスキー家のビルギー、だったか」
「!? は、ははっ」
陛下からお声をかけられてようやく我に返ったらしいビルギーが、転げそうな勢いで膝をついて頭を垂れた。
「……先程の話、詳しく申してみよ」
陛下がお言葉を口にされる度に、圧倒的な上位者の気配がこの場にのしかかってきているかのように感じる。
まさか、貴族同士の言い合い程度に陛下が御出でになるとは、誰が思ったことだろうか。
ビルギーはブルブルと震えていて、その様子だけで誰もがルナちゃんが口にしたことが本当であると思い始めているだろう。
「い……言いがかりでございます陛下っ!」
しかしこの男はその顔に脂汗を浮かべながらも、発言を許可されたことだけを都合よく解釈したのか、まるで自分が被害者であるかのように身振り手振りを交えて話し始めた。
「ほう……言いがかりとな?」
陛下のご様子は頭を下げているから分からないけれど……私には詰問していらっしゃるというよりも、どこかこのやり取りを楽しんでいらっしゃるように感じられてしまった。
「左様でございますっ! 多くの貴族が集まるこの場で私を、我が家を謂れのないことで糾弾することで、あのおん……ホワイライト家とやらは我が家の失脚を狙っているのでしょう!」
それ……少なくとも『多くの貴族が集まるこの場で』っていうの、貴方が私にやったことじゃない……。
白い生地に包まれたルナちゃんのスラッとした細い脚を見ながら、私はそう釈然としない感想を抱いた。
「そう……そうだ! このホワイライト家とやらは商会を主軸としているとのこと! 我がカネスキー家も商いを取り扱っております! 我が家が失脚すれば、ホワイライト家はこの国で商売を拡大させて……国への献金でも増やして我が家の地位を狙っているのでしょう!」
『それもお前の家がやってきた手口だろう』と、誰かが口にした気がした。
「陛下っ! 騙されてはなりませんっ! こやつらはとんだ野心家でございますっ! この私利私欲の塊ともいえるような家を我が国の貴族にしておくのは危険ですっ! どうかお考え直しくださいっ!」
「私利私欲、のぅ? あぁ、みな面を上げてよいぞ。……うむ。さてさて、こやつはこう言うておるが、そのあたりはどうなのじゃ――ゴルドよ」
会場の空気が訝しむものに変わる中で陛下は思い出したように頭を上げさせ、私もルナちゃんも……女性たちは自然な体勢に戻る。
そして顔を上げてみると、陛下はなぜか含み笑いが聞こえてきそうな気軽な様子で、後ろで窮屈そうにしているゴルドさんに話を振っていた。
「えっ? ワイでっか!? そうでんなぁ、商人……商家っちゅうもんは多かれ少なかれ欲があるんは当たり前ですわ。ただそれは家のモンにちゃんと飯を食わせるための銭を稼ぐことであって、そこの兄ちゃんが言わはるような薄汚いもんやないで」
「う、うすっ――」
「あぁ、『言うようなもん』やのうて『やっとること』やったか」
「なにをっ――」
「はいはい、もう言いがかり言うんはナシやで?」
ビルギーが反論しようとするのを、ゴルドさんは絶妙なタイミングで遮ってその独特な話し方のままに相手を追い詰めていった。
「なんせネタは上がっとるんや。なぁおひ――む、娘よ」
ルナちゃんに話を振る時だけ言い直していたのが気になったけれど……再び人々の視線がこちらに――ルナちゃんに集まった。
「はい。恐れながら陛下、『証拠』をお持ちしてもよろしいでしょうか?」
「許す」
「では失礼して――」
きっちりと陛下からご裁可をいただいたルナちゃんは、その場で二度手を叩いた。
それが合図になっていたようで、会場の大扉が開かれていく。
開いた扉からまず、私の目に入ってきたのは……。
「(アイネちゃん……? それと……小さな女の子……?)」
先程と変わらない薔薇色のドレス姿のアイネちゃんが、通常なら料理が乗っていそうな手押し台にいくつもの紙束を乗せ、誰だか分からないけれど子供用のドレスで精一杯着飾っている可愛らしい少女を連れて入場してきた。
アイネちゃんと、女の子が一緒に……?
…………。
アイネちゃんが、子連れ……!?
えぇっ? い、いやまさか、そんなことは無いはずよね?
ルナちゃんとアイネちゃんは女の子よっ? 歳も私より2つ下なだけなんだしあの子がいくら小さくてもつじつまがっ……おっ、落ち着いてわたしっ……!
髪の色もどちらとも違うし、顔のパーツも似てないし、養子かもしれな――――え?
この会場で唯一人、場違いな内容でパニックになりそうになっていた私だったけれども……2人に続くように入場してきた人物を見て、その驚きがどこかに飛んでいってしまった。
その人物は男性で、歳は初老といったところ。
執事服を見事に着こなしていて……どう見ても、ご家族にご不幸があったせいでエーデル家を辞することになった、ルシフさんじゃないの……!
ルシフさんは控えるように歩いていたけれど、ふと私に気づいて……なぜか目頭を熱くしていた。
再会できたからとか、今の私のドレス姿を見て『お義父さまとお義母さまにもお見せしたかった云々』とかそんなところかもしれないわね……ってそうじゃなくてっ……!
アイネちゃんが持ってきた紙束、連れてきた女の子、ルシフさんがここにいる意味……もう何がなんだか分からなくて、私はついルナちゃんの顔を見てしまった。
「(ご安心ください)」
「っ……」
不意打ちでパチリと音がしそうなほど見事なウインクが返ってきて……その凛々しい視線を受けた私は、疑問を解決したいと思うよりもときめく心が勝ってしまいそうだった。
もぅ……なんだかゴルドさんも陛下も、ルナちゃんまで……慌てるビルギーを見て、まるで悪巧みが成功した男の子のような笑みを浮かべてるじゃないのよ……。
ルナちゃんがどうやったのかは分からないけれど……陛下には事前にお話を通していたということかしら?
「恐れながら陛下、発言をお許しいただけますでしょうか」
私が驚きと疑問を感じている間にアイネちゃんたちはこちらまでやってきていて、アイネちゃんは綺麗にカーテシーをするとそう言って陛下に頭を下げた。
「うむ、もちろん許す。説明せよ」
「かしこまりました。では――」
「…………」
アイネちゃんがなにやらルナちゃんに目配せして、ルナちゃんが肯いている。
「――こちらを御覧ください」
アイネちゃんは持ってきた紙束の中からひとつを手に取ると、恭しく陛下に差し出した。
陛下は鷹揚に肯きそれを手に取ると、ペラペラとめくって目を通されているご様子。
「……なんとっ!? こ、この資料に書かれていることはまことかっ!?」
そして、威厳ある陛下にしては大きく――さっきの様子を見てると『大げさに』といったほうが正しいのかしら――驚かれると、ビルギーに『信じられぬ』といった疑惑の目を向けられた。
「なっ、なんだっ!? そんな紙束がなんだというんだっ!?」
発言の許可は出ていないというのに、陛下の視線を受けて焦った様子のビルギーが大きく反応する。
そのビルギーの声の問いを受けて、ルナちゃんが一歩前に出る。
「それにつきましては、私からご説明申し上げます。陛下にご覧いただきました資料、およびそちらにございます資料の数々は、全て、この国の外……あえて国名は申し上げませんが、この国の東西のとある国にあったカネスキー伯爵家が保有する商会支部から押収した、闇取引の帳簿でございます」
『闇取引だとっ!?』と、ルナちゃんのよく通る声を聞いていた周囲から似たような驚きの声がざわめきとなった。
「それは、如何様なものか?」
「陛下、それは大変申し上げにくいのですが……人身売買でございます」
「な、なんだとっ!?」
「なんということだっ……!?」
「我が国の……いや、世界のどの国においても最大の禁忌ではないかっ!!」
ルナちゃんがいかにも悲痛な表情をしながらそう告げると、陛下はまた大きく驚かれ、今度はざわめきでは済まないレベルの驚愕が周囲を走り回った。
「ぁっ……そ……」
人々の怒りの視線がビルギーに集まり、ビルギーはなにかを言おうとするが言葉にならず、パクパクと口を動かすことしかできないでいる。
「各地に非認可の孤児院を立てて孤児を集め、まるで奴隷のようにして国外に売りさばいていたのです。こちらにいる女の子は孤児院から保護いたしました。話を聞いたところ、最低限とも言えない居住環境で満足に食事も与えられず、子どもたちは辛い思いを強いられてきたとのことです……」
「……今まで大変だったわね、ニアちゃん……」
ルナちゃんが目配せし、アイネちゃんが目の端の涙拭うような仕草をしながら女の子――ニアちゃんというらしい――をギュッと抱きしめた。
「……? おねぇちゃん、あのご飯は食べちゃダメなの? どうしてもっていっちゃうの?」
「……あ、後でね。お腹いっぱい食べさせてあげるから、もう少しいい子でいましょうね?」
「うんっ! お腹いっぱい食べられるなんてはじめてっ!」
「なんということだ……」
「あの子、身ぎれいにしてるから分からなかったけれど、よく見ると、あんなにやせ細って……」
この場に来るために着飾っただけの女の子にとっては、大人たちの話の流れや謀などなどわからないわよね……。
それにしても……孤児なのね、あの子は。
とりあえずは、私の変な想像の通りじゃなくて良かったわ……。
女の子は急に抱きしめられたことで不思議そうにしながら、お腹が空いているのかメイドたちによって下げられていく食べ残しを指差している。
その手指や腕の細さから女の子の手足全体の健康状態に目を向けた女性貴族の哀れみの声が不思議と響き渡り……ビルギーに注がれる視線の険しさが増した。
「この子は、我が国で発見し保護した子ですが、このような孤児をカネスキー家は我が国だけでなく保有する商会の支部がある国でも同じように扱っていて、さらに別の場所へ売っていました」
そして、ルナちゃんの話は続けられる。
「そなたの言う通りであれば、まさしく国際問題じゃな……」
「左様でございます。これが国際問題になっていないのは公になっていないからというだけであり、もしこれが公になれば我が国は世界から批難される対象となっていたことでしょう」
「うむ。それもそなたの言う通りじゃ。さて……ビルギーよ。これはどういうことだ?」
「へ、陛下っ……そ、それは……その女が言うことはデタラメでございます!!」
「……ほう? ここにこれだけの物証がありながら、デタラメと申すにはもちろん理由があろうな?」
「もちろんでございますっ!」
あら……?
あの男、なんでこんな状況で『希望を見出した!』みたいな顔をしているのかしら……?
陛下が貴方の言葉をお聞きになって厳しいお顔をされたのが分からないの?
ビルギーはルナちゃんへ指先を突きつけると、なぜか得意げに語り始めた。
「確かに私共の保有する商会は国外にも支部がございます。しかし、我々はその支部と密に連絡を取り合っておりますが、この女の家のものが来たという連絡は受けておりません! つまり、その資料とやらを用意して今この場にあるというのは物理的に不可能でございます! おそらくそこにいる孤児というガキはどこか適当なところから連れてきただけで、資料はでっちあげられたものでございましょう! 騙されてはなりませぬ!」
「……と、こやつは申しておるが?」
「……ビルギー様は『密に連絡を取っている』と仰っしゃられましたが……それは何日ごとでしょうか?」
「あ? 7日ごとだ。支部は遠いからな、当然だろう? それくらいもわからんのか?」
この期に及んでルナちゃんに凄んでみせたビルギーは、そう言って勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「なら、ご存知ないでしょうね」
それに対してルナちゃんはあくまでも涼しげで……いや、あれは呆れているわね。
「どうやらビルギー様は先程の式典をよくお聞きになっていらっしゃらなかったご様子。当家はこの度、陛下よりいただきましたご高配に対する御礼といたしまして、通信の輝光具を献上いたしました。これはどこにいても時差なく相手と会話ができるというものです。陛下は献上品に大変お喜びになり……その功も儀典官の方が大きな声でご説明されていたかと存じますが?」
「う、ぐっ……」
「おおかた、女の尻でも追いかけるのに夢中になられていたのではないですか? なにせ貴方は、多くの貴族の女性に不義理を働き、その未来を奪ってきたような殿方ですからね? ……女を手に入れるために違法な手まで使って、です」
え……いやらしい男だとは思ったけど、そんなことまでしていたの……!?
……と、私は内心で驚いたのだけれども、『あの噂は本当だったのか』と口にする人もいて……本当に私は、カネスキー家について知らないことが多かったようだと思い知らせることになった。
「な、何を言うっ! 俺は女に不義理なんて働いていないぞっ!? なにせ俺からは何もしていないのだからなっ! 俺くらいになると、女から寄ってくるようになるのだっ! 何人か別れた女はいるが、それは向こうから離れていっただけでっ――ヒッ!?」
――急に、空気が重くなった。
そう感じるほどの何かが一瞬だけルナちゃんから発せられて……私まで心臓が締め付けられるかと思ったわ……。
輝光術に明るいものであれば、あれが何なのかわかったかもしれない。
きっとあれは、いつかルナちゃんが皇女殿下に向けた『威圧』を細く細く、針のようにしてただ一点に向けただけのものだ。
これまで涼やかだったルナちゃんがそんな行動に出てしまうような何かを、この男が口走った……ということなのかしら?
「……それは、貴方がそう差し向けていただけですよね? ……こちらへ」
「はい。失礼いたします」
そして、先程より声のトーンを低くしたルナちゃんが呼んだのは、先程まで静かに控えていた老紳士……ルシフさんだ。
……え?
待ってルナちゃん……どうしてここでルシフさんを……?
「お初にお目にかかります。私は先日までエーデル家にてご奉公をさせていただいておりました、執事のルシフと申します」
「うむ、よく参った」
「陛下、ルシフさんは先日までマリ――エーデル家に仕えておりましたが、止む終えない事情で仕事をやめざるを得なくなっておりました。……ルシフさん、お手数ですが皆様にそのご事情をお話ください」
「はい、ルナリア様。実は――」
そうしてルシフさんは、私に話してくれたことと同じ内容を……ご家族が事故に遭われてその面倒を見ないといけなくなったこと、まだ学生の私を残して長く仕えてきた家を出ないといけなくなったことを語った。
「――しかし、目を覚ました家族に聞けば事故には不審な点が多く……つい先日、相手方の馬車はありえないほどの速度を出していて、しかも避けようとした家族の馬車にぶつかるように動いていたという証言を、こちらにいらっしゃるルナリア様の家の方にご協力いただき得ることができました。そして……その相手方の馬車には、カネスキー家の印章が掲げられていたとも、証言がございます」
サラサラと、ルシフさんはいつも聞いていたような落ち着いた声でご家族の事故の裏にあったという真相を明かしていく。
しかし、私からするとその落ち着いた老紳士の声に……隠しきれない怒りが滲んでいるのが分かってしまった。
そんな……ルシフさんの家族の事故は、故意に起こされたものだというの……?
しかも、この話の流れでは、カネスキー家がそんなことをした理由は……。
「……ありがとうございます、ルシフさん。もう、おわかりでしょう。先程ビルギー様は、こちらにいらっしゃるマリアナさん……エーデル家ご令嬢に婚姻を迫っておりました。ですが彼女は私に相談をしてくれました。家の窮状を、その理由を教えてくれました。……直接的でなくとも相手の現状を悪化させたり弱みを握るなどして、そこに甘い言葉や支援を持ちかけて不埒な行為を働き、己の欲望が満たされれば捨てる」
「うっ、ぐっ……」
「……『この男』は、そんなことをこれまで何度も、繰り返してきているのです」
ただ己の欲望のために……私を手に入れるためにルシフさんの家族に手を出すなんて、なんて酷いことをするの……!
「なんだって……!? それでは、うちの娘はっ……!」
「娘は……娘はなにもっ……! あの時我が家の事業が急に悪化したのは、まさか貴様がっ……!」
……どうやら、被害者の父親がここには何人もいるらしい。
ダラダラと冷や汗を流すビルギーに、聞くに堪えない罵倒や糾弾の声が浴びせられる。
「う、うるさいっ! お前ら、我が家の金をあれだけ頼っておいて! 別れてやるときにだって金をくれてやっただろう! だいたい、あんな女など俺にはふさわしくなかったんだ! 俺は悪くないっ!」
さいっっっっていね、この男。
浴びせられる罵倒も聞くに耐えないけれど、この男が口にする『女性を何だと思っているんだ』といいたくなる言い訳のほうがもっと聞いていられないわ。
ルナちゃんがもう『ビルギー』じゃなくて『この男』と呼んでも誰も気にしていないのも当然よっ。
「……黙れぃっっ!!」
『っ!?』
ビリビリと、この広い会場全体を震わせるような一喝が陛下の身体から走り抜けて、誰もがビクリと身を縮こまらせた。
私も思わずルナちゃんの背中に隠れちゃったわ……ごめんねルナちゃん。
「あはは……」
え? ルナちゃんは大丈夫だったの……?
私、今の陛下はまだ怖いわよ……?
ポンポンと私を安心させるように腕を叩いたルナちゃんに促されて、私はそっと元の姿勢に戻る。
全ての臣下の注目を集めた陛下は、ただ一歩。
腰を抜かして震えている哀れな男にお近づきになり……怒りを称えた瞳で男を睥睨した。
「ビルギー」
「へ、陛下……私は……俺は……」
「誰が口を開いていいと言ったっ!」
「っ!? も、申し訳ございませんっ!」
「ハァ……ビルギーよ、実はワシはな、今回の件を前もってユ……勇気あるホワイライト家より聞いておった。こやつらは己の利など一言も申さず、外より越して間もなく未だ信頼関係が薄い中で、ワシに不信感を持たれる可能性にも臆すことなく、この国のためにと進言してくれたわい。証拠も全て精査済みじゃ」
陛下が明かしたことに、固まっていた貴族たちの殆どはまた驚きざわめき始める。
そうよね……ここで驚かないのは、ルナちゃんから事前に『大丈夫』と言われて、ここまでのやり取りを見てなんとなく察した私くらいよね……。
「ハッキリ申すとこれは茶番じゃ。巻き込んだ他のものには悪く思うが……まあよい。その茶番の中でも、ワシは王としてそなたが潔く罪を認めるなら……と思うておったが……あまりに見苦しいわい……」
陛下は顔を覆って首を振り……失望をお示しになっている。
その心痛は私のような小娘には分からないだろうけれども……ここにいる全員が、陛下がおっしゃった『見苦しい』というお言葉に同意しているのは確かだ。
ガクガクと震えるビルギーに向けられる視線は、もはやゴミでも見るかのようなものになっている。
「沙汰を言い渡す。――己の浅はかさと罪の重さを、牢の中で自らの一生をかけて悔いるが良い。カネスキー伯爵家は爵位を取り上げた上で取り潰し、財産は没収。没収した資産はお前が不貞を働いた娘を持つ家に見舞金代わりに贈るとしよう」
「そ、そんなっ……!」
「あぁ、もちろんだが、お前が手を出そうとしていたエーデル家との話も認めぬ。のう?」
「っ!? あ、ありがとうございます……!」
「ははっ、良い良い」
び、びっくりしたわ……。
急に陛下が私の方を見られて……しかも笑顔を向けていただけるなんて。
「陛下っ! お聞きくださいっ! これはなにかの間違いですっ! あまりもっ――」
「黙れぇぃっ!! 何度も言わせるなっ! 命を取らないだけマシだと思えっ! クレアっ!」
「ははっ!」
まだ何事かわめいているビルギーの言い訳を一蹴した陛下は、怒り心頭といったご様子でグランツ様の名前をお呼びになった。
するとすぐに銀色に輝く鎧を身に着けた赤髪の女性が現れ、陛下の斜め後ろで膝をつく。
「連れて行け」
「はっ! 衛兵っ!」
「「はっ!」」
勅命を受けたグランツ様が部下らしき男性騎士2人を呼び寄せると、ビルギーは両脇を抱えられて会場から連れ出されていき……。
「いっ、いやだっ! 俺はっ、俺はっ――――!」
バタンと。
大扉が閉められる音と共に、ひとりの男とひとつの貴族家がこの国から消えることになるのだった。
「(……マリアナさん)」
会場が静まり返り、人々の注目が扉に集まっている間に……そっと、私の手が温かでスベスベなものに包まれた。
「(ル、ルナちゃん……?)」
手元を見ると、ルナちゃんが小声で話しかけてきながら、隣の私の手を握ってくれていた。
鼓動が、跳ねる。
「(助けに、きましたよ)」
「っ……」
その言葉を聞いて目線を上げれば、イタズラが成功したかのような子供っぽい笑みを浮かべたルナちゃんがいて。
なんで先に教えておいてくれなかったの、とか。
こんな手が込んだことをして、とか。
色々言いたいことなんてスカッとどこかに吹き飛んでしまい――。
「(……みんなにこんな意地悪したら、めっ、なのよ? ふふっ)」
つい私も、同じような微笑みを返してしまうのだった……。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
???「茶番だあああああああぁぁっ!!」
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★」をよろしくお願いいたします。
皆様からいただく応援が筆者の励みと活力になります!
次回、「お姫様な王子様と、お姉ちゃんなお姫様~ご褒美は恋人宣言~」
まだまだ、パーティーは続く。
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