102.お姫様な王子様と、お姉ちゃんなお姫様~純白の貴公子~
まえがき
いつもありがとうございます。
●お詫び
また収まりませんでした……そのうえ今話も長めです。
その代わり筆者としては納得の行く流れができましたので、前話の予告タイトルとは違いますがお許しください。
また、明日は内容が長くなることが予想されること、およびリアル事情によりもしかしたら間に合わないかもしれません……。
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*****
//マリアナ・フォン・エーデル//
「ほ、本日はお日柄もよく、ワイら――私共のためにこのような席を設けていただき恐悦至極に存じます。ご挨拶が遅れすんまへ――申し訳ございませんでした。この度、名誉子爵位を賜りました、ゴルドっちゅう――と申します」
会場の奥、両陛下がおわす段の手前で窮屈そうに膝をつき、ルナちゃんのお父さまは慣れない様子で挨拶の口上を終えた。
その様子を見た品のない貴族なんかは、『なんだ、陛下が気にかけるほどの者だからどんなやつかと思ったが、やはり貴族になったばかりで礼も知らぬただの大男ではないか』と陰口を叩いている。
……イヤね、ああいう陰口しか能がない殿方って。
ルナちゃんのお父さまはついこの前までこの国にすらいなかったらしいのよ?
貴方だったら貴族に叙されていきなり陛下の御前でご挨拶をすることになっても、ああはならないというのかしら。
……頭の中で考えているだけとは言え、私も口が悪いわね。
私もあのご挨拶の様子を見て同じ感想を抱いたけれど、ルナちゃんのお父さまということもあって怒る気持ちが先に来てしまったのかもしれない。
とりあえず今は、陰口を叩いた殿方の背中に『お腹でも痛くなっちゃえ』と念を送っておくことにした。
「――お初にお目にかかります」
しかし、お父さまの次に口を開いたルナちゃんを見た会場の人々は……陰口男のような人間ですら、強制的に黙らされることになった。
ただ、一言。
ルナちゃんがその白髪をサラサラと流しながら完璧なカーテシーを披露し最初の一言を口にしただけで、会場全てが神聖な場にでもなったかのような錯覚を覚える。
「この度は、拝謁の栄誉を賜り恐悦至極に存じます。陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます。私はゴルドが娘、ルナリアでございます」
ルナちゃんがそう挨拶を締めくくると、今度は陰口ではなく称賛の声が聞こえるようになった。
『なんだあの娘は……』『あの所作、落ち着き様……まるでどこぞの姫と言われても信じられるくらいではないか』『お、おねえさまぁ……』と。
ふふん、ルナちゃんはすごいのよ。
あと誰か知らないけど、ルナちゃんのお姉ちゃんは私なんだからね。恋人でもあるんだから。
「――面をあげよ」
「は、はっ」
「…………」
私が得意げになっている間にアイネちゃんの挨拶は簡単に終わったようで、陛下がお言葉を口にされて3人は顔を上げた。
ここからだとよく見えないけれど、未だにぎこちないお父さまにルナちゃんが責めるような目線を送っている……ように見える。
ルナちゃんは顔を上げる所作も完璧だったものね……。
「よくぞ参った。我が国に来たばかりで呼び立ててすまなかったな。それに今日はそなたらのための式だ。……くくっ、慣れぬのは仕方がないゆえ、そう畏まらずともよい。楽にせよ。ゴルドも、今日のところは普通に話せばよい」
「ええんかっ!? あ、いえ……よろしいのでしょうか?」
「……ご配慮、感謝いたしますわ。父も陛下のご厚意を喜んでおります」
「……ああ、そなたが我が国にもたらしてくれた貢献を考えれば、多少の無礼など無いも等しいくらいじゃからのう」
「うふふっ、そうですわ。むしろ忙しいでしょうに、よく来てくれましたとこちらが感謝したいくらいよ」
「もったいなきお言葉でございます、両陛下」
なぜか愉快そうにされている陛下とお優しそうな笑みをうかべた王妃陛下が口にされたことに、また会場の一部がざわつく。
今のは何気ないやり取りのようで『王家はあの家の者を気にかけておられるのだ』ということを形づけて知らしめる内容だったからだ。
「さて、そなたらにとっても堅苦しい式などはさっさと済ませてしまうことにするか。儀典官!」
「はっ!」
形式なども無視して式を始めると仰っしゃられた陛下の呼びかけに、キリッとした返事を返した儀典官がホワイライト家の横に現れ膝をつく。
「ご奏上申し上げます! この者、ゴルドは月猫商会なる商会の主であり、その商会にて扱われる輝光具は我が国だけでなく世界に――」
そうして儀典官によって『どうしてホワイライト家が名誉子爵位に叙されることになったのか』がつらつらと読み上げられていく。
今、この国で生活を営むものであれば、貴族から平民まで知らぬものはいない月猫商会の輝光具。
代表例として挙げられたものだけでも既に『なくてはならないもの』となっているものばかりで、『なんと、あれはそうだったのか』『よくあんなものを生み出せたものだ』『あれには助かっているわ』と感心や感謝の声が所々から聞こえてきた。
「――これらの功績を以って、名誉子爵に叙することとする! センツステル聖光王国国王、アルテウス・アグニ・クレスト・センツステル! 以上でございます!」
「うむ。ゴルドよ、我が名において名誉子爵位を授け、印章の使用を認める」
「あ、ありがたき幸せ」
儀典官が勲功を読み上げ、陛下がそれをお認めになると、別の儀典官が現れて手にしたお盆のようなものに乗せた勲章と印章を恭しく差し出した。
ルナちゃんのお父さま……ゴルドさんはぎこちないながらも形式に則ってそれを受け取った。
「儀典官、ご苦労だった。下がって良いぞ」
「「はっ!」」
「今日より正式にそなたらはこの国の貴族となった。この国と世界へ、よりいっそうの貢献を期待する」
「は、ははっ」
そして締めくくりの言葉が贈られ、ゴルドさんが再び膝をつきルナちゃんがそっとカーテシーをすると、あっという間に叙勲式は終わってしまった。
他の式典などと比べてかなり簡略化されているのは、やはり陛下のご配慮なのだろう。
「みな、呼び立てておいてこんなに早く終わってしまって悪かったな。宴席を用意したゆえ、楽しんでいくが良い」
そう仰っしゃられた陛下が合図をすると、扉からお城の使用人たちによって次々と料理や飲物が運ばれてきた。
「では、王国と民達の未来に」
『王国と民たちの未来に!』
飲み物が行き渡ったところで、陛下がご自身が手にしたグラスを掲げてそうおっしゃると、会場に響き渡るほどの声が返った。
*****
そうしてパーティーが始まった、のだけれど……。
「ルナリア嬢、よければご挨拶をしてもよろしいでしょうか?」
「薔薇銀姫! おひさしぶりですわ!」
「そのドレス、どちらで仕立てましたの!?」
初お披露目となったホワイライト家、その麗しのご令嬢ことルナちゃんと、もとから有名人のアイネちゃんはすぐに男女や爵位を問わずに囲まれてしまっていた。
2人は主賓ということもあって交流をおろそかにすることは出来ないだろうから、声をかけられればひとつひとつにきちんと受け答えをしている。
始まってすぐのときは、自惚れじゃなければふたりとも私の方に来ようとしてくれていたみたいだったけれど……これでは難しそうね。
あれだけの人に囲まれてしまってる中に私の方から入ってく勇気はない。
なんだかルナちゃんが学院に来た日を思い出すわね……あの日もルナちゃんは笑顔だったけれど、今ならその笑顔の下でとても困っているのが分かる。
あ……ルナちゃんがこっちを見た。
なになに……? なにか口を動かしてるわね……?
『ご め ん な さ い』かしら?
ふふっ……人気者も大変ね。
改めてドレスのお礼も言いたかったし、お話できないのは残念だけれど……今は仕方ないわ。
ただ、ある意味で貴女のお父さまのほうが大変そうよ?
「カッカッカ、ゴルドよ。おぬしは飲めるほうか?」
「は、はい……そこそこはいけるほうやと思ってんけ――思ってますけれど」
「よいよい、言うたであろう。楽にせよとな。ほれ、一杯どうじゃ?」
「お、王様に注いでもらうなんて恐れ多いっちゅうに!?」
「あらあら、遠慮しなくてもいいんですよ。そのほうがこの人もわたくしも楽しめますわ」
「(お、お姫ぃさん……後生やから、後生やからたすけてぇな……)」
どうやらパーティーが始まると同時に娘においていかれたらしいゴルドさんが、機嫌が良さそうな両陛下とグラスを交わしていた。
ルナちゃん容赦ないのね……ゴルドさんの笑みが引きつっているわ……。
というか、陛下もルナちゃんが離れるのをお止めにならなかったのね……?
普通こういうときは父娘揃って御前に残るものだと思うのだけれど。
初めての社交界だろうからというご配慮かしら?
それはそれで、陛下にご配慮いただけるというのはすごいわよね。
こうして見てても、しっかりと受け答えしてるし……っと、ルナちゃんを見てるのも楽しいけれど、私は私でユエくんを探さないとっ。
今ならちょうど、多くの人がルナちゃんたちのほうに集まっているしきっと見つけやすいはず……!
…………。
……………………。
………………………………。
『皆様、お食事はお楽しみいただけたでしょうか。この後は舞踏会を開催いたします。係の者が準備のために動きますが、どうかご容赦ください。お時間までは、引き続きご歓談を――』
……見つからない、わ……。
立場上あまり大っぴらに動くことはできないとはいえ、これだけ会場を見回してもユエくんらしきひとの姿は見かけられず、とうとう立食会ともいえるパーティーの前半部分が終わってしまった。
いつの間にやらルナちゃんとアイネちゃんを囲っていた人の塊も無くなっていて……あら、ふたりもいない……?
主賓だから、舞踏会に向けてお色直しにでも行ったのかしら……?
「――……ぃ――」
戻ってきたときにタイミングがあったら、ユエくんのことを聞いてみようかしら。
「――おい……――」
あと、本当にお色直しをしてるとしたら、今度はどんなドレスなのかしら。
ルナちゃんのことだから、どんなドレスでも似合いそうよね……ふふっ。
「――おい! そこの青いドレスの女!!」
……なんなのよ?
私がルナちゃんのことを考えて気分良くグラスを傾けていると、後ろから苛立ったような殿方の声が聞こえてきた。
こんな華やかな社交の場で殿方に『おい』なんて呼びつけられるとも思わなかったので、てっきり別の仲が良い知り合いにでも話しかけているのかと思って反応が遅れたけれど……どうやら私に話しかけてきているようだ。
「……なんでしょうか?」
私の周囲のにいる人も声がした方に訝しげな視線を向けていて、なぜだか嫌な予感がしたけれど……相手が目上の貴族だったりすると目も当てられないので、ここで振り返らないという選択肢はない。
「……ほぅ? お前がエーデルの娘だな?」
振り返った先にいたのは、式典に参加するには場違いに派手な色をした礼服を雑に着こなした、私よりもいくらか年上に見える殿方だった。
着ている服は雑に着られているのがもったいないほどに高級な素材で仕立てられていて、相当な財力を持っているか爵位が高いのだろうと私は推察する。
というより、身につけている装飾品はどれも宝石や光結晶をあしらったもので、これでもかと財力を主張していた。
スラっと背が高く、人に聞けば半分以上が『良』をつけるくらいには顔は整っている。
私の好みではないけれど。
振り返った私を見て『ほう』と感嘆の声を上げた際に……その値踏みするような目が胸元へ向き、いやらしく口元を歪めていたのが全ての印象を台無しにしていた。
殿方から受ける視線というのはいつも感じていることだけど、この殿方のものは……なんというか、ドロドロとまとわりつくヘドロのような不快感がある。
いま他の女性にこの人の印象を尋ねたとしても、私と同じく余所行きの微笑みを維持するのに苦労するくらいには容姿の良さよりも嫌悪感のほうが強く感じると思うわね。
「……はい、私がエーデル子爵家が長女、マリアナ・フォン・エーデルでございます」
そっとカーテシーをする動きに合わせて、胸元に向いたままの視線も上下する。
いつも思うけれど、殿方ってこういう視線を受ける女性が気づいていないと思っているのかしら?
女性として魅力があるのは良いことだけれど、普通はもう少し遠慮がちに……それこそあの頃のユエくんみたいに『見てませんよ』という雰囲気を出すものよね。
まぁこの方の場合は、いやらしさを隠すこともせずにいるから普通ではないのでしょうけれど。
つい表に出てしまいそうになった嫌悪感を顔を伏せている間に隠し直して、挨拶を終えてもとの姿勢に戻る。
その頃には、周りで談笑していた下級貴族の子女たちはなぜか気まずそうに遠巻きに見守る体を取っていた。
「……それで、私に何か御用でしょうか? ええと……」
「あ? チッ……わざわざ俺の方から会いに来てやったというのに俺を知らないとは、所詮は子爵家程度の女か……まあいい。俺がカネスキー侯爵家が長男で次期当主、ビルギー・フォン・カネスキーだ」
「っ……!?」
舌打ちと共に尊大な口調で告げられたのは、私にお見合いの申込みをしてきていた……いえ、エーデル家への支援と引き換えに婚約を迫ってきていたカネスキー家の人間、それもその婚約相手本人だということだった。
「そ、それは……侯爵家の方であられるとは知らず、失礼いたしましたわ」
相手はいくつも爵位が上の、上位貴族に分類される人間。
普通は知らないということは失礼に当たるのだけれど……高等部に進級してからは社交界に出ることが少なくなっていたせいか、事前に聞いていた名前と顔が一致していなかった。
最悪だわ……そりゃいるわよね。
もちろん忘れていたわけじゃないけれど、ルナちゃんがなんとかしてくれるって言っていたし、私からはあえて正式にお断りの打診をしていない。
できればパーティーが終わるまで会いたくないと……会うとしてもルナちゃんと一緒の時が良いと思っていたのに、よりによってルナちゃんがいないこのタイミングで向こうから来るなんて……。
ルナちゃんはカネスキー家のことを『真っ黒』なんて言っていて……理由は分からなかったけれど、この相手の態度を見るだけで家のことはともかく少なくとも殿方としてはあまりよろしくない部類の人間であることは分かってしまった。
私……意地を張って、こんな男と婚約しようとしていたのね。
謝る体で頭を下げて困惑を隠していると、絨毯に向けていた視線にビルギーと名乗った男のつま先が映った。
っ……未婚の女性、それも格下とはいえ貴族の女性に殿方がこんなに無遠慮に近づいてくるなん――!?
「まぁ許そう、俺は寛大だからな。良かったなぁ? 見てくれが良くて得したなぁ? ……よし、肌も手入れがしっかりされているな。これは存外楽しめそうじゃないか? お前を手に入れるのが楽しみになってきたぞ」
「っ……いきなり何をなさるんですかっ!?」
あろうことかこの男、いきなり肩を抱いてきたわっ……!
私は反射的にその手を払い、一歩二歩と後ずさった。
あまりの非常識に、何事かと周りで見ていた人々がざわつき始める。
私があげた声を聞いた、この出来事に気づかず談笑していた人たちからも注目が集まっているようだった。
「……あ? お前、たかだか貧乏子爵家の女のくせに……侯爵家の次期当主で、お前の夫になろうという男に楯突くとはどういう了見だ?」
「そ、それはっ……」
いやらしかった視線が今度は不機嫌を隠しもしないものとなり、私を睨みつける。
背が高く歳も爵位も上の男性からの怒りのこもった視線を遠慮なくぶつけられ、私は思わず恐怖感から言葉が続かなくなってしまった。
「(なんですのあの殿方は……あの子がかわいそうですわ)」
「(貴女、ご存じなくて? ほら、アレがカネスキーの……)」
「(なんだ……? あのカネスキー家とエーデル家は婚姻関係を結ぶのか?)」
「(あの娘はまだ学生という歳だろう? あの家の人間は、とうとうあんな娘にまで……)」
自分の中からはドクドクと嫌な高鳴りが、周りからはヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
野次馬が放すのはほとんどが私に同情的なもので……私は心の底から相手のことを知ろうともしなかった過去の自分を呪った。
しかしながら、今の私の反応はまずい。
相手は格上なのだから、いくら非常識でもやんわりと放すようにお願いするのが正しい対応だったのだろう。
そして周りがヒソヒソと話す声は当然ながら目の前の男にも聞こえていて、野次馬を黙らせるがごとく方々を睨みつけていた。
その顔の不機嫌具合はどんどん上がっているようで……。
しかし、ふと……まるで何かを思いついたかのような顔になり……またいやらしい顔つきに戻った。
「諸君! お騒がせして申し訳ない! これは私の不貞ではないのだ! せっかくだから我が国の高貴なる席を共にする者として諸君にも発表しておこう!」
えっ……この男、いきなり何を言い出すのよっ……!?
まるで群衆の注目を集める演説家のように大げさな身振りで大声をあげるビルギーに、とうとう会場中の注目が集まってしまった。
注目を浴びていることに気分を良くしたのか、状況に酔っているのか……この会場には両陛下がおわすということをこの男は忘れているようだ。
「我がカネスキー伯爵家は、エーデル子爵家へ婚姻関係を申し込んだ! 俺とこちらのマリアナ嬢はまもなく夫婦となるであろう! 諸君もエーデル家の窮状は耳にしていると思う。しかし! 我らが婚姻を結ぶからには、歴史あるエーデル家は我が家の支援を受け存続し繁栄することであろう! そして2人が手を取り合うことでエーデル家は事業を拡大し、王と王国のため、よりいっそうの貢献を果たすことができるであろう!」
高らかにそう締めくくった男に、会場はシーンと静まり返る。
めまいがして、寒気がして……眼の前を暗く塗りつぶしていった。
この男は何を言っているの?
その話はまだ確定ではなかったことじゃないの?
もし仮にルナちゃんとのことがなくったって、お返事は今日、お見合いをしてからということではなかったの……?
いくつもの疑問が湧いては消えていく。
誰も、何も言ってくれない。
このままでは……こんな国中の貴族が集まる場で、あたかも決定事項であるかのように宣言されてしまえば、私はこの男と婚約するということが事実と認識されてしまうかもしれない。
いや、現実に『そうなのか?』と囁き合う声が『そうだったのか』に変わりつつある。
「――なぁ? そうだよな、マリアナ? (……俺に恥をかかせるなよ?)」
男は周りの様子に満足すると、人の良さそうな笑みを貼り付けながら『仲の良さ』をアピールするかのように唖然とする私に馴れ馴れしく近づき、耳元に男性特有の低い声でそうつぶやいた。
こんな理不尽なこと……もちろん拒絶するべきだ。
「…………そん、な……ことは……」
拒絶するべきなのだけれども、男の威圧が……周りの目が私に襲いかかってくるかのようで、身体が震えて上手く言葉にできない。
きっと、いまの私の顔は冷や汗をかいて蒼白になっていることだろう。
「……ふんっ」
私が何も言えないことをどう解釈したのか。
また、手が伸びてくる。
あの手が私の肩なり、腰なりにいやらしく触れるのだろう。
そしてその時が、この国の貴族社会において私の未来を決定づけることになる。
離れないといけないのに……拒絶しないといけないのに……。
私は、ルナちゃんと一緒にいるって決めたのだから……!
……いくら心でそう思っても、絶望と恐怖に支配された身体は動かなかった。
あぁ……そうだったわね……。
私が未来を変える決断を下すことが出来たのは……夢を諦めない選択をすることができたのは、ルナちゃんが……ルナちゃんの手があったからで……。
私自身は、こんなに弱かったのね……。
ねぇ……ルナちゃん。
ルナちゃんは、どこ……?
わたし、たすけてって、お願いしたよ……?
どうしてこんなときに、一緒にいてくれないの……?
ついさっきまで、あんなに眩しく私の心を照らしてくれていたのに……。
もう、私の眼の前は真っ暗で……何も、見えないよ……。
また、照らしてほしいな……わたしのそばで……わたしの、未来を……。
……ごめんね、こんなに弱いお姉ちゃんで。
でも、でも……私だって、ただの女の子なんだもの……。
こんなときだっていうのに、ステキなアナタが助けに来てくれるのを、未だに夢に見てしまうのだわ……。
もうずっと我慢してきたのだもの……こんなときくらい、許してほしいよ……。
だから……たすけて……。
たすけて、ルナちゃん――――
「さぁ、俺と共に――」
――――たすけて、ユエくんっ……!!
「――そのお話、お待ちください」
――ふと、白い光が差した。
凛とした高く透き通った声が、ザワザワとしていた会場の中でも不思議な響きとなって広がり、全ての人々の目を……私の目も、手を伸ばしてきていた男の目さえも、会場の入り口へと向けさせた。
――その光は、人のカタチをしていた。
たった一歩。
その人物が足を踏み出すだけで、不思議と入口付近が光で満たされていくように明るく見えた。
そして一歩。また一歩。
絨毯が敷かれているので足音こそ静かなものの、その存在感は音を伴わない波紋となって広がっていくようで。
こちらに近づいてくる人物は……この空間全てを、ただその魅力だけで支配していった。
――純白の貴公子。
誰かが思わずそう口にしたのも頷ける。
黄金に輝く月の刺繍と、同じ色と文様のボタンがあしらわれた純白のジャケットに、同じく純白のパンツでその細い肢体を包んでいる。
ジャケットの間からは、真っ白でなめらかなシャツが覗いていて、きめ細かに織り込まれたレース生地がフリル状になって首周りから胸元までを彩っている。
まさに貴公子を体現する礼装。
「(まさか……まさか、ユエくん……? いえ……あれは……!)」
……なのだけれど。
――人々の視線が、徐々にその事実に気づき始める。
服の上から腰回りを留める金色のベルトは、その人物の腰がとても細いことを……それこそ女性のようにくびれがあることを示していて。
恐る恐る目線を上げていけば、シャツの胸元にはしっかりとしたふくらみがあり……。
お化粧のせいか、こちらを見据えるその白銀の瞳はいつもよりも切れ長で凛々しく見えて……サラサラと流されている事が多い純白の長髪は、今は編み上げられて頭の後ろで留められていた。
正面から見ると男性の髪型に見えるかもしれないけれども……まさか、そうなのね……!
「あぁ……来てくれたのね――」
夢見たように、私のピンチに彼女が来てくれたという99%の嬉しさと、彼ではなかったという1%の寂しさを感じながら……私は無意識に声を出していた。
「…………」
小さな声にも気づいて、微笑んでくれるのがとても眩しく見える。
――純白の貴公子は、その実は白馬に乗った王子様でなく……王子様な服を着たカッコイイお姫様だった。
「――ルナちゃん……!」
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★」をよろしくお願いいたします。
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次回、「お姫様な王子様と、お姉ちゃんなお姫様~けちょんけちょん~」
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