101.お姫様な王子様と、お姉ちゃんなお姫様~美少女と野獣~
王国歴725年、牧獣の月(5月)中旬。
満月。
*****
//マリアナ・フォン・エーデル//
今よりずーっと昔には、貴族という特権階級の人達はいなかったらしい。
どれくらい前というと、授業で習ったことが確かなら人が国というものを作るようになる前というずっと昔のことだというから、人っていうのは集まれば上下関係を作りたがるものなのかもしれない。
国を作って王を戴き、国という広い土地を王から下賜された貴族が自らの領地として分割して治める。
そのころには貴族は1年の殆どを自分の領地で過ごしていたらしい。
ただ500年くらい前に闇王が現れて、人類は住む場所を失い続けた。
国というものはどんどん小さくなっていって、人類は生きるために小さな土地に全てを凝縮させるようになった。
つまり、貴族に国家の大切な土地を預けている場合ではなくなったのだ。
土地は全て国が……王の所有とされ、貴族は領地を持たずに王都に住んで国家運営のための役職を与えられ、その役割の重要性と王家の血筋との『近さ』によって爵位を決められることになる。
限られた土地の中でも比較的広い敷地とお屋敷を与えられているし、爵位に応じて平民よりも多額のお給金をいただいていたり、独自の裁量権を持っていたりと優遇されている点も多いので、貴族というものが今でも特権階級というものを維持しているのは変わらないのだろう。
少し前まで続いていた大戦の時代では、ひとつの国の中でもそうした貴族たちが団結して国家の軸を支えることで、大きな苦難に立ち向かうことができていた。
王という唯一無二の絶対者であっても民たちのために尽力をするからこそ、貴族も平民も王を信じついてきたのだ。
それは、王城という国の頂点に君臨する存在の居城であっても、非常時に民たちが避難できるように大きなスペースがいくつも設けられていることにも表れている。
ただ、そんな苦難の時代は星導者様のおかげで終わった。
大人たちはみんな『平和になった』と口を揃えるし、実際に昔と比べると色んなところが変わっていっているのだろう。
ただ、既に失われてしまったものや、そこに存在しているものは変わることは出来ない。
……私が何を言いたいか……というよりも、なんでわざわざこんな歴史の授業みたいなことを考えているかというと。
「ごきげんよう、男爵様」
「これはこれは、侯爵夫人。とても仕立ての良いドレスですね。よくお似合いで」
「まぁ、お上手ね」
…………とても、居づらい思いをしているからだ。
かつては非常時の避難所だった王城内のとある巨大な空間は、今では天井からシャンデリアが吊るされ、きらびやかな装飾にふかふかの絨毯が敷かれた豪華絢爛なパーティー会場へと変わってしまっている。
昔と違って貴族は全て王都に住んでいるから、王が一言かければすぐにこうしてひしめき合うほどに集まってくる。
防衛時のことを考えてか天井付近にしか窓がないこの空間はわずかしか光を浴びられないし、普段だったら息苦しさを感じそうになるだろうけれど、爛々と輝くシャンデリアから降り注ぐ明かりがその雰囲気を軽減しているのかもしれない。
その明かりの下で、貴族と呼ばれる人たちは洗練された豪奢な服で着飾り、知古の者と優雅におしゃべりに興じている。
叙勲式会場兼パーティー会場となったこの場で、彼らは思い思いの場所で華を咲かせているように見えて、実はその立ち位置には規則性がある。
会場の前に行くほど……つまり、一段高いところに設けられた今は空席の王族用の席に近いほど、爵位が高い貴族が陣取っていることだ。
それは、彼ら彼女らが身にまとっているドレスや礼服、装飾品の豪華さにも表れている。
特に指定があるわけではないが、古くから続く慣例というものらしい。
そんな中で、歴史は古くとも小さな子爵家の娘である私は、会場の後ろの方……出入り口になっている大扉の近くに立って、次々と入場してくる人々を眺めていた。
先程そこで話していた公爵夫人が着ていた、それひとつで平民の年収の半分くらいはしそうな豪華なものとは違い、子爵家などの低位の貴族たちは『最低限』とか『精一杯』といったドレスや礼服しか用意することが出来ない。
上位貴族が着ているそれと比べると差は明らかで、私達のような低位貴族の家の人間はこういうパーティーがある度に、彼ら彼女らを羨ましそうに見る者、自分のものと比べて恥じ入るように小さくなる者に分かれる……というのがいつもの光景だ。
私もいつもなら、綺麗なドレスを纏った上位貴族のご令嬢……それこそアイネちゃんみたいな子を、つい周りと同じように見てしまうのだけど……。
「ねぇ、あれ……」
「どうして、あの家の……が……」
その周りの目線が、ボソボソとつぶやかれる羨望の混じった噂話が、今日は私に向けられていて……それが居心地が悪い原因だった。
居心地は悪いけれど……正直に言うと、それを無視できるなら最高の気分なのよね。
なんといっても今日の私は、いつもの『精一杯のものを用意しましたって感じね』『何度も見たわよねそれ』なんて同類を哀れんで言われるものとは違う、素敵なドレスを着ているのだから……!
色は、私の髪と瞳に合わせた爽やかな空色。
Aラインを基調としてぱっと見は一般的なパーティードレスのようだけれども、スカート部分が特徴的で、前が短く後ろが長い……たしか非対称タイプというもの。
キュッと引き締まったウェスト部分より上はオフショルダーになっていて、短い袖部分まで各所にレース生地が使われているのでスースーするし、『ちょっと』胸元が強調されすぎかしら?とも思うけれども、あしらわれた花を模した飾りがとても綺麗で可愛らしく感じられる。
全ての生地が上質なもので出来ているみたいで、肌触りも光沢もとても良い。
首元には、全体で見ると控えめだけど、私の守護星である水星を現したアクアマリンが静かに主張をするネックレスがある。
チェーン部分が長いと私の場合は胸に埋もれてしまうからか短くされていて、ネックレスだけどチョーカーに近くなってしまっているのはご愛嬌……ということにしておこうかしら。
ハッキリ言うと、侯爵令嬢とかそれ以上の爵位の女性が着ていてもおかしくないくらいの素敵なドレスなのよね。
もしかしたら、お姫様に見えちゃうかも……なんて、流石にそれは夢を見すぎかしら?
でも、いくらするのか考えたくもないわね……というより、私は知らないのだけれど。
そう……私が内心でとても舞い上がってしまっている原因であり、近い爵位の家の人々から『なんであの子が』と刺さるような視線を受けるせいで居づらさを感じている原因が、ルナちゃんが今日のためにとプレゼントしてくれたこの格好にあった。
殿方からも――主に胸元や足に――視線が集まっていて、表には出さないけれどちょっとイヤだったりする。
それにしてもルナちゃん……どうやったら、こんなにサイズがピッタリなものを用意できるのかしらね……?
ついこの間、『今度お嬢様のお洋服を縫わせていただきます』とキキョウさんに促されて測ったら、また少し胸が大きくなってたし背も少しだけ伸びていたから……もし仮にルナちゃんがお家のツテで私が前に利用したことある服飾店からサイズを聞き出していたとしても、こんなにピッタリにはならないはずなのよね。
いつから準備していたのかはわからないけれど、オーダーメイドのドレスを一着丸々仕上げようと思うとかなり時間もかかるはずだけど……。
本当に、不思議な子だわ……。
こんな素敵なドレスをプレゼントしてくれたのは嬉しいのだけれど……可愛らしい恋人とはいえ乙女の秘密(スリーサイズ)を知られているというのは由々しき事態よね。
今度ちゃんと聞いておかないといけないわ……と、私は心のメモ帳に書き留めておくことにした。
「(でも……今日の私なら――)」
ルナちゃんには悪いけれど、こんな素敵な今日の私なら、ユエくんに胸を張って見せられるかも、なんて……ふふっ。
周りの目がある中でも、つい笑みをこぼしてしまいそうになりながらそんなことを考える私は、会場の後ろの方から集まっている人の中にあの子の姿を探してしまう。
ルナちゃんは、今日のパーティーにユエくんが来るって言っていたのだもの。
ユエくんはルナちゃんと同じく綺麗な白い髪をしていたから……きっと、すぐに見つかるはず。
私はそう期待して先程からその姿を求めているのだけれど……それらしき殿方は見受けられない。
そういえば……クラスの子を何人かは見かけたけれど、ルナちゃんが……アイネちゃんもいないわね。
あぁ、ルナちゃんは主賓の家の子だものね……きっと後から入場するのよね。
アイネちゃんがいないのは……なんででしょうね?
目線だけでキョロキョロと見回している間にも、会場内は前の方のテーブルの周りもどんどん埋まっていく。
……ルナちゃんが嘘をいうはずはないと信じながらも、私がわずかな不安を感じ始めていた頃。
ついにユエくんの姿を見つけられないまま、ジャーン!と、を平べったい金属の楽器を打ち鳴らしたような大きな音が会場中に響き渡った。
その音を聞いた貴族たちはおしゃべりをやめ、静かに扉の方へ向き直る。
時間が来てしまったようだと思い……私もそれに習った。
でも、なんでかしら……何か、違和感が――。
「センツステル聖光王国国王、アルテウス・アグニ・クレスト・センツステル陛下!」
「並びにティアナ・シーズ・クレスト・センツステル王妃陛下!」
「「御入来ーーー!!」」
近衛騎士らしき男女が声を張り上げると、恭しく腰を折った2人によって大扉が開かれていく。
「(えっ……!?)」
その様子をみて驚いたのはどうやら私だけではないようで、この会場にいるほとんどの貴族が中央へ進み出た最上位の存在へ頭を垂れながらも、声なき動揺を顕にしている。
――先に両陛下がご入場された。
――おそらくこの後入場してくるであろう主賓よりも先に。
普通、王というのは最後に入場してくるものだ。
全ての者が頭を垂れる中を征く、まさしく絶対的な存在にしか許されない行為。
……にも関わらず、王が主賓を自分より後にする理由はひとつしか考えられない。
その理由に思い至ったからこそ、貴族たちは――私も含めて――驚いたのだ。
――すなわち、それほどまでに陛下は今回の主賓を……ホワイライト家を重要視しているという御意の表れなのだと。
中央に空けられた道を進んだ両陛下は会場の奥までたどり着くと、特別に設けられた玉座へと腰を下ろした。
そして付き従っていた騎士団長であり学院長のグランツ様が両陛下に一礼をしてから段の下に控えると、それを見た扉の近衛兵が頷きあった。
「続いて! 本日の主賓! ホワイライト名誉子爵家当主! ゴルド・シール・ホワイライト殿!」
「およびそのご令嬢! ルナリア・シール・ホワイライト殿! 並びにご友人のロゼーリア侯爵家ご令嬢! アイネシア・フォン・ロゼーリア殿!」
「「ご入場ーーー!!」」
また声が張り上げられる。
今度は王が相手ではないため頭を垂れる必要はなく、全ての貴族たちの視線が『陛下がそこまで気にされる家の者はどんなやつだ』と言わんばかりに、開かれていく大扉へ集まった。
そうだ、この場にいるほとんどの人間が、初めて公の場に姿を表すあの月猫商会のトップ……ルナちゃんのお父さまがどんな方なのかを知らないのだ。
もちろん、ルナちゃんのことも知らないだろう。
知らなかったからこそ、扉が開いて現れた3人の人物を見て、ザワッと……今度は動揺が声に出てしまっていた。
侯爵家のご令嬢……しかもあの『薔薇銀姫』がなぜ一緒に……というのもあるだろうけれど。
3人のうち1人は、何度も社交界で光を浴びている侯爵家のご令嬢だから、この驚きの殆どを占めるのは残りの2人に対してだ。
父と娘というからには、当然ながら男女である。
でも、なんというか……とても失礼な感想なのだろうけれど……。
「美少女と野獣……」
舞台歌劇が好きなのだろうか、誰かからそんな言葉が小さく漏れていて、きっとそれは初めて2人を目にする人々の驚きを表していた。
――片や、大扉が普通のサイズに見えるほどの巨漢。
とても上質な生地で作られているであろうスーツのような礼服……貴族の殿方が良く着るものをとても窮屈そうに着ていて、普段は癖っ毛なのか灰色の髪をこれでもかとなでつけてセットしたように見えた。
このあたりでは珍しい東方風の彫りの浅い顔には小さなメガネのようなものを乗せていて、緊張や困惑といった感情を押し殺して強張っているかのように見える。
私には、ルナちゃんっていう娘がいるにしてはお若そうだな……という印象を受けた。
――片や、この世のものとは思えないほどの美貌を称えた、透き通る純白の美少女。
その髪、その瞳は神聖を表すと言われる白そのもので、頭の先から爪先に至るまで、ときに鋭利に、ときに魅惑的に……誰もが文句をつけようがないくらい完璧な曲線を描くその肢体は、国宝級とされる美術品すら超えているだろう。
そしてその身を包むドレスもまた純白で、Aラインでオフショルダーというのは私に用意してくれたものに似ているけれど、施された月を模したであろう装飾もレースの刺繍も華美には感じず、不思議と落ち着いてい見える。
それはきっと、そのドレスは彼女を『美で着飾るもの』ではなく『美を引き立てるもの』に収まっているからだろう。
他の女性が同じドレスを着てもこうはならないと、美しさの次元が到底違うのだと、会場にいる女性たちは嫉妬すら覚えずに圧倒されていた。
それほどに美しく、これほどの注目を集めても少しも揺るぎないルナちゃんは……私から見てもいつもよりも輝いて見えて……つい心がときめいてしまった。
そしてそんなルナちゃんが差し出した手にそっと手を重ねて『一歩引いた位置』をそっと寄り添うように歩くのは、目立つ薔薇色のドレスを身に纏ったアイネちゃん。
アイネちゃんが着ているドレスは、一見するとルナちゃんが着ているものの色違いに見える。
しかしよく見ると、ルナちゃんのドレスが月を模した装飾や刺繍があるのに対して、アイネちゃんのドレスには薔薇を模したものがあり、彼女のために繕われた一点ものであることを表している。
オシャレに巻き上げられた髪の上には、学院でもいつも着けている花の形をした光結晶でできた髪飾りがあって、シャンデリアの明かりを受けてキラリと輝いでいた。
謎の存在感を放つ巨漢と美しすぎる美少女2人に圧倒されていた会場の人々だったが、3人が入場し中央に空いた道を進んでいくと、うっとりとしたため息の中にちらほらと気付きの声が混ざり始める。
――2人のドレスが似ているのは、意図したものなのだろうか?
――あのおふたり、まるで長年連れ添った人生のパートナーのような自然な雰囲気ではなくて?
――侯爵家の令嬢……しかも『薔薇銀姫』を、名誉子爵家の令嬢がエスコートしているだと?
どうやら……学院での様子を知っている私やクラスメイトにとっては今更だけれど、2人の関係が気になる人も多いみたい。
見る人が見れば、2人のことを知らなくてもあの信頼しあって親愛を向けあっている雰囲気から関係は察せそうなものだけれど……あぁ、分かっていないのは殿方が多いのね。女の子同士のそういう世界を知らない方なのかしら。
それにしても……アイネちゃん、いいなぁ。
そこ代わって――いえ、私ももう片側に並ばせてくれないかしら。
そりゃ、私はまだルナちゃんの恋人になって日が浅いけれど……むぅ……。
この前までと違って妬いちゃうのは違うわよね……今日のところは私もそこに並べるようになったのだと、期待しておくことにするしかないなぁ……。
早くその日が来るようにこれからルナちゃんと……アイネちゃんとも、もっと積極的に仲良くなれるようにアタックしないといけないわねっ!
「ふふっ……ぁ……」
私が心のメモ帳に新たな決心を書き込んでいると、ちょうどルナちゃんのことを考えていたからか……ゆっくりとお披露目のように歩いていたルナちゃんが、私の方に目線を送ってきて――微笑んでくれた。
多くの目がある中でわざわざ私の方を見てくれた……それだけで嬉しくなってしまう自分がいることが、また嬉しい。
そこのボク、顔を赤くしてるところ悪いけれど、ルナちゃんは私に微笑んでくれたのよ。ふふん。
あぁ……嬉しいわね……あんなことしちゃって、やっぱりルナちゃんは可愛いわね。
つい湧き上がってきた今すぐ抱きしめたい衝動を我慢していると、3人は会場の奥……陛下がいらっしゃる段の下までたどり着き……叙勲式が始まるのだった。
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あとがき
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★」をよろしくお願いいたします。
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次回、「お姫様な王子様と、お姉ちゃんなお姫様~けちょんけちょん~」
お好きな処刑用BGMをご用意してお待ち下さい(?)
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