095.黒猫たちの夜~主様のナデナデ券~
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雲ひとつない夜空に、ほとんどまん丸となった月が明るく輝いている。
その光は聖句で語られる通り、平等に地上を照らしていた。
人が恐れる夜闇の中にあってなお輝くその姿が、希望の象徴とされることに異を唱えるものはこの世界にはいないであろう。
センツステル聖光王国から西に遠く離れたとある国でも、空に見える月の様子は変わらない。
月光でぼんやりと浮かび上がる街の輪郭は……センツステルを知るものが見れば、少々みすぼらしいと思ってしまうかもしれない。
それもそのはず、この街はこの国の中でも発展途上……もっと直接的な言い方をするなら、いわゆるスラム街といった様相を呈する街だ。
建物の階数は全体的に低く、古い木材をツギハギしたようなものが目立つ。
道には捨てられたものなのか使われているものなのか分からないようなものが雑多に転がっていて、通行人はずいぶんと苦労しそうだと想像できた。
そんなスラム街であっても、夜に人は出歩かない。
闇は、全ての人類が恐れるものである。
夜となっている今……もし活動しようとすれば、富める者や力を持つ者は明かりを用意する。
この街に住むような明かりを用意できない貧しく力なき者は、さっさと眠りについてしまうのが常識だ。
しかし、そんないつもと変わらない静かなスラム街の夜に……闇の中にあってなお蠢く者たちの影が、月明かりに映し出されてはまた闇に消えていった。
それも、ひとつやふたつではない。
ある影は雑多な路地裏をもろともせず駆け抜け、ある影は屋根から屋根へと飛び移っていく。
もし空から観察できるものがいるとすれば、影たちはバラバラでありながらも同じ地点を目指しているように見えるだろう。
そしてその影たちが、真っ黒な装束を身にまとう、猫の特徴を持った女の姿をしていることも。
「……こちら『
「おなじく『
「『
蠢く影の女たち……影猫族は『忍華衆』の若き女性たちは、それぞれが2~3人程度の徒党を組んでおり、とある建物を包囲していた。
そして、手にした四角い箱に向かってこの国での『大掃除』の準備が完了したことを口にしていく。
『『
3人の隊長格の華が持つ輝光具に、同時に同じ声が響いた。
「了解です」「わかったわ」「はーい」
そしてそれぞれが指示に対して返事を返したところで、静寂が戻ってくる。
「……ねぇー、スミレちゃん」
ザザッと特徴的な音を立てて、第二小隊の隊長が手にした輝光具が第三小隊の隊長から『通信』が入ったことを示した。
「何よ。今は『黒猫第二小隊
「それだよそれー。コードネームってなんだろうね~? なんで名前を呼んじゃいけないのぉー? せっかく主様からいただいたステキな名前があるのにー」
「アタシが知るわけないじゃない……。それにこれは、その主様からのご命令なのよ?」
「そうだけどぉ~……主様ってば、ときどき年相応の少年のようなお遊びをされるよねぇ……」
「まぁ……それはアタシも否定しないわ。でも、それがまた可愛らしいじゃないの」
「うふふ~、そうよねぇ~」
『……貴女たち、おしゃべりしてないで仕事をなさい。この任務は、主様が見守っておいでなのですよ?』
『親猫』がそう伝えると、女達は一斉に……空に浮かぶ月を見上げた。
「わ、私は何もおしゃべりしてないですよ族長ぉ!?」
「ちぇっ……族長はいいわよねぇ。ずっと主様のお側にいられるんだもの」
「そうよーそうよー、わたしたちはこんな辺鄙なトコまで来てるのにぃ~!」
月を見上げた女達は、なぜかそれぞれが手を振ってみたり投げキッスを送ってみたり……まるで本当に月が自分たちを見ているかのような反応をした。
しかし、それでも若い女性故か、おしゃべりの勢いは衰えず……やいのやいのと通信機を手にしていない女たちまで混じり、闇の中にあるとは思えないほど緩んだ雰囲気で『族長ズルい!』と通信が飛び交う。
しかし――。
『何ですか貴女達……もしや、不満でもあるのですか?』
声のトーンが下がった『親猫』の問いが通信機から聞こえた途端――。
「「「――まさか」」」
――賑やかだった女達の顔は真剣なものに変わり、まさかそんなことはないという否定の言葉が揃って響いた。
「私たちは、主様のお役に立てることこそが喜びです」
「アタシらを……あの闇から救い出してくださった主様へのご恩は、絶対に忘れないわよ」
「うんうん~……それに~、閉じ込められて不当に扱われている子どもたちを助けるっていうならぁ――この任務は必ず成功させるわ」
「おっと、スイレンもマジモードだわね。アタシも頑張るわよ?」
「スミレちゃん……いつも言ってますけど、手をパキパキ鳴らすのは女の子としてどうかと……通信機に音が入ってますよ」
「やっば……コスモスそれ本当っ? 主様にも聞かれちゃうじゃない……恥ずかしい」
女達の間に至極真面目な空気が流れたのもつかの間、また騒がしくなってしまった。
この個性豊かで賑やかな娘たちが、ちょっと前まで幽閉され心を失いかけていたとは、今の彼女たちを見るだけでは誰も思わないだろう。
それはそれとしても、隠密行動中にこうも賑やかな女達に、王都に居るであろう『親猫』は頭を抱えているかもしれない。
『貴女達、いい加減にっ……――え? はい……承知いたしました……』
実際、また女達を咎めようとした『親猫』だったが……どうやらその背後にいるらしい『ボス猫』と何事か話しているようだった。
すぐに、なぜか渋々といった様子で了承の言葉を返すのが通信機から聞こえてくる。
『貴女達……よく聞きなさい。改めて言うまでもないけれど、この任務はとても大切なものです。そしてその大切な任務を成功させた暁には、従事した貴女達に……主様がご褒美をくださるとおっしゃられています。休暇付きで、よ』
「「「!!!!」」」
主様からのご褒美、休暇付き。
その魔法の言葉を耳にした女達の尻尾が、一斉にピーンと天を突いた。
「……それは、どんな……?」
誰かが、そう口にした。
何に対しての問いかなど、そんな無粋なことをいう女はここにはいない。
『……『いつも頑張っていただいているので、貴女達で好きに決めてくださって結構ですよ』と仰せよ……』
「「「!!!!!!!!」」」
また、ピーンと尻尾が張り……今度はゆらゆらと揺れだした。
「えへへ~、主様からのご褒美かぁー」
「ゴクリ……た、例えばどんなことでしょうね……?」
「どんなって、それは……アタシだったら、御伽に呼んでいただくとか……かなぁ」
「と、伽って……そ、そんなっ……………………ふぁぁっ……!? 恐れ多いです……ゴニョゴニョ」
「コスモス、あなた……意外とウブね」
「い、意外ってなんですか意外って! 私はいつでも、真面目ですっ! それにそんな希望をお伝えしても、みんなお相手してもらえるかわからないじゃないですかっ! もっと別のものにするべきですっ」
「じゃぁー、コスモスちゃんはなにがいいのぉー?」
「えっ……? そ、そうですね……例えば……主様に、その……撫でていただける、とか……えへへ……」
「……ほう?」「……へぇ?」
2人の隊長格の女の、ついでに話を聞いていた全員の尻尾の揺れがピタリと止まった。
「その、恐れ多いですが……主様のお膝の上で、優しく……優しく撫でていただければ、幸せだろうな……って思ったんです。主様のご負担も、そんなに無いと思いますし……」
「……悪くないわね」「……悪くない、かもぉー?」
「いえ、むしろイイわ!」「主様からのぉー、ナデナデ券っ! いいねー!」
そして女達の尻尾は、激しく揺れ始める。
『……くっ、なんで私も参加してなかったの……!』
「……族長ぉー?」
『ご、ゴホンッ。なんでもありません。ヤル気が出たのなら結構です。では、主様……はい、必ずや』
夜のスラム街に目を爛々と輝かせ、ヤル気に満ちた女達が、その合図を今か今かと待ち続ける。
『『親猫』から『
「『黒猫第一小隊』、了解です! みなさん、いきますよっ!」
「『黒猫第二小隊』、同じく了解っ! さぁ、アタシ達が手柄を上げて、主様のナデナデ券を一番にゲットするわよっ!」
「『黒猫第三小隊』りょーかい! みんなー、誰も逃さないようにねぇ~! ――しくじることは、許さないわ」
そうして、黒猫といいつつ様々な毛色を持つ猫たち……『忍華衆』の西方調査隊の面々が、影から踊りだした。
「な、なんだてめえらっ――ギャッ!?」
「お、おんなだとぉ!? うごっ……」
「ぐえっ」「ひぃっ!?」「ぴぎぃっ!」
影が踊りだしてから、実に10分もしないうちに……この国にあった悪しき取引の拠点は、誰にも知られること無く抑えられることになったのだった。
*****
スラム街がある国の衛兵の詰め所の前に、突如として縛られた男たちが転がされているのが見つかった。
何事かと思った衛兵が調べてみれば、その男たちは手配書にあった盗賊だということがわかり、そのまま御用。
取り調べに対して男たちはひどく怯えた様子で、『ナデナデが』『ナデナデってなんだ』『ナデナデが襲ってきた』と意味不明なことしか口にしなかったという……。
*****
「――以上がお与えくださった任務の結果でございます、主様」
夜、僕の部屋で膝をついたツバキさんが、今夜の『大掃除』の結果を伝えてくれた。
僕も通信機のやり取りを聞いていたし、『視て』はいたけれども……形式美、というやつだろうか。
「あはは……ありがとうございます。みなさんにも改めてお礼を伝えておいてください」
「かしこまりました。しかし、やはり主様がお作りになられたこの輝光具は素晴らしいですね」
「間に合ってよかったですよ、本当に……」
先程通信をしていた娘達以外にも、王国の東側でも拠点が見つかり、つい先程制圧が完了したところだった。
奴ら……カネスキーの人間は、それなりに頭が回るようで定期的に拠点に異常がないか伝書鳩を飛ばし合っているようだ。
その伝達速度はそこまでではないとはいえ、国外の拠点が次々と潰されているということを知られれば、国内のカネスキーの本家が裏取引の証拠を隠滅したり……とこちらにとって嬉しくない行動に出てしまうかもしれない。
でも、この通信の輝光具があるおかげで、こちらは遠く離れた地にあっても連携を取りながら、ほぼ同時に複数の拠点を制圧してカネスキー家の人員を拿捕することに成功した。
これなら、王国のカネスキー家が異変に気づくまで時間を稼げる。
いずれは気づくだろうけれども、そのころにはもう王城でのパーティーが終わっている……つまり決着がついた後だろう。
今夜の一番の懸念点は、僕が用意した通信機が各地に散っている『忍華衆』の元に間に合うか……ということだったけれども、影移動が得意な娘が数人で駆けずり回って、なんとか間に合わせてくれたようだ。
本当に、彼女たちにはいつもお世話になっている。
……伽云々はおいておいても、撫でるくらいなら誠心誠意務めさせてもらおうと思う。
彼女たちはこれから、拿捕したカネスキー家の人員と違法取引の証拠、そして保護した孤児を連れてこの王都を目指すことになる。
それがパーティーまでに間に合えば、本件における彼女たちの仕事も一件落着だ。
ゆっくり休んでほしい。
キキョウさんからも連絡があり、マリアナさんが明後日――もう日付が変わってるから明日か……――の慈善活動に参加してくれるという。
とりあえず今のところは、完璧と言っていいだろう。
「(あとは……僕次第か……)」
ツバキさんが整えてくれたベッドの上で、冴えてしまっている目を無理やり閉じながら……明日に迫った慈善活動で、僕らの思い出の場所で、マリアナさんが僕の手を取ってくれる姿を夢想するのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
書いていて楽しかった、そんな彼女たちにフォーカスしたお話でした。
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★」をよろしくお願いいたします。
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次回、「どうかこの手を……~思い出の地へ~」
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