093.決意の朝~ねぼすけ天使鑑賞会~
王国歴725年、牧獣の月(5月)中旬。
週が明けて、最初の平日。その朝のこと。
*****
//アイネシア・フォン・ロゼーリア//
――コンコンッ
「おはよう、ルナさん? ……? そろそろ出ないと間に合わな――――あら」
朝、ルナさんが朝食に現れないのはよくあることだけれど、今日は朝食が終わってしばらくしても玄関ホールに下りてこなかった。
だから部屋まで呼びに来たのだけれど、返事もないし……と思って扉を開ければ、そこには幸せそうな光景が広がっていた。
「…………」
部屋に入った私に気づいたツバキさんが、そっと目を伏せて目礼してくる。
礼儀正しいツバキさんが声も出さずにいる理由は……。
「……すー…………すー…………」
とても安らかで美しい寝顔をした白の天使が、眠っていたからだった。
そしてその傍らにいるツバキさんは、寝ているユエさんにこっそり膝枕していたらしい。
ツバキさんは愛おしそうな顔で、慈しむような手で、ユエさんのサラサラの髪を撫でている。
母性を感じさせる大人な女性といった様子が際立ったツバキさんと、朝日に照らされて白さを際立たせるユエさんは、とても絵になるわね……。
……なんて、不思議と嫉妬すらせずに見入ってしまった。
この愛おしい人の寝顔というのは、見ているだけでリラックス効果でもあるのだろうか。
急いでいたはずなのに、私まで安らかな気分にさせてくれた。
「「…………」」
目線を交わしあった私たちは、どちらからともなく微笑み合う。
今この瞬間だけは同じ人を愛する女として、ツバキさんとも言葉がなくとも通じあえている気がした。
私はそっとベッドに近づき、何度見ても見飽きないユエさんの顔を間近にする。
頭は……ツバキさんが撫でていたので、私はそっとその頬を撫でて……暖かく、女としては嫉妬するほど綺麗でモチモチスベスベなお肌を堪能した。
「……ん……んっ……すー……」
私が頬を撫でるとユエさんはどこかくすぐったそうにしながらも、私の手に猫みたいに頬を寄せるようにして……さらには口元を緩めた。
「「~~~~♡」」
キュンッと、あまりに可愛らしく女性としての保護欲をそそるユエさんの仕草に、見事に女2人の心は撃ち抜かれていた。
「(見たっ!? ねぇ今のみたっ!?)」
「(はい……! なんでしょう、この感情は……何とも言えない愛しさが溢れるような、春の野山で新たに芽吹いた新緑を見たときのような気分に……)」
「(この気持ちを表す言葉なんてあるのかしら……)」
――後で調べたらわかったことだけど、この気持ちが『萌え』というらしい。
なんだかクロちゃんの顔が思い浮かんで素直に受け入れられなかった……のはともかく。
「(それにしても、これだけ触れられても起きないものなのね……)」
「(旅の間や戦時など……お立場があって気を張っておられる時なら違うのでしょうが、それだけこの学院での生活はお心安らかでいられるということでしょう。それに先週からお忙しくされておりましたし、昨晩も遅くまで……一区切りつきましたので、余計に気を抜かれているのでしょう。あとは、暦も影響しているかと思われます)」
「(暦……? あぁ……)」
ツバキさんから言われて、もうすぐ満月だったことを私は思い出した。
満月の日が近くなると、ただでさえ朝が弱いユエさんはもっと朝が弱くなる。
女性としての性質がより強く引き出されるからだそうだけれど……髪も肌も色艶が増して、ますます綺麗になるわよね。
あと、ここ数日の夜で……そういうことがなかったのは、マリアナさんのことで色々動いていたのが原因らしい。
ちょっと寂しくなって自分でしてしまったのは内緒のことで……って、朝からなんてことを考えているのよ私はっ。
2・3日ユエさんに触れられていないだけでこんなになってしまうなんて……ってだからっ。
こ、この愛らしい寝顔がいけないのよ。
これまでユエさんの寝顔が見られるのは、今日みたいに寝坊したときもあるけれど、大抵がそういうことをした次の日の朝とかだったからだ。
だから、私の頭はこんなはしたないことを考えてしまっているのだろう。うん、そういうことにしておきましょう。
「(アイネ様……お顔が赤いようですが、どうかされましたか?)」
「へっ!? い、いえっ、なんでもな――――」
「(アイネ様! し~! です!)」
「(あっ……)」
ツバキさんの指摘を慌てて誤魔化そうとした私は、思わず普通に声を上げてしまい……ついでにいうとユエさんの頬を撫でていた手をこわばらせてしまった。
口元に指をあてたツバキさんに注意されて声を抑えたけれど、どうやら遅かったようで……。
「んんっ……んっ……ぁ……ぁれ……?」
長い睫毛を震わせたユエさんの瞼がゆっくりと開いて、焦点の合わない白銀の瞳がすぐ近くにあった私とツバキさんの顔の間をゆらゆらと行き来していた。
「…………おはよう、ございまふ……?」
「ぷっ……くすっ、おはようユエさん」
眠たげだった表情が、『なんでお二人が目の前にいるんでしょう』とでも言いたげなキョトンとした顔に変わっていったのがおかしくて、私はつい吹き出してしまってから……微笑みかけて朝の挨拶をした。
「ふふっ……おはようございます、主様。よくお眠りになられていたようで、何よりでございます」
ツバキさんも私と同じように微笑んでいる。
「はい……なんだかすごく暖かな気分だった気がしますが……あ、いま何時でしょうか……?」
ベッドの上でのっそりと体を起こしたユエさんが、そういって目をこすりながら壁にかけられた時計の方を見て……い……って!
「「――あっ……!?」」
「へっ? ……あぁぁっ!?」
あまりに幸せな時間過ぎて、私もツバキさんも今が平日の朝であるということを忘れていた……。
私達が揃って気づきの声を漏らすと、一瞬ぽかんとしていたユエさんも時計の針が指す時間を認識したのか、大きな声を出して驚くのだった。
*****
目を覚ましたらなぜかツバキさんに膝枕されていて、アイネさんには頬を撫でられていて……時計を見れば、どうやら僕はこれまでで一番の寝坊をしてしまったらしい。
「あ、主様っ! もう少し、もう少しだけ御髪を梳きませんとっ!」
「今日はそのまま流すから大丈夫ですっ。それより早く着替えを――」
「はいっ、ユエさんこれっ! 制服よっ!」
「ありがとうございますアイネさんっ」
ツバキさんにアイネさんまで混じって、ドタバタと僕の朝の準備を手伝ってくれていた。
さすがに眠気は月まで吹き飛んでいき、意識はハッキリしたのだけれど……満月が近い日の朝ということもあってか、どうにもまだ身体が上手く動いてくれない。
アイネさんの前で情けないと思いつつも、そのアイネさんにパジャマを脱がされ服を着せられ、同時進行でツバキさんが僕の髪のお世話をしてくれている。
これまで何度も満月が近い日の朝は経験してきたけれど、なぜ今朝はここまでのことになっているかというと……ここ数日、マリアナさんのことや商会のこと、カネスキー家のことでの『仕込み』がいっぺんに大詰めとなり、学院の授業が終わればあちこち駆けずり回ったり、夜遅くまで起きて作業をしていたりと、とにかく忙しかったからだ。
王城へ行き、陛下にカネスキー家とマリアナさんの一連のことをお話して……。
案の定、王妃陛下は目を輝かせ……。
一方でゴルドさんと孤児院の件の進捗を確認し合ったり、作業を進めていく上で出てきた問題点を話し合ったり……結局はお金の力でなんとかすることになったけれど。
寮に帰れば通信の輝光具の数を揃えるために作業をし……。
パーティーの準備をして……。
いつもサッと済ませている学院の課題も、眠い目をこすりながらこなして……。
いま考えこんでも仕方ないと分かっていながら、マリアナさんの心配をしてしまったり……。
改めて振り返っても……我ながら、ある意味ここ数年で一番忙しく動いた気がする。
なんとか週末中に一区切り着けることが出来て、ほっとしたら……気が抜けたのかこんなになってしまったのだ。
そう、時間がないなかでも、僕の方でできることの区切りはついた。
カネスキー家を潰す件について、ひとつの決着は今夜着くだろう。
僕がマリアナさんに手を差し伸べるつもりでいる……学院の慈善活動の日は明後日だ。
そして、王家の主催で開催されるホワイライト家の叙勲式を兼ねたパーティーは今週末に迫っている。
おそらく、カネスキー家はこのパーティーの日にマリアナさんに対して最終的な決断を迫ることになるだろうから……全ての決着も、今週末には着くだろう。
まずは今夜のことだけど……それはツバキさんたち『忍華衆』が主立って動いてくれることになっている。
肝心のマリアナさんは、あれからずっと学院を休んでいる。
もしかしたら今日も来ないかもしれないし、明日も来られない……なんてことにはならないように、ちゃんと手は打ってある。
とはいえ、僕自身にとっては、明後日の孤児院訪問の時が最初で最大の難関……なのかもしれない。
正直、不安はある。
もし、ここまでして、僕が差し出す手をマリアナさんが取ってくれなかったら……と。
でも、アイネさんもツバキさんも、自信満々に大丈夫だと……僕の不安を察してくれたのか勇気づけてくれた。
その自信の出処が『女の勘』というから、僕にはわからないのだろうけど……。
僕は、僕の想いを自覚してしまった。
愛しい人に、その想いを認めてもらった。背中を押してもらった。
「――できたっ! いいわよユエさんっ!」
「こちらも、ある程度ですが準備できましてございます」
「おふたりとも、ありがとうございます」
ならば、ここでくよくよしていては……それこそ『男がすたる』というものだろう。
そう思うようにして、僕はここ数日ひたすら突き進んできたのだ。
「よしっ……! 行きましょう、アイネさんっ! カバンを持ってもらえますか? あとクロのカゴも」
今日もまた、前を向いて一歩を踏み出そう。
「え? いいけどどうして……きゃっ!? ユエさんっ!? ど、どうして……お姫様抱っこなの?」
「行ってらっしゃいませ、主様、アイネ様」
「ね、ねぇツバキさん……? なんで窓を開け放つの……? 見送りなら扉でしょう!? ユエさんは何も言っていないわよねっ!?」
「私は主様の僕。その意を汲むのがお役目のひとつですので」
「貴女はそういうひとだったわねっ!? ユ、ユエさん、いくら遅刻寸前だからって……」
「僕のせいでアイネさんの出席簿に『遅刻』を付けるわけにはいきませんので」
「も、もうそれなら何度か一緒に朝を迎えたときに……♡ じゃなくてっ!?」
「さぁ、アイネさん……しっかりつかまっていてくださいねっ!」
「いっ、いやああぁぁぁぁぁぁ―――………!」
僕の決意を表すかのように……かどうかは置いておいて、今日の始めの一歩は、4階の窓から飛び出すという大きな一歩になるのだった。
****
これは余談だけれど……制服の短いスカートでの自由落下は、とてもスースーした。
あと、教室までの道中、アイネさんにはめちゃくちゃ怒られた。
ただその怒るっていうのは、僕の身体を心配してのことだった。
まぁ普通の人間は……正式な輝光士だって、四階から飛び降りたらただじゃ済まないもんね……ごめんなさい。
お礼を言ってギュッと抱きしめる力を強めたら機嫌を直してくれた。
アイネさんは可愛いのだ。
「……んぁ? ふぁ~……なんじゃ、いつの間にか着いたのか……」
あと、この変態猫の心臓には剛毛が生えているに違いないだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
100話までにはマリアナ編の区切りがつく……といいなぁ(願望
プロット時点で1話の話が、筆が乗ってしまって区切ることがよくあったり……
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★」をよろしくお願いいたします。
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次回、「お仕事って大変ね~先週雇ったメイドが怪しい~」
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