092.お姫ぃさんの人助け~資産で殴れ!~
王国歴725年、牧獣の月(5月)中旬。
次の日、平日の夕方。
僕はアイネさんとツバキさんを伴って街に出て、月猫商会の店舗までやってきていた。
平日の夕方だというのに、店の表側にはそこそこの数のお客さんがいる。
それでもお店的には忙しくはないようで、特徴的な髪色の見知った女性が店の前を箒で掃いているところだった。
「あっ……主はんっ! おこしやすぅ~!」
「こんにちは、サクラさん」
僕らが近づくとサクラさんはあっと声を上げて気がついたような仕草をして、パッと春の花が咲いたような可愛らしい笑みを見せてくれた。
気づくのはもっと前から気づいていたみたいだけれど、人目もある中で不自然な気が付き方をしていたら怪しまれるから……かもしれない。
「もしかして主はん、わたしに会いにきてくれたん? うれしいわぁ」
パタパタと東方の履物の音を立てながら近寄ってきたサクラさんは、なぜかシナを作りながらまるで猫のようにすり寄ってきた。
「いけずやとおもっとったんに、主はんも結構好きなんやなぁ~。うりうりぃ~」
「いえ、その……」
「……むぅ……」
うりうりとか言いながら、肩をいじらないでくれますか……?
反対側の腕に抱きついてるお方の頬が可愛らしく膨れてしまっていますので……。
「ええよぉ……伽に呼んでくれはるなら、わたしはいつでも……」
『サクラァ……?』
「ピギィッ……!? じょ、冗談やえ……だから族長はん、影の中から本気の殺気を飛ばすのはやめてぇな……」
僕の影の中から飛ばされた殺気に、サクラさんは半泣きになりながら僕から離れていった。
僕とアイネさんを避けてサクラさんだけに殺気を飛ばせる器用さはすごいですね……ツバキさん。
『ふんっ、あなたが主様を前にして巫山戯るのが悪いのですよ。それで、任せていたお役目はちゃんと果たしたのでしょうね?』
「そりゃもちろんですわぁ。ゴルドはん、もう待っとる頃やえ」
『はぁ……申し訳ございません、主様』
「いえ、いつもありがとうございます。あまり待たせては悪いですし……行きましょうか」
「え、ええ……」
「またねぇ、主はーん!」
ニコニコとしながら手を振るサクラさんに見送られ、アイネさんを連れて裏口から店舗に入る。
何人かと挨拶を交わしながら上階へ上がれば、そこは応接室兼ゴルドさんの執務室だ。
「おぉ! お姫ぃさん、待っとったでぇ」
扉をノックすると、いつもの狐目巨漢なゴルドさんに迎え入れられた。
「こんにちは。また忙しいときにすみません」
「えぇて、えぇて。お姫ぃさんならいつでも大歓迎や。お嬢ちゃんもや」
「あ、ありがとうございます。お邪魔します」
どうもアイネさんはゴルドさんの見た目に慣れないようで、まだ態度に硬さが残っている。
普段から男性に接する機会も無いし、仕方ないのかもしれない。
「それでお姫ぃさん、今日はどないしはったんや?」
この前と同じソファーに案内され、お茶が運ばれてきて……と一段落ついたところで、ゴルドさんがそう切り出した。
どうしたのかと聞きつつも、その顔にはワクワクしているかのような期待が隠しきれていない。
こういう子供っぽいところとか、親しみやすいおじさんな気がするけどなぁ……それはともかく。
「今日は、コレを持ってきました」
問われた僕は、持ってきていた学院のものとは別のカバンから今日の目的のひとつの要となるものを取り出した。
「これは……四角い金属の、箱でっか……? なんやボタンがついとって……お、いくつか光結晶が埋め込まれとるなぁ」
「………」
僕が取り出したものが何なのかをしげしげと見るゴルドさん。
それが何かを知っているアイネさんは、僕の隣でなぜかうずうずしていた。
ネタバレはだめですよ。
「うーむ、お姫ぃさんのことやから、またえらいもん作ったんやと思ったんやけど、降参ですわ……ん? そうやっ! もしや、この前に言っとった通信の輝光具かっ!? もうできたんかっ!?」
「正解です。アイネさんにご協力いただいてテストも済ませています」
「えぇ、そうね……こんな常識破りなものが、サクッとできちゃうんですもの……。ルナさん、すごすぎるわよ……」
「ガッハッハ! お姫ぃさんがすごいのは相変わらずやで、お嬢ちゃん。でっ、でっ? どないやったんや?」
「ぅっ……」
「ゴルドさん……うら若き女性にそうやって詰め寄るのはお止めください」
「おーっとっと、すんまへん。お姫ぃさんのコレにこんなでかいオッサンが顔寄せるなんて失礼やったな。それにお嬢ちゃんはお貴族様やし」
「い、いえ……気にしないでください。ええと、この輝光具の話ですよね……? 私はルナさんから色々説明してもらったけれど、正直さっぱりわからなかったわ……。わかったのは術の概念くらいで……」
「ほー、そりゃすごいですなお嬢ちゃん。以前に別の輝光具の話を聞いたことあったけど、ワイなんか1から10までサッパリ分からへんかったからな。少しでも分かるんなら、さすがやで?」
「ありがとうございます……? ええと、それで……なんだったかしら。そう……私もその新しい輝光具のテストをさせてもらったって話だったわね。正直、すごかったわ……学院内の敷地の端と端っていう離れたところにいるのに、ルナさんとお話ができたのよっ……!」
「ほー……そりゃまた、えらいもんでんな……。お話できたってことは、これは対で使うもんなんでっか?」
「はい、そうですね」
そう言って僕は、カバンから同じものをもう1つ取り出してみせた。
今回、この通信の輝光具を作るにあたって参考にしたのは……『前』の記憶にあった、無線通信機だ。
この小さな箱状の……僕が知る携帯電話よりも少し大きいくらいの筐体には、いくつかの番号が書かれたボタンがついていて、ボタンを押している間はその番号に対応した通信機に声を送ることができる。
組み込まれた光結晶にはそれぞれ似てるけど異なるパターンの術が組み込まれていて、用いられているのが輝光術なので、ラジオなどの電波を使ったものよりも早く……それこそ光の速さで伝達できる優れもの。
中継機の役割を果たすのは……ここが僕にしかできないことであろうけれど、なんと『月』そのものだ。
といっても本当に月に中継機があるわけではなく、『月は鏡』という概念を組み込んでいるので、実際はこの通信機の――便宜上電波というけれど――電波は、空に向かって放たれて、適当なところで反射して対応する通信機に向かうことになる。
このあたりの原理をアイネさんには余さず説明したのだけれども……『前』の記憶があって現存した例を知っている僕とは違ってどうにも難しいようで、理解してもらえなかったというわけだ。
「ゴルドさんも試してみます?」
「おぉっ、ええんかっ!?」
「もちろんです。使い方は――」
*****
「はぁ~……お姫ぃさん、これはあきまへんわ。お嬢ちゃんの言うてる通り、えらいこっちゃで」
使い方を説明して、僕が部屋を出てから輝光具を起動して話しかけ、驚くゴルドさんと会話をし……と、一連の実演を終えてからゴルドさんはそう言って頭を抱えていた。
心なしかその手が震えているようにも見える。
テスト中はそれはもう大はしゃぎの大喜びだったはずなんだけれど……。
「何かまずかったでしょうか……?」
「まずい……っちゅうことはありまへん。ただ、こないなえらいもん、いきなり売り出すわけにはいかんやろうなぁと思ったんや。こんな常識破りなモンを市井に売り出したら、影響がどないなもんになるかわかりまへんわ……まず、お国を相手に売り出すことになるやろうなぁ」
「あぁ、そういうことですか……」
まぁ確かに、今回は目的と狙いがあってこの通信の輝光具を……割りと勢いで完成させてしまった。
販売はゴルドさんに任せればいいや、なんてある意味で吹っ切れていたこともあって、当然想定されるべき影響などの諸々についてはあまり考えていなかった。
ゴルドさんが言う通り、この輝光具は従来の情報伝達手段を……言い方は悪いけれどぶっ壊してしまうだろう。
手紙や口伝、伝書鳩(厳密にはハトじゃないけど)、見える範囲での光信号くらいしか伝達手段がなかったところに、いきなりリアルタイムで、距離制限がなく、無線通話ができるものをぶっこもうというのだ。
『前』の世界の歴史の技術レベルで考えても、すっ飛ばしてしまうのは100年や200年どころの話ではないというと、その影響は自然と考えられるのかもしれない。
……うん、僕は考えていなかったんじゃなくて、ただ考えないようにしていただけだ。
こんなことは輝光具や商売や政治に詳しくなくても、誰だって分かることだろうし。
ただ今回に限って言えば、『マリアナさんを助ける>カネスキー家を潰す>世界への影響』という優先度が僕の中で成立してしまっていると言うだけで。
「…………」
何事か悩んでいるゴルドさんに、ニッコリと、笑って見せる。
『後は任せた』の意だ。
「せやな……。もともと商いについてはワイらがって話で、この商会をやらせてもらっとるからな。こんな大商い、なんとかするしかあらへんやろ! 認可とか手続きとかは任せときぃ!」
「ありがとうございます、ゴルドさん。今のゴルドさんはこの国の貴族なのですから、国への……陛下へお話を通すのも難しくはないと思いますので」
というよりも、僕が事前にこっそりと陛下に話を通しておくから問題はないはずなんだけれど。
「せやったな……。今度、お城のパーティーなんぞハイカラな場に呼ばれるいうし……ホンマ、お姫ぃさんに会ってからどないなっとるんやろうなぁワイの人生。もうお姫ぃさんっちゅうんは実はこの王国のお姫ぃさんやったって言われても驚かんわ。なーんてな! ガッハッハ!」
「ブッ……!?」
「あはは……まさかそんな……」
アイネさん、そこは堪えて……。
僕とゴルドさんが話しているからか、横でお淑やかにお茶を飲んでいるという『慎ましい良妻』っぷりだったのに、そのお茶を吹き出しそうになった上にプルプルしてますよ。
「まぁ、お姫ぃさんがどんなお人やったとしても関係あらへん。ワイはワイの仕事をするだけや。にしても、ついこの前にこの輝光具の話が出たばっかやったんに……えろう早かったでんな?」
「そうですね……実は急いだのにはいくつか理由がありまして。そのひとつが、通信の輝光具の件とは別に……ゴルドさんに大至急進めてほしいことがあるんです」
「ほう……? お姫ぃさんが『大至急』言うんや、そりゃえらいこっちゃで。……お聞きしまっせ」
僕が居住まいを正して『大至急』と告げると、ゴルドさんの目が開かれ、表情が真剣味を帯びた。
「では――」
僕はまずゴルドさんに、この前に話していた慈善事業の……孤児院経営の詳細な計画を話した。
月猫商会傘下の新たな団体の設立が必要だということ、孤児院の用地の確保と規模、施設の構想、必要な人員の規模、孤児の保護、教育と職業訓練、育った子どもたちの雇用……などなど。
そして、この計画を急ぐ必要性を……カネスキー家のことを――どうやって調べたかはぼかして――話した。
カネスキー家を潰したとして、奴らが扱っていた孤児たちの行き場がなくなるようなことがあれば、子どもたちはますます不幸になってしまう。
自分の行動の結果には、責任を持たないといけない。不幸になる人がいてはいけない。今回の輝光具の影響とは違って、こちらはちゃんと考えていた。
だからこそ、その孤児たちの受け皿として、早急に孤児院経営の計画を推し進める必要が出てきたのだ。
しかし当然だけど、新たな事業を、しかもそれなりの規模で、通常かかる期間を無視して早急に行うとなれば、莫大な人員と費用がかかるだろう。
その費用は僕が持つのは当然としても、先々まで考えるとお金はいくらあっても足りない。
「――というわけです。王都に来たばかりで、まだ店のことも落ち着いていないのに……さらには今度のパーティーの準備もあって大変な時期に、追加でこの規模の仕事をお願いすることになり申し訳ありませんが……」
僕が話をそう締めくくると、目を閉じて思案顔だったゴルドさんは……ニカっと、子供のような笑みを見せてくれた。
「なにいうてますんや、お姫ぃさん。ワイらはお姫ぃさんの手下みたいなもんや。お姫ぃさんが『やれ』いうたらやるんがワイらの仕事やで?」
「そう、かもしれませんが……商人のゴルドさんにとっては、この事業は現状では全く儲けにもならない話ですよ? 完全に領分外のお仕事を押し付ける形になります」
「まぁ、せやな……せやけど、お姫ぃさんが世のため人のためっちゅうんは、今に始まった話ではないでっしゃろ? それにお姫ぃさんは、ちゃんとワイらの商売のことも考えてくれてますがな。せやから、銭はお姫ぃさん持ち言うた上でもコレを用意しはったんやろ?」
コレといってゴルドさんは、テーブルに置かれている通信の輝光具をコツコツと小突いた。
「コレがあれば、ワイらはどれだけ儲けられるかわかったもんじゃないでんがな。そのカネスキーっちゅうアホ貴族をどうにかする時に必要や言うても、それだけが理由じゃないんは分かっとるつもりでっせ? お姫ぃさんはホンマお人好しやでぇ」
「あはは……ありがとうございます」
恩には恩を、仕事には対価を。
今回のことで忙しさが『えらいこと』になってしまうであろう、ゴルドさんを始めとした商会の人たち。
この輝光具の用意を急いだのは、そのみんなへの気遣いと言う意味もあることは、流石にゴルドさんにはお見通しだったようだ。
「この慈善事業についても、陛下へのお話は早いかと思いますので……ぜひ、よろしくお願いします」
「よっしゃ! お城のことはよーわからんけど、ここまでお膳立てされたらやるしかないでっしゃろ! 久々に大仕事やでぇ!」
僕が座ったまま軽く頭を下げると、アイネさんも自然とそれに習い、ゴルドさんは気合が入った声を上げて拳を手のひらに撃ち合わせてから立ち上がった。
「ほなお姫ぃさん。すまんでっけどすぐに動きますさかい」
「ええ、お願いします。私たちはそろそろ学院に戻りますので、何かあればサクラさんに伝えてください」
「おう! お嬢ちゃんも、またなぁ!」
「はい、失礼します。ルナさんのせいでお忙しいかとは思いますが、お身体にはお気をつけて」
「お、おぅ……ありがとうな」
これからについての打ち合わせが終わり、別れの挨拶を交わす。
アイネさんが見せた見事なカーテシーに、一瞬面食らったようなゴルドさんに見送られ――。
「お姫ぃさんはアレ、やらへんねや?」
「…………失礼します」
訂正。ニヤニヤとしながら僕の方を見てきたゴルドさんに、僕もカーテシーを返して……僕らはツバキさんと合流し、学院への帰路についた。
*****
これで『仕込み』の第1段階は、完了だ。
賽は投げられた、というやつかもしれない。
これだけの規模でお金も人も動かす以上、もう後戻りはできないから。
ただひたすらに、自分勝手を押し通すだけだ。
マリアナさん……どうか、もう少しだけご辛抱ください……。
腕に温もりを、影から羨ましそうな気配を感じながら、僕はここにはいない彼女を想って夕焼けを見上げてそう願うのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます。
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