091.都に潜む、悪意と善意~『大掃除』は計画的に~



 王国歴725年、牧獣の月(5月)中旬。



 あの日……マリアナさんの事情が逼迫ひっぱくしてしまったことを聞いた日の翌日も、その翌日も……マリアナさんは学院の授業を休んだ。


 欠席の理由について、ミミティ先生からは『ご実家の事情』としてクラスに伝えられた。

 マリアナさんが『ご実家の事情』で学院を休むのはこれまでに何度かあったことらしく、クラスメイトの反応としては『大変ですのね』と言った程度だった。


 一部の子は影で『また男探しですの?』なんて言っていて……とても悲しい気持ちになったけれど、僕の立場でそれを咎めるのもおかしい気がして、その時は何も言えずにいた。


 ただ、僕はマリアナさんが実際に何をしているのかを知っている。


 ツバキさんを通じてではあるけれど、どうやら寮の自室に籠もっていたり、学園から出て中央区にあるエーデル家のお屋敷で何かをしているらしい。


 僕は直接会うことは出来ていないけれど、ツバキさん曰く『お疲れのようでした。その、お顔が……』とのことで、僕もアイネさんも心配を募らせるばかりだ……。


 ただ、心配しているばかりではなく、僕は僕で動いている。


 決めたからには、行動を。


 ……これまで僕は、僕の力を、立場を、アポロを始めとした恩のあるこの国の人々のため、世界を救う使命のために使ってきた。


 それを、一方的に、ただ1人の女の子のために使おうというのだ。


 その自分勝手を、僕にしか出来ないことと背中を押してくれる大切な人がいて。

 その自分勝手を押し通してでも助けたい人が……大切な想いを抱いた女性ひとが居る。


 果たしたい『やくそく』がある。


 だから、使えるものは何でも使って――マリアナさんのために、僕のできることを、するんだ。



*****



 とある平日の夜。


「――ご報告は以上でございます」


「……ありがとうございます、ツバキさん」


「はぁ……何から驚くべきなのかしら……」


 寮にある僕の自室で、僕とアイネさんは黒装束姿仕事モードで膝をついたツバキさんから『報告』を受けていた。


 僕はその『報告』の内容に思わず顔をしかめ、アイネさんもそれは同じだったけれど、同時に何かに驚いている様子だった。


「ツバキさんが優秀な従者というのは、もう十分に分かっていたつもりだったけれど……『忍華衆』のこの諜報能力は異常ね……。あっ、ごめんなさい。褒めているつもりなのよ?」


「は。ありがとうございます、アイネ様。そのお言葉、部下も喜ぶでしょう」


 アイネさんが頭を抑えながら言ったことに、仕事モードで表情がわかりにくくなっていながらも、ツバキさんはどこか誇らしそうにそう返した。


「よくこの短期間で、この国だけじゃなくて外のことまで……この力があれば、お兄様たちは……いえ、今言っても詮無いことね……」


「アイネさん……」


 アイネさんの家……ロゼーリア侯爵家は、この国の軍事を司る家のひとつで、その地位は爵位に応じて高く、アイネさんのお父様は言うなれば将軍ともいえる立場のお人だ。


 アイネさんと結ばれてから聞いたのだけれど、アイネさんには年上のご兄姉がいて、あの大戦で闇族の奇襲を受けて亡くなったらしい……。


 そんな悲しい告白をしてくれたアイネさんを、パートナーとしては慰めるべきなのだろうけれど、過去のこととは言え星導者としての無力を嘆いた僕が逆に慰められてしまい……まぁ、その後のことは良いだろう。


「ごめんなさい、話が逸れたわね。それにしても……噂は噂と思っていたけれども、こうまで……とは思わなかったわ」


「そうですね……」


 アイネさんが話を戻して、僕らは再び、その顔に嫌悪感を浮かべることになった。


 ツバキさんが報告してくれたのは、僕が『仕込み』の一環としてお願いしていた……カネスキー家の調査結果についてだ。


 アイネさんが言うように、噂は噂だ。


 だけど、火のないところに煙は立たないとも言うし、最終的には僕がマリアナさんを横から掻っ攫う形になる相手だけに、もし何もなく『白』であれば申し訳なさから何かしらの補填を……それこそ月猫商会から何かしらの融通をしてもいいと考えていた。


 しかし、結果は『黒』。


「……んぁ?」


 ……いやキミじゃないから大人しく寝ててね変態猫さん。

 満月も近いのだし無理して起きる必要はないよ。


 まぁとにかく、ツバキさんから聞いた調査結果は黒も黒、真っ黒だった。


「正直に申しまして……叩けば叩くほどホコリが出てくると部下は申しておりました」


「そうでしょうね……」


 調査結果の報告は、『忍華衆』の優秀さを表すかのように多岐にわたっていた。


 家族構成、その素行、交友関係、家の事業……その裏まで。


 ツバキさんが言う『ホコリ』をいくつか挙げるとするなら……。


 マリアナさんの家の周りにカネスキー家の息がかかった強面のオジサマ方がうろついているとか。


 潜入調査のためにメイドとして雇われた子によれば、カネスキー家の一人息子が『もうすぐ結婚する』『いい女が手に入りそうだ』と言いふらしているとか。


 さらに、メイドとして潜入した『忍華衆』の女の子にも粉をかけようとしてきていて、大変迷惑を……というよりも嫌悪感を隠すのが大変だとか……。

 うん、それは今度その子の労いが必要だと思う……ツバキさんも同意してくれて『要望を聞いておきます』と言っていた。


 女性関係の噂も本当らしい。


 そして何よりも黒かったのが……カネスキー家が行っている『裏の商売』の存在だ。


 カネスキー家は、表向きは王国で作られた品を国外に売り、国外から仕入れたものを売る……簡単に言ってしまうと貿易会社のようなことをして利益を出している。

 それは平和になった世界にいち早く順応する先見性があった……とされているし、実際そうなのだろう。


 ただ、調べた子によれば『国に献金されている規模を考えると、いくらなんでも利益が大きすぎる』とのこと。

 問屋のようなことをするなら、当然商品の仕入れが発生するわけだが、取引記録に残っている商品の規模からすると、あの急成長に繋がるほどの利益は見込まれないらしい。

 これはゴルドさんにも確認してみたから、間違いないのだろう。


 『なにかやっとるんとちゃいますか?』と訝しげにしていた。


 それで、そのゴルドさんの見立てに後押しされてより詳しく調べてみれば……裏の商売の存在に行き当たったというわけだ。


 もうこの時点で、僕はカネスキー家に対する配慮とか補填とか、そんな考えは捨てることになった。

 むしろその内容を聞いて……つい高まってしまった輝光力で僕の部屋のティーカップがひとつ犠牲になってしまったくらいには怒った。


 その『裏の商売』とはなんと……人身売買だった。


 人は、国の宝であり血肉そのものだ。


 僕も城でそう習ったし、辛い思いをしながらも戦い抜いた者として……失われることで起こることを知っているので、それは実感している。


 貴族としての教育を受けているアイネさんも、僕と同じく怒っていた。


 この国だけでなく、この世界では決して許されることではない。


 しかもその手口は……被害者は、孤児だった。


 一見するとそうとは分からない、非認可の孤児院を作って、大戦で親を失ったなどの理由で身寄りのない子供を集め、それを国外に『輸出』して金品を受け取っている。


 しかも、その連れ出された子どもたちの未来に責任を持っているわけではなく、子どもたちがどんな扱いを受けようが関係ないといったスタンスなのが余計にたちが悪い。


 『下衆め』なんて言葉を口走るアイネさんとツバキさんなんて初めて見たくらいだ。


 そして……いつかアイネさんとのデートの日に出会った孤児の女の子、ニアちゃんが暮らしているという孤児院がまさにそれだった。


 それなりに上手く隠されていたそうだけれども、『忍華衆』によって暴き出された以上、もうただでは済ますつもりはない。


「この件は……たまったホコリは『掃除』する必要がありますね」


「は。おっしゃる通りかと」


「そうよ! こんなっ……! ……でもユエさん、どうするの……? いくら悪いことをしていて証拠もあるとはいえ、相手は伯爵家になっているわ。いきなり勝手に潰したりしたら、影響が大きすぎると思うの……」


 アイネさんが言うことも分かる。


 この国で上の爵位を持つということは、それだけ果たしている役割が多いということだ。

 伯爵家が消えるということを『前』の世界で例えるなら、いきなり事務次官レベルの地位にいる人がいなくなることになる。

 下についている人たちにとってはたまらないだろうし、混乱もあるだろう。


 それにしても……『下衆』に続いて『潰す』なんて過激な言葉がアイネさんの口から出るとは。

 やっぱり怒ってくれているらしい。

 真剣な顔も可愛らしいですけど、淑女らしさも忘れないでくださいね。


 まぁ潰すんだけれど。


「大丈夫ですよ。この件は僕が、陛下に直接奏上しますので。ご裁可をいただいてきますから遠慮なく、徹底的にいきましょう」


「へ、陛下に直接っ!? そう……よね、ユエさんなら可能よね」


 王国において頂点に立つ存在に直接意見を言ったり報告をするという、この国に住む人なら誰もが恐れ多いと思うことに驚くアイネさんだったけれど、目の前に居る僕という人間がどういう立場を持っているのかを思い出したのか、納得してくれたようだ。


「くすっ……これはカネスキー家もご愁傷さまね。粉をかけようとした相手が悪かったわ」


 それどころか、アイネさんはいたずらっぽい笑みになって方をすくめて見せた。


「ええ。後悔させてやりますよ」


 そう、使えるものは何でも使う。

 それは僕の立場や、義理の親だってそうだ。


 まぁ、陛下にお伝えするときに理由を聞かれるだろうから……マリアナさんをお嫁さんにしたいとちゃんと伝えないといけない。


 王妃陛下の目が輝く様子が目に浮かぶようだ……。


「主様……その、差し出がましいかとは存じますが、住む場所を失うことになるであろう子どもたちは……」


 お互いにいたずらっぽい笑みを向けあっていた僕とアイネさんに、ツバキさんがおずおずとそう話を向けてきた。


 事情は違うとは言え、影猫族も幼少の頃から苦労してきた子達だから……心配なのだろう。


「それも、対策は考えてあります。もともと計画してたことですが……実行を早める必要がありそうですね。アイネさん、明日の放課後のご予定は?」


「空いているわよ? というより……ふふっ、ユエさんにお誘いを受けたらどんな用事でが入ってても空けてしまうわよ?」


「はは……それは嬉しいですけど、ちゃんと予定があったら言ってくださいね。っと、それでは明日は月猫商会へ行きましょう。ツバキさん、先触れをお願いできますか? あぁ、今日は遅いですから明日にでも」


「は。喜んで」


「ユエさん……もしかして計画してたことって、この前に言っていた……?」


「ええ、例の慈善事業ですね」


 行動には結果が伴い、その影響には責任を持つべきだろう。


 だからもう一手を打っておくためにも、明日はゴルドさんに会いに行こう。


 そう決めた僕は、それからもアイネさんとツバキさんを交えて計画を練り……夜は更けていくのだった。








――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


なんだかんだで100話が近づいてきましたね……引き続き頑張ります。


お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「お姫ぃさんの人助け~資産で殴れ!~」

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