084.ノブレス・オブリージュ~貴族と家とは~



「天にまします我らが月の女神よ、その鏡のような御心で、地上に光をお導き下さい。光在れルクシオール


光在れルクシオール


 手を組んだ女の子たちの清らかな祈りが重なり、教室に神秘的な空気が漂う。


 結局……カオスになっていた朝の教室はシスター・レイナが来ることで収まった。

 ミリリアさんのおっぱいはアイネさんによってもがれることはなかったし、マリアナさんに抱きしめられた僕は何度か『溜まって』しまったものの、回数は少なく済んだ。


 レイナさんが僕たちの様子を見てとても微笑ましい顔をしていたことは、この際は気にしないことにしよう……。


「……さて、みなさん。今日はお知らせがあります」


 僕がいつものように本気でお祈りをすることはなく、なんとなく教室の様子を見回していたところで……レイナさんはみんなの注目をあつめるように胸の前でぱちんと手を合わせた。


 その動きに合わせてマリアナさんに匹敵する大きなお胸がぷるんと揺れ……って、こんなことに気づいて……というか気にしてるのは僕ぐらいか。


 だからアイネさん、そんな勘の良さを発揮して横目で僕を見てからレイナさんを睨むのは止めてあげてください。

 アイネさんのも触り心地抜群でとっても良いですから。


「っ……」


 ……なんでそこで胸を抱くようにして赤くなるんですか。

 僕、何も言ってないですよね……?


 そんな礼拝の時間にふさわしくない、ある意味で邪なやりとりをしている間に、レイナさんはみんなの注目が集まったのを確認してから『お知らせ』の内容を話してくれた。


「毎年この時期になると、当学院では慈善活動が行われているのはみなさんご存知でしょう。去年は……南区の道路清掃でしたね。その他にも、教会の礼拝をお手伝いしたり、寄付を前提とした聖楽会の開催などがありましたね」


 へー、学院長のクレアさんからはそんな話はなかった気がするけれど、そんなことをしていたのか。

 確かに、お嬢様学校っぽいといえば『ぽい』行事だとは思う。


「この学院の……とくにこのSクラスのみなさんは、陛下より叙された貴族に連なる者として、その他の特権を扱う者として、普段から市井の人たちよりも恩恵を受けている家も多いでしょう。だからこそ……というわけではありませんが、みなさんはその子女として、また将来的には国に奉仕する輝光士として、こういった慈善活動を行うのは義務ともいえる大切なことなのです」


 レイナさんがそう言い切ると、クラスメイトの大半は……もちろんアイネさんも、『当然よね』というような顔をしていた。

 その辺りの教育は、各家ともしっかりと娘に施しているのだろう。


「…………」


 アイネさん越しに見えたマリアナさんも、何だか気合が入っている様子。


 言い方は悪いけれど……マリアナさんは社会の底辺に近い孤児という立場から、貴族の家に拾われた……助けられた人だ。

 今の家を預かる身としても、貴族らしい活動というのは大事なのかもしれない。


 ただ、みんながみんなそういうわけではないらしく……。


「ケッ……」


 クラウディア皇女殿下、そこであからさまに嫌な空気を出さないでくださいよ。

 貴女は国元ではその上位者の中でもトップに近い立場でしょうに。

 横のこわーいメイドさんが見てますよ?


「ウチはただの商会なんスけどねぇ……」


 ミリリアさんは……単に『めんどーッス』って感じだろうか。


「ふふ……これも授業の一環で、ちゃんと単位が付きますから、嫌がっちゃダメですよ?」


 そんな一部の気乗りしなさそうな娘を見たレイナさんは、まるで歳の離れた妹か子供を嗜めるように頬の横で人差し指を立ててそう言った。

 まぁ、レイナさんからすれば学院生はそれくらいの年頃の女の子達なのだろう。


「ホワイライトさん、どうかしましたか……?」


「い、いえ……どうぞ続けてください」


 いや、女性に対して歳のことを考えるのは失礼だよね、うん。

 考えていた、だけなんだけどなぁ……『女の勘』というのはコワイ……。


 そういえば、レイナさんは結婚してから子供はできたのだろうか。あのとき見た旦那さんは……結婚したのに今は教会でシスターをしていることを考えると、なんとなく悲しい想像はできてしまうけれども……。


「(上位者の義務……ノブレス・オブリージュ、か……)」


 柔らかい慈母のごとき微笑みを浮かべながら説明を続けていくレイナさんを見て、僕は心の中でそうつぶやいた。


 この世の中には、悲劇が溢れていた。


 今ではそれが少なくなった……と思いたいけれども、まだ大戦が集結して2年。世界は急速に復興に向かっているとは言え、その爪痕はまだ色濃く残っているのだろう。


 もし僕の想像が合っているとしたら……レイナさんの旦那さんは亡くなってしまったのだろうし、この前に街で出会ったニアちゃんのような孤児だって残されている。


 その中でも恵まれた立場を持ち、裕福な生活を送っている……それがどれだけありがたいことかは、マリアナさんと同じ立場だった僕も分かっているつもりだ。


 だからこそ、貴族や上位者に課せられた義務……ノブレス・オブリージュだって必要なことだと理解している。


 そもそもこの国では……というよりこの世界では、封建制が当たり前だ。

 東方地域でも北の方にある『レイシエル星教国』などは宗教国家なので例外かも知れないけど……それはともかく。


 約500年前の闇王出現により、人類はその数を大きく減らし衰退の一途を辿っていた。

 強大な敵を相手に戦っていくためには、人類は……各国の中ですら、団結を余儀なくされた。

 国には王が立ち、その臣下として貴族が自領の人民をまとめ、果てしない戦いへ赴く。


 そう、かつては国というのは大きな国土を持つ集合体だった。

 だから王も貴族も『土地』を持ち治めていて、そこでそれぞれの役割を果たす……これは、『前』の歴史や物語にもあった『貴族』の姿だ。


 では、今の『都市国家体制』となった国々ではどうなのかというと……僅かな土地がイコール国となっている関係か、貴族には自領を持つものはいない。


 あえて言うなら都市の中に構えられた、他よりも大きな屋敷の敷地がその自領といったところかもしれないけれども、とにかく、『前の記憶』にある貴族の姿とはちょっと違っているのだ。


 この世界の……少なくともここセンツステル王国では、貴族というのは専業の役人に近い。


 限られた王都という土地の中の、行政・法務・軍事・金融・産業・土木治水……などなど、各分野を専門的に管理運営する人……『前の記憶』にある日本でいえば『○○大臣』とかに相当する立場の人たちだ。


 貴族としての位が高いものが『大臣』で、そこから副大臣や事務次官……といったものをイメージするとわかりやすいかもしれない。


 それらをまとめ、最終決定権と任命権を持つのが王家の陛下……というわけだ。


 例えば、アイネさんのロゼーリア侯爵家……そのご当主であるアイネさんのお父様は、軍事部門のトップ3に入る将軍といってもいい立場の人だったと思う。


 ウチの場合は……新しく貴族に任じられるというのは、実はとても少ない例だ。


 『名誉』貴族は国政に直接関与するわけではないけれど、ある意味でその分野で国が行う事業よりも貢献をしたので、国がそれを認めて自国に組み込むことで、結果的には『国がそれを成しました』としてしまうような……。

 適当な表現かは置いておいて、『国属民間企業』といった立場にしてしまう措置だ。


 ……話が逸れた、というか、僕が何を言いたいかと言うと……。


 これからの世界は、『前の記憶』にある王と貴族の姿か、それとも今の姿を保っていくのか……どちらに向かうのだろう、ということだ。


 世界から最大の脅威が去り、灰色地帯という空白の土地が生まれている。


 完全に驚異が去ったわけではないとはいえ、もしこれらが正常に人の住める土地へと戻っていった場合、今の国の体制は大きく変わっていくのではないだろうか。


 少なくとも、首都=国土の全てという『都市国家体制』は無くなると僕は思う。


 そんな中で、貴族という存在は……脈々と受け継がれてきたその『家』というものの存在の重要性は、どれほどのものになるのだろうか。


 レイナさんが口にした上位者の義務というものや、マリアナさんが必死に家を存続させようとしているのを見て……つい、そんなことを考えてしまった。


 以前に僕自身がクラウディア皇女殿下に対して言ったことでもあるのに関わらず、それは必要なことなのだろうか……と。


 考えてしまったけれども。


「(いや、それは不敬な考えかな……)」


 レイナさんが慈善活動の内容とやらを説明するのを耳にしながら、僕はひとり、首を振って考えていたことを振り払った。


 僕もアポロに……ひいては両陛下に、多大な恩をいただいた身だ。


 僕がこんなことを考えられるのは『前の記憶』があるからで、『不敬』と思ったのは『この世界で育った僕』の素直な感想だ。


 なんだろう……マリアナさんがあんな暗い顔をしている原因が貴族と家の事かもしれないから、こんなことを考えたのだろうか…………良くないよなぁ。


 僕自身が、彼女と本当の意味で向き合うことがまだできていないというのに……。

 それでもあのお姉ちゃんに笑っていてほしいから、なんとかなってほしいから、自分以外のところの要因について考えるなんて……本当に良くない。


「――ということですので、みなさんの担当箇所が決まり次第、改めてお知らせしますね」


 僕がそう反省していると、壇上に立つレイナさんがそう言って朝の礼拝の時間を締めくくるところだった。


 僕はこっそりと自嘲のため息をついて、聞き逃してしまった慈善活動の内容とやらを、後でアイネさんに聞こう……と心のメモに残すのだった。









――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


※今話で題材にしている貴族階級のお話はあくまで本作においてですので、史実などとは関係がございません。ご了承下さい。


お読みいただき、ありがとうございます。

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