080.別の昔話~影猫族とアイネさん~


「はい、どうぞアイネさん」


「あ~ん……んん~♡」


 僕がスプーンで掬って差し出したフルーツソースがたっぷりかかったパフェを頬張って、アイネさんは幸せそうに頬に手を当てて笑顔になってくれた。


 なんとか、機嫌を直してくれたみたいで良かった……。


 月猫商会でサクラさんを含めたドタバタがあった後、ツバキさんからいくつか報告を受けて、僕たちはデートの続きに繰り出したのだけれど……。


 僕が手を出していないと分かっていても、アイネさんにとってはまだ見ぬ同じくらいの年頃の女の子たち……忍華衆のみんなと僕が親密な関係にあると思って妬いてしまったのか、アイネさんはちょっとだけツンツンしてしまっていた。


 そんな様子も可愛いなぁ……なんてバカップルみたいなことを思いつつも、僕のことでそんな気分にさせてしまっているのは確かなので、何とかご機嫌を直してもらおうとあくせくしてた僕。


 結果的には、僕があれこれと言っても言い訳にしか聞こえない気がして……女の子が大好きな甘いものに頼ってしまった。


 ここは、以前はミリリアさんも交えて訪れた、東区でも中央区よりの位置にある高級レストラン。

 これまた前回と同じ、その2階にあるテラス席だ。


 区切られていて人目がないのを良いことに、4人がけのテーブルの片方に2人並んで座って、ちょっと恥ずかしいけれどこうして自主的に『あ~ん』をしている……という状況。

 予約なしでの来店だったけれど、この席が空いててほんとに良かった……。


「はいユエさん、あ~ん」


 機嫌が直ったらしいアイネさんは、今度は私の番だと言わんばかりに、僕にアイネさんの分のパフェを差し出してくる。


「あ、あーん……はむっ……」


 うん、とびきり甘い。料金の高さが糖度の高さと言わんばかりだ。


「くすっ。ユエさんは、あんまり甘いのは好きではないのかしら?」


「いえ、そうでもないですよ。それに、アイネさんにこうして食べさせてもらえるなら、何だって美味しいと感じてしまいます」


「まぁ♡ ユエさんったら。ふふっ」


 パフェのように甘いやり取りをしても、今ここには咎める人はいない。

 すっかりご機嫌なアイネさんと『あ~ん』を交わしていると、このレストランで一番大きく豪華なパフェもすぐに空になってしまった。


「ごちそうさまでした」


「いえいえ、アイネさんに喜んでもらえたなら良かったです」


 笑顔で満足そうに息を吐くアイネさんを見て、僕もホット一息つくことができた。


「失礼いたします。こちら、セットの紅茶でございます」


 どこかで見ていたのではないかと思えるほど完璧なタイミングでウェイトレスさんが紅茶を持ってきてくれたので、僕はそれで甘々な口の中を洗い流した。


 ウェイトレスさんは女の子同士で隣同士に座る僕らに軽く微笑むだけで何も言わず、綺麗なお辞儀をして去っていく。

 やっぱり高級店だけあって、そのへんの気遣いは完璧のようだ。


「その、ありがとう……ユエさん」


「え……? どうしましたか?」


 僕と同じようにカップを傾けていたアイネさんだったけれど、ふとつぶやくようにお礼を言われた。


 隣を見ると、アイネさんは両手で持ったカップで顔を隠すようにしながら、その隙間から僕の方をチラッと覗き見るようにしていた。

 その頬は少しだけ染まっていて……。


「支払いのことでしたら、任せてください。アイネさんも僕の懐事情は見たと思いますし、これくらいなら――」


「そ、そうじゃなくてっ……いえ、私の機嫌を取ろうとしてくれたのはわかったのよ? だからそれには『ありがとう』、なんだけど……いえ、まずは『ごめんなさい』のほうが先よね……」


「?」


 アイネさんが僕に謝るようなことなんてあっただろうか?

 と疑問に思っていると、アイネさんはその『ごめんなさい』の内容を話してくれた。


「その、さっきのことなんだけれど……ユエさんのパートナーとして、ちょっと器が小さかったらしら……なんて」


 言っていて恥ずかしくなったのか、ポスっと僕の肩に軽い重みが加わった。


「ユエさんに『ちゃんとツバキさんのことも見てあげなくちゃダメよ』なんて言ったのは私なのに、いざそういう話になって、知らなかった女の子までユエさんのことが大好きで……って分かって、思いっきり妬いちゃったんだもの……だから、ごめんなさい。反省するわ」


「アイネさん……いえ、いいんですよ。妬いてくれるってことは、それだけ僕のことを……」


「ぁぅ……そうよ、もぅっ。自分でもこんなになっちゃうのを驚くくらい、ユエさんのことが好きなのよっ……!」


 『もぅっ』と言いながら、僕の肩に何度も頭をぶつけてくるアイネさん。

 心にしみるその柔らかな衝撃が、僕は愛しくてたまらない。


「ぅぅっ……」


 ついには恥ずかしがって僕の胸に顔を埋めてしまったアイネさんの頭を優しく撫でながら、その耳元に囁くように口を寄せた。


「僕の方こそ、ありがとうございます。大好きですよ」


「ぁんっ……!? ユ、ユエさんっ。急に耳元でそんなっ……」


 耳に息を吹きかけられてビクリと身体を震えさせたアイネさんは、ガバっと身体を起こした。その顔が真っ赤になっている。


 その反応の良さに『このまま耳元をひと撫でしたら目がトロけ始めちゃうんだろうな』なんてうずうずとイタズラ心が湧くけれども、流石に我慢してその気持ちを微笑みで誤魔化した。


「それに僕も反省するべき点はありますね……まだアイネさんにお話していないこともあるなと、再認識しました」


 そう、もっと僕らは言葉を交わさないといけないな、と。

 お互いに大好きで心が通じ合っている感覚があるとはいえ、それだけではダメなんだ。


「そう、ね……ユエさんがそう言ってくれるなら、早速だけどひとつ聞いてもいいかしら……?」


「ええ、なんなりと」


 アイネさんは耳元を押さえて身構えていた体勢から、自然と僕にもたれかかるような体制になってそう聞いてきた。

 僕はもちろん、OKを出す。


「あんまり深く聞いたことはなかったのだけれど、ツバキさんに、サクラ……さん? 『忍華衆』はみんな影猫族っていう一族の女の子たち、なのよね? 他にはどんな娘がいるのかしら? ユエさんに助けられたのよね?」


「そうですね……ちょっと暗い話も混ざりますが、いいですか?」


 彼女たちを僕が助けたとはアイネさんに話しているけれど、その詳細までは話していなかった。

 僕が救い出すまでの彼女たちは……それは、酷い境遇だったのだ。


「ええ、大丈夫よ」


 しっかりと頷いたアイネさんに、僕はツバキさんたちの生い立ちから話すことにした。


「彼女たちには……そもそも、名前どころか種族名さえありませんでした――――」


 長い年月……それこそ100年単位で、闇将に支配された村。

 そこで行われていたおぞましい……光に属する人間を闇へと近づける『実験』。

 冒険者としてたまたま立ち寄った僕は、その事態を知り闇将を倒し、囚われていた人々を解放した。


 開放したのは、全部で50人ほど。


 10数人の男性は、『実験』の性質上、殆どは殺されるか……殺さないように光を食うための家畜にされてしまっていた。

 または……胸糞悪いけれど、ヤツらの言葉を借りるなら実験動物の繁殖用の相手だ。


 残された女性達のうち、すでに『実験』の餌食となり母となった大人の女性が半数の20名ほど。


 そして、『実験待ち』とされたまだ子供を産むのに適さない年齢と判断されていた若い女性達……今では『忍華衆』となっているその女の子たちが20人ほど。


 残念ながら、大人たちは既に人間らしさを保てず……その殆どが心を壊してしまっていた。

 ハッキリ言うと、何らかの理由で、闇将を倒した途端に事切れてしまったであろう人も何人もいた。


 こんな不条理がまだ世の中に残っていたのかと、悔しかった。


 それでも、長年の悪夢のような境遇から救い出してくれたと、僕は感謝された。


 僕は始め、残された彼女たちを近くの街に連れて行って然るべきところで面倒を見てもらおうと思っていたけれども、彼女たちはそれを拒んだ。


 今思うと、彼女たちを街に放り出したところで……まともに生きていく手段はなかったのかもしれない。

 彼女たちがそのことを考えていたのかは分からないけれど、彼女たちは僕に恩返しがしたいと、一生ついていくと願い、誓ってくれた。


 僕も、その時は助けた者としての責任感もあって、それを受け入れ、彼女たちの特徴から『影猫族』という種族名と、一人ひとりに名前を付けていって、名前にちなんだ簪を贈り――。


「――そうして、代表者の娘だというツバキさんを族長として彼女たちは僕の旅に同行するようになって、彼女たちの特性と働きぶりから『忍華衆』という呼び名を付け、今に至る……というわけです」


 そう、話を締めくくって乾いた喉を紅茶で潤していると、僕の肩の辺りの服がギュッと握られた。


「そう……そうだったのね。ツバキさん達には……ユエさんが全てなのね……」


 僕も正直、この話をするのは、あの村で見た光景が思い出されるようで辛い。


 それでもアイネさんには……僕がその命を預かって、彼女たちから想いを向けられる僕のパートナーであるアイネさんには、ちゃんと知っておいてほしいという思いもあった。


「ありがとう、ユエさん。話してくれて……。本当に、ツバキさん達は辛い思いをしてきたのね……もちろん、ユエさんも」


「アイネさん……」


 僕をそっと引き寄せて頭を抱きしめてくれるアイネさんから、温かな思いやりが感じられた。

 アイネさんもツバキさんたちの境遇に思いを馳せているのか、声に悲しみが混ざっている。


「ようやく、わかった気がするわ……」


 しばらくそうしてひっついていたけれども、ふとアイネさんが漏らしたつぶやきに、僕は身体を起こしてアイネさんと向き合った。


「何がでしょう?」


「なんで、ツバキさん達があんなにユエさんのことを大好きか……言い換えれば、あんなに忠誠心が高いかってことよ。そんな絶望的な状況から助け出してくれた相手ですもの……同じ女として、ああなるのもわかる気がするわ。きっとツバキさんたちにとっては、その時のユエさんこそが……白馬の王子様って感じだったのかもしれないわね。私にとっても、ユエさんはそうだもの。ふふっ」


「ぅっ……」


 まっすぐにそんなことを言われると、流石に恥ずかしい……。


「ますます、私はツバキさんやサクラさんたちを……他の子もちゃんと受け入れないとダメね。うん、そうよね……陛下もおっしゃっていたし……20人くらいいたって、きっとユエさんならみんな愛してくれるわ……」


 何だかアイネさんが自身の中で何事かを納得しようとしている気がする。

 勝手に人をそんなハーレム王みたいにしないでほしいけれどなぁ……器が広いのか、なんなのか。


「でもでも……私がユエさんの一番だってのは、譲れないわよ……? 私が……せ、正妻……なんだから」


 ……なんですかその可愛らしい独占欲は。


「もちろんですよ」


おずおずと見上げてくるアイネさんに即答して、思わずそのおでこにキスをする。


「っ!? も、もうっ、ユエさんったら……♡ キスなら、こっちでしょう……?」


 と、アイネさんは『そこじゃないでしょう?』と目を閉じておねだりをしてきた。


 やはりアイネさんは可愛いなぁ……なんて思いつつそのおねだりに答えようと、僕は顔を寄せて――。


「あ、あのぅお客様……そろそろお会計を……」


「「っ!?」」


 テラス席の入り口で気まずそうにしているウェイトレスさんに声をかけられて、慌てて離れることになるのだった。


「あ、あはは……行きましょうか」


「え、ええ」


 このパターン、何度かあったよね……。

 でも仕方がないんです、アイネさんが可愛いので。


 僕は誰にでもなくそう言い訳をして、ささっとお会計を済ませて店を後にするのだった。









■あとがき(カクヨム)

――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


※前話のあとがきの次回予告のタイトルを間違えていました。申し訳ございません。


お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★」をよろしくお願いいたします。

皆様からいただく応援が筆者の励みと活力になります!


次回、「あなたに近づく~おや?アイネさんの様子が……~」

※今度は合ってます

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