079.月猫商会王都店~東方訛りは感染力強し?~



「えろうすんません、おぃさん。続きはまた今度や。お嬢ちゃんも、また来てな」


「いえいえ。こちらこそ開店初日の忙しいところすみませんでした」


「はい。失礼します」


 あれから僕とゴルドさんはいつくか情報を交換したり、今度開かれるパーティーのことについて話したり、現状のすり合わせをする話をしていたが、店の方が本格的に忙しくなってきたようで、とうとうゴルドさんに声がかかってしまった。


 申し訳無さそうにするゴルドさんに気にするなと伝えて、僕とアイネさんは応接室を後にする。


 初日の開店は昼からとのことで、もう間もなくなのだろう。

 建物の中ではスタッフたちが忙しなく動き回っていて、裏口に向かう僕たちの姿を見てはいくつか言葉をかわすだけで仕事に戻っていく。


 そんな中、もうすぐ裏口というところでふと、他のスタッフと同じ制服(僕の感覚ではお茶屋さんの人みたいに和風の服)を来た、見覚えのある女性とばったり出会った。


「あっ、サクラさん。お久しぶりです」


「あぁ~! あるじはんやないですのん! おひさしゅうございますぅ」


 女性……サクラさんは、影猫族は『忍華衆』の1人だ。


 ツバキさんと違って、一族の中では比較的闇が薄く、髪の色は明るい桃色……名前の通り桜色といってもいいくらいで、同じ毛色の猫耳としっぽが特徴的。

 ふわっとした感じのセミロングの髪に、桜を模したかんざしをさしている。


 背は女性としては平均的……つまりは今の僕より頭ひとつ近く小さく、とてもスリムな体型をしている。

 歳はツバキさんよりは下で、確か僕と同じだっただろうか。

 全体的に、ツバキさんを凛々しい女性とするならば、サクラさんは可愛らしい女性といったところだろうか。


 そんなサクラさんは思わず和んでしまいそうなのんびりとした声を上げると、ぱたぱたと僕の方に近づいてきて軽くお辞儀をした。


 元からのんびりした人ではあったけれど、実力は確かでこれでも一族の隊長クラス……だったはず。


 月猫商会立ち上げの際に、連絡要員兼ゴルドさんたちの護衛役として『忍華衆』から選抜されたのだ。


 それにしても……主『はん』?


 なんだか口調のイントネーションもズレているというか、独特な印象があるし……僕の耳には東方訛りとも聞こえるし、『前の記憶』にある『京都弁』とも聞こえてしまう。


「お会いできて嬉しいですわぁ~。今日はどないしましたのん?」


 うん、もう一度聞いてもずいぶん標準語からズレてしまっている。

 商会のみんなと一緒に行動する内に口調が移ってしまったのかもしれない……。


「ゴルドさんにご挨拶に来たのですよ。あ、アイネさん。こちらはサクラさん。ツバキさんと同じ『忍華衆』の娘です」


 っとと、急に親しげに話し始めてしまった僕らの横で目を丸くしていてアイネさんに気が付いた僕は、サクラさんを紹介した。


「ああ、なるほど。そういうことだったのね。初めまして、私はアイネシアよ。サクラさん、ね……ずいぶんと可愛らしいひとね?」


 いや、そこで疑惑の目で僕を見ないでくださいアイネさん。

 まるで僕がツバキさんたちみんなに手を出しているかのようじゃないですか。


「いやぁ、アイネはんには敵いませんわぁ~。お話は族長はんから聞いとりますぅ。主はんの『いい人』なんやろぉ? 羨ましいですわぁ」


「あ、ありがとう……?」


 元からのんびりした人だったけれど、話し方が変わったせいで余計にのんびりというか、はんなりというか……アイネさんも調子を狂わされている様子だ。


 あ、もう話を聞いたってことは……。


「あぁ、こっちに来てからもうツバキさんとは会ったのですか……というか、そこにいますね」


『はっ』


 話している途中で意識を向ければ、裏口の外の陰に覚えがある気配があった。

 僕が話を向けると、陰は人形を取り……。


「うぇっぷ。こりゃ何度味わってもヘンな気分なのじゃ……」


 その腕にどこかげっそりしたクロを抱いたツバキさんが現れた。

 クロの本質は闇の存在なので、ツバキさんの隠形についていけるのだけど、どうにも苦手らしい。静かになって大変結構だ。


「あぁ、族長はん。まだおったんねぇ」


「私がお命じいただいたとき以外で、主様の側を離れるなどありませぬ。というより、先程話したときにも思ったのですが……ずいぶん変わりましたね、サクラ」


 あ、やっぱり? ツバキさんもそう思いますよね?

 話し方ひとつでずいぶんと印象が変わるものですよね?


「族長はんは相変わらずやなぁ。主はんのことが大好きなのはわたしも同じやけど、族長はんはわたしたちの中でも一番ですわぁ」


「当然です」


「……ツバキさんみたいな娘が、まだ何人もいるのね……?」


 コロコロと笑うサクラさんに、なぜかその大きめの胸を張るツバキさん、そして目が疑惑の色に細まっていくアイネさん。

 さらに、そんなアイネさんの前で爆弾を放り投げる娘っ子が今日はここにいる。


「で、主はぁ~ん。いい人もおって、族長はんもおって、いったいいつになったら『わたしの番』が回ってきますのん? あれから何ヶ月か経っとるし、『アノ日』も来たんやろう? 次のときは、わたしも含めてちゃんと他の子もお伽に呼んでほしいですわぁ」


「うぐっ……わ、私だって……私だって主様と……」


「……へぇ?」


 サクラさんが染まった頬に手を当てながらいやんいやんと身体をくねらせてそんなことを言うもんだから……アイネさんの声がワントーン下がった。


 実際にはあれから……王都に来てからは手を出していないので、思わぬところでツバキさんにもダメージが行っている……。


「いやいや、サクラさんっ!? 何を言ってるんですかっ。僕はあれからツバキさんとはなんともっ……アイネさんも、ちゃんとお話しましたよねっ!?」


 なんでこう、桃色というかピンクに属する髪の色をしたひとはこう場をかき乱すのが好きなんだ……いや、誰のこととは言っていないよ?


「うぅ……主様ぁ……」


 って、しまった。いや、しまったってなんだ。

 ツバキさんには確実にダメージを与えてしまった気がするけど、これ僕のせいなの!?


「うぇっぷ。なんとも修羅場じゃのぅ。いっそまとめて相手にしてやったらどうじゃ? 見た目だけなら素晴らしき『ゆりゆり』空間が出来上がるではない――ぐおぉっ!? 割れるっ!? 頭が割れるのじゃぁっ!?」


「そんなこと、し な い か ら ね ?」


 さり気なくツバキさんの胸を堪能しながらこの上なく余計なことを言う変態は、アイアンクローの刑です。


「なんやのぉ、主はんのい・け・ずぅ♡」


 いや、サクラさん、そんなこといってすり寄らないでください。僕の肩をいじいじしないでください。


「はっ……!? こ、こらサクラっ! 主様になんてことをっ!」


「きゃぁ♡ 族長はんが怒りはった~! そんなかっかしてはるから相手してもらえへんねやぁ」


「待ちなさいっ。今のは聞き捨てならないですよっ!」


「ねぇユエさん……忍華衆って、何人居るのかしら……?」


 あーもう!?


 サクラさんはキャーキャーいいながら逃げていくし、ツバキさんはげっそりしたクロを抱えたままそれを追いかけていくし、ふたりとも無駄に足運びが洗練されているからあっという間にどっかいっちゃうし、アイネさんは黒いものが口から出そうになってるし……。


 だれか、タスケテ……。


 サクラさんの登場によりかき乱されまくった昼前の空の下、僕は心の中でそうつぶやくことしかできないのだった……。









――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「別の昔話~影猫族とアイネさん~」

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