076.月猫商会王都店~ゴルドさんと愉快な仲間たち~



 王国歴725年、牧獣の月(5月)上旬。



 数日後の週末、朝はちょっと過ぎたくらいの時間。

 快晴の空の下、僕とアイネさんは盛んに人が行き交う東区の商店街を歩いていた。


 この辺りは東区の中でも中央区よりの一等地で、高級店が並ぶ区画。

 いくら休日とはいえ普段ならこんなに人で賑わっているという様子はないのだけれど……道を行く人はみんな同じ方向へ向かっている気がして、おそらくそれは僕らが向かう先と同じなのだろう。


 気が逸っている人が多いのか、目一杯おしゃれをした女の子も、主婦らしき女性も、スーツのような服を着こなした上流階級っぽいオジサマも、その足取りは早かった。


 対して、僕とアイネさんはのんびりというか……ニコニコとしながら僕の腕を抱くアイネさんに僕も自然と笑顔になりながら、2人の時間を楽しむようにゆっくりと歩いていた。


 今日の僕の装いは、普通に女の子女の子してる。

 髪はツーサイドアップだし、服はいつか着たものと似ている清楚なお嬢様スタイルだ。

 以前のデートではエスコート役……アイネさん曰く劇団の男役に見えるようなピシッとしたパンツルックだったけれど、今日の表向きの目的は『貴族の娘が王都にやってきた父親に会いに行く』ことだ。

 お嬢様っぽい服装をしたほうがいいとのツバキさんのコーディネートでこうなっている。


 アイネさんはアイネさんで――たまたまかもしれないけれど――、僕と似た清楚なお嬢様スタイルの私服で、並んで歩いているとペアルックに見えなくもない。

 以前にもアイネさんのこのスタイルは見たことがあったけれど、今日着ているものは以前のものとは別のようだ。


 『ユエさんには、いろんな私を見てほしいのだもの』とは、今朝に学院の正門で待ち合わせしたときにアイネさんが頬を染めながら言っていたことだ。可愛い。


 僕とアイネさんは先程から言葉を交わしているわけではないけれども、それは気まずいとか間が持たないとかそういうことではなく、無言であってもお互いが通じ合っている感覚が楽しいというか、嬉しいというか……とにかく、2人でいることの自然さを味わっているのだった。


「見て、あのふたり……。ふたりともすごい綺麗な娘ね……しかもあの様子、付き合っているのかしら」


「あらぁ、丘の上の学院では、本当にそんなことがあるのね」


 それでも、目立つ容姿の僕らがイチャイチャとした空気を出しながら歩いていれば、通行人から程々に注目を集めてしまう。


「ふふっ……」


 そんな噂話のような声を耳にしたアイネさんの笑みが一層深まり、ほんのりと頬を染めては抱きつく力がちょっとだけ強くなり、僕の腕はいっそう温かさと柔らかさに包まれ、僕の心にも温かさが広がっていく。


「……? なに、ユエさん?」


「いいえ、何でもないですよ」


「そう? くすっ」


 うーん、なんとも幸せな時間だ。


 アイネさん、マリアナさんと比べちゃったりしてたけれど、世間一般で見たら十分に大きな方だし、その柔らかさは十二分に知っているつもり……って、こんなことを今考えるのは無粋というか下品か。


 しかし、のんびりといっても僕らは目的地があって歩いている。

 しばらくすると、事前に聞いていた目的地……月猫商会の王都店がある場所『であろう』ところまでやってきた。


「わぁ……すごい人が集まっているわね。あれって、みんな月猫商会の開店を待っているのかしら?」


「そう、みたいですね……」


 だろうといったのは、『月猫商会センツステル王都店』と大きく掲げられた建物は見えるのだけれども、そこまでの道が全て人で埋まっていたからだ。


「最後尾はこっちやでー! そこのニーチャン、ちゃんと並んでな~!」


 ……コミケかな?

 なんて、『前の記憶』で聞いたことがあった年2回あるというイベントを思い出してしまった。


 それにしても、久々に聞いたな……この独特の訛った話し方。


 見ると、商会の制服……というか、『THE 商人』といった風な前掛けをした男性スタッフが、『最後尾』と書かれたプラカードを掲げて列整理をしている様子だった。

 あの人は見たことがあるな……確か、商会の中でも新入りさんだった気がする。


「行きましょう」


「え、ええ……」


 僕はあまりの人混みに唖然として腕から離れてしまっていたアイネさんの手を引いてはぐれないようにしながら、蛇行しながらズラッと並んだ人たちを横目にその建物に近づいていく。


 並んでいる人々は、口々に買いたい物について話し、その顔は期待に輝いている。

 人の役に立っている、喜んでもらえてる……なんてことに内心で嬉しくなりつつ、事前に知らされていた裏口に回ろうとしたところで。


「あっ! こらこら嬢ちゃん、困るでぇ。ちゃんと並んでくれななぁ。この先は関係者用の入り口でっせ?」


 忙しそうにしていたスタッフの1人の若いお兄さんから声をかけられて、道を遮られてしまった。

 この人は見たことないな……向こうも僕の顔を知らないみたいだし、最近入った人かな?


「あ、いえ、私は……」


「ル、ルナさん……」


 困ったな。

 ここまでくれば誰かしら顔見知りが居ると思ってたんだけど……みんな忙しくしてるし、新入りのこのお兄さんが裏口の見張りをしていたのかな?

 あと、お兄さんと言ったけどなぜかみんな見た目がコワモテなので、知らない大人の男性に詰め寄られて少し怯えてしまったのか、アイネさんが僕の後ろに隠れている。


「あ、こらあかんて。中を覗くのもナシや」


 誰か居ないかと裏口を覗き込もうとしても、僕の動きに合わせてその先を隠すように大きな体を動かしてきた。


「そら、あんたみたいな別嬪はんやったらなんとかしてやりたいっちゅうのが男ってもんやけど、こればっかりはあかんねや。ん……? 白い髪の、別嬪はん……? どこかで聞いたような……」


 何か思い出したのだろうか、身体を屈めて僕の顔をまじまじと見るお兄さん。アイネさんは余計に隠れてしまった。


 これ、どうしよう……なんて僕が少し悩んでいたところで。

 目の前のお兄さんの後ろに、お兄さんよりも大きな巨体がぬっと現れた。


「あ、ゴルドさ――」


 身長で言えば2mに届きそうな巨体。ゆったりとした当方の衣服の下にはたくましい筋肉が隠されていて、初めて会った時は『この人ほんとに商人なの?』と怪しんだのを覚えている。

 鈍い銀色の癖のある髪に、これまた灰色の帽子を載せていて、あまり開いているところを見たことがないキツネ目の片方にモノクルをつけている。

 それだけみると、物語とかに出てくる『胡散臭い商人』といった感じだけれど……。


「この――」


 その唐突に現れたゴルドさんはお兄さんの後ろに立ったかと思うと、僕が声をかけるよりも先に大きく腕を振りかぶり……。


「――どアホゥッ!」


 ――スパァーンッ!


 ……どこからともなく取り出した巨大なハリセンで、お兄さんの首が曲がるのではないかというほどの勢いでドツいた。

 いい音したなぁ……。


「お姫ぃさん! えらいすんまへん! コイツには良く言っとくさかい、許したってぇな」


「い、いえ……お久しぶりです、ゴルドさん」


 パンっと両手を顔の前で合わせて拝むように誤ってくるゴルドさん……僕は相変わらずの様子に思わず苦笑いを浮かべながら、一ヶ月以上ぶりに顔を合わせた、今ではルナリアの父ということになっている月猫商会の会長に挨拶を投げかけた。


「お姫ぃさん……? それって、ルナさんのこと……?」


 突然の展開と聞き慣れない単語に、僕の後ろでアイネさんはただただ目を丸くしている。


「あ、あはは……話せば長くなるのですが」


「あ~、お姫ぃさんいけませんわぁ。あんたをここに立たせたままなんかにしてもうたら、バチが当たるってもんですわ。ささ、どーぞ中に入ってもろて。そちらの嬢ちゃんは――」


 ゴルドさんは頭を押さえてうめいているお兄さんをゴロゴロと横にどけると、道案内をするかのようにさっさと商会の建物の中を進み始めてしまう。


 その口が止まることなく動き続けるのを耳にしながら、僕は『え、どうするのこれ?』とこちらを見てくるアイネさんに苦笑と共に頷き、その巨漢の後ろをついていくのだった。








――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


コミケで、朝、階段の上から並んでいる人の海を見下ろしながら、関係者パスでスッと入るあの優越感はたまらなかったですよね(ゲス顔


お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「月猫商会王都店~マネーはパワー~」

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