075.3つの手紙と彼女の選択~過去の手紙、決別の決意~



 月明かりに照らされたマリアナさんは、優しい目をしながらまるで何度もそうしてきたかのように、手にした『過去』の手紙を撫でた。


 その手紙は、『孤児院に居たときに仲が良かった男の子』……つまりは僕からの手紙だという。


 ……どうしてだろう、思い出せない。

 僕はそんな手紙をマリアナさんに送っていたんだっけ……?


「そ、それは……どんなでしょうか?」


 内心で冷や汗を流しながらも、僕はなんとか微笑みを作ってそう尋ねた。


 10年というかなり前のこととはいえ……どうしてこう、僕の記憶というのは当てにならないのだろうか……。


「そうね……別に特別な内容が書かれているわけではないのよ? 私がいた孤児院では、毎月誕生日の子供に他の子からお祝いのメッセージを贈る習慣……というよりイベントがあって、そのときにあの子がくれたのが、この手紙なの」


「へ、へぇ……そうなんですね」


 そういえばそんなことも……あった気がする。

 毎月のことで何枚も書いていたから、そんなに印象に残っていなかったのかもしれない……僕はそう、自分の中で言い訳じみたことを考えていたけれども、頭の何処かに何かがひっかかっていた。


「あの子ってね、なんというかすごく頭がいい子だったの。私を含めて年長の子よりも落ち着いていて、勉強も誰よりも出来て……だからこの手紙の中身も、今見返しても子供とは思えないほどちゃんとした文章で……。見た目はちっちゃくてカワイイ男の子だったのだけれどね……ふふっ」


 あの頃を懐かしんでいるのか、手紙を撫でながらマリアナさんはまた優しい微笑みを漏らしている。


 ……まぁ、僕には『前の記憶』があったから、手紙というと時世の挨拶から入って……という感じだった気がする。そりゃあ、『〇〇ちゃん、おたんじょうびおめでとう!』みたいな子供っぽい手紙ではなくなっていたことだろう。


 いや、そうじゃなくて……そう、引っかかっていたのは……。


「誕生日……?」


「あ、うん。私ね、この前が誕生日だったの。ちょうど、校外実習くらいの日だったかしら……ふふ、大変な誕生日になってしまったものだわ」


 頭の隅に引っかかっていたものを僕が口にすると、それを聞いたマリアナさんは何でもないことかのようにそう言った。


 そ、そうだった……!


 拾われた日が誕生日ということになっている僕と違って、マリアナさんはちゃんとした誕生日が分かっていて、それは確か春の……大樹の月(4月)のこと……だった気がする。


「そ、そうだったのですね……すみません……」


 別にそれを『ルナリア』が知らないことは当たり前……と思うけれども、どこかで女の子というものはそういうイベントごとを大切にしていると聞いたことがある。


 マリアナさんの『お友達』としては『それはアウトなのでは?』『どこかで聞いておくのが当然のことだったのでは?』と、女の子歴が浅くてついでに今までお友達付き合いというものの経験も浅かった僕は、また冷や汗が流れ出すのを感じていた。


「あ、いいのよ。ルナちゃんが知らなかったのは当然なのだから気にしないで。それに……ふふっ、先月のあの頃のルナちゃんはきっと、アイネちゃんと……ね?」


「え、ええ……まぁ……」


 確かに、アイネさんとイロイロあった時期だけれども……。

 明言はせず、お茶目に意味深なウィンクをしてみせたマリアナさんに、僕は曖昧に頷くことしかできなかった。


「まぁ、でも……そうね。誕生日だったからっていうのもあるけれど……ちょっと、色々と考えてしまって……だからかしら、この手紙を持ち出してきちゃったのは……」


「マリアナさん……?」


 そう言ったマリアナさんは……先程までの懐かしむような優しい表情から一転して、どこか寂しそうな……辛そうな表情になって顔を伏せてしまった。


「ルナちゃん……お願いがあるの」


 しかし、再び顔を上げたマリアナさんの表情は、その辛さを残していながらも、何かを決心したような意志の強い目をしていた。


 それが何かは分からないけれど、僕にできることがあるなら……と、僕は首を縦に振って先を促した。


「この『過去』の手紙をね……燃やしてほしいの」


「はい――――え、燃やす……?」


「そう。ふふっ、私がやろうとすると、この丘も吹き飛ばしてしまうかもしれないもの……」


 『未だに加減は苦手なのよ』と自嘲気味に笑うマリアナさんに対して、僕の心の中は大きく乱されていた。


 ハッキリ言うと、過去の何でもない行事のものとはいえ、僕から贈ったものを……わざわざ今まで取っていたようなものを燃やすように言われてショックだった。


「ど、どうしてですか……?」


 動揺を隠しきれず、僕はそう口にしてしまった。


「どうしてって……そうね、ルナちゃんとアイネちゃんの幸せそうな姿を見ていたから……かしら」


 僕と、アイネさんの……?

 それがどうして、昔の手紙を燃やすなんて話に……?


 僕の動揺は疑問に変わり、それは顔にも出てしまっているのか……マリアナさんはそのまま続きを話し始めた。


「アイネちゃんって、確かあの王太子さまの婚約者候補だったのよね……?」


「そう、聞いていますが……ご存知だったのですか?」


「一応伏せられていることだけれど、貴族社会の同い年くらいの女の子の間では有名な話よ」


 そうだったのか……。


「さっきも話に上げたけれど、それでもアイネちゃんはそんな過去のことじゃなくて、ちゃんと今を……ルナちゃんとの将来を見て進んでいるわ……。そんなふたりを見て、私はどうなんだろう……って思い直したのよ……」


「…………」


 僕とアイネさんの間には……というより僕には、人にはどうしても言えない理由(ワケ)がある。

 でもそれがあるからこそアイネさんと結ばれることができた……アイネさんに将来を誓うことができたわけで……決してマリアナさんに当てはまるわけでは無いはずだけれども、それも言うことはできない。


「これも、この前に言ったかしら。……私ね、この手紙をくれた男の子との『やくそく』をとても大切にしてきたわ……また、いつか会いましょうっていう……たった一言の、それだけの、約束を……何年も、何年も……」


 ――胸が、痛かった。


「でもね」


 ――小さな少女だったころから願い続けてきたことに、『でも』と言わせてしまうことが、罪悪感で苦しかった。


「でも……その約束は大事だけれど、それに縛られていたら、何も得ることができないって、気がついたのよ。今日、この『未来』の手紙……お見合いのお誘いをもらって、私も『過去』を振り切って前に進まないといけないと……そう思ったの」


「そっ――――そうなんですね……。しかし、その手紙はその、大切なものなのですよね……? なら、うまく言えませんが……何も燃やさなくても……」


 『そんなことはない』と口にする権利は、僕にはないのだろう。

 だからといって、これはちょっと見苦しい言い様だったかもしれない。


 マリアナさんは目を伏せて……首を横に降った。


「ルナちゃん、ありがとう……。でもね、『思い出』を大切に取っていても……願いは、きっと叶わないものなの……」


 顔を上げたマリアナさんは、そう諦めにも似た声を月に投げかけて――


「ピンチになったら迎えに来てくれる――そんな白馬の王子様なんて、現実にはいないのよ……」


 ――また、瞳を閉じた。


 痛い。胸がズキンと痛い。


 しかし『そんなこと』は、マリアナさんがこれまで感じてきた寂しさや絶望……今日ここで諦めの言葉を口にするに至ったことに比べれば、なんてことはないのだろう。


 ……僕は、アイネさんと再会して、心を通わせあって、全てを受け入れてもらえて……ようやく前を向いて進み始めることができた。


 マリアナさんも、マリアナさんなりに前に進もうとしているのだろう。


 でも、その方法は……僕が、この心優しいお姉ちゃんと別れてから向き合うことがなかったから……たった一言、手紙の一通……そんなどうでもないことすら応えてあげることができなかったから……だからこその『諦める』という手段だ。


 ……ここで、僕は、彼女の……マリアナさんの願いを聞いて、この『過去』の手紙を燃やすべきなのだろうか……?


 いや、たしかに【放出系】が得意でも出力の調整が苦手なマリアナさんなら、自分の輝光術で燃やそうとしたら消し炭どころの話ではなくなってしまうのだろう。


 でも、わざわざ僕に……というより、マリアナさんにとっては僕がこうしてここに来ることは偶然だったのではないのだろうか?


「ルナちゃん……お願い、できるかしら……?」


 なら、僕がこの丘に来たことはキッカケに過ぎなくて……その手紙をこちらに差し出すマリアナさんの手が――――少し震えているのは、本当は……。


 そんな、願望にも似た考えのもと……僕は、差し出された手をそっと両手で包んだ。


「……お断りします、マリアナさん」


「ルナちゃん……?」


 『どうして?』と、その悲しそうな青い瞳が物語っている。


「ぼ……私が、こんなことを言うのはおかしいのかもしれませんが……願いは、いつかきっと、叶うと思います……。だから、うまく言えませんが……大切なものを、燃やしてはダメです……希望を捨てないでください」


 僕はその瞳をまっすぐに見つめ、心の中はぐちゃぐちゃでまとまらないながらも……真剣な言葉を口にした。


 ――貴女との『やくそく』と向き合うと、改めて決意をしながら。


「………」


「………」


 しばらく、無言で見つめ合っていた。

 どうか、思い直してもらえるように……そう願いながら。


「………そう……ルナちゃんの優しさは、わかったわ……」


 僕の願いは通じたのか……単に友達からの気遣いを察してくれたのか、マリアナさんはそう言うとそっと手を引いて手紙を横においていたポーチにしまった。


「ありがとう、ルナちゃん。そうよね、たとえ叶わなくても……願い続けるから、希望なのよね……。ふふっ……ほんと、ルナちゃんは良い子だわ……アイネちゃんが羨ましい……」


 そう言ったマリアナさんは、そっと……いつもの熱烈なハグではなく、まるで自分の顔を隠すかのように……僕の背に腕を回すと抱きしめてきた。


 その身体が、小さく震えている。


「(マリアナ……お姉ちゃん……)」


 僕はしばらくなすがままに、顔いっぱいで柔らかさを感じながら……『2週間』という期限を、自分の中で改めて思い浮かべるのだった。








――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

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次回、「月猫商会王都店~ゴルドさんと愉快な仲間たち~」

ついにお父さま(仮)の登場

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