077.月猫商会王都店~マネーはパワー~



 ゴルドさんの後について真新しい建物の中を進み、4階に上がると、そこはゴルドさんの執務室兼応接室といったような場所だった。


「ささ、どーぞどーぞ」


「ええ、失礼します」


「お、お邪魔します……」


 促されるままに部屋に入ると、まだ荷ほどきが済んでいないのか閉じられたままの木箱がいくつか並んでいる。

 ただ、応接室としての体裁は整えているようで、豪華なソファーと大理石っぽいテーブルがあり、お尻が深く沈むほど柔らかいソファーに腰を下ろした。

 アイネさんもおずおずと僕に習って隣に腰掛ける。


「いやー、お見苦しいところを見せてもうて、すんまへんなー」


 ゴルドさんは部屋の前に控えていた女性スタッフに何事か伝えると、ソファーの向かい側にドカッと腰を下ろした。

 柔らかいソファーが巨体の重みで僕とアイネさんを合わせたくらいの深さで沈む。


「いえいえ、こちらこそお忙しいところにすみません」


「いけませんわぁ、お姫ぃさん。自分ンとこの会社に来るんに、そない遠慮しとったら。ワイを含め、ここにおるんはみーんなお姫ぃさんの手下でっせ。いつも丁寧に接してくれるんはありがたいし、お姫ぃさんのええところやけど」


「あ、あはは……気をつけます」


 相変わらずの物言いというか……ちょっと大きいだけの商会のはずなのに、まるで『前の記憶』にあるヤの付く自由業みたいな組織っぽく言うのはやめてほしいなぁ。


「せやせや。ほんで、お話の前に……お隣の別嬪なお嬢ちゃんは誰でっしゃろ?」


 僕が苦笑いを浮かべていると、ニコニコといつものキツネ目だったゴルドさんの目が僅かに開かれ、僕の隣に座るアイネさんを見た。

 その目にある光は、歴戦の商人を思わせる鋭さがあって……アイネさんは思わず背筋を伸ばしているようだった。


「は、初めまして。私はロゼーリア侯爵家が次女、アイネシア・フォン・ロゼーリアと申します。かの有名な月猫商会の会長にお会いできて光栄です」


 自分で自分を手下といったように、ゴルドさんを始めとした商会の立ち上げに関わった人たちは……なんというか、僕の信奉者みたいになってしまっている。

 僕のことを思ってのことだというのはわかるけれど、二回り以上は年下の女の子をその鋭い目つきで品定めするかのように見るのは止めたほうが良いと思うなぁ。


「こりゃご丁寧におおきに。王国貴族の……それも侯爵家ときよったか。さっきから見とったけど……もしかして、お姫ぃさんのスケですかい?」


 ス、スケって……そういうところですよゴルドさん。ヤの付く人っぽく思えちゃうのは。


 まぁ、アイネさんは今も不安なのか僕の手を握っているし、さっきここに来るまでも僕の腕を取っていた。

 明らかにそういう関係であることは、商人の目を持っていなくてもわかることだろう。


「ええ、そうですね……アイネさんは、私の『大切な人』です。こちらの事情はある程度知っていますので、普通に話してもらって大丈夫ですよ」


「ほほー、なーるほどなるほど! そりゃめでたいこっちゃ! アイネはん……でええんかいな? お姫ぃさんをよろしゅうなぁ!」


 ゴルドさんにとってのアイネさんが『見知らぬ貴族の女の子』から『僕の大切な人』へ認識が変わった途端、アイネさんを見るその目は僕を見る目と同じニコニコのキツネ目に変わった。


「え、ええ。アイネで構いません。その、こちらこそ、よろしくお願いしますわ……?」


 身を乗り出したゴルドさんは嬉しそうにしながら、そのゴツい手でアイネさんの手を握りブンブンと振った。

 アイネさんはその突然の変わりように引いているのかついていけていないのか、語尾にお嬢様言葉が出てしまっている。新鮮だ。


 いや、東方訛りが移りかけてるんじゃないよね……?


「ははーん、お姫ぃさん、どんな男にも靡かんと思っとったら、そういうコトやったんやなぁ。別嬪さんが好きな別嬪さんやったとは。こりゃウチのモンでも泣くやつがおるんとちゃうか……ガッハッハ!」


「ユ……ルナさんって、商会でも人気だったのかしら……?」


「ん? あぁ、お姫ぃさんはこっちじゃ『ライブラ』やのうて『ルナリア』っちゅう名前やったな。まぁワイらにとっちゃお姫ぃさんはお姫ぃさんや。ほいで、人気だったのかっちゅう話なら、そりゃ大人気ですわ」


「へぇ……?」


 なんですかアイネさん、そのジト目は。

 貴女はゴルドさんたちと違って僕の中身が男だって知っているじゃないですか。

 僕が男にそういう感情を向けるとでも……?


「なんせお姫ぃさんはこの別嬪さんっぷりに、すごいお人やのに気取ったところがなく下のものにも別け隔てなく優しいお人でっからなぁ。勘違いして舞い上がってた連中は多いんとちゃいまっか? アイネはんとの今の様子を見れば、そんな夢幻は打ち砕かれるやろうけどな」


「そ、そうですか……? ふふっ……」


 あ、僕らの関係を『どうみても恋人』と言われてアイネさんが嬉しそうだ。


「まー、ワイらにとっては命の恩人で商いの大ネタをくれはった大恩人ってのが一番やけどなぁ。それなのに、ワイは恩を返すどころかいつの間にかセンツステルなんて大国の貴族になっとって、表向きはお姫ぃさんの親父ときたもんですわ! 世の中何が起こるかわからんもんですわなぁ、ガッハッハ!」


 膝を叩いて大笑いするゴルドさん。

 相変わらず口を開けば豪快なセリフがスラスラと出てくるもんだなぁ。


 そういえば、こうして顔を合わせたのだからちゃんと言っておかないと……。


「その件は……いきなりすみませんでした」


「ええって、ええって。よーわからんけど、それでお姫ぃさんの役に立てるなら安いもんや。ワイもええ歳やし、腰を落ち着ける場所を作ってもろてありがたいくらいってもんでっしゃろ。義理というても、こんな娘ができるんなら喜ぶことしかあらへんて。そんでお姫ぃさんのスケっちゅうお嬢ちゃんまで紹介されたら、仮とは言え親父としても喜ばしいこっちゃ」


「ぁぅ……これは、ルナさんのお父さまにも認めていただいたということでいいのかしら……」


 だから、小指を立てるのは止めてくださいよ……。

 そしてアイネさんは染まった頬に手を当てて嬉しそうだ。貴女、僕の本当の仮の父親を知っているでしょう。

 ……本当の仮の父親って、すごい表現だけど。


 アイネさんのそんな様子をニコニコと見つめるゴルドさんと、頬を掻く僕。

 話が進まないなぁなんて思っていると、その空気を破ったのは扉をノックする音だった。


 ――コンコンッ


『会長、お茶をお持ちしましたぇ』


「おー、おおきに。入ってええで」


『失礼しますわぁ』


 ゴルドさんが返事をすると、東方訛りの女性の声がして、スタッフさんがテーブルに独特の香りがするお茶を並べてくれた。


「あぁ! お姫ぃさん、お久しぶりやなぁ! よかった、これお姫ぃさんが好きな東方茶やえ」


「ええ、ありがとうございます。いただきますね」


「お姫ぃさんに味わってもらえるなら、用意した甲斐があったってもんやわぁ。またいつでも来てくださいなぁ」


 そういうと、ニコニコとしながらも空気を読んで長居することはなく、スタッフの娘は部屋を出ていった。


 カップではなく独特の陶器……湯呑に入れられたお茶は、濃い緑色をしていて……東方茶というのだけれど、僕からすると『日本茶』そのまんまといった感じの飲み物だ。

 東方で生産されていて王国では手に入りにくいので、本当に久しぶりの渋みを口に含み……ついほっと一息ついてしまう。


「これが東方茶……ぅ……お、おいしいわね」


 隣で僕を真似して両手で湯呑を手にしたアイネさんがお茶を口に含むけれども……普段から紅茶に慣れ親しんでいるこの国の人からすると、ちょっとこの渋みは慣れないのか、一瞬だけ渋い顔をしていた。

 ただ、その変化も普段のアイネさんを知っていればわかるという程度のもので、出されたものを内心はともかく美味しそうにいただくのは、さすがのお嬢様っぷりだ。


 ただ、商人として一流の目を持つゴルドさんは誤魔化せていないようだったけれど、ここで余計なことを言わないのもゴルドさんだ。

 僕に一瞬だけ目を合わせてきて『紅茶を持ってこさせましょか?』と暗に聞いてきたので、小さく顔を横に振って辞退しておいた。


「ハハッ……さてさて、なんの話でしたやろな。ああそうや、話の前にお姫ぃさんにコレを渡しておかなな」


 お茶を飲んで区切りがついたところで、ゴルドさんはそう言うと執務机の鍵付きの引き出しから何かを取り出してくると、ノートのようなそれを僕に差し出してくれた。


「これ、今月分ですわ。いやー、相変わらず儲けさせてもろてお姫ぃさんには頭が上がらんわな」


「あぁ、なるほど。頂戴しますね」


 ゴルドさんから受け取ったそれは、月猫商会の重要情報……といっても、月ごとの売上の詳細と売れている商品の内訳を記したものだ。

 そして、この売上の中から僕が『ムラクモ』として受け取る分もこの特別帳簿には記載されている。


「…………」


 僕がペラペラと帳簿をめくって中身を確認していると、アイネさんは何かを察したのか、こういうときの教育が行き届いているのか……わざと座る位置を離して他所を向き、帳簿を見ないようにしてくれている。

 ただ、それだとこの場において僕の大切な人を除け者にしているような気がして……。


「……ゴルドさん、いいですか?」


「お姫ぃさんがええなら、ワイが否をいうことはありまへん。ワイらはきっちりと付けとるさかい、後ろめたいことなんてありまへんからな」


「そうでしたね。……アイネさん、お気遣いありがとうございます。どうぞこちらに」


 ゴルドさんは僕の問いかけに胸を張って答えた。

 こういう世界の商人というと、がめついというかあくどいイメージがあるけれども、ゴルドさんは正々堂々商売をする良い商人なのだ。だからごまかしたりせずにキチンとした帳簿をつけている。見た目はアレだけど。


 とにかく、商売については素人の僕じゃなくプロのお許しも出たので、僕は気遣い上手のアイネさんをすぐ横に座らせて、帳簿が見えるようにした。


「ルナさん? いいのかしら……って…………………………………………えぇっ!?」


 おずおずとお尻の位置を変えて僕に寄り添うようにしたアイネさんは、ふと帳簿に目を落として……固まってしまった。


「いち、じゅう、ひゃく…………こ、これが、あの月猫商会の、売上……なの?」


「ガッハッハ! すごいでっしゃろ? あぁ、アイネはんが見てるのはお姫ぃさんの取り分のところや」


「えっ……!? ってことは、これがルナさんの、収入……!? 小さな国の年間予算くらいあるわよっ!? それが今月分って……」


「おぉ、貴族のお嬢ちゃんは学があって、感想がお偉いさんみたいんでんな。ガッハッハ」


「あはは……」


 帳簿と僕の顔の間を何度も見るアイネさんの反応が面白かったのか、自分たちの仕事の結果を誇っているのか、ゴルドさんは豪快に笑う。


 僕は曖昧に笑うけれども、帳簿に書かれた白金貨にして約300枚……『前の記憶』の日本円に換算するなら、3億円という金額は曖昧ではなく確かなものなのだった。






――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


■お知らせ

近々、リアル事情により更新頻度が少し落ちるかもしれません。

※落ちたとしても2日に1話とか3日に1話とかです。

もしそうなったときは、ご了承をお願いいたします。

せめて100話までは毎日……と思いつつ、様子を見ながら頑張ってまいります。


お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★」をよろしくお願いいたします。

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次回、「月猫商会王都店~商会の成り立ちとこれからの計画~」

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