074.3つの手紙と彼女の選択~未来と現在の手紙~
マリアナさんの元に届いたカネスキー伯爵家からの手紙。
その内容がマリアナさんへお見合いに誘う……つまりは、マリアナさんとカネスキー伯爵家の誰かが結婚するかもしれないという可能性を耳にして、僕は少なからずショックを受けてしまった。
「それは、その……」
マリアナさんの『お友達』としては、ここは彼女の長年の努力が実を結ぶかもしれないということで『おめでとうございます』というべきなのだろうけれど……。
よりにもよって、アイネさんから悪い話を聞いたばかりのカネスキー伯爵家が相手と聞いて、僕は素直にその言葉を口にすることが出来ずにいた。
自分自身で、胸の内に奔った動揺に驚いているけれど……この気持ちはなんだろう。
マリアナさんがお家再興のために頑張ってきたことを、否定したくは無いはずなのに……ここでちゃんと祝福の言葉を言えないということは、以前に婚活ともいえるマリアナさんの活動が失敗してどこかホッとしていた自分がいたということだろうか……?
いや、いくら幼なじみのお姉ちゃんだからといって、それはどうなんだ僕……?
「ふふっ……なぁに、ルナちゃん? お姉ちゃんがお嫁に行っちゃうかもしれないのが、そんなにショックなの?」
僕の動揺は顔に出てしまっていたのか、素直に祝福の言葉を口にできずにいた僕に、マリアナさんはそう言って僕の頬をつっついてきた。
「い、いえ」
まるでかき乱されたようにどうにも落ち着かない内心で冷や汗を流しながらなんとか否定をするけれども、マリアナさんの指は僕の頬をぷにぷにと突っつくのを止めてくれない。
「ルナちゃん、女の子が好きなひとなのは知ってるけれど、アイネちゃんがいるのに……そんなにいろんな娘に気を持っちゃ……めっ、よ?」
「ぅ……」
また節操なしの女の子好きな女の子認定を受けてしまった気がする……ホントは違うんです、とも言えないし……。
「ルナちゃん、この学院に編入してきてから私にも良くしてくれているし、アイネちゃんや他の子とも仲良くなるキッカケをくれたのは感謝してるわ……。そう想ってくれるのは嬉しいわよ? でも、こればっかりは別なの……」
勘違いしたままの様子で話を続けるマリアナさんは、そう言ってからかうような様子だった表情を真面目なものに変えた。
「私にとって、お義父さまとお義母さまから受けたご恩は……拾っていただいて、家族の親愛というものを思い出させてくださったことへの恩返しは、とても大切なことなの。そのためなら……知らない殿方とお見合いするくらい、なんてこと無いのよ?」
「マリアナさん……」
『また失敗しちゃうかもしれないし』と苦笑するマリアナさん。
彼女が告げた、彼女が大切にしている想いを改めて聞いて……アイネさんから聞いたカネスキー伯爵家の評判を伝えるか悩んでいた僕は、二の句を続けられなかった。
マリアナさんが恩返しのためと想って結ばれる相手が、もし本当に悪評通りの相手だとしたら……いくらなんでも浮かばれないじゃないか……。
以前にこの場所で、『ホントは嫌なのよ?』と口にしていたのを、僕は聞いているのだから……。
「まぁ、そうね……さっきは『未来』と言ったけれど、もう2週間くらい先のことよ。ルナちゃんが私のことを気にしてくれていると言うなら、結果はちゃんと報告するわね。ふふっ」
何も言えない僕の頭を撫でて微笑むマリアナさんの様子は……これはどっちなのだろうか。
僕よりも貴族社会の中で活動しているマリアナさんが、噂を知らないということはなさそうだけれど……もしかして知らないのか、それとも、知っていて友達の『ルナリア』を心配させたくなくて自然な表情を作っているのか……。
「……わかりました、お願いします」
とにかく、僕はこの件では『今のところ』外野で、今の段階で何も言うことができない。
「じゃあ、次はどれにする?」
マリアナさんは僕の頭を撫でる手を止めて、そう言って残る手紙を指さした。
「そうですね……それでは『現在』の手紙はどういうものでしょうか?」
「あら? ルナちゃんがこれを知らないの……?」
「え……?」
促されるままに僕が1つの手紙を指差すと、マリアナさんはそういって不思議そうに首を傾げた。
「これは、今日の放課後に寮に帰ったらお城から国内の貴族向けに届いていたもので、ルナちゃんのお家が関係することよ……?」
そう言ってマリアナさんは、手紙の裏を見せてくれた。
そこにあったのは、城から届いたというだけあって王家の印章と……月猫商会の印章があった。
「この手紙には、ルナちゃんのお父さまの正式な叙勲式を兼ねたパーティーをお城で開催するって書いてあったわよ?」
「な、なるほど……すみません、まだ受け取ってませんでした」
いやいや、『もうすぐ着くで、お姫ぃさん』って手紙が届いて、ツバキさんに王城に届けてもらったのが今朝ですよ?
それが陛下に伝わって……いや、ゴルドさんが王城にも手紙を出していたとしても、それから叙勲式が決まって手紙が届くまで、いくらなんでも早すぎるでしょう……。
まぁ、そんな事情を知ってるのは今朝に僕の部屋にいた人くらいだから、この驚きは僕だけなのかもしれないけれど。
国内の貴族向けということは、アイネさんは知っていたのだろうか……?
僕は当然知っているものと思われていたのかな……部屋に行ったときにそんな話にはならなかったし。
……その話になる前に、僕がベッドに押し倒しちゃったのかもしれないけれど。
「あぁ……ふふっ、もしかしてルナちゃん、アイネちゃんと『一緒に居て』手紙どころではなかったのかしら? どこか『いつもとは違う香り』がすると思ったら、そういうことだったの?」
「ぅっ……あ、あはは……」
『一緒に居て』『いつもとは違う香り』というところを変に強調したマリアナさん。
……勘も鼻も良すぎではないですかね。
というか、マリアナさん。
貴女、それだけで僕とアイネさんがナニをしていたか想像できるくらい、女の子同士ということに違和感も覚えてなければ知識もあるのですね……?
「あら、これは本当にそうだったのかしら? 仲が良くて、そんな相手がいて羨ましいわ……」
「あ、ありがとうございます……?」
「ふふっ……でも、アイネちゃんもルナちゃんも、将来はどうするのかしらね……」
僕がお礼を言ったのが可笑しかったのか笑みをこぼしたマリアナさんだったが、ふと何かに気づいたようにそうつぶやいた。
「しょ、将来ですか……?」
それは……『もちろん結婚します』とは言えないけれど、マリアナさんがつぶやいた疑問の意図が、僕には分からなかった。
「ええ……2人とも、貴族家のお嬢様でしょう? 私は女の子同士というのは否定はしないけれど、お家としては血を繋がないといけないのよね……?」
「ぁっ……いえっ、そうですね。どうしましょうか、あははっ……」
そうか、そうだよね……本当に女の子同士だったら、そういう心配になるよね……。
『ルナリア』としてはその心配事があることが当然だろうけれども、僕自身にはそんな心配はなかったので……意表を突かれて、誤魔化すように目を泳がせることになってしまった。
「もうっ、ちゃんと考えておかないとダメよ? 特にアイネちゃんは侯爵家なのだから、ね?」
「わ、わかりましたっ……で、では『過去』の手紙はどういうものでしょうか?」
『めっ』と指を突きつけられて割りと本気で諭された僕は、ちょっとした気まずさを感じて……露骨に話題を逸らすことにした。
「もぅ、ルナちゃんってそっち方面はだらしない娘だったのかしら……まあいいわ。ええと、『過去』だったわね……」
僕の話題逸しはお気に召さなかったようで頬を膨らませていたマリアナさんだったが、どうやらこの場は見逃してくれるらしい。
僕が指さした3通目の手紙……一番古ぼけたその手紙を手にして、マリアナさんはなぜだか……すごい優しそうな顔になった。
「これはね……以前にも話した、私が孤児院に居たときに仲が良かった男の子からもらったものよ……」
「えっ……?」
それって……僕からの手紙ってこと……?
今日この場に来てから何度同じような驚き方をしたか分からないけれど、僕はまた驚きの声を漏らしてしまうのだった。
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あとがき
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次回、「3つの手紙と彼女の選択~過去の手紙、決別の決意~」
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