073.3つの手紙と彼女の選択~未来の手紙~



 星月に照らされた庭園の花々が頭を垂れはじめ、春の終わりが近づいていることを告げていた。

 風が吹き、色とりどりの花びらを舞い上げていく。

 そのついでに、火照った僕の頭を冷やしていくかのようだった。


「ふぅ……」


 明日は普通に学院の授業があるということで、アイネさんを可愛がるのをほどほどで切り上げた僕は、月明かりを浴びるべく寮を抜け出していた。


 ……ほどほどといっても、アイネさんは完全にトロけちゃってたけど。


 今日もアイネさんは大変可愛かった。うん。

 僕もちょっとだけ溜まっちゃったからおあいこだ、きっと。


 誰にでもない言い訳を思い浮かべながら空を見上げれば、月はまだ三日月から膨らみ始めたところと言った様子。

 当然、僕の身体は女の子のままで、僕がそういうことをされてもこの身体では何ともないのだけれど……。


 今夜アイネさんを可愛がって再認識したのは、やはりアイネさん相手だと直接的にえっちなことをしても『溜まり』にくいということだ。

 愛の深さの為せる技……なんてことはないんだろうなぁ。我ながら謎な身体だ。


 アイネさんのことを思い浮かべながら、のんびりと月光を浴びて歩いていくのは……寮から近い、いつものあの丘。


「……今日は、来てるのか」


 ふと感じる気配は、空色。マリアナさんだ。


 僕はほぼ毎日のようにここに来ているけれど、マリアナさんがいるかどうかはまちまちだ。

 前は確か……数日ぶりだろうか。


 アイネさんとイチャイチャする前にマリアナさんのことを話していたことが、何かの予兆だったのだろうか?


 そう思いつつ丘を登り始めると、一本木の下に腰掛けた制服姿のマリアナさんが腰掛けていて、夜風がその空色の髪を揺らしていた。

 揺れているのは髪だけではないようで、パタパタと、紙のような物の音もする。


 マリアナさんは、女の子座りで膝に乗せた……手紙?に目を落としている。

 その表情は、朝に見たときと同じように暗い表情……いや、憂いの表情と言ったほうが近いかもしれない。


 そんな表情であっても、マリアナさんのその顔は月明かりに照らされてとても綺麗で……大人っぽさを、成長した女性の美しさを感じられる。

 でも、子供の頃のくもりのない笑顔を知っている僕からすると……少し、胸に詰まるものを感じた。


 やっぱり、あのカネスキーとかいう貴族からの手紙が原因で、何か悩んでいるのだろうか……?


 しかしよく見ると、手にした手紙は……3通ある。

 それらの手紙を読んでいるというよりは、眺めているだけで考え込んでいるようで、近づく僕に気づいていない様子だった。


 ……僕がここで悩んでても仕方がないか。


 行動前に考えすぎてしまうのは僕の悪い癖だ。


「ご機嫌よう、マリアナさん」


「っ……!? ル、ルナちゃん……ご機嫌よう」


 僕が自分の中の思考を中断して声をかけてみると、マリアナさんはやっぱり僕が近づていることに気づいていなかったのか……慌てたように、手紙を後ろに隠した。


「……ふふ」


 その仕草が、孤児院時代に何か僕を驚かせようとして持っていた物を隠すときの様子を思い出させて……当時のままな部分もあるのだなと、思わず笑みをこぼしてしまった。


「ルナちゃん……?」


「あぁ、いえ、失礼しました。今夜はどうされたのですか? その手紙は……朝にも見ていたものでしょうか?」


「な、何のことかしら……って、もう遅いわよね……。ルナちゃんが来ているのに気づかなかったくらいですもの……」


 しらばっくれようとしたところまでは、まさに昔のお姉ちゃんだった。

 でもさすがに状況認識はできているようで、マリアナさんはそう言って軽く息を吐いた。


「ええ……中身までは見えていませんが」


「そう……よね」


 マリアナさんの質問に僕が肯定を返すと、マリアナさんは身体の後ろに隠していた手紙を大人しく前に回した。


 やぱりそれは手紙で、3通あるようだった。


「隣、いいですか?」


「えぇ、もちろんよ」


 そのうちの1通……なぜか古ぼけた様子のそれが開かれていたけれど、僕が彼女の横に腰掛ける間に、マリアナさんはそれを丁寧に畳んでしまったので何が書かれているのか、印章があるかないかは確認できなかった。


「差し支えなければでいいですが……それらの手紙は、その……何か聞いても良いでしょうか? お友達として、もし悩まれているなら何かお力になれればと思いまして……」


 マリアナさんは隠そうとしたけれど、僕は少し悩んでから手紙のことに切り込んで見ることにした。

 いつかの夜、彼女との『やくそく』と向き合わなければと何度か思ったことや、アイネさんからの話……色々なことが僕の中によぎった結果だった。


「そうね……。ルナちゃんなら、いいかな……」


 マリアナさんはマリアナさんで何か考えている様子だったけれど、僕の問いに少し時間を空けてから、つぶやくようにそう言った。


「この3つの手紙が何かというと……そうね、1つは過去、1つは現在、1つは……未来かしら」


 マリアナさんは膝の上で手紙を並べてみせると、そう言ってひとつひとつ指差していった。

 順番に、古ぼけたものが『過去』、見覚えがない新しいものが『現在』、今朝に見たカネスキー家の印章が押されたものが『未来』……らしい。


「な、なるほど……?」


 まるで謎掛けのようなその答えに、僕は目を瞬かせてそう言うのが精一杯だった。

 僕の反応を見たマリアナさんは、イタズラっぽく微笑んでいる。


「ふふっ、ちょっと意地悪だったかしら。そうね、ルナちゃんはどれから聞きたい?」


 どうやらちゃんと話してくれるようで、マリアナさんはそういって僕に選択を促した。

「(え、これ、どれかひとつだけってことないよね……?)」


 なぜだか『前の記憶』にあるトランプというカードゲームの『ババ抜き』を思い出しつつ、どれにするかを心の中で悩んだ僕は……。


「では……これは?」


 とりあえず、今朝にも見たカネスキー家の印章が押されたもの…『未来』を指さした。


「あっ……それから選んじゃうのね……いえ、良いわよ」


 僕が指さした先を見たマリアナさんは、まるで『痛いところを突かれた』というかのようにそう言った。

 なにかまずかったのだろうか……と思っていると、僕も顔にでていたのか……僕の顔を見たマリアナさんは、『気にしないで』と体の前で手を振ってから、『未来』について話してくれた。


「ルナちゃんには、前に私が孤児院の出身で……ってところから、お話したわよね?」


「え、ええ……お聞きしました」


 確か僕に、『マリアナお姉ちゃん前向き理論』を授けてくれたときだったはずだ。


「そのときに、私が拾ってくれたエーデルのお家のためにお婿さん探しをしていた、とも話したと思うけれど……。これはね、とある貴族からの……お見合いの、お誘いなの」


「え……?」


 マリアナさんが長い間探していたものが、見つかったかもしれないという。


 でも僕は、よりによってアイネさんからあまり良くないと聞いたカネスキー家が相手なんて……と思うよりも先に。


 なぜか、マリアナさんがお見合いをする……結婚するかもしれないという話を聞いて……そのことに少なからずショックを受ける自分の胸の内に、自分自身で驚くのだった……。








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あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「3つの手紙と彼女の選択~未来と現在の手紙~」

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