071.もうひとつの手紙~抱きつき魔は誰だ選手権~



「はぁ……はぁ……なによ、まだ余裕があるじゃない。ミリリアが来たからてっきり遅刻だと思ったわ……」


 淑女としてはあるまじき駆け足で、僕たちは教室へとたどり着いた。

 しかし、教室にかけられた時計を見てみれば、礼拝の時間まではあと少しだけ余裕がある、といった時間だった。


「ヒドイッス! まぁアタシもヤベーとは思ってたッスけど、今日は早く出たのを忘れてたッス」


「あはは……」


 ぴこぴこと桃色のツインテールを動かしながら主張するミリリアさん。

 ……そんなに跳ねたら痛くないのだろうか? 一部が大きい女の子は揺れると痛いらしいけれど。


「悪かったわよ……。さ、ユエさん。席について一息つきましょ」


「はい」


 そう言ってアイネさんに導かれるようにして席に向か――おうとして、急接近する気配に気づいた。


『ルナリアさーんっ!』


「おっと」


 ぽすっと軽い衝撃が僕を襲い、僕の周りが淡い金色に輝いている気がする。


 自分の席でいつものおすまし顔でいたであろうエルシーユさんが、僕らの顔を見るなり笑顔で飛び込んできたのだ。


 先日の大浴場での一件以来、抱きつき癖がついてしまっている気がする……。


 片手をアイネさんに引かれていた僕は、受け止めるためにもう片方の手だけを使うことになり、無邪気にもたれかかってくるエルシーユさんを支えるために腰に手を回す形になってしまっていた。


「こ、こらっ。エルさん、抱きつくのは止めてって言ったでしょう?」


『むぅ……「ワカラナイ」』


「嘘おっしゃい! もうこれくらい分かってるはずでしょっ!」


 エルシーユさんの共通語の勉強は、あれからかなり進んでいる。

 アイネさんも教師役として、また逆にエルシーユさんが話す言葉を勉強したりしているので、僕が訳さなくてもある程度は話せるようになっていた。

 まだ長文は難しいみたいなので訳しているけれど。


『アイネはルナリアさんと手を繋いできたのだからいいでしょっ? 私だってもっとお友達と仲良くなりたいのだものっ』


「だから、仲良くの意味が違うのよっ」


「あ、あはは……」


 僕から引き剥がそうとするアイネさんと、抵抗してさらにぎゅっと抱きついてくるエルシーユさん……最近良く見かける光景だ。

 僕は頬をくすぐるエルシーユさんのサラサラな金髪をむず痒く感じながら、これくらいで『溜まる』ことがなくなった自分の成長を感じていた。


 喜ぶべきこと……だと思う。


『私はアイネとだってもっと仲良くなりたいのよっ?』


「ひゃぁっ!? ちょ、ちょっと、私に抱きつくのも止めなさいってば!」


 エルシーユさんの矛先がアイネさんに移ったので、僕は目の前で繰り広げられるキャットファイト(?)からこっそりと抜け出した。

 それから自分の席に向かおうとして……ふと目に入ったことが気になって足を止めていた。


「…………」


「(マリアナさん?)」


 教室の後ろ側の入口から一番近い席のマリアナさんが、何か……手紙のようなものを手に、暗い表情をしていた。


「ご機嫌よう、マリアナさん。どうかされましたか?」


「あ、ルナちゃん……いいえ、なんでもないわ」


 全然、なんでもないようには見えなかったけれど……僕がそれを口にするより前に、マリアナさんはそっと手にしていた手紙をしまってしまった。


 その手紙にきっちりとした印章があることに、ついそれを目で追ってしまった僕は気づくが……どこの印章だったかは思い出せなかった。


「ふふ、お姉ちゃんを心配してくれたの? ルナちゃんは良い子ねっ♪」


「わぷっ!?」


 ……というより、思い出すよりも先に強烈な柔らかさに包まれて思考を中止せざるをえなかった。


 で、でたな抱きつき癖の元祖っ……!


「む、むぅ~!?」


 エルシーユさんに抱きつかれたときには大丈夫だったのに、マリアナさんのお胸に顔を押し付けられて僕はあっという間に身体の中に熱が生まれるのを感じていた。


「あ、ちょっと今度はマリアナさんなのっ!? ルナさんを離してっ」


「あらあら? アイネちゃん、嫉妬しちゃって……かわいいっ」


「きゃっ……むにゅぅっ!?」


 ダブル……だと!?


 エルシーユさんをなんとか引き剥がして僕を助けようとしてくれたアイネさんは、(僕からだと見えないけど)あっという間にマリアナさんの腕に捕まり、僕の横で同じようにもがいていた。


「くっ……お主ら、なんと羨ましいことをしておるんじゃっ! 妾もっ! 妾も混ぜてほしいのじゃっ! その『ばくにゅう』を『ふみふみ』させてたもれっ!」


「はいはーいッス。クロっちはアレに混ざると潰れちゃうッスよ~」


「ぐぇぇっ!? は、放せっ! 放さぬかこの桃色娘っ! 首根っこはダメなのじゃぁ~……!」


 どうやら変態の介入はミリリアさんによって防がれたようだけれど……。


「「もがもがっ、むぅぅっ!」」


「うふふふふふふふ、かわいいっ、2人ともかわいいわっ」


 僕もアイネさんも揃ってもがいているというのに、先程の暗い表情からは想像がつかないほど絶好調なお姉ちゃんの腕からはちっとも逃げられる気がしない。


 だ、だれか助けてぇ……。


 ――ガラガラッ。


「みなさんご機嫌よう。今日も礼拝の時間……あら?」


 『溜まって』しまう寸前で、僕がもうダメかっ……なんて思っていると、救いの神……というか救いのシスターが教室の前の扉を開いて現れた。


「うふふ、エーデルさん、2人と仲がいいのね? でも、もう時間だから離してあげなさい?」


「うふふふふふ……あ、シスター・レイナ……わかりました」


「「ぷはぁっ……!」」


 レイナさんが目を細めながら頬に手を当てて『あらあらまあまあ』と窘めてくれたおかげで、僕とアイネさんは抱きつき魔から開放された。


「はぁ……はぁ……アイネさん、大丈夫ですか?」


「ルナさんこそ……って、むぅ……顔が赤いわよ?」


「ぅぐっ、そ、それは……」


 中身が男の悲しい性といいますか、僕は母親を知らないくせにその母性の塊には弱いといいますか……。


 頬を膨らませて可愛く拗ねてしまったアイネさんを前に、僕は心の中で誰にでもなく言い訳をすることしかできなかった。


「あらあら、知らない間にホワイライトさんもずいぶん人気ね? 最近はよくチェンクリットさんも抱きついてるし……ふふ、そんなにホワイライトさんの抱き心地は良いのかしら?」


「「『はいっ』」」


 いやいや、3人して肯かないでほしい。

 それにシスター、貴女が真の元祖抱きつき魔でしょ……とは、当然言えない。


 ……ん? 3人?

 マリアナさんと、エルシーユさんと……アイネさんまで……。


「あらっ? ロゼーリアさんまで……? あぁ……そういえば、ロゼーリアさんはホワイライトさんと……なんてウワサを耳にしたわね? つまりは……あぁ、いいわねぇ、青春だわぁ」


「あっ……いえ、そのっ……ぁぅ……」


 レイナさんの問いに答えたのは思わず……といった感じだったのか、アイネさんはニコニコとするシスターにそう言われて顔を赤くしてしまった。


 まぁ、お互い抱き心地はこれ以上なく堪能していますからね……ってこれは下品か。


「そういえば……ホワイライトさんを見てると、妙にウズウズするのよね……抱きつきたくなる可愛らしさがあるというか……」


 や、やめて! 目覚めないで!

 というかそれを思い出されると昔の僕と繋がっちゃうから……!


 手をワキワキとしだしたシスターを見て、僕は冷や汗を流す。


「も、もうっ! みんなダメよっ!」


 対して、同じくレイナさんの怪しい動きを見たアイネさんは顔を赤くしながらそんなことを言い出して…………あ、これは嫌な予感。アイネさんの自爆の気配だ。


「(ア、アイネさん?)」


 しかし、冷や汗を濃くしてアイネさんを止めようとした僕は……ヒシっと、アイネさんに抱きつかれた。


「ルナさんのココはっ、私の場所なんだからっ!!」


 …………あぁ、無常。


「「「キャァァァァーッ!」」」


「あらあら、まぁまぁ♡ ウワサよりもずっと深い仲なのね♡」


 盛大に『ルナさんは私のもの』宣言をぶっ放したアイネさんに、教室は黄色い声に包まれた。


「ぅぅ……ぅ~~……」


「あはは……ヨシヨシ……」


 僕の胸に真っ赤な顔を埋めるアイネさんを、僕は頭を撫でて宥めた。


 本来騒ぎを止めるべきシスターまでもが『まあまあ』と目を輝かせていて……朝の教室は、大変カオスな空間になってしまうのだった。





「……いいわねぇ、本当に……」


 抱き合う僕らを見るマリアナさんがそんなことをつぶやいていることには、僕は気づかなかった……。







――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「頼られると嬉しいアイネさん~印章の印象~」

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