070.ローポニーな朝~わたしの王子様~



 朝の庭園に、乙女たちの涼やかな声が響く。


「ご機嫌よう、ホワイライトさん」


「ご機嫌よう」


「ご機嫌よう! ロゼーリアさんっ!」


「ええ、ご機嫌よう」


 ……なんだか、ここ数日は声をかけられる事が多いなぁ。


 アイネさんと並んで歩く僕は、あまり見覚えがない女の子達から挨拶をされるが、無視するわけにもいかず……ひとつひとつ返していく。


「ル、ルナリアお姉さまぁっ! ご機嫌ようっ!」


「ご、ご機嫌よう……?」


 お、お姉さま……?


 中には校舎棟に向かわずに待っていたような後輩の子までいて……これはどういうことだろうか。


「くすっ……」


 なんて僕が疑問に思っていると、顔に出ていたのだろうか……アイネさんが僕の方を見上げて可笑しそうな声を漏らした。


「ユ……ルナさん、今日の髪型もステキよ。もともとルナさんはとっても綺麗でステキだけど……ここ何日かのその髪型をしてると、特にカッコいいわよ? 見た目だけでも、他の子があんな顔をしちゃうのは共感しちゃうわ」


「そう、ですか……?」


 アイネさんにそう言ってもらえるのは嬉しいけれど、他の子の反応はどうなんだろう?


 ちなみにアイネさんが言うここ数日の僕の髪型は……僕がツバキさんにちょっとした希望を出して、それが反映された形だ。


 それは先日にアイネさんとデートをしたときにもしていた、長い髪の後ろ側を低めの……うなじかそれより下くらいで結んだローポニーテールというものだ。


 一度やってみたら、そのまま流すよりもまとまりが出来て結構楽だったし、『とても凛々しく見えます』とツバキさんも言ってくれたので、アイネさんのパートナーとして少しでも男っぽさを出したかったというささやかな意地だったりする。


「まぁ、こういう学院(トコロ)だから……今のルナさんみたいにわかりやすく『美人でカッコいい』人は人気が出る傾向にあるのよ」


「はぁ……そういうものですか」


「ええ。例えるなら、歌劇なんかの殿方役のひとが人気な感じね。女の子はいくつになっても、白馬の王子様に憧れるものだもの」


「なるほど……?」


 まあアイネさんがそう言うならそうなのだろう……と、女の子歴が浅い僕は納得することにした。


 でも、言い方は悪いけれど、別に顔も知らない子たちからの反応はどうでもよくて……僕は隣を歩く大切な人に相応しい自分で在ることができれば……それでいいんだけどなぁ。


 アイネさんは僕が憧れの目で見られている光景を、なんだか楽しんでるみたいだけれど……僕が逆の立場だったら、アイネさんの今の気持ちがわかるのかな……。


 この感情はなんだろう。独占欲……に似た何かだろうか。


 逆かな……? 独占されたい欲?

 ……それって男としてどうなんだ……。


「…………」


「あ、あの……ルナさん……?」


 そんなことを考えていたら、人目があるというのにアイネさんの顔を見つめてしまっていた。


 僕の視線に気づいたらしいアイネさんが頬を染めて、チラチラとこちらを見てくるのがとても可愛い。


「なんでしょうか?」


「ぁぅっ……」


 僕が微笑むと、より頬を染めたアイネさんは僕の肩に手を添えて背伸びをするようにして、耳元に顔を寄せてきた。


「「「キャアァ~~!」」」


 周りから黄色い声が上がっている気がするけど、急接近してきたアイネさんに心臓を跳ねさせた僕の耳にはそれが遠く聞こえていた。


「(ユエさん、その目よ……もう今さらかもしれないけれど)」


「(ああ、すみません……)」


 どうやらまた、愛しさ全開の目を向けてしまっていたらしい。


「(くすっ……そうね、ユエさんが考えていることは、何となくわかるかもしれないわ……)」


 え、それってどういう……?


「(ユエさんが他の子たちから見られているのに、『私が嫉妬していないことに嫉妬しちゃった』のよね……?)」


「(ぅっ……正解です)」


「(私に余裕があるように見えたのかしら……?)」


「(はい……)」


 またもや僕の考えていることはバレバレだったらしい……正直に答えたけれど、ちょっと恥ずかしい。


「(ふふっ、ユエさんにもそんな可愛らしいところがあるなんてね。でもそれはね、ユエさん。私には……もう白馬の王子様が現れたからよ。ユエさんっていう、ね?)」


「(ぅ……そ、そうでしたか……)」


 そう言って嬉しそうに微笑んだアイネさんは、反則的だった。


 僕は顔に熱が入るのを感じながら、頬を掻いて目を逸らすことしかできない。


 アイネさんの余裕の原因が僕にあることを知られて嬉しく感じている自分もいて……なんだかむずがゆい。


 まぁ、その……今の立場だけなら僕は王子様と言えなくもないけれど……。


「あぁ……あのホワイライトさんがあんなに真っ赤に……」


「きっとロゼーリアさんが愛を囁かれたのですわ……!」


「お姉さま同士の禁断の愛っ……これが尊いというものなのですわねっ?」


「ふつくしい……」


 ……いくら女学院だからといって、女の子同士を好む人が多すぎじゃないですかね……アイネさんもミリリアさんも、そういうひとは一部って言ってた気がするけれど……。


 じゃなくて、こんなところで立ち止まっていたら、そろそろ本気で時間がヤバい気がする。


「ヤベーッス! ヤベーッス! 遅刻ちこくっ……って、およ? なんスかこの集まりは……あぁ、なんだルナっちとアイねぇッスか」


 なんて思っていたら、本当にヤバい時間であることを示す人がやってきた。


「おはよう、ミリリア。何を納得したみたいな声を出してるのよ……って、貴女がここにいるってことは……」


「クーパーさんと同じ時間ということは、もう時間がありませんわ!」


「急ぎましょっ」


 周りでキャーキャーいっていた女の子たちは、ミリリアさんの姿を見るとまるで蜘蛛の子を散らすように校舎棟に急ぎだした。


「失礼ッスね! 人を時報の鐘みたいにっ!」


「事実なんだから仕方ないでしょっ! ほらルナさん、いきましょっ!」


「は、はいっ!」


 彼女に手を引かれる王子様なんて、格好付かないよなぁ……なんて思いつつ、僕とアイネさんも校舎棟へ急いだ。


「あ、ちょっと待つッスよ! アタシだけ置いていくなッス! こらっ、そこのバカップル!」


「えへへ……もう、バカップルだなんて……ミリリアったら」


「褒めてないッスからねっ!?」


「あはは……」


 平和な朝の光景……だよね?








――――――――――――――――――――――――――――――――

ちょっとした裏話

第二章の最初は「2」にかけてユエくんの髪型はツーサイドアップだったから今回もなんか「3」にかけて三つ編みにでもしようかと思いましたが、今後のことを考えて止めました。

「4」「5」とかにかけられる髪型なんて思いつかないですし……


あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「もうひとつの手紙~抱きつき魔は誰だ選手権~」

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