057.初デートは幸せの味~ランチ&ガールズ~
モデルの勧誘をしてきた女性をあっさり巻いた後。
僕たちが紅茶の専門店でいつもの茶葉にプラスして珍しい茶葉を買ったり、輝光具のお店を冷やかしたりとしているうちに、太陽は天高く登っていて、そろそろお昼の時間だった。
僕の腕に抱きつきながら楽しそうにしているアイネさんを見ていると、それだけでお腹いっぱいになる……のは気持ちの問題だけで、この後を楽しむためにもちゃんと昼食はとるべきだろう。
今回、僕はあえて店を予約したりはせず、東区の商店街の中でも東門寄りの……簡単に言えば庶民向けのお店が多く立ち並ぶエリアまで足を伸ばしていた。
「わぁ……なんだかいい香りがいっぱいね」
アイネさんは可愛らしく鼻をひくつかせながら、その匂いの元を探すようにキョロキョロと辺りを見渡している。
「えぇ、この時間のこの辺りは、昼食向けの屋台が沢山出ています。せっかく街まで出てきたのですし、こういう屋台を見てみませんか?」
「いいわね! 私、あまりこういうところのお店を使ったことがないから、新鮮かもしれないわ! 買い食い、というやつかしら」
「ふふ、そうですね」
僕の狙い通り、侯爵令嬢のアイネさんにとっては物珍しいのか、庶民の昼食に興味を持ってくれたようだった。
まぁ庶民の昼食といっても、ファーストフードとかジャンクフードに分類されるのだけれど。
以前にミリリアさんと来ていたらどうしよう……と思っていたけれど杞憂だったようだ。
「ねぇ! ルナさん、あれは何かしら? 何かのパスタ? 銅貨10枚って、とても安価なのね。それにこれは……何だかお腹が空くような、独特なソースの香りね」
「あぁ、それは焼きそばといってですね――」
目を輝かせてはしゃいだ様子で僕の顔を見上げてくるアイネさん。
僕はそれに微笑ましさを感じながら、アイネさんの『あれは何?』にひとつひとつ答えていった。
威勢のいい呼び込みの声と食欲をそそる匂いを楽しみながらいつくかの店を見て回り、最終的に僕たちが行き着いたのは、商店街の端に近い場所にある1つの屋台だった。
「らっしゃいらっしゃい! 焼き立てアツアツの赤星焼き、食べていってくれっ!」
「赤星焼き……?」
看板に書かれたイラストや、独特の丸い凹みがある鉄板の上で焼かれているもの、そしてこのソースが焦げるような匂い……僕にはどう見ても『たこ焼き』に見えるけれど、この世界で『赤星』というと赤いヒトデのようなものだ。食感や味はタコだけれど。
「おぅっ! なんてべっぴんな嬢ちゃんたちだ! いっぱいオマケしてあげるから、ひとつどうだいっ? 出血大サービスだぜっ!」
「あら、お上手ね店主さん。でも、おまけって値引きということかしら? 元々安価な食事を提供するお店なのに、それで経営は大丈夫なのかしら?」
「へっ……? あぁもしかして、嬢ちゃん……じゃなくてお嬢様方は、お貴族様ですかい?」
「えぇ、そうだけど……」
「(……アイネさんアイネさん)」
『どうしてわかったのかしら?』という顔をしているアイネさんの耳元に顔を寄せて、僕は小声で名前を呼んだ。
「(何かしら?)」
「(こういう店では、買う側はそんな事を気にせず値引きしたりしますし、お店側もそれを見越して値段設定をしていたりします。容姿を褒めるのもおまけを付けるのも、お店側の『挨拶』みたいなものなのです。それに真面目に受け取って店の心配をするような視点を持つ人は、貴族の方しかいませんよ)」
「(あら、そうなのね……ありがとう、ルナさん。ひとつ勉強になったわ)」
「(どういたしまして。『店主』じゃなくて『オジサマ』と呼ぶと喜ぶと思いますよ)」
「(くすっ。わかったわ……もう端の方まで来てしまったし、この赤星焼きというのでいいかしら?」
「(はい。私は大丈夫ですよ)」
「じゃぁ……店の前で話し込んでごめんなさい、オジサマ。2人分、いただけるかしら?」
アイネさんがそう言って外向けの笑顔でニッコリ笑うと、屋台のおじさんはニカっと笑ってから
「ヘイッ、まいどっ! 合わせて銅貨16枚でさぁっ!」
「ああ、お代は私から」
一人前が銅貨10枚だから、結構引いてもらえたみたいだ。
僕はアイネさんが動く前に予めポーチから取り出して用意しておいた財布から、お代を店主に手渡す。
「ヘイッ、たしかにっ! じゃあせっかくだから、新しく作っちまいますんで、ちょいとおまちくだせぇっ!」
店主のおじさんそういってまたニカっと笑うと、慣れた手付きで赤星焼きを作り始めた。
鉄板にタネを流し込み、赤星……ヒトデのようなものの足を入れていく。
アイネさんはその手際の良さというか、料理ができあがっていく過程も楽しそうに眺めていた。
「わぁ……すごいわね」
「へへっ、ありがとうございやすっ。こんなべっぴんさん2人に見られてるとなると、この道10年のオレも流石に緊張しちまう、なんてな! ガハハハッ」
おじさんはそんな事を言いながらも、手元が狂うなんてことはなく、焼き加減を見て鉄の串のようなもので鮮やかな手付きでクルクルとひっくり返していく。
「それにしても、お嬢さんみたいなお貴族様がこんなところまでくるなんて珍しいな」
あとは焼き加減を見ながら完成を待つだけ、という段階で、おじさんがそう言った。
こんなところというのは、東区のさらに端の方のことだろう。
貴族が利用するような店といえば、中央区か東区でもそれに近い場所にあるものが多いからかもしれない。
「ちょっと学院が休みになったから、足を伸ばしてみたのよ」
「へぇ、学生でお貴族様というと、輝光士学院か。もしかして、隣の白髪の嬢ちゃんの方もお貴族様ですかい? 銀髪の嬢ちゃんよりは、こういう場所にも慣れてそうでやすけどね」
アイネさんに耳打ちしていた様子から、そう思ったのかな?
「ええ、まぁそうですね。最近なったばかりですけれど」
「へぇ、それはそれは……格好といいさっきの様子といい、付き人か何かかと思いやしたが……銀髪の嬢ちゃんはずっとべったりだし、もしかして、嬢ちゃんのコレですかい?」
そういってまたニカっと笑ったおじさんは、拳を握って小指だけ突き出す仕草をした。
「あはは……」
女の子の相手の女の子でも、小指になるのね……。
「お貴族様の間ではそういうのもあるって聞いたことがありやしたけど、ホントなんすねぇ」
「? コレって?」
アイネさんは分かっていないのか、おじさんと同じように小指を立てて首を傾げていた。
まぁ知らなくてもおかしくはない……のかな?
「おっと、貴族のお嬢様にワルいことを教えたら怒られちまいまさぁ! へいおまちっ! 赤星焼き二人前だよっ! この店の裏に座れるところがあるから、使ってくれ。仲良く食べてくれよなっ! ガハハハッ!」
「はは……お言葉に甘えさせていただきます。行きましょう、アイネさん」
僕は店主から紙パックのようなものに入った赤星焼きを受け取ると、腕に抱きついたままのアイネさんを促して店の裏に入った。小さな路地のような場所で人気はなく、日が差し込んでいるし綺麗にされているので2人で昼食を食べるのにも良さそうだ。
路地に置いてあった小さな箱の上を手で払ってアイネさんを座らせ、隣に僕の分も用意した。
「? ルナさんはどういう意味か知っているの? コレ」
「……それはですね……」
先に座ったアイネさんが、まだ小指を立てながら不思議そうにしていたので、ちょっと悪戯心が湧いた僕は、箱に座るとアイネさんの耳元に口を寄せ、囁くようにこういった。
「恋人……カノジョってことですよ」
「ひゃっ……そ、そうだったのね……ふふっ、また1つ勉強になったわ」
息がかかったせいかアイネさんはくすぐったそうにしたものの、すぐに口元を緩ませながら頬を染めていた。
まぁ、随分と理解のあるオジサマのようだったけれど……とにかく、僕のイタズラは成功かな?
「さあ、せっかく場所までお貸しいただいたので、冷めないうちに食べましょう」
「そうね。こんなところでお昼をいただくなんて、これも新しい経験ねっ♪」
「はい。では……ふー、ふー」
「ルナさん……?」
僕はそこで一旦言葉を切ると、手元にある赤星焼きを爪楊枝のようなもので半分に切り分けると、熱々で湯気が立ち上るそれを自分の口元へ持っていき、息を吹きかけて冷ました。
ちなみにアイネさんの分はまだ僕の膝の上にあるので、アイネさんはそんな僕の様子を見ているしかない。
別に意地悪というわけではなく……今日はデートで、ここは二人きり。そして、いつかのレストランでは僕が恥ずかしがってやってあげられなかったもの……。
僕は十分に冷ましたそれを、そのままアイネさんの口元に持っていった。
「アイネさん、どうぞ……あーん」
「! ふふっ、ありがとうルナさん……はむっ、ん~~♪」
アイネさんは一瞬だけ驚いたような顔になったものの、そのまま嬉しそうに僕が差し出したモノを口に入れて、幸せを噛みしめるかのように頬に手を当てて喜びの声を上げていた。
その様子を見て、僕も思わず笑顔になってしまう。
「ん、んくっ……はぁ……ルナさんが覚えていてくれて嬉しいわ。あのときはミリリアに邪魔されちゃったから……」
「それはよかったです……さぁ、次もどうぞ」
「あ~ん♪ んむっ……ねぇ、次は私の番よ?」
「あはは……わかりました」
そうして僕が手を付けたものとは別の赤星焼きを差し出すと、アイネさんは僕と同じように切り分けて『ふーふー』して冷ましてから、満面の笑みで僕の口元に差し出してくれた。
「あーん……はむっ……」
「……ふふっ」
僕の口の中に濃厚なソースの香りが広がり、僕の様子を見るアイネさんは楽しそうな声を漏らした。
。
うん、やっぱりこれは少しくすぐったくて恥ずかしいけれど、好きな人からやってもらうと嬉しいし、またやってあげたくなってしまう。
「では今度は私が……」
そうして、お互いが自分の分を一切食べずに相手からの『あ~ん』だけで食べていく。
「あ。アイネさん、口元にソースが……」
頬に手を当てて幸せそうに目を細めるアイネさんの口元を指で拭って、僕はそのままペロッと指についたソースを舐めた。
「ぁぅっ……ルナさん、嬉しいけど、お行儀が悪いわよ?」
「あはは……すみません」
これもお約束かな……なんて思いながらちょっと悪戯心もあってやってみたことだったけれど、怒られてしまった。
顔を赤くしているし『仕方がないわね』といった顔をしているので、本気で起こったわけでは無いだろうけど、ちょっと失敗だったかな?
「……あ、またソースが付いてしまったわ」
……と思っていたら、どう見ても『わざとでしょ』という形でアイネさんは唇にソースを付けた。そしてやり直しを要求するかのように――
「……ユエさん、とって……?」
――なんて、軽く首を傾げて、瞳を潤ませてより頬を染めて言うものだから、僕の心臓が跳ねた。
なんて可愛いおねだりなんだ……としか思えない僕の頭は、相当アイネさんにやられてしまっているらしい。
「……いいですよ」
僕は素早く周りに目線を巡らせ、誰も見ていないことを確認してからそのおねだりに応えた。
「ん……ぺろっ……んっ……」
「んんっ……」
吸い寄せられるようにアイネさんの口元に自分の顔を寄せると、まず唇についたソースを舌先で舐め取り、そのまま軽くキスをして顔を離す。
「えへへっ……ユエさんのキス、ソースの味がしたわ……」
頬を染めてはにかみながらそんな可愛らしいことを言うアイネさん。
僕は心臓の鼓動を抑えるのに必死だった。
「アイネさんもですよ。さぁ、残りも食べてしまいましょう」
「そうねっ。ふふっ、またソースが付いてしまうかもしれないわよ?」
「あはは……そうしたら、また拭ってさしあげますよ」
「まぁ♡」
そんな風にして口で幸せを噛み締めつつ、僕らは楽しい時間を過ごすのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★」をよろしくお願いいたします。
皆様からいただく応援が筆者の励みと活力になります!
次回、「初デートは幸せの味~こどもと未来~」
初デート編4話目(初デート編は次でラスト?)です。
ちなみに3章に突入して以降も、既に結ばれた相手とは変わらずイチャイチャしますので、その点はあしからず(?)
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