056.初デートは幸せの味~今のふたりで見る世界~



「ふふっ……」


 学院前から南区の大通りにつながる坂を、僕らは下っていく。


 思わずといったふうに笑みをこぼすアイネさんは僕の左腕を抱いていて、きっと今の僕らは女性同士とはいえ誰が見ても恋人に見えることだろう。この辺りに人目はないけれど。

 僕から腕を組むように誘ったのだけれど……エスコート役というのを意識しすぎて、パーティーに入場するときのように腰に手を当てて腕を差し出したのは、ちょっと場違いだったかもしれない。


 まぁ、腕に伝わる幸せな温かさと柔らかさ、そしてこの笑顔が見られたのだから、それは些細な事か。


「こうしてユエさんと歩けるなんて、これだけでもう幸せだわ」


「ふふ……まだ学院を出たばかりですよ」


「そうね、これからよね。楽しみだわ」


「ご期待に添えるように、しっかりエスコートさせていただきますよ、お嬢様?」


 そう言って片目をつむって見せると、アイネさんはコロコロと鈴を転がしたように笑った。


「くすっ。ユエさんって意外とお茶目よね」


「あはは……すみません。初めてのデートでちょっと緊張していまして……」


「あら。堂々としているからそんな風には見えなかったけれど……そうなのね、ユエさんも初めてなのね」


「ええ。人前で表情を作って内心を悟らせないようにするのは、小さい頃から自然と身についてしまったことですからね……アイネさんの前だと、うまくいかないことも多いですけど」


「それは私もかもしれないわ。貴族の令嬢として表情のことはきつく言われていたけれど、ユエさんの前だと……ふふ、お揃いね。嬉しいわ」


 小さな共通点を見つけただけで、僕らを優しい雰囲気が包んだ。

 アイネさんはより強く僕の腕を抱いて密着度を上げまたひとつ笑みをこぼすと、そのまま周囲を興味深そうに見渡し始めた。


「そういえば……学院の前って、こんな風になっていたのね。春の花が可愛らしいわ。いつも学院の外では馬車での移動ばかりだったから、こうしてゆっくり歩いてみるのは新鮮ね」


「あぁ……そうですよね」


 アイネさんを含め、話してみると気さくな人が多いから忘れがちだけれど、輝光士女学院は貴族の娘や有力者の娘が集まるお嬢様校なのだ。


 自分の足で歩いて風景を眺める機会など、言葉通りないのかもしれない。


「それならよかったです。僕としても初めてのエスコートですからね……楽しんでもらえるポイントがひとつ増えて安心しました」


「そうかしら? 初デートじゃなくても……ユエさんと見る景色なら、いつでも何度でも、どんなところでも楽しめそうよ?」


「ぅっ……」


 嬉しいことを的確に言ってくれるじゃないですか。


「ふふっ……ユエさんが赤くなったわ。肌が白くて綺麗だから、ユエさんが照れるのはよく分かるのよね」


 どうやら狙ってやられてしまったようだ。

 さっきの僕の真似なのか、いたずらっぽくウィンクして見せるアイネさんが可愛かった。



*****




 腕を組んで他愛も無いことを話しながら僕たちはのんびりと進み、朝とは言え他の学校施設は平日の授業中ということもあり、人気が少ない南区の大通りを抜ける。

 そこから区の境の水路にかかる橋を渡って中央区へ、さらに進み橋を渡って東区へと入った。


 ここは朝市の一番忙しい時間が終わってもそれなりの人で賑わっている。

 僕は物珍しさからいろいろと質問をしてくるアイネさんに答えながら、そんな彼女の様子を目で楽しんでいた。


 ちなみに、学院がある南区を離れてきているが、問題児(問題猫?)のクロはどこか近くで護衛をしてくれるというツバキさんに預けてある。これで離れすぎないので問題ないし、僕はアイネさんと表面上は二人きりでいられるというわけだ。


 ……何かお礼をと言ったら『主様の耳かきをさせてください。膝枕で』というお願いだったのは、なんともツバキさんらしい……のだろうか。


 閑話休題それはさておき


「ありがとうございました。お買い上げいただいた商品は、明日にはお届けさせていただきます。またのお越しをお待ちしております」


「よろしくお願いします。では」


 僕が練ったプランの最初の目的地……ガラス製品と陶器を扱う店の女店長に見送られて、僕とアイネさんは腕を組み直すと、笑顔でまた大通りを歩き出した。


「ルナさん用のいいカップが見つかって良かったわ。せっかく部屋に来てもらっても、いつまでも客人用は……って、気になってたのよね」


「ありがとうございます、アイネさん。その、私が使うものなら私がお金を出しても良かったのではないでしょうか?」


「いいのよ、私の部屋のことだもの。それに、私の分……私が選んだルナさんのとお揃いのカップを買ってもらっちゃったし、お互い様ね」


「あはは……それなら嬉しいです」


 元々、僕がアイネさんに何かを買ってあげようと思って選んだ明るい雰囲気の店だったけれど、思いの外アイネさんが店の商品を気に入ったようだった。


 アイネさんは色々なことに詳しいだけあって、対応してくれた店長さんと材質だのどんな飲み物を入れるのに向いているだのと盛り上がり、そのまま僕にプレゼントを……と言い出してしまった形だ。


 先に言われてしまった僕は、彼女のプレゼントへのお返しとして便乗する形になってしまってイマイチ格好がつかなったので……内心でちょっとへこんだのは内緒だ。


「また来ましょうね! それでっ、次はどんなお店かしら?」


 アイネさんが次の話を切り出してくれたので、僕は気を取り直してプランを思い出す。


「次はですね……品揃えが豊富で珍しい茶葉も置いてある紅茶の専門店です」


「それはステキね。さっきのお店で買ったカップがさっそく役に立ちそうだわ」


「ありがとうございます。いつもお茶をご馳走になってますし、今度は私から何かプレゼントさせてください」


「ふふっ、そんなの気にしてくて良いわ――――あっ……私……もしかして……」


「どうかしましたか?」


 僕の申し出に嬉しそうに微笑んでくれたアイネさんだったが、ふと何かに気づいたようにその表情を曇らせた。


「その、ごめんなさい……私、さっきのお店でついはしゃいでしまって……お店を選んでくれたのはルナさんで、エスコートしてくれているのもルナさんなのに、先に言い出してしまって……」


 ギクリ。なぜ気づかれてしまったのだろうか……。


「あ、あはは……そんなことないですよ? プレゼントしてくださると言ってもらえて嬉しかったですし」


「でもルナさん……『今度は私から』って……」


「うっ…………本当は私から言い出すつもりでした……誤魔化してしまってすみません……」


「あぁっ、謝らないでっ。私もその、ルナさんの……彼女として、こういう場合の気遣いが足りなかったのは事実ですもの。お互い嬉しかったのだから、それで良いということにしましょ?」


「はい……ありがとうございます」


 ぐぬぬ……僕は僕で今日はデートということで舞い上がっていたということなのか、策士策に溺れるというか、単純なミスでアイネさんに気を使わせてしまった……反省だ。


「そんな顔しないで、ルナさん」


「……どんな顔でしょうか?」


 なんだか自信がなくなってきたけれど、いつもの微笑みを作れている……はずだ。


「私が好きな、私のことを真剣に考えてくれている、美人な紳士さんの顔よ。こうして近くで見ていると……ルナさんがその微笑みの下で何を考えているかが分かる気がして、何だか嬉しいわ……ふふっ」


 つまり、僕はいつも通り表情を作れていたけれど、その表情を見透かすアイネさんの目が養われてきているということですか。


 それはなんというか、より深く心を通わせられているということで……嬉しいような、恥ずかしいような……。


「……い、行きましょうか」


「えぇ」


 嬉しそうに微笑むアイネさんの顔を何となく見ていられなくて、僕はそう言って先を促した。

 アイネさんはそれ以上は何も言わず、僕の肩に頭を預けてニコニコとしている。


 ――ちなみに、そんなやり取りをする僕らはとても目立っていた。


 元々僕らの容姿は、とても目立つ方だ。


 女性としては背が高く、白い長髪は言わずもがな、その上で今日は気合を入れた服装の僕。

 僕とは頭半分くらいの身長差で、それでも女性としては背が高く、光を受けると不思議な薔薇色が混ざる銀の長髪に、美人とも可愛らしいとも言える容姿で、カジュアルながらも上質な生地のワンピースを着こなしたアイネさん。


 クロに言わせれば僕らは『美少女』に分類されるそうだし、学院では何かとキャーキャー言われることもある。

 その美少女2人が女の子同士で見るからにイチャイチャしていれば、何事かと振り向く人が多いのも納得だ。


 そしてそれが街中だと、集めてしまうのは目線だけではないようで……。


「あ、あのっ。今よろしいでしょうか?」


 そう言って僕たちに声をかけてくる人がいた。


「はい、なんでしょうか?」


 アイネさんが自然と離れてくれたので、僕らはそのまま声がした後ろを振り向いた。

 僕はつい癖で警戒しつつ、相手を観察してしまう。


 声をかけてきたのは、女性だった。

 女性の服装に対して語彙が少ない僕からすると、なんだかすごくおしゃれというか、『最先端のファッション!』をしている人で、顔立ちも綺麗な人だなという印象だ。


「わぁ……後ろ姿を見ても綺麗だったけれど、顔立ちもとても綺麗ね……それも2人ともだなんて……あ、ごめんなさい。私はこういう者よ」


 一方的に話されて『何だこの人』と思ってしまったが、それを顔に出さないようしながら、差し出された名刺のようなものを受け取った。

 横からアイネさんも覗き込んできて、そこに書いてある文字を読み上げた。


「ファッションデザイナー……ですか?」


「ええ、そうなの! これでも割りと有名な方で……って、私の話はいいのよ。声をかけたのはね、あなた達2人とも、『モデルに興味はないかしら?』 あなた達2人なら抜群にスタイルがいいし見栄えもするし、私のデザインした服が映えると思うの! それに最近は女の子同士でコーディネートを合わせたりあえて逆にしたりというのが流行っていて……カップルのあなた達なら相性抜群よね!? どうかし――――らっ!? あれっ、いないっ!?」


 僕は目の前の彼女が大きな身振り手振りでペラペラと喋っている間に、アイネさんの手を引いてその場を離れていた。


「カップル……カップルですって、ルナさんっ……ふふっ」


 いやいやアイネさん、周りからそう言われて嬉しいのは分かるけれど、こういう街中で急に声をかけてきて『モデルになりませんか』なんていうのは、『前の記憶』の知識でも怪しい勧誘と相場が決まってるんです。

 有無を言わさない毅然とした対応が必要なんです。


 手を引いていた僕の腕を再び抱きしめるようにして、頬を緩ませるアイネさん。


「あっ、すみません、強引に離れてきてしまいましたが……もしかして、アイネさんは興味がありましたか……?」


「いいえ、全然興味はなかったわ。ルナさんとお話していたのを邪魔されて嫌だったくらいよ? それにミリリアが『ああいう勧誘はついていったらダメっすよ』って教えてくれたこともあったから、どちらにせよ断るつもりだったもの」


 ああ、ミリリアさんはしょっちゅう街にでかけているんだっけ。

 お嬢様な友達を思ってちゃんと注意していたのかもしれない。


「そうですか、それならよかったです。もしあのまま話をしていたら、せっかくのアイネさんとのデートの時間が少なくなってしまうなぁと……あはは……」


 安心したことを伝えたかっただけなのに、自分で言っててちょっと恥ずかしくなってきてしまい、僕は曖昧に微笑んで頬をかいた。


「くすっ。私も同じ気持ちよ、ルナさん。1分1秒でも長く、こうして一緒にいたいもの」


「ありがとうございます。では、次へ行きましょうか」


「えぇ」


 僕らはまた微笑み合うと、次の店に向かうのだった。








――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「初デートは幸せの味~ランチ&ガールズ~」

初デート編その3

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