055.初デートは幸せの味~待ち合わせのお約束~
王国歴725年、大樹の月(4月)中旬。
数日が経った。
授業がない日が続く中で、僕はアイネさんとお茶をしたり、寮の食堂でエルシーユさんの共通語の勉強を皆で手伝ったり、アイネさんと彼女の部屋でイチャイチャしたり、シェリスさんからお願いされて皇女殿下の輝光術の自主練習に付き合ったり、自室でツバキさんにお世話されながら輝光具のアイディアをまとめたり、誰もいない学院の庭でアイネさんとイチャイチャしたり、大浴場でアイネさんとイチャイチャしたりした。
……お互いがお互いのことを好きすぎてイチャイチャしてばかりいた気がするけど、婚約指輪を贈った日以降はじゃれ合う程度のキスくらいで何とか留まれている。
そしてそんなまだ休校が続く日、平日最終日の朝。
今日は、アイネさんと二人きりの初デートの日だ。
アイネさんの部屋の本棚には色々なジャンルの本が置いてあるけれども、どうもここ数日で『気になるカレシとのデート攻略♡』だの『今ならコレ! 気負わないデートコーデでハートをキャッチ!』だの、恋人とのデートに関係する本が増えていることに偶然気づいてしまった。
アイネさんは変なところで貴族のお嬢様らしいというか、女性から相手を誘うのは『はしたない』と考えているようで、
『あれから、何か寮生活で不足しているものはないかしら?』
とか、
『ルナさんは、どこか行きたいところとかないの?』
とか、
『この前食べたパンケーキ、とても美味しかったわよね。まだやってるかしら?』
とか……。
会話の流れが不自然にならない絶妙なタイミングで、何もない風を装いながらも、ソワソワとして『デート』をほのめかすアイネさんの様子が微笑ましく可愛すぎて、僕から直球で『デートして下さい』と誘ったのだ。
そのときに見せてくれた満面の笑顔がまた綺麗で可愛かったな……なんて思いつつ、僕は学院の正門の脇に立ってアイネさんを待っていた。
『前の記憶』で知識だけはあったので、――合っているかは分からないけれど――こういう場合は男性は先に来て彼女を待ちエスコートするものだということで、朝早く起きて――ツバキさんに手伝ってもらいながらだけど――念入りに準備をして、なんとか先に待ち合わせ場所に着くことができたのだった。
ちなみに月が欠けていくこの時期は――いつもよりはマシという程度だけど――僕は朝にちゃんと起きれるようになってきている。
揺り起こされる前に、近づくツバキさんの気配で起きてしまったので、ツバキさんはちょっと不満そうだったけれど。
そんな朝のことやアイネさんをデートに誘ったときのことを思い出す僕といえば、今の自分の格好を見直したり、ツバキさん達『忍華衆』から入った報告を元に頭に入れた今日のプランをおさらいしたりと、実は先程から落ち着きがない。
何と言っても、僕にとっては『前の記憶』と合わせても人生初のデート、しかも大切なアイネさんとのデートなのだ。
こんな僕の心情を誰かが知ったら、あれだけイチャイチャするほど仲がいいのに何を今さら……と思われるかもしれないけど、大事な相手だからこそ失敗したくない。
難しく考えすぎなのかもしれないが、これはもう僕の性分なんだろうと、とりあえずはアイネさんが来た時にちゃんと笑顔で迎えられるように心の準備だけしておいた。
「あら、ご機嫌よう、ホワイライトさん。……これからどなたかとお出かけですの?」
「あ、ご機嫌よう、シシアさん。はい。まぁ……」
「くすっ。そうですわよね、ずいぶんと気合が入っていらっしゃいますものね。お相手は……ああ、無粋なご質問でしたわね。それでは、わたくしはこれで」
「ご、ご機嫌よう」
……待ち合わせ時間の30分前は流石に早すぎたかもしれない。
時折すれ違う顔見知り程度の女の子たちからの視線が、少し恥ずかしかった。
*****
//アイネシア・フォン・ロゼーリア//
ヤバい。やばいやばい、やばいわ。
化粧台の鏡の前で念入りに髪を梳かしながら、私はミリリアみたいな言葉を頭の中で繰り返していた。
別に、寝坊をしてしまったとか、大事な日なのに体調が悪いとか、そういうことではない。
鏡に写った私の顔は、我ながらだらしがないほど緩みっぱなしで、誰も見ていないというのに口元を引き締めるのに必死になっていた。
……寝坊はしなかったけれど、少し寝不足ではあるわね……顔に出ていないみたいだからよかったわ……。
昨晩は、ユエさんが私をデートに誘ってくれたときのカッコいい顔を思い出して幸せな気持ちが溢れ、今日という日が楽しみすぎて目が冴えてしまい、少し寝るのが遅くなってしまったのだ。
ユエさんと、デート……。
長年想い続けて、願いが……想いが叶った相手との、夢にまでみた『デート』が実現するということで、私はこれ以上なく舞い上がっていることを自覚していた。
髪を梳かし終わり、大切な髪飾りを付け、もうひとつ大切な指輪のネックレスを首にかけ、ひんやりとした肌触りのそれを服の上から温めるように握りしめる。
「……ふふっ、ふふふっ……」
あぁダメね……まだ部屋を出てもいないのに、嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだわ。
「……よしっ」
そうしてお化粧を終え、何度目になるかわからないほど気合を入れ直した私は、出かけるときのいつもの癖で鏡の前で最終チェックを行う。
時間……よし。
まだ待ち合わせの20分前ね。
忘れ物……なし。
昨日の内に外出申請は済ませておいたわ。
髪型……よし。
髪飾りもばっちりの位置ね。
お化粧……よし。
薄めの自然な感じでできたわ。
服装……よし。
雑誌でオススメされてた『気負わない自然な感じ』というシンプルめのワンピースを今日のために用意してみたけれど……ユエさん、気に入ってくれるかしら……。
そ、それと……。
……下着……よし。
上下おそろいの、お気に入りでとっておきの、可愛いのにしたわ……。
ほ、ほら……ユエさんの身体の事情は分からないけれど、いつ見られても良いように、ちゃんと備えておくのが『カノジョ』の心意気って、本に書いてあったし……。
……普段からお風呂とかで見られているのは、この際は忘れよう。
「……よしっ」
私は誰に言うでもない言い訳を頭の中で振り払い、想像していたことのせいで熱くなった頬を冷ますと、服に合わせて買った新しいポーチを手に、自室を後にした。
そして寮の階段を下っていると、私とは逆に階段を登ってくる、クラスメイトのシシアさんとばったり出会った。
「……あら? ご機嫌よう、ロゼ―リアさん。くすっ、ホワイライトさんとお出かけですの?」
「ご、ご機嫌よう、シシアさん……え、ええ……そうだけれど、どうしてわかったのかしら……?」
今日のことは、ミリリアにも言っていない。
それを、よく話すようなほどの間柄でもない彼女がどうして……と思っていると、その答えは彼女の方から口にされた。
「わたくし、朝市に出かけてきたのですが、先程校門前で、待ち人顔のホワイライトさんをお見かけしまして。彼女もお出かけされるような『おめかし』をされておりましたので、それで……ですわ」
「なるほど、そうだったのね……って、えぇっ!? もうユッ……ルナさんは校門で待ってるの!?」
「え、ええ……10分ほど前にわたくしが通ったときには、既にいらっしゃいましたわ。随分とおめかしされておりましたので、わたくし、驚いて――」
「っ、ご機嫌ようシシアさん! 申し訳ないけれど私は行くわっ!」
「――しまいましたわ。と、もう行ってしまわれましたか」
シシアさんが何か言っているのを背中で聞きながら、私は淑女の落ち着きを忘れて駆け出していた。
ちょっと落ち着いて考えれば、まだ待ち合わせ時間までは15分以上あるのだから、30分近く前から待っているユエさんが早いというだけで、私がこんなに焦ることはないのかもしれない。
それでも私が急ぐのは、ユエさんが待っていることを知っていながら、ゆっくり登場するような女にはなりたくなかったということがひとつ。
もうひとつは、たまたまシシアさんには先を越されてしまったようだけれど……彼女が言っていた『ユエさんのおめかし』を、誰よりも先に見たかった……という子供っぽい我儘な理由だ。
声をかけてくる顔見知りの子たちに気のない返事を返しながら、一歩一歩を踏み出す度に私の中で期待感が膨らんでいく。
以前にミリリアと3人(+クロちゃん)で出かけた時は、清楚な雰囲気のお洋服だった。制服姿も、訓練着姿も、パジャマ姿も、ユエさんならなんでも似合う気がするけれど、今日はどんなステキな姿を見せてくれるのかしら……!
寮の玄関ホールを抜け、色とりどりの花が咲く学院内の通路を抜け、正門へ向かって走る。
そうして求めていた最愛の人が私に気づいて微笑んでくれる姿を見て……私は『ごめんなさい、待たせてしまって』と口にするのも忘れて無意識に立ち止まってしまっていた。
「(か、カッコいい……)」
ユエさんの姿は、私が妄想していたどんな姿とも違うもので……いい意味で斜め上を超えていってしまっていた。
白く長い綺麗な髪は、うなじの辺りでひとまとめにして自然に流されている。
白いシャツに、落ち着いた色のジャケット。
胸元を彩るのはリボンではなく、飾りネクタイ。
下はスカートではなく、男性が礼服として履くような丈が長いパンツ。
足元は先日に見たものよりも少しヒールが高めで飾り気が少ないシンプルなパンプスで、元々背が高く足が長いユエさんをよりスラっとして見せている。
胸周りや腰周りの女性としてのスタイルの良さは隠せていないけれど、総じて言うと、カッコいい女性または男装の麗人とも言えるような服装だった。
「ご機嫌よう、アイネさん。今日のアイネさんも、とても可愛いですね」
「ぁぅ……ありがとう、ルナさん」
頑張って選んだ服を、たった一言褒めてもらえただけで、嬉しくて私の顔は熱くなっていた。
「ルナさんは、その……とてもカッコいいわ……ステキよ……」
「あはは……今日のエスコート役として、それらしい服装にしてみましたが……アイネさんに褒めてもらえて安心しました」
そんな嬉しいことを言ってくれたりして、いったいどれだけ私の心をときめかせれば気が済むのだろうか……。
形から入っているところが、意外と子供っぽくてまたそれが愛らしく思えてしまう。
「では……本日の『デート』に、まいりましょうか」
「えぇ……! いきましょう!」
そう微笑んで手を差し出してくるユエさんに、私はまた顔が緩むのを止められず、きっと満面の笑みで頷き手を取るのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★」をよろしくお願いいたします。
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次回、「初デートは幸せの味~今のふたりで見る世界~」
デート編その2です。
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