054.パワー・浴場(バス)・ガールズ~後編~



「きゃっ!? こらっ、エルさん! お風呂はもっと静かに入るものよっ!」


 ザパーン!と飛び込んできたエルシーユさんのせいで盛大にお湯を被ることになった、ついでに僕とひっついていたところを邪魔された形になったアイネさんは、可愛らしく頬を膨らませながらエルシーユさんを注意した。


 僕は苦笑しつつそれを通訳する。


『そうなの? ごめんなさい。2人の顔を見たら嬉しくなっちゃって』


「それは良いけれど……お風呂でもルナさんがいないとそういうマナーとかを覚える機会もなかったのでしょうね……」


『この時間なら2人がいるってわかったから、また教えてね! でもズルいわ! ルナリアさんとアイネ、そんなにくっついて! 私もお友達なのだから、混ぜてほしいわ!』


 アイネさんに注意されて大人しく僕たちの前でお湯に浸かったエルシーユさんは、長い金髪をお湯に漂わせながら、純粋な目をしてそんな事を言った。


「ふふっ、エルちゃん。この2人はね、ただのお友達じゃなくなったのよ? と~ってもになったの」


『マリアナさん? それはどういうこと? 私だって2人とはとっても仲良しよ! 一緒に勉強したり、ご飯を食べたり、訓練だって一緒だわ! この前だって一緒に戦った仲間よ? あ、それはマリアナさんもそうね! マリアナさんとも仲良しよ!』


「あら、ありがとうエルちゃん。でもね、そうじゃないの。この2人はエルちゃんが言うような普通のお友達以上の、もっと仲良しになったのよ」


 マリアナさん……ニコニコとしてとても楽しそうですね……。


 直接的な言い方を避けてくれているけれど、それが文化の違いから持っている常識が違う純正天然美人さんのエルシーユさんに通じるかというと……。


『何よそれ! やっぱりズルいわ! 私もルナリアさんとアイネと『特別』になりたいわ!』


 ……やっぱり通じていないようだ。


 エルシーユさんはズルいズルいと言いながら、膝立ちになって『いやいや』をするように体を何度もひねった。


 白布も巻いていない格好でそんな仕草をすれば、腕に挟まれて寄せられた形の良い胸がふるふると揺れ、お湯をたっぷり含んだ長い金髪が部屋の灯を反射してきらめき、お湯と髪で隠れていた細い腰から大事なトコロまでのラインが見事に見えてしまっている。


 仕草はとても子供っぽいのに、その綺麗過ぎる身体は女性の魅力をお湯と一緒に振りまいていて、僕は微妙に目をそらした。


「……むぅ……ルナさん、見ちゃダメっ」


「わっ、またですか、アイネさん……?」


 エルシーユさんの美は男女問わず目を引きつけるのか、アイネさんも一瞬見とれていたようだったけれど、僕が目をそらした先でアイネさんと目が合うと、可愛らしく頬を膨らませてその腕が伸びてきた。

 僕の視界を隠すように、またその胸に顔を埋めさせられる。


「私なら……いいから。ルナさんは私を見てて……?」


「ぅっ……」


 なんとグッと来ることを言ってくれるのでしょうかこのお嫁さん。

 思わず『溜まって』しまったじゃないですか……。


 ただ、言った本人もすごく恥ずかしいようで、顔に伝わる柔らかい感触の向こうには、早い鼓動が感じられた。


「(かわいい……嫉妬してるアイネちゃんかわいい……ルナちゃんどいてその可愛い娘を抱きしめられないっ)」


『ああ、また! あっ、わかったわ! そうやってくっついているのが『特別』ってことね! なら私もいいわよねっ?』


『え、エルシーユさん? それは違いますよ?』


「ぁんっ♡ だ、だからルナさん……そのまま喋ったら胸が……』


『胸? ひっついて胸に顔を当てればいいのねっ?』


『いや違います……って、ちょっと待っ――』


『いくわよー! えいっ♪』


「ひゃぁぁっ!?」


 勘違いをしたまま突っ走るエルシーユさんは、なんだか楽しそうな掛け声を上げると、アイネさんに向かって勢いよく抱きついてきた。

 まとめて抱きつかれそうになった僕は、驚いたアイネさんの隙を突いて直前に離脱する。


『こうねっ? こうすればいいのねっ?』


「ちょ、ちょっと……ぁっ……エルさん、違うってばっ……ひゃんっ、んぅっ……」


『ん~、アイネ~! 貴女のお肌、すべすべで気持ちいいわね! それに、他の人の胸を触るのも初めてだわっ!』


「んっ……胸に顔をスリスリしないでっ……ぁんっ……!? ちょ、ちょっと!? ひゃんっ、背中もっ……はぁっ……!? うなじもっ、ダメぇっ……」


 アイネさんに抱きついたエルシーユさんは、勘違いをしたまま『私達仲良しです!』とアピールをするかのように、アイネさんの胸に顔を押し付け、回した腕で背中を撫で上げ、まさに『くんずほぐれつ』といった様相を演じている。


 エルシーユさんの腕は、アイネさんの腕の上からガッチリと拘束するように背中に回っているため、アイネさんは抵抗することが出来ずになすがままな状態だ。


「あ、あれは……何をなさっているのかしら?」


「裸のお付き合いというものでしょうか……?」


「ロゼーリアさんの声を聞いていると、何だかムズムズしてしまいますわ……」


「こ、これは……キマシっ……ゴクリ……」


 浴場にアイネさんの口から上がる艶っぽい声が大きく響き、注目度も大きくアップだった。


「ぅぅっ……」


 僕はといえば、アイネさんを助けてあげたいけれども、すぐ隣でお湯を跳ねさせながら繰り広げられる女の子同士のすごい光景を目の当たりにして、また『溜まって』しまいそうになり堪えているので必死だった。


 ごめんなさいアイネさん……僕が介入したら、エルシーユさんのコレが僕に向かってきそうのですので……。


『あははっ、アイネおもしろいわねっ! やっぱりこうやってくっつくのが特別なお友達のスキンシップってことなのね! じゃあ、次はこっちよ♪ このまま、私とも特別になりましょ♪』


「ひゃぁぁっ!? そ、ソコはダメよっ……ダメェェェェッ!」


『きゃっ!?』


 ノリノリのエルシーユさんの手がアイネさんのお尻から先に進もうとした辺りで、ついに我慢の限界に達したアイネさんは【強化】まで発動してエルシーユさんを引っ剥がした。その勢いでエルシーユさんは背中からお湯に倒れ込み、大きな飛沫が上がった。


 アイネさんは涙目で頬を上気させて自身の身体を抱きしめ立ち上がり、荒い息を整えると――


「はぁっ……はぁっ……もうっ! ダメよエルさんっ! ソコはっ……私はっ――――ルナさんのものなんだからぁっ!!」


 ――盛大に爆弾発言をぶっこみ、自爆した。


「「「…………」」」


 …………アイネさん、声が、大きいです。


「……あっ……………………~~~~~~っ………………………………ぁぅぅっ……ルナさぁんっ……」


 自分が何を言ったのかに気づいたアイネさんは、みるみるうちに顔を真っ赤にさせると、お湯に沈み込んで僕の胸に顔を埋めてきた。


「あはは……ヨシヨシ……」


「ぅぅ~~~~~~!」


 恥ずかしすぎてどうにかなりそうといった風のアイネさんが、僕の胸に顔を埋めながらいやいやと顔を擦り付けてくる。僕は自分の胸の形が変わるのを感じながら、少しでも落ち着けるようにその頭を撫でた。


 ちなみに僕の場合、この身体だとそういうことをされてもちょっとくすぐったいくらいにしか感じられないので、僕自身はこっちのほうが落ち着いていられる。


『むぅ! また2人だけそうやって! 私もいいじゃないっ! いいもんっ! マリアナさんと『特別』になるもんっ!』


「(きゅんっ)」


 むくれてしまったエルシーユさんは、そういってマリアナさんの方に近づいていく――と、唐突にその姿が消え、次の瞬間にはマリアナお姉ちゃんの胸の中にいた。


『きゃっ――ふみゅっ!? な、なにっ?』


「うふふふふふっ。かわいい……かわいいわエルちゃんっ……! お姉ちゃんでよければいくらでも抱きしめてあげるわよっ」


『むぐぅっ!? マ、マリアナさん……私のほうが、年上よ……むぅーーーー!? むぅぅ~~~…………』


「うふふふふふふふふふっ」


 胸をときめかせたマリアナお姉ちゃんに捕獲されてしまったエルシーユさんは、濡れた白布一枚という隙間などない大きなお胸に導かれ、ジタバタと暴れて逃れようとするが、必死の抵抗も虚しく撃沈してしまった。


「……やっぱり大きいわね……」


 僕の胸元からどこか羨ましそうな声がするから見てみれば、少しだけ顔をのぞかせたアイネさんが目だけで隣……マリアナさんの胸を見ていた。


「んっ……アイネさん?」


 そのままアイネさんは無言で僕の胸を両側から少し押して、今度は自身の胸に手を当てている。


「……ルナさんよりはあるけど、マリアナさんほどは……さすがにないわ……男性は、女の子の大きな胸が好きなのよね……? (ユエさん、マリアナさんのも、ミリリアのも見てたもの……)」


 うっ……それは男としての悲しい性だといってもわからないだろうけれど、アイネさんはどうやら『特盛』に嫉妬してしまっているようだ。

 小声でつぶやかれた言葉には、少しだけ不安の色があった。


 僕はアイネさんに婚約指輪を贈り、今の自分にとって誰が一番なのかをハッキリさせたつもりだったけれど、僕の男としての性で不安にさせてしまったらしい。


「(すみません……。その、アイネさんのお胸も、僕はとても素敵だと思いますよ……大きいのに綺麗な形で、柔らかくて、肌も綺麗で……)」


「(っ……ユ、ユエさんの……えっち……。まだちゃんと、その……シてもらったことないのに、そんなことが分かるくらい見ていたのね……恥ずかしいわ……)」


「(うっ……すみません)」


「(いいけど……嬉しいけどぉ……ぅぅっ……)」


 恥ずかしがって再び僕の胸に顔を埋めたアイネさんと、その隣でマリアナさんの胸に顔を埋めたエルシーユさんという、謎の光景が浴槽の片隅で繰り広げらる。


 他の入浴者の女の子たちは、目を輝かせたり息を荒くしたり涙を流して拝んだりと、いつもの入浴時間がとんでもないことになってしまっていた。


 そして、そんなカオスな空間の隣に繋がる――未だにドタバタと騒がしい脱衣場の扉が開き、新たに2人の女の子が入ってくると、浴場の様子を見て怪訝そうな表情を浮かべた。


「……なんだこれは。貴様らは同じ女に浴場で欲情するようなアホ共ばかりだったのか? そうなると我は、引き返さねばならんのだが?」


「ダメですよ汚主人様。そんな泥まみれで汗臭いままベッドに入りやがったら、私がシーツを洗濯するのが大変になってしまいます」


「うっせぇ……テメェが巨人の足ばっかり馬鹿力でぶっ叩きまくるから転んだんだろうがっ!」


「なにをおっしゃいやがりますか。わたくしのようなか弱い一般メイドを指して馬鹿力など……その口まで汚れていやがるんですか汚主人様」


「テメェにだけは言われたくねぇな」


 やってきたのは、上背があり鍛え上げられた筋肉質でありながら女性らしい部分が強調された肉体を晒すクラウディア皇女殿下と、小柄な控えめ体型で相変わらず主人に対しても遠慮のない毒舌を披露するメイドのシェリスさんだった。


 シェリスさんが言う通り、皇女殿下は砂埃や泥で汚れているようで、あちこちに擦り傷を作っていた。

 話の内容からすると、どこかで訓練でもしてきたのかもしれない。


「ご機嫌よう、ホワイライト様。何か今、わたくしにとって不本意なことを考えていらっしゃいませんでしたか?」


「ご、ご機嫌よう。いえ、別に……」


 僕が2人の様子を何となく見ていると、僕の視線に気づいたシェリスさんがそういって挨拶をしてきた。謎に鋭いメイドさんである。


「ホワイライト? ……あぁ、貴様かこの妙な雰囲気の原因か? 白いの。人ひとり死んであんな経験をしたのというのに、他の奴らも含めてお気楽なことだな」


「殿下、やはりそのお口は汚れているどころかドブ溜めのように詰まっている様子。ホワイライト様にお会いしたら言うことがございますと、あれほどお願いいたしましたのに」


「私にお話……ですか?」


「チッ……ぶっ叩くのはお願いじゃねぇだろうよ……」


 僕の顔を見て、周りの様子を見て皮肉を口にした皇女殿下だったが、シェリスさんから指摘されると舌打ちをしつつも何かを言いたそうにしていた。


「あー、なんだ……このクソメイドがうるさいから言うが、我は絶対に一度しか言わん。よく聞くがいい」


「は、はい」


 鋼色の頭をバリバリと掻きながら、あの皇女殿下がどこか恥ずかしそうにしているということに、元々注目度が高い帝国コンビに更に注目が集まった。


 いったい何を言われるんだろうと僕が身構えていると……なんと、皇女殿下は真面目な顔になってから頭を下げた。


「貴様……いや、ホワイライトのお陰で、我らは生きてここに戻ることができた。以前に言われた通り、我は戦場というものを知らず、ナメていたのだと思う。あのとき……ココとやらが死に、我は恐怖に飲まれた……でも、お前はそうではなかった。だから、我らは助かってここにいる」


「皇女殿下……」


「だからまずは、すまなかった。お前が来た日のことは謝ろう。そして、あの場に居た者の中で一番身分が高いものとして、代表して礼を言おう。皆を、我の命を救ったのは、お前だホワイライト。誇れ。我に足りないものがあると気づかせたことも、まぁ褒めてやろう」


「最後の最後で上から目線になりやがるのはどうかと思いますが……まぁ皆を代表するようなお立場なのをおわかりいただいて、わたくしとしては嬉しい限りです」


「っせぇ。我の話はここまでだ。忘れても構わん」


 顔を上げた皇女殿下は、そう言って顔を逸らすとノシノシと洗い場の方に向かってしまった。


「みなさま、うちのクソ主人が失礼いたしました。どうぞご入浴の続きをお楽しみ下さい」


 シェリスさんもそれに続き、残った僕や他の皆は思わず顔を見合わせてしまう。


「驚きですわ……」


「あの『狂犬皇女』が、他人にお謝りになったり感謝をお伝えになるなんて……」


「でも、そうですわよね……わたくしはSクラスで先に逃げた組だったのですが……わたくしたちが逃げられたのも、それを冷静に提案してくださったホワイライトさんのおかげですわ……」


「……わたくしも、ちゃんと申し上げておりませんでしたわ……ホワイライトさん、ありがとうございました」


「ありがとうございました!」


 皇女殿下が言った内容がみんなにとってもきっかけとなったのか、この場にいるSクラスのみんなが口々にお礼を口にしてくる。


 そうか……僕の不甲斐なさのせいでココさんは亡くなってしまったけれど、もし……なんてものがあるとするなら、もし僕が『ルナリア』としてこの学院に来ていなければ、みんなは……アイネさんも含めて、あの場で闇に飲まれてしまっていたのかもしれない。


「そうね……ありがとう、ルナちゃん」


『? 「アリガトウ?」』


「みなさん……」


 みんなが僕に向けてくれる笑顔を見て、少しだけ……心が軽くなった気がした。


「そうよ。ありがとう……ルナさん」


 そして、この愛しい人の笑顔を含めて、これからも守っていこう……そう改めて自分とアポロとの約束に誓うのだった。





 と、その場の雰囲気がしんみりというかほっこりしていたとき。


 ――ガラガラッ。


「勝利ィーッス! やっぱり大きいのは正義ッス! 正義は勝つッス! ……およ、どうしたッスかみんな?」


 ある意味で間が良いのか、そんなことを叫びながら浴場に現れたミリリアさんのお陰で(?)、その後は和やかな入浴時間となるのだった。








――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

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