053.パワー・浴場(バス)・ガールズ~前編~



 アイネさんとフレンチなキスで盛り上がってしまった、その日の夜。


 学院は休校といっても、この寮で暮らしている女の子たちの生活サイクルに変わりはない。

 つまり、今日も入浴時間がやってきた。


「今なら大丈夫よ。ルナさん、入って」


 僕が他人に肌を見られるのが恥ずかしいという名目で始まったアイネさんとミリリアさんのサポートは今でも続いていて、大浴場の脱衣所の様子を見てきてくれたアイネさんがそう言って僕を手招きした。


 いつものようになるべく周りを見ないようにしながら奥の方のスペースにたどり着いた僕は、すぐに制服を脱ぎ、最近慣れてきてしまったブラジャーを外す動作もスムーズにこなし、裸に白布を巻いた状態になったのだが……。


「……ぅぅ……」


「およ? アイねぇどうしたっすか? 顔が赤いッスよ?」


 いつもは僕より先に裸になって入浴準備を終えていたアイネさんが、制服に手をかけたまま恥ずかしそうにしてしまっていた。


「な、なんでもないわよ……そう、なんでもないわ……」


 ミリリアさんにいつもと様子が違うことを指摘されたアイネさんは、そう言ってから僕に背を向けて、制服……スカート……と脱いでいった。


 これは、あれですか……僕が見ているから意識してくれているということなのだろうか。

 そのことに思い至った僕は、慌ててアイネさんに背を向けて視界に入れないようにした。


 関係が変わったからか、僕の中身が男だと知ったからか……それともこれまでさんざん見られてしまっていたことに気づいたからか……アイネさんの様子はこれまでにないものだった。


 僕は僕で、これまで以上にアイネさんが着替える衣擦れの音にドキドキしてしまっていた。


 そしてそんな僕らの様子を見逃さない桃色娘がここにはいる。


「ルナっちまで……ほっほ~ん? コレはミリリアちゃんセンサーにビビッと来たッスよ! コレはアレッスね……! 『昼間からお楽しみでしたね』ってヤツッスか!? 付き合って2日目でもうそこまでッスか!? か~~っ! コレだから最近の若いカップルってヤツはッス!」


 おでこをペチンと叩いてオーバーに肩をすくめた『やれやれッス』とでも言いたげなそのリアクションに、脱衣所に居た耳ざとい女の子たちの視線が集まってしまった。


「ちょ、ちょっとミリリアッ!? 声が大きいわよっ! それに、昼間っからそんな……コト……し、してないわよっ!」


「おぉっと!? ここでアイねぇ、付き合っていることを否定しないッス! そしてしどろもどろで怪しいィ―ッス! で、カノジョはそう言ってるッスけど、そこんところどうなんッスか、ルナっち先生?」


 ミリリアさんは実況者かのようにアイネさんの様子を口にすると、そのままマイクでも向けるかのように僕の方へズイッとその小さな身を乗り出してきた。


 こ、この桃色裸娘……その『ゆさっと』させてる身体の割に大きな2つのモノ、もいでやろうか……って、いやいや、つい目が引き寄せられるけど見ちゃダメでしょ、僕。


「……ノーコメントで」


 困った僕は横を向いて目の前に迫る桃色娘からも目をそらすと、なんとかそう口にして難を逃れようとする。


「まぁ、あのお二人が……」


「お美しいお二人が……そうだとすれば素敵ですわ……尊いですわ……」


「授業のない昼間、密室に二人、何もないはずがなく……」


 ……目をそらした先では、何だかもう手遅れなくらいに話を広げていっている噂好きの生き物たちの姿が……。


「は、はは……」


「どうなんッスかどうなんッスか~?」


 僕が困ったような笑いで誤魔化そうとしても、ミリリアさんはずいずいと僕の方に迫ってくる。


 ちょ、ちょっとミリリアさん……もう僕、後ろに下がるスペースがないのですが……ソレ以上近づいたら当たってしまいますって……!


「って、何してるのっ! そ、そんな格好で……ルナさんを困らせないでっ!」


「あいたっ、いたたたっ! アイねぇ! それ引っ張るところじゃないッスから! ミリリアちゃん自慢のツインテールッスから!」


 困っている僕に気づいたアイネさんは、白布を身体に巻く途中にも関わらず、桃色娘を引き剥がして間に入ってくれた。


「ってて……なんスかもー! 『ルナさん、見るなら私をみてっ!』ってことッスか~? お熱いことッスねぇまったく!」


「髪を引っ張ったのは悪かったわよ……でも、その……私とルナさんは……」


 そこで僕の方をチラチラとみて頬を染め、何か言いたそうにしているアイネさん。

 これは、言ってほしいということなのだろうか……いいんですねアイネさん?


「…………」


 【アイコンタクト】を使ったわけではないので完全に通じているかはわからないけれども、僕が目線を向けるとアイネさんがコクリと肯いたので、僕は僕たちの関係をミリリアさんに告げることにした。


「……ミリリアさん」


「お? なんスか? 白状してくれる気になったッスか?」


「そうですね……つまりは――」


 僕はそこで言葉を切ると目の前にいたアイネさんの腰を抱き寄せた。


「――です」


「ぁっ……ルナさん……♡」


 抱き寄せられたアイネさんは、うっとりとした様子で僕の目を見つめてくる。

 僕はそれに微笑み返してから、ポカーンとしているミリリアさんに向けて言った。


「なにもやましいことはありませんが、あまり騒がれるのは好きではありませんので、その辺りを分かってもらえるとうれしいですね」


「……ほぇー……なんという自然なイケメンムーブ……これにはアイねぇも目がハートッスわ……。はぁ……わかったッスよ。ちょーっとイジるつもりが、なんでかアタシがダメージを受けた気分ッス……わかった、わかったッスよ……ちぇっ……」


 どうやら『わからせる』ことには成功したようで、ミリリアさんはガックリとうなだれていた。


 問題は、僕の行動とアイネさんの反応を見ていた周りの娘たちだが……。


「ホワイライトさん……いえ、ホワイライト様……!」


「イケメン俺様系美女……それでいてなぜだかちっとも嫌味がないですわ……!」


「あのロゼーリアさんがあんなにメロメロになるなんて……あぁ、あのお二人……なんて尊いのでしょう……」


「クーパーさん、おどきになって! あの尊いお二人の姿を愛でる私達の視界に入らないで下さいましっ!」


「貴女小さいからしゃがむだけでもいいですわよ! いっそ床の一部にでもなっていてくださいな!」


「そうですわそうですわ!」


「キーー! うっさいッスよ! この可愛いミリリアちゃんのロリ巨乳需要を理解しないぺたんこどもめ! アタシよりおっぱい小さいくせにっス! 床みたいにっ! 床みたいにっ!」


「な、なんですってぇ!?」


「なんスかやるッスかー!?」


 ――ドッタンバッタン。


 周りの反応を気にしていたけど……なんだかあっという間に脱衣場がキャットファイトのリングになってしまった。


 割りとドキドキしながら僕とアイネさんのことをカミングアウトしたわけだけど……まぁこの場で根掘り葉掘り聞かれるよりはいいか。


「アイネさん。このままでは風邪を引いてしまいますし、お風呂の方に行きましょうか」


「はい、ルナさん……♡」


 僕はズレかけていたアイネさんの白布を直すと、うっとりとしたままの彼女の手を引いて浴場へと向かうのだった。



*****



「……ふぅ~……」


 洗い場で我に返って恥ずかしそうにするアイネさんと並んで全身を洗い終わり、いつもより人が少ないので余計に広く見える湯船の隅に身を浸した。


「隣、失礼するわね」


「あ、どうぞ」


 今日はいそいそと手早く――それでも念入りなのは変わらなかったけれど――身体を磨くのが終わったアイネさんが隣に来たので、僕は少し横にずれて左側にスペースを開ける。


 僕と同じように身を浸したアイネさんも、気持ちよさそうに吐息を漏らした。


「はぁ……ルナさん、あんな言い方するなんて……」


「あはは……伝えてもいいという意味だと思ったんですが、ダメでしたか……?」


 赤くなった顔を半ばお湯に沈めて言うアイネさんに、僕は頬をかくしかなかった。


「ち、ちがうのよっ? ハッキリ言ってくれたことはとても嬉しかったけど……その、カッコよすぎて……私、人目があるあの場であんなになっちゃって……」


 あんなというと、ミリリアさんも言っていた目がハートだとかメロメロだとか、そんなことだろうか。


「とても可愛らしかったですよ?」


「ぅぅっ……そうやってまたぁ……他の人もいる前で、平気で私が嬉しくなっちゃうことを言っちゃうんだから……ルナさんの意地悪……」


 そういって、こてんと、僕の方に頭を預けてくるアイネさん。

 やっぱり可愛らしすぎるじゃないですか。


「あ、ホワイライトさん! ロゼーリアさん! ご無事でしたのね!」


「っ!?」


 あ、(多分)別のクラスの娘が僕たちを見つけて声をかけてきたので、アイネさんが慌てて離れてしまった。残念。


「ご機嫌よう。お陰様で、怪我などはなんともありません」


「よかったですわ……Sクラスの実習地で、闇の氾濫が起こったとお聞きしましたので……」


 顔を沈めて隠しているアイネさんの代わりに僕が答えると、ホッとした様子の彼女以外にも僕たちの姿に気づいたのか、浴槽の隅っこにどんどん人が集まってきてしまった。


「あら、ルナちゃん? アイネちゃんはどうしたの? そんなに深く浸かっていたら、のぼせちゃうわよ?」


「あはは……ご機嫌よう、マリアナさん。その……」


「……ふふっ、冗談よ。私も聞いちゃったもの。おめでとう、で良いのかしら?」


 答えに困った僕に笑いかけてくれたマリアナさんは、そう言ってアイネさんとは反対側……僕の右隣でお湯に浸かった。


「ブクブクブクッ……(ありがとうございます……)」


「ふふっ、照れているのね? かわいいっ……ルナちゃん、場所代わる?」


「い、いえ……お構いなく」


 いま代わると、アイネさんがお姉ちゃんの抱きつき攻撃によって別の意味で沈められてしまう気がする。


「アイネちゃんは、いいわね……寄りかかれる人ができたのね」


「マリアナさん……」


 ポツリと本当に小さな声で漏らした少し羨ましそうなその言葉は、あの月夜に話を聞いた『ルナリア』としても、『ユエ』としても、何だか申し訳ない気持ちになってしまった。


「あ、ううん。何でもないの。私はちゃんと生き残れたのだもの。贅沢を言ったら、ココちゃんに申し訳ないわ……」


「そう、ですね……」


 ……僕がこうして悩めるのも、マリアナさんが僕らのことを羨ましいと感じられるのも、それは生きているからだ。


「…………」


 失われてしまった……いや、失わせてしまった命は……二度と戻らない。


 僕がお湯から立ち昇る湯気を見ながらそんなことを考えていると、ふと優しく肩を引き寄せられて、頭を抱きしめられた。


「わっ……アイネさん?」


 抱きしめられたのは右側のマリアナさん(常習犯)ではなく、左側のアイネさんからで、僕は彼女の胸元に鼻先を埋める形になりながら頭を撫でられていた。


「ココさんのことは残念だったけど、それはルナさんのせいじゃないわ……だから、そんな顔をしなくてもいいのよ……」


「アイネさん……」


「(それに私は……ココさんには悪いけれど……どうしようもなかったことで、ユエさんが責任を感じてそんな悲しそうな顔をしてしまう方が、悲しいわ……)」


 抱き寄せられているからこそ近い耳元で、そう小声で言ってくれるアイネさんに、僕はお湯の熱さとは違う熱がじんわりと胸の中に広がっていくのを感じた。


「ありがとうございます……アイネさん……」


「……うふふっ、お湯がもっと熱くなってしまいそうね」


 あ、あの……嬉しいけれど、隣からお姉ちゃんがニコニコしている気配がしますよアイネさん。

 他にも、頬に両手を当てて『キマシタワー!』と言い出しそうな雰囲気がありますよ……。


「ア、アイネさん……私はもう大丈夫ですから、その……」


「ひゃんっ♡ む、胸にルナさんの息が……くすぐったいからじっとしてて……」


「でも……見られてますよ……?」


「いいのよっ、このままこうしてても……私達はその、こいびと……なんだもの」


 そ、そうですか……なかなか頭を撫でられているというのは恥ずかしいのですけど、それなら僕は何も言えないです。


 でも、僕たちの姿を見つけて笑顔を輝かせているあっちの金髪美人さんはどうかな?


『ルナリアさんっ! アイネ! 会いたかったわっ!』


 美術品の様な完璧な肢体を惜しげもなく晒し、マナーもなにもなく駆け寄ってきて、ザパーン!と僕たちの前に豪快に飛び込むようにしたエルシーユさん。


 僕らはマリアナさんも含めて盛大にお湯を被る形になり、驚いたアイネさんの抱擁は解かれるのだった。







――――――――――――――――――――――――――――――――

私は許そう!だが(ry


あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「パワー・浴場(バス)・ガールズ~後編~」

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