046.急襲~ふたりの「ごめんなさい」~



*****

//アイネシア・フォン・ロゼーリア//



 私には、今見ている光景が、とても信じられなかった。


 いや、ただただ圧倒されていたというほうが正しいかもしれない。


 ルナさんが声を上げると突然現れた学院長……いや、騎士団長のグランツ様と、騎士団の方だと思われる人たち。

 10人以上がいるというのに、なにかの術を使ったのか、私は近くにいることすら分からなかった。


 彼ら彼女らは、グランツ様の号令で一斉に飛び出すと、押し寄せてきていた闇族の群れに突っ込んでしまった。


 あんな……身体の奥から震え上がるようなおぞましさすら感じる闇族、それもあんなに多くの中に少数で突っ込んでしまうなんて、きっと助からない……と、私の常識がその後に起こるであろう凄惨な光景を予想させた。


 しかし、現実は全くの逆で、騎士団員は自分達より数も大きも上回る闇族を圧倒していた。


 騎士団員の輝光力が強いのは私でも感じられるが、彼らはその力でねじ伏せているというわけではないのに、次々と闇族を撃破していく。


 私が驚いたのはその『巧さうま』だ。


 彼らは決して1人では行動せず、二人一組で闇族に相対している。

 無理に攻撃を仕掛けることはなく、逆に攻撃を受けても表情すら変えることなく冷静にさばき、もう1人が確実に仕留める。

 声を掛け合い、お互いの死角を守り合い、味方の攻撃すらもフェイントとして利用するほどの高度な連携。


 それはまるで、こんな戦場という場であるのにダンスを踊っているかのようだと、私は思った。


 そしてそんなすごい彼らの中でも、ルナさんとグランツ様は抜きん出ていた。


 他の騎士団員たちが闇族1体に対して2~3の駆け引きで倒しているのに、あの2人は一撃一殺。

 ただただ効率よく敵を屠るために洗練された連携で、私はルナさんとグランツ様はまだ会って間もないはずということも忘れ、さらに自分の実力不足を脇において、ルナさんの隣に並び立つグランツ様に嫉妬すら覚えてしまった。


 ルナさん……貴女はグランツ様とどういう関係なの……?

 どうして、騎士団長であるグランツ様がルナさんに頭を下げていたの……?

 どうして、あんなに怖い闇族を前にしながら、そんな涼し気な顔をしていられるの……?

 どうして、あのタイミングで私に想いを告げてくれたの……?

 どうして、私にすぐに返事をさせてくれなかったの……?


 光が奔り、閃き、闇がその数を減らしていく。


 そんな私にとっては非現実的な光景を目に焼き付けながら、私の頭の中ではぐるぐると『どうして』が巡っていた。


 だからだろうか。


『――これはこれは。やけに光が強い人間の皆さまがお揃いで、ご苦労様ですね』


 私の後ろに突如として現れたその気配に、私は一瞬気づくのが遅れてしまった。


「っ……!?」


 頭が、それを見てはいけないと警鐘を鳴らしている。

 全身を逆撫でされたような恐怖が沸き起こり、呼吸すらうまく出来ていないような気がする。


 それでも、生きたいと願う心がソレに対応しなくてはと、私の身体を振り向かせた。


『おや、貴女はおひとりなのですか? おかわいそうに』


 地の底から響くような不気味な声で『何事か』を口にしながら、まるで憐れむかのような目で私を見るソレ。


 全身が真っ黒なのは他の闇族と変わりがない。

 しかし、ソレは他の闇族と違って、どうも『ひょろ長い』という言葉がしっくりくるような外見だった。


 他の闇族よりも背が高く、それでいて身体を構成するパーツが全て細く、長い。

 腕などは地面に付きそうなほどだ。

 闇族なのにスーツのような黒い服を着ていて、頭にはシルクハットのような形の帽子、ふざけているのか片目にはモノクルのようなものまであった。


 しかし、ふざけているのは外見だけでなく、その桁違いの闇の気配だ。

 私が感じられるだけでも、いつの間にかその後ろに出現している普通の闇族達が蟻か何かに思えてしまえるほど、圧倒的な恐怖の存在であるということを嫌でも理解させられた。


「ぁ……ぁぁ……」


「ッ!? アイネさんッ!!」


 ルナさんがこの目の前の存在に気がついたのか、私の名前を呼んでくれている声がする。


『ああ、申し遅れました。私、闇将が一人、バエルと申します。以後、お見知りおきを』


「っ!? やあああぁぁぁぁぁーーっ!!」


 芝居がかった仕草で礼のようなことをしたバエルという闇族が、こちらに向かって冷たい笑みを浮かべるのを見た私は、生存本能のままに弾かれるように【光剣】を生み出すと、ありったけの輝光力を注いで【強化】し、その顔に叩きつけた!


 ――バチンッ!!


 ……しかし、私の渾身の一撃はその冷笑に届くことはなく、その直前で不思議な力に【強化】ごと【光剣】を消し飛ばされ、反動で私は後ろへと弾き飛ばされる。


『ふむ。随分と手荒い自己紹介ですね。ああ失礼、貴女方は私どもの言葉がわからないのでしたね。ではご挨拶も済みましたので、その光をいただきましょうか』


「あっ……」


 バエルの口元がさらに愉悦の形に開かれる。


 異常に細い右腕がまるで槍のように変化し、刺突の前のように引き絞られた。


 それが突き出された時、私の命はこの化け物に喰われて終わってしまうのだろう。


 宙に投げ出されている私に、それを避ける手段はない。


 それらが全て、世界の時間が引き伸ばされたかのように、やけにゆっくりと見えた。


「(あぁ……)」


 これが走馬灯というものなのだろうか。


 だとしたら、私はこれから死んでしまうのかしら……。


「(それは、いやだわ……)」


 そうは思っても、このゆっくりとした世界で私ができることといえば、ただ想うことだけだ。


「(ルナさん……)」


 流れ行く視界の中に、必死の形相で私の方に手を伸ばしながら駆けてくるルナさんが映った。


 今まで見た中であんなに必死なルナさんは初めてかしら……なんて、私のためにそんな顔をしてくれていることが場違いにも嬉しくなってしまう。


 私のことでその顔を悲しみに変えてしまうのかと思うと、最後に見るルナさんの顔がそれでは嫌だな……と、私はそっと目を閉じた。


「(殿下……)」


 瞼の裏に想い浮かべるのは、あの方のお姿。


 勝手に自分で決めつけた自分に籠もっていた我儘な私に、想いという前を向いて生きる術を教えてくださった大切なお方。


 あのお方のようになりたくて、私は変わり、ただ闇雲にやらされていると感じていた努力が全てあの方へ続く光の道になった。


 願わくば、もう一度お会いしたかった……。


 この髪に輝く光結晶の薔薇の花が、私の想いの証。その全て。


 ……いいえ、全てではなかったわね。


 私はそのことに思い至り、再び目を開いた。


 ゆっくりとした世界の中、目を閉じる前より僅かに近づいたルナさんが映る。


 その綺麗な白銀の瞳の端には、涙が滲み始めてしまっている。


 殿下に対して恐れ多くも、私がもうひとつ持ってしまった愛しい想いの相手。


 そんな彼女の顔を、こんなにしてしまっている私。


 それならせめて、私は精一杯笑おう。


「(ルナさん……)」


 愛しい彼女の中に、綺麗な私が残るように。


「(あぁ……もしかすると貴女が……だったのかもしれないわね)」


 死の間際の不思議な体験が私の中の何かを結びつけたのか、ルナさんの顔とあの日の殿下の顔が重なって見えた。


 鋭い闇の槍が、いよいよ打ち出される。


 ルナさんは……そっと瞳を閉じていった。


 私に向けて伸ばした手が、ギュッと握られる。


「(そう、それでいいわ……)」


 好きな人に、その瞬間を見られたくなんてないもの。


 好きだからこそ、先立つ私が彼女に告げる最後の言葉は――









「「ごめんなさい、ルナさん(アイネさん)」」









 ……なぜか私の言葉とルナさんの言葉が重なった瞬間。



 ――世界が、聖なる白光に満たされた。



『グッ、うぉっ……!? 何ですかっ!?』


 終わると思っていた時間が、元の速さになって戻ってくる。


 世界を満たした白光は、光の存在にとっては優しくも、闇の存在にとっては圧倒的な衝撃となって迸り、私に迫っていたバエルを吹き飛ばされていた。


 そして宙に投げ出されていた私は……温かな腕で、お姫様のように抱きかかえられていた。


 光が収まり、元の世界が……いや、空を覆う雲や地上を満たしていた『闇の領域』すらも吹き飛ばした明るい夜が、回復した私の視界に入る。


 私を抱える、愛しい貴女の顔も。


「――させない……」


 その瞳には、無数の瞬き。


 1つや2つのただの星眼ではなく、まるで万華鏡のように白光が輝く、星月夜のような瞳。


「もう二度と、大切な人を失わせはしないっ!!」


 ――伝え聞く、星導者様の『月鏡眼げっきょうがん』を輝かせたルナさんが、その身に聖光を纏い、2つの満月を背に、闇を見据えていた。








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あとがき

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次回、「満月の決意~開眼~」

決意を瞳に、想いを空に、力をその手に。


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