045.混迷の撤退戦~告げる想いと、誰何の声~


 闇が濃くなった北の空の下から、獣達が押し寄せてくる。

 地を埋めるほどのおびただしい数の闇の獣が僕たちの視線の先で蠢き、徐々に地響きが近くなってきた。


 獣達は個体による速度差のせいで、近づくに連れてその構成に層ができてくる。

 一部の例外を除き、小型、中型、大型の順番だ。

 奴らは光を喰らわんと、一心不乱にこちらを目指してくる。


「――ではみなさん、今私がご説明した通りにお願いします。無理せず、ペースを乱さず、確実に仕留めていくのです」


「わかったわ!」


 皆が動きやすいような役割分担と単純な作戦概要を伝え終わった僕は、先陣を切る小型の群れとの距離が500mを切ったところで、敵の誘引も兼ねて練り上げていた輝光力をそのまま術に変換する。


「【陣地構築(クリエイトフィールド)】」


 僕が術名を口にすると、周囲のあちこちに白い光の軌跡が描かれ、野戦陣地ともいえるそれが姿を現していく。


 まず、僕らがいる場所を最奥として戦場を仕切るための長大な壁が生まれる。それは上下が逆のハの字形になっていて、敵が進めば自然と狭い空間に押し込められ、対する僕らは相手にする敵の数を制限できるための仕組み。


 そしてその逆ハの字の内側の各所には、敵が侵入してくる方向に長辺を向けるようにいくつもの長方形の壁を配置し、敵の突撃の勢いを削ぐようになっている。

 壁そのものが輝光力でできているため、闇の獣がまともにぶつかってしまえばそれだけでダメージを与えることもできるだろう。更には他の輝光力に干渉しないようにイメージしてあるので、こちらからの遠距離攻撃は壁をすり抜けるという優れものだ。


 今回はちょっと改良して、陣地の最奥に劇場のステージのようなものも用意した。エルシーユさんにはここで頑張ってもらおう。


 全体的に四角いものが多いので、この陣地が構築されていく光景はさながら『前の記憶』にある3Dモデルのワイヤーが生まれ、そこから面が生まれていくよう。


 僕が考え出した対多数防衛戦用術、それがこの【陣地構築】だ。

 規模が大きいだけで、【顕在化】の【ライトボックス】の応用だったりする。


「すごい……こんな大規模な術を一度に……」


 薄暗い『灰色地帯』を僕が構築した陣地が照らすのを見た誰かから、驚きの声が漏れた。


 ……これでもまだ星導者としての力は使っていないから、『すごい輝光士ならこれくらいできる』と言い訳ができるはず……たぶん。


「来ます! 配置についてください!」


「「「はいっ!」」」


 僕の言葉で、マリアナさんを含めた【放出】が得意な何人かが陣地の内部に儲けられた射撃ポイントに散っていく。


 【強化】適正の子は、武器を手に討ち漏らしの処理のためにその側に控えた。


「皇女殿下、お願いします」


「っしゃぁ! 来い! 【光鉄の巨人】!」


 見上げるほどの大きさの光のロボを作り出したクラウディア皇女殿下は、コックピットに乗り込むと壁を乗り越えて敵に突っ込んでいった。

 そのすぐ後ろに控えるようにして、いつの間にか取り出していた大きな鋼鉄のハンマーを手に、メイド服姿のシェリスさんが続いた。


『エルシーユさん! 背後のステージへ! みなさんに【付与】を! できれば攻撃力強化と防御力強化を同時に!』


『わかったわ! ルナリアさんが用意してくれた舞台だもの! 最高の舞を披露してあげるわ! ――――【輝舞】【四ノ舞・凛清】』


 僕が『さすがに無茶かな?』と思った注文でも、当たり前とばかりに頼もしい笑顔で肯いてくれたエルシーユさんがステージ上で緩急が激しい舞を舞い始めれば、陣地内に巨大な魔法陣が描かれていき、その上にいる僕を含めた光に属する生物に力を与えていく。


「ルナさん! 私は遊撃でいいのよね?」


「はい! 各所のフォローをお願いします! アイネさんのように応用力……使える術の幅がないと難しい役割です!」


「ふふっ、ルナさんに頼られちゃったわ。じゃあ……行くわね!」


「お気をつけて! ――状況開始!!」


 僕が改めて大きな声でそう告げると、マリアナさんの【輝光砲】を始めとした【放出】系の術が薄暗い世界を眩く染め上げ、戦いは始まった。


 ――ドゴオォォォンッ!!


 光が着弾した場所では小型の闇の獣が吹き飛び、消滅している。


 特にマリアナさんの【輝光砲】は『撃つ』というより『薙ぎ払う』といった方が良いくらいの威力で、奥にいる中型の一部もまとめて消し飛ばしていた。


 しかし、いくら『輝光路』強化で術の効率が上がったとは言え、そう連射できる術でもない。ペース配分も必要となるので、あの大量破壊お姉ちゃんビームばかりをあてにしていてはいけないだろう。


『っぉ!? 危ないではないかっ! 我を巻き込むつもりか乳デカ女っ!』


「貴女様が定石も知らずに先に突撃するからでございますよ」


『うるさい! オルァッ!』


 ――ドコッ!! バコッ!!


「……はぁ、うちの脳筋主人には困ったものでございます、ねっ!」


 ――バカァァァンッ!


 巨大なロボで踏み潰し殴りつける主人と、巨大なハンマーを振り回して敵をすり潰すかのように鏖殺していくメイド。

 ……お似合いの主従なんじゃないかな。戦いにおいては、だけど。


「【斬光波】!」


「【光線】」


『ギャギャギャッ!?』


 遠距離攻撃組と帝国組の討ち漏らしを、アイネさんの光の斬撃が宙を裂き、僕の光線が射抜く。他の場所でも、壁に張り付いて動けなくなった獣に剣を振り下ろし槍で突き、確実に仕留めることが出来ている。


「さすが……狙いが正確ね、ルナさん!」


「アイネさんも、お見事です」


 みんな、構築した陣地を最大限に活かして戦えているみたいだ。

 小型の群れはどんどんと数を減らしている……今のところは、順調と言えるだろうか。



*****



『クハハハハッ! 我にはこれくらいの大きさのほうがちょうどよいわっ!』


 ――状況が動いたのは、第一陣の小型をほぼ倒し終わり、第二陣の中型の群れも順調に数を減らしている、というところだった。


 彼女にとっては待ち望んでいた戦いに高揚しているのか、ご機嫌な笑い声を上げる皇女殿下が、中型の闇の獣を次々に殴り飛ばしている。

 巨人の大きさ的に小型を相手にするよりもある程度の大きさがある相手の方が戦いやすいのか、その暴れっぷりは絶好調だった。


「はぁ……はぁ……。こんな状況なのに、楽しそうね……」


 息を荒くしたアイネさんが一旦後ろに下がり、そんな皇女殿下が暴れる様子を見ている。


「そうですね……」


 僕はその横で指から【光線】を連射しながら、全体を俯瞰できるように努めていたので、気のない返事になってしまった。


 しかし、その甲斐があったのか……西側の射撃ポイントを急襲するソレの姿に気づくことができた。


「あれはっ……!」


 壁の向こうから空を飛んでやってきたその獣――大きなコウモリのような姿をしたソレは、慌てて迎撃を試みるココさんの【光弾】をひらりひらりと躱しながら、絶望の表情を浮かべる彼女に向かって突撃していく!


「キャアアァァァッ!?」


「くっ――――!」


 僕は瞬時に判断して遠距離攻撃を諦めると、脚力を【強化】して弾丸のように飛び出しながら、手に【輝光剣】を生み出し、すれ違いざまにコウモリ型を切り捨てた。


「ホ、ホワイライトさん……! 助かりましたわ!」


 間一髪で助かったココさんは、力が抜けてしまったのかへたり込みながら、ホッとしたようにそう言った。


「ご無事でよかったです。あの飛行タイプには、遠距離攻撃が当たりにくいので、もしまた見かけたら――っ!?」


 僕はココさんを落ち着かせられるように、微笑みを作って対処のコツを話そうとして……戦列中央で起こった異変に気がついた。


『な、なんだこいつらっ! クソッ! 我から離れろっ!』


「殿下っ!? っ……!? 落ち着いてくださいっ! 殿下っ!」


「シェリスさん、私がいくわっ!」


 見ると、無数のコウモリ型が皇女殿下の巨人にまとわりつくようにして取り付き、彼女の視界を奪っている。ヨロヨロと動きながら皇女殿下が闇雲にロボの腕を振り回すせいで、すぐ側でサポートしていたシェリスさんが近づけずにいた。


 そして僕よりも早くそのことに気づいたアイネさんが、直接コウモリを切り裂こうと、――僕の使い方を覚えていたのか――空中に【ライトボックス】で足場を作って跳びだしていた。


「このっ、これでどうかしらっ!」


 暴れる【光鉄の巨人】の周りを足場を利用して巧みに飛び回り、手にした【光剣】や生み出して射出した【光剣】で巨人の装甲ギリギリを切り裂いていくその手腕は、流石の一言に尽きる。


 しかし、アイネさんはコウモリの対処に気を取られすぎていた。


 【光鉄の巨人】を足場にして駆け上がった虎のような獣の牙が、【ライトボックス】の足場を蹴り飛び上がったばかりで動けない彼女の背後に迫っている!


「アイネさんっ!!」


「えっ……しまっ――――」


 くそっ! 間に合え――っ!


「――――グッ……!?」


「っ……!? ルナさんっ!?」


 陣地の西の端からから東の端へ。再び弾丸のように空中へ飛び出した僕は、虎型の牙が届く前に何とか彼女の身体を抱きかかえてその攻撃から逃れることに成功した。


 だが交差の瞬間、むき出しの左の太ももに熱した鉄の塊を当てられたような痛みが走り、うまく着地できずに彼女を抱えたままゴロゴロと地面を転がり、自分が作り出している壁にぶつかってようやく止まった。


「ル、ルナさんっ!?」


「クッ……アイネさん、よかったです、ご無事で……」


「良いわけないでしょうっ!? ルナさんがっ、血がっ……こんなにっ……!!」


 転がった拍子に僕の血がべっとりと付いてしまった手を震わせながら、アイネさんが僕を心配してくれている。

 僕は痛みに歪みそうになる顔を務めて笑顔の形に保ちながら、取り乱してしまっている彼女を安心させるべく自分の左足を指さした。


「すぐに治りますから……」


「ダ、ダメよっ! こんな深い傷、すぐに手当しないとルナさんが死んじゃうっ…………えっ? うそ……」


 僕の足を必死に抑えて、手に【治療】の光を宿したアイネさんだったが、その目の前で時を巻き戻したかのようにふさがっていく傷を見て、驚きに固まってしまった。


「本当に治ってしまったわ……」


「あはは……この通り、大丈夫です」


 僕が立ち上がって左足を動かして見せると、アイネさんは大きく安堵の息を吐いた。


「はぁ~~~、よかったぁ……」


 ……こんな人間離れした異質なところは、アイネさんにはできれば見せたくなかったけれど、彼女を助けることができたし、彼女が変に責任を感じてしまうよりは良いかな……。


 なんて、僕もこっそりと安堵の息を吐こうとして―――


「キャアアァァァッ!? ココさあぁぁぁんっ!!」


 ――続いて響いた悲鳴に、それを飲み込むことになった。


「アガッ……ゴフッ……」


 つい先程まで僕が居た西側の射撃ポイント、そこにいたココさん。


 学院では実技の授業で僕の突拍子もない教えを真剣に聞いてくれて、実力を伸ばした1人。


 その彼女は今、大型の蟷螂のような闇の獣……その鎌に背中から貫かれ、口から鮮血を吐き出していた。



「しまった……!」


 飛行型が出てきた時点で、その可能性に気づくべきだったのに、小型から順番にやってきているという認識の裏をかかれてしまった……!


 しかも、僕がアイネさんを庇って負傷し、東側へ大きく移動してしまった最悪のタイミングまでもが重なったことで、彼女の……ココさんの命は失われようとしていた。


 狩り獲った獲物を誇るかのように掲げられたその鎌に、完全に右胸を貫かれている……どうみても致命傷だ。


 そして、闇に属するものに殺されるということは――


「ッ!? ダメですっ! みんな見てはダメッ……!!」


 後悔を噛み締めていた僕は、この後の光景に思い至り慌ててそう叫んだ。


 ――が、またも、遅かったらしい。


 皆が僕の言ったことを理解するより前に、蟷螂がギチギチと耳障りな声を上げると、鎌に貫かれて虫の息だったココさんに異変が起き始める。


「――ガァッ!? アガG●▼#K■#%S&”――!?」


 ドクンドクンッと、まるで何かを吸い取られているかのように不自然なほど痙攣を繰り返すその身体は、段々と光が――色が失われていく。


 ギチギチと鳴く蟷螂は、彼女から光が失われる――光を喰らうたびに、まるで悦んでいるかのようで――。


 そうして『真っ黒』になり動かなくなってしまったココさんの遺体は、もう用済みとばかりに投げ捨てられ、地に転がった。


 ……僕がこれまで何度も見てきた、とうてい人らしいとはいえない、無惨な死だ。


『なっ……なんだあれは……なんなのだっ……』


 【光鉄の巨人】に乗っているが故に拡大されて聞こえる皇女殿下の驚愕の声が、皆の心を代弁しているかのようで。


「なんですの……あんなの……いや、いやですわっ……」


「ひぃぃぃっ!?」


 ――その恐怖は、あっという間に彼女たちを飲み込んでしまった。


 ……戦う集団において、士気というのは驚くほど人に影響を与える。

 それを率いるものは、その士気を考慮し、次の一手を考え続けなければならない。


「くっ……後退! 200m後退します! 私が陣地で受け止めますので、皆さん、走って!」


 僕は後悔を押して即座に判断を下すと、震えるアイネさんの手を引き、声を張り上げた。

 陣地の後方を開放すると、僕は走りながら幾本もの【光線】や【輝光剣】を放って援護する。


「ひっ、ひぃぃぃっ!」


『くそっ! この我が恐怖するなどっ……!』


「殿下っ! まだそんな事をいっていやがるですか! 大人しくお下がりください!」


『イデッ!? わ、わかった……わかったからそれで殴るんじゃねぇ!』


 ズシンズシンと慌てたような足音を立てながら殿下の【光鉄の巨人】も下がり始めたところで、僕は陣地に新しい壁を作り出して少しでも侵攻を遅らせようとする。だがそれも、容易に乗り越えられる大型や飛行型には無意味だろう。


 200mの距離を下がるくらいの時間は稼げるが、問題はその後だ。


「ル、ルナちゃんっ……私っ……」


 途中でもう片方の手で掴んだマリアナさんの手も、その目も、震えていた。


 みんなただ走っているという以上に息が上がっていて、既に何度も術を使い消耗が激しい中、空の太陽はもう沈みかけている。


 これは……最悪に近い状況だ。


 犠牲を出してしまい、士気は低く、力の源である光は天から失われかけている。

 まだ中型が少しと大型がほとんど残っていて、軍の援軍が来るまであと1時間以上はかかるだろう。

 仮に後方に陣地を構築し直したとして、いったい何人が戦えるのだろうか。


 しかしまだ、最悪に近いというだけで最悪ではない。

 僕らが対峙しているのは、あくまでも闇に属する者の中では弱い存在、ただの獣だ。

 最悪なのは、この状況の上に奴らが……闇族までもが出てくることだ。


 そんな事態になれば、僕は用意しておいた『保険』を使わざるをえないが……。


 ……どうやら間に合っているようだと、僕の感覚がその気配を感じていた。


 僕は引いていた2つの手を離すと、その場で立ち止まった。


「……お二人とも、先に行ってください」


 そう言って進路を変え、僕は1人で近くにある林へと向かっていく。


「ルナさんっ!? ダメよ、待って……! マリアナさん、ルナさんは私が連れ戻すわ! マリアナさんは先に!」


「はぁ……はぁ……ごめんなさい、私がもっと動ければ……」


「気にしないで、さあ走って! ……待って、ルナさん!」


 ……きっと、後退する彼女たちはそのまま、200mを超えて走り続けるだろう。


 これ以上戦う意志がない女の子たちを戦場に縛り付けなくてよかったのかもしれないと、必死に走る彼女たちを林の影から見て思う。

 これで、『保険』を使いやすくなる、とも。


「ルナさんっ、急にどうしたのよっ!」


「アイネさん……ついてきてしまったのですね……」


 ……だが、アイネさんは迷わず僕を追いかけてきてしまった。

 その瞳には、純粋に僕を心配してくれているかのような色があり、僕は申し訳なく思った。


「当たり前でしょう! ルナさんを置いていけるわけないわっ!」


「……まだ間に合います。私なら大丈夫ですから、最悪の事態になる前に、アイネさんも下がっていただけないですか……?」


「嫌よ! ルナさんと離れて自分だけ逃げるほうが最悪だわっ!」


 僕にすがりつくようにするアイネさん。

 彼女の想いを傷つけたくないのは僕も同じだけれど、大戦を知らないアイネさんは勘違いをしている。


「ちがうんです、アイネさん。今はまだ最悪ではないのです。もし奴らが……闇族が出てくることがあれば……学生レベルでは到底太刀打ちできません。逃げることも叶わなくなるのです」


 そんな事態にはなってほしくない。


 僕には使命があり、このままみんなと一緒に逃げるという選択肢はなく、『最悪』がやってくれば『保険』を使ってでも闇に属するものに対処しないといけないが……。


 でも、アイネさんは別だ。

 できればこのまま何も知らず、安全なところに下がってほしいと僕は思う。


 僕が用意している『保険』は、とても強烈で、本来であれば誰にも見せたくないものだから。


 しかし、未だに収まらない胸騒ぎは、僕の願いが届かないことを知らせているかのようで――


「や、闇族……? ルナさんは、どんな相手かを知ってい――――ッ!?」


「……あぁ……ほんとに、もう……」


 ――アイネさんの言葉を遮るほどに強さを増した闇のプレッシャーが、最悪の訪れを知らせてきた。


「ま、まさかっ……こ、これがっ……」


「……ええ、アレが、闇族です」


 ――それは、大型の闇の獣の間を縫うようにしてやってきた。


 一見するとただの黒い人形。

 しかし、異常に発達した手足は筋肉が隆起しているかのように太く、頭には大きく捻れた角、口からは黒光りする牙が覗いている。中には翼が生えている個体もいて、それはまさに、物語の悪魔を思わされる。


 発している闇の気配は獣の比ではなく濃く、その眼には知性を思わせる暗い火が灯っていて、光を渇望するかのようにこちらを睥睨していた。


 真っ黒な剣や槍、混紡などの武器を手にした闇族が、およそ100体ほど……。

 それは、大戦終結後では類を見ないほどの数で、この地の光を喰らい尽くさんと進軍してきていた。


「ぁっ……アレは……無理よっ……」


 闇の獣の大群を前にしても気丈に振る舞っていたアイネさんが、決して相容れない人類の敵を前にして、本能的な恐怖から歯を鳴らして震えている。


 光を求める奴らにとって、輝光力を蓄えた人間は捕食対象でしかない。

 大戦中でも、自分が喰われる側だということを嫌でも理解させられる奴らの目を見て、初陣の兵士が心を折られるということはよくあることだった。


 ……ここまでだ。そう僕は心に決める。


 奴らが集団で現れた以上、放っておけばどこまでも進んで光を喰らい続けるだろう。


 冒険者ギルドで話を聞き、まさかと思って用意しておいた『保険』。


 使命を果たすために、そして、アイネさんやみんなを守るために。


 その切り札を、切るときだ。


「……アイネさん、聞いてください」


 僕は隣で震えるアイネさんを抱きしめ、祈るような思いでその名前を呼んだ。


「ル、ルナさんっ……私達、どうしたら……!?」


「アイネさん。落ち着いて聞いてください。……きっと、これから貴女はとても驚くことになるでしょう。私を責めたくなるでしょう」


「ぇ……ルナさん? こんなときに何を……?」


 僕の腕の中からアイネさんが不安そうに見上げてくるが、僕はそのまま願いを――想いを口にし続ける。


「ですが、どうか、これだけは忘れないでください、信じてください。――私は、アイネさん、貴女のことが好きです。お慕いしております」


 僕の突然の告白を聞いたアイネさんは……ポンッと音がなりそうな勢いで顔を赤くしてしまった。


「っ……ぁ……ぁぅっ……」


 口がパクパクと動くが、言葉になっていない様子だ。

 こんな状況だというのに、その様子が可愛らしくて笑みが漏れてしまう。


「……ふふっ、お返事は、この事態が終わった後で聞かせてくださいね」


「そっ……それは意地悪よ、ルナさん……私だって、今言ってしまいたいわ……もぅっ」


 アイネさんは何かを言いかけるが、僕の胸に顔を埋めてしまい、最後まで聞き取ることは出来なかった。

 それでも、僕がアイネさんへ向ける想いと、アイネさんから伝わってくる想いを胸に抱けば、僕はこの先を口にするのに何のためらいも無くなっていた。


 僕は抱き合っていたアイネさんから一歩離れ、大きく息を吸うと、夜空を覆う雲よ吹き飛べとばかりに声を張り上げた。





「――誰ぞ在れ!!」





 一拍の間のあと。


「――ここに」


 厳かな声とともに。


 僕の前に、闇の中でもなお輝く光銀製の鎧を身に着けた赤髪の女性、センツステル王国輝光騎士団長、クレア・グランツが現れた。


 彼女はすぐに膝をつくと、僕に向かって頭を垂れる。


「えっ……学院長!? グランツ様!?」


 突然現れたクレアさん、しかも彼女が僕に頭を下げているという事態に、アイネさんは理解が追いついていないのか、その目が僕とクレアさんを何度も往復している。


「……よろしいので?」


 クレアさんはそんなアイネさんの様子を横目で見ながら、僕に聞いてきた。

 それは、彼女がいる前で呼び出して良かったのか、という意味だろう。


「構いません。詳細は後ほど伝えます。それより、事前に手紙で伝えた懸念通りの事態となっています。皆は連れてきていますか?」


「ははっ。もちろんでございます」


 そう答えたクレアさんが片手を上げると、林の中から対闇族装備の騎士団員が――正規の輝光士達が10名ほど現れ膝をついた。

 クレアさんを始めとした輝光騎士団の精鋭たち……これが、僕が用意していた『保険』だ。


「彼らは『制約』済でございます。どうかご安心召されますよう」


「そうですか……」


 また、預かる命が増えていることに少し心を痛めつつも、僕は今はその事を頭の隅に追いやって、クレアさんに命令を出す。


「では――始めてください」


「ははっ! 総員、抜剣! ――かかれぇっ!」


『おおおおおおぉぉぉぉーーーっ!!』


 クレアさんの号令で光銀製の直剣を抜き放つ澄んだ音を響かせた団員たちは、その身に輝光力をみなぎらせて林から駆け出していき、僕とクレアさんもそれに続いた。


「ルナさん……貴女は……」


 唖然としたままのアイネさんが見つめる中、圧倒的な反撃が、始まった。







――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★3」をよろしくお願いいたします。

皆様からいただく応援が筆者の励みと活力になります!


次回、「急襲~ふたりの「ごめんなさい」~」

希望は絶望に塗りつぶされ、そしてまた希望になる。

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