043.実習開始~光を求めるもの~
「……ルナ、さん……どうして……」
「っ……!?」
つぶやくような、絞り出すような、聞き覚えのあるその声で、自分がここまで近づかれても気づかないほどに取り乱していたことを知った僕は、慌てて涙を拭って立ち上がった。
心の中で3つ数え、必死に表情を作ってから振り返ると、どうやってここまで来たのかは分からないけれど、林から出てきたところにアイネさんが立ち尽くしていた。
「……ご機嫌よう、アイネさん。どうかされましたか?」
「っ……ルナさん、どうかしたかってそんなっ……そんな顔でっ……!」
「……? 顔、ですか……?」
おかしいな……僕はちゃんと微笑みを作れているはずなのだけれど。
アイネさんはどこか苦しそうに自分の胸をぎゅっと抱くと、おずおずと僕の方に歩み寄ってきた。
そして、ふわっとした香りとともに、僕の身体は優しく抱きしめられた。
「そんなっ……泣くほど悲しいときまでっ……ぅっ……
悲しんでいたのは僕の方のはずなのに、僕の胸に顔を埋める形になったアイネさんのほうが泣きそうな声をしている。
温かさがまた、僕の胸を満たしていく。
「何が、あったのか……何を失ったのかは分からないわ……でも、きっとそれは、ルナさんがこんなになるほどのことなのでしょう……?」
「…………」
こんなに、と言いながら、アイネさんは僕の目元を拭ってくれた。
どうやら気づいていなかっただけで、まだこぼれたものが残っていたらしい。
「すみません……」
こんな情けないところは、誰にも……特にアイネさんには見られたくなかった……。
僕の胸の中から見上げてくるアイネさんの潤んだ瞳を見返すことが出来ず、思わず目をそらしてしまう。
「……話しては、くれないの……? 私では、ルナさんの心に触れる資格はないの……? ――私の想いは、貴女に届かないの……?」
「っ、違いますっ……! そんなことはありませんっ! 私はっ……!」
僕が目をそらしせいで勘違いさせてしまったのか、アイネさんの不安そうな言葉を耳にして、思わず僕は声を大きくしてそれを否定し――彼女を抱きしめ返していた。
――この先の言葉を、言っても良いのだろうか……?
――それは、取り返しの付かないことだぞ……?
「ルナさん……?」
「私は……アイネさんを……」
頭を一瞬よぎったことが、僕の言葉の勢いを削いでいく。
溢れ出す想いはもう止まらないというのに、男としてもなんと情けないことだろうか。
いや、ちゃんと言うんだ……!
この腕の中にいる大切な人くらい、今度こそは守り抜くんだ……!
自分の中の情けなさを振り払い、前をむこうと、僕はまっすぐアイネさんの目を見て、想いを告げるべく口を開く。
「アイネさんのことが――――っ!?」
……しかし、肝心なことをすぐに言えなかった僕への罰だろうか。
「っとと、こんなところにいたッスね~。もうすぐ実習が始まる……ッス……よ……え、えぇぇぇぇぇぇーーっ!?」
【光速移動】で急に現れたミリリアさんに、僕とアイネさんが抱き合っているところをバッチリ見られてしまい、慌てて離れた僕らはお互いに顔を赤くした微妙な空気のまま、ミリリアさんにからかわれながら馬車まで戻ることになってしまうのであった……。
*****
「よし! これから実習の一環として、班ごとに分かれて担当区域の浄化にかかる! 先程入った情報だが、闇の獣の目撃情報もある! 訓練を思い出して、命がかかっていることを肝に銘じて行動するように!」
「「「はいっ!」」」
軽い昼食を挟んだ午後。
セルベリア先生の前に班ごとに整列した僕らは、いつものように大きな声で注意点を聞かされていた。
「「……はい」」
「ロゼーリア! ホワイライト! 実技成績トップの2人がそんなんでどうする!」
「「は、はいっ!」」
「ニッシッシ……」
2人揃って怒られた僕とアイネさんを、ミリリアさんがニヤニヤしながら見ている。
この桃色娘……やっぱりいつか泣かせてやる……。
そう心に誓いつつ、もうひとつ大切なことを心に誓った相手であるアイネさんの方をチラッと見れば、ちょうどアイネさんも僕の方を覗き見たところで……バッチリ目線が合ってしまい、お互いにまた顔を赤くしてしまった。
「が、がんばりましょうねっ」
「そ、そうね。お互い気をつけていきましょうっ」
「ぶははははっ! 初いのぅ初いの――ぎゃぁっ!? 目がぁ~、目がぁ~、なのじゃー!」
指を指して大笑いしていたクロには、桃色娘とは別にきっちりヤキを入れておいた。
*****
曇り空の昼間にしても不気味に薄暗い草原を、僕たちの班は行く。
後ろを振り向けば、人類の生活圏である『光の領域』と『灰色地帯』の境目がくっきりと見えた。
所々に散らばる小さな林の影は不自然に濃く、この世界の人間なら誰でも不安を覚えてしまうことだろう。
「ホワイライトさん、このあたりで良いでしょうか?」
「ええ、お願いします」
班員の1人の女の子が、おっかなびっくりという感じで聞いてきたことに僕が頷くと、その子は祈るように手を組んで詠唱を始めた。
「太陽と月、そして星々の光よ。この地の闇を祓い給え……【浄化】」
彼女の心結晶が励起し、詠唱の完成に合わせて【放出】の要領で円が広がるように周囲に光が散らばっていくと、周囲20m~30mという狭い範囲だが『灰色地帯』は『光の領域』へと変わり、不気味な薄暗さは緩和された。
「……はい、問題ありません。この調子で続けていきましょう」
「「「はいっ!」」」
世界に存在する広大な『灰色地帯』と比べたら、今の【浄化】など微々たるものだ。
それでも自分たちの力が闇に打ち勝ったのが嬉しかったのか、班員の女の子たちは僕の言葉に元気よく返事をして、作業を続けていく。
微々たるものといったけれど、この広大な草原にクラスの各班が散らばってこの作業を行っているので、全体で見れば正規の輝光士1人~2人、または冒険者や探索者の1PTぶんくらいの領域拡大はできるだろう。
学院生は実習を通して現場の緊張感と経験を得て、国は経費削減ができる……といったちころだろうか。
ちなみに僕が浄化をすると、周囲1kmくらいが一度に浄化されてしまう。
さすがにそれは誰の目から見ても異常に映ると思うので、僕は実技の授業の延長で指導者というか監督役のように振る舞って作業に参加せずにいた。
アイネさんとのことで舞い上がった心を落ち着かせるには、ちょうどよかったのかもしれない。
「みなさん、そろそろ一度休憩しましょう。ここでは輝光力の消耗が激しいですからね」
「はぁ……はぁ……そうですわね。想像していたよりも、光を浴びることができない中で術を使うというのは辛いものですのね……」
「では、わたくしが敷物をもっておりますので、お茶にしませんこと?」
「いいですわねっ」
浄化を始めて数百mほど進んだところで、僕は皆の様子を見て休ませることにした。
『光の領域』となったところまで戻り、僕もお茶をもらって一息つく。
この世界の人間は、生きていくために光が必要だ。
しかし、いま僕らの目の前にある『灰色地帯』では、たとえ空が晴れていたとしても、闇の影響によって空から降り注ぐ光は減じられてしまう。
闇族が支配する『闇の領域』にいたっては、ゼロとも言えるほどに光が無くなり、昼間だろうと闇に閉ざされた世界になってしまう。
大戦に参加したものしか知らないことではあるが、闇に属するものは光を求め、喰らってしまうため、奴らの領域は闇に閉ざされるのだ。
自分たちで光を喰らい、それでも光を求めるが故に、闇王が討たれるまでは『闇の領域』は拡大する一方であったわけだ。
一方で、光に属する人や動植物などの生き物は、闇の中では心結晶に蓄えた輝光力だけが原動力となり、そしてそれは光を浴びないと回復しない。
つまり、闇族側から光の領域を攻めるのは容易だが、光に属する人類が闇の領域に攻め込もうと思うと、力の回復を前提としない短期決戦か、浄化をしながら進むしかなかった。
このことが、大戦中の人類が苦しめられる大きな原因のひとつとなっていたのだが……星導者という『例外』が大活躍できた原因でもある。
……薄暗い大地を見ていたら、改めてそんなことを思い出してしまった。
僕は携帯用のカップに残ったお茶を飲み干すと、お茶を入れてくれた班員に返した。
「ごちそうさまです。ありがとうございました」
「いえいえ。ホワイライトさんにはいつもお世話になっておりますので」
「片付けはわたくしたちがやりますわ! もう少しお寛ぎになっててくださいまし!」
「あはは……ありがとうございます」
お茶をしながら少しでも光を浴びられたおかげか、顔色がよくなってキャッキャと姦しい班の皆の様子に僕も和むが……僕の感覚は『灰色地帯』方向に生まれた気配がこちらに向かってくるのを捉えていた。
さて、彼女たちは気づくだろうか……?
「っ……? みなさん、何か来ますわ! ホワイライトさん、これってもしかして……」
さすがというか、実技の授業の中でも最初に僕が教えるメンバーに入っていたココさんが気づき、警戒の声を上げた。
自信がないのか、僕に確認を取ってきたので肯いて答える。
「ええ。これは闇の獣の気配ですね……小さいようですので、今のみなさんなら心配ないでしょう」
「この胸がザワザワするような感じが、そうですの……?」
「こ、これで小さいって……わたくしたち、大丈夫でしょうか!?」
闇の存在というのは、光の存在にとっては本能的に恐れるものだ。
初めての感覚に不安がるのも分かるけれど、ここは将来の輝光士としてきっちり向き合ってほしいところ。
なんて僕が上から目線で考えている間に、草原の向こうから真っ黒な小型犬のような外見の闇の獣が見えてきた。
あの程度なら、『前の記憶』のゲームで例えるなら――見た目はぜんぜん違うが――スライムくらいの強さだ。
「大丈夫です! みなさん、訓練を思い出してください! 【放出】適正のある方はなるべく遠距離で攻撃! 【強化】適正がある方は得意な武器を準備して、抜けられた時の対処を! 【付与】適正がある方はみなさんのフォローを!」
「「「は、はいっ!」」」
僕が少し大きめの声で指示を出すと、班員の女の子たちは緊張した面持ちながらも、きちんと返事を返してくれた。
これなら大丈夫そうかな?
「行きますっ! ――【光弾】!」
小型犬タイプの闇の獣との距離が20mほどになったとき、ココさんが素早く術を構築して光の弾丸を放った。
『キャンッ!?』
それはまっすぐに飛んでいき見事に命中すると、衝撃で吹き飛んだ闇の獣は小さな断末魔の声を上げて空中で溶けるように消えていった。
「あ、あら……?」
緊張していたのにも関わらず、あまりにあっけない終わりだと感じたのか、術を放った本人であるココさんが驚きの声を上げていた。
「お見事です。きちんと『輝光路』を通した術で、きれいに構築されていましたよ」
「やりましたわねっ! 闇の獣を一撃で倒しましたわよっ!」
「あ、ありがとうございますっ……!」
手を取り合って喜ぶ女の子たちは見ていてほっこりするけれども、まだ安心するのは早い。
「あっ……見てくださいまし! また来ましたわよ!」
「この感じ……今度は2匹ですわね!」
お、ちゃんと気づけたようだ。
「みなさん! やりますわよっ!」
「「ええっ!」」
そうして今度は2匹でやってきた小型犬タイプの闇の獣だったが、1匹を遠距離で仕留め、もう1匹は飛びかかってきたところを輝光力が【付与】された剣で両断し、危なげなく倒していた。
……。
「やりましたわ! わたくしでも倒せましたのっ!」
「また来ましたわよ! 今度は私もっ!」
…………。
「次は少し大きい犬型が来ましたわっ! みなさん、注意していきましょう!」
「【光弾】! 【光弾】! やった! 大きいとは言っても2回で倒せますのね」
………………おかしい。
みんなプチプチを潰すような快感を覚えてしまっているのか、単に初めての実戦で興奮しているのか、何も気づいていないようだけれど……。
まるで本当にゲームであるかのように、最初は一番弱い闇の獣1匹から、数が増え、少し強い個体が現れ始め、その次はその個体の数が増えていっている。
基本的に知能などほとんどない闇の獣とはいえ、力が弱い個体は基本的に群れで行動しているはずで、今のように順番で襲いかかってくる、なんてことはないことのはずだ。
「また来ましたわねっ! 次は……お猿さん、でしょうか」
「きゃっ!? 何か投げてきましたわ! 気をつけてくださいましっ!」
「えぃっ! やぁっ! ……やったぁ!」
何か、胸騒ぎがする。
この感じは、あの日にアポロと分かれる前にも感じたような、何か良くないことが起こりそうなときの――。
「あっ……!? あれはっ……!」
僕が自分の内側に意識を向けていると、班員の1人が驚きの声を上げてどこか遠くを見ている。
その視線の先を追ってみれば……東の空に【光球】を利用した3つの光の玉が上がっていた。
「っ……!? あれは、救援要請……?」
3つの光の玉は、何か重大な危機に直面した時に周囲の味方へその事を知らせるための、信号弾のようなものだ。
しかもそれは、続けてもう1組が東の空に上がったかと思うと、西の空にも次々と上がっていく。
……どうやら僕の嫌な予感は、いつも当たってしまうものらしい。
「そんなっ……!? あちこちで救援要請だなんて、わたくしたちはどうすればいいんですのっ!?」
「み、みなさんっ! 大変ですわっ! 前をっ……!」
前を見るように言う彼女が声を上げるよりも前に、僕の感覚は、救難信号の直前に急に現れたかのようなその群団を感じ取っていた。
班員の1人が前方を指差し、顔面を蒼白にさせている。
指し示された前方の『灰色地帯』……2km~3km程度離れた位置に、地上の闇が濃くなったと感じるほど、おびただしい数の闇の獣達が出現していた。
「(これは……間違いなく『闇の氾濫』だ)」
半年前、旅の復路で中央東部の村が大量の闇の獣に襲われたときと同じ、闇の獣の大侵攻が……突如として始まろうとしていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★3」をよろしくお願いいたします。
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次回、「闇の氾濫~撤退作戦~」
迫りくる闇、経験不足な仲間達……主人公くんのとるべき行動とは。
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