042.慰霊祭~月の涙~



 王国歴725年、大樹の月(4月)中旬。満月。



 翌日。前日の快晴具合とは打って変わって、薄く雲が空を覆う中。

 特に遅れるようなこともなく、学院の馬車は予定通り目的地……旧オリエント砦跡へ到着した。


「太陽と月の御光の下、慎んで慰霊祭を開催申し上げます」


 豪奢な儀典服を纏った儀典官が厳かな声でそう告げ、慰霊祭は始まった。


 ここは真新しい慰霊殿。『殿』とあっても屋根などはなく、神殿などで見られる白石の柱が両脇に一定間隔で立ち並び、石の祭壇と大きなモニュメントがあるだけの場所だ。

 敷かれた石畳の上には、来賓として招かれたお偉い様用の木の長椅子が置かれている。


 僕たちは式典に添えられる花として、本物の花束を手にしながらその両脇に1列ずつで並び立っていた。制服姿で、いつもは被ることがない制帽を頭に乗せ、首元には喪を示すスカーフを巻いている。


「――その御霊が天の御下で安らかであらんことを」


「……では次に、輝光士女学院生徒による献花を行います」


 式典は滞りなく進み、今度は僕たちが実際に花を添える出番が来た。

 事前の取り決め通り、両脇の列の前から順番に歩み出て、祭壇の後ろにある大きなモニュメント……慰霊碑の元まで行き、手にした花束から1本を抜き取り供えていく。


 この列の並び順はここに来てから指定されたのだが、どうもお偉い様の目に入る前の方にキレイどころが集められている気がする……というのは、僕が男としての視点を持っているからだろうか。

 僕もかなり前のほうに配置されていて、すぐに順番が来た。


 ご家族や知り合いが亡くなったのか、どこからかすすり泣くような声が聞こえる中で慰霊碑の前に向かえば、ちょうど反対の列からやってきたのはアイネさんだ。


「…………」


 お互い無言で目線を交わし、慰霊碑の前に並び立つ。


 見上げるほど大きな白い慰霊碑には、多くの名前が刻まれている。

 しかし、そこに彼の……アポロの名前は、当然だがない。

 それを知っていながらも、僕は改めてひとりひとりの名前を目に焼き付けるようにしてから、アイネさんと動きを合わせて花を供えて、手を組んで祈った。


「おぉ……あの白髪の少女、なんと神々しい……」


「あの美しさといい、まるで聖女のような……」


「心なしか慰霊碑が光っているような気さえするではないか……」


「(ルナさん……?)」


 どうか、許してください……。


 慰霊碑に刻まれた人々への贖罪と、僕の祈りで起こしてしまっているざわめきの両方に対して、僕は心の中でそう唱えた。


 目を閉じ祈る僕は、その横で気遣わしげにこちらを盗み見るアイネさんの様子に気づくことはなかった。



*****



 慰霊祭が終了すると、お偉方が故人を偲んで交流し、そして帰っていくまでの間、僕たち学院生は自由時間となった。


 僕は意識して気配を消すと、慰霊殿から離れた林を抜けた先にある、砦跡を見下ろせる崖までやってきていた。

 崖には枯れた木が1本、そしてその根本に転がっている岩……僕にとっては彼の墓標ともいえるそれに、手にしていた花束を添える。


「去年は、来られなくてごめんよ……」


 その死は秘匿されているため、王都にアポロの墓はない。


 この世界で死者の供養は、『前の記憶』にある日本と同様に火葬だ。遺体を焼く炎の明かりが天へ還る道標になり、いつか星々の1つとして輝き続けると信仰されている。


 アポロの遺体は極秘裏に火葬されることとなったのだが、僕は陛下にお願いして遺灰の一部を彼が亡くなったこの地に持ち帰り、誰にも見つからないであろうこの場所に、名前も来歴も記されない墓を作ったのだった。


 彼が生きた証を残すために。


 『約束』を託してくれた彼が、ここから世界を見守れるように。


 託されたものとあの後悔を、忘れることなく胸に刻むために。


「…………」


 ――今から3年ほど前に起きた『オリエント奇襲戦』と呼ばれる戦いは、世に星導者が現れてからは珍しい人類の敗北だったと伝えられている。


 しかし、当時の戦いを経験した者にとっては、別の側面もある。


 それは、『史上初めて、闇族が戦術的な行動をした戦いだった』というものだ。


 それまでの闇族の基本戦術は、無尽蔵とも言えるほどに闇から湧き出してくるその数を活かした物量戦、つまり力押しだったのだが……。


 その日、いつものように北の支配地域から押し寄せてくる闇族は、王国からは東の外れにある中央東部と呼ばれる地域を目指して進軍してきた。


 しかしその途中、突如として闇族は軍を2つに分けたのだ。


 そのまま中央東部に進軍してくる群れが全体の8割ほど、西に転身し中央西部に進行を始めた群れが2割ほど。

 この事態に連合軍は一時混乱したが、当初の予定通り敵主力が向かうと思われる東部に星導者を配置し、撃破が容易であると判断された西部の郡れには一部の連合軍を向かわせる作戦で対応した。


 この西部に向かう連合軍には、信頼できる輝光士で構成された特殊部隊を護衛として付けたアポロも、仮面を付け髪色を隠し、将の1人として加わることになった。


 僕は、何か胸騒ぎがすることを理由にアポロを止めた。


 しかし、アポロは『いつもユエに任せてばかりだからな。民の暮らしを守るため、オレにもできることをする』と言って聞かず、僕が東へ対処することが必要なのは変わりないとして、そのまま彼を見送った。


 ……しかし、僕はこの時、無理にでも彼を止めておくべきだったんだ。


 数も少なく撃破が容易だと考えられていた西に向かった群れの中に、新たな『闇将』が現れ、連合の西方軍が大打撃を受けた――。


 この闇族の動きは陽動作戦だった――。


 そう知らせを受けたのは、おびただしい数の群れを薙ぎ払い、勝どきが上がる中だった……。


「……っ……くっ……」


 そして、密かに配置されていた足止め部隊を蹴散らしながら単身で西に急いだ僕は……間に合わなかった。

 僕が眼にしたのは、既に『闇将』を含めた闇族はいなくなり破壊しつくされた砦と、多くの亡骸。傷ついて虫の息のアポロ……。

 あの時僕が止めなかったせいで、アポロは、仲間たちは二度と帰らぬ人となってしまった……。


「ぅぁっ……ぁっ……」


 悲しみや後悔といった感情が、アイネさんにもらった温かささえも塗りつぶして心に広がっていく。


 堪えきれなくなったものが涙となって溢れ、力が入らず思わず膝をつく。


 うなだれたその姿は、傍から見たら懺悔をする人のように見えるだろう。


「ごめんっ……ごめんなさいっ……ぁっ――――」


 厚みを増した雲に覆われる空に慟哭が響くまで、そう時間はかからなかった……。



*****

//アイネシア・フォン・ロゼーリア//



 どんよりとした空の下、私はルナさんの姿を求め、馬車の側に作られた休憩所を見て回っていた。


「あ、ミリリア。ルナさんを見なかったかしら?」


「ルナっちッスか? そういえば見ないッスねぇ。お花摘みじゃないッスか?」


「そう……かしら。わかったわ、ありがとう」


 お手洗いなら良いのだけれど……と思いつつ、私は先程から何故か感じている胸を締め付けられるような感覚と、先程の慰霊祭で見たルナさんの悲しそうな顔が気になってしまい、足を止められないでいる。


「そうだ、クロちゃんなら……」


 ルナさんといつも一緒にいるあの子なら、何か知っているかもしれない。


 そう思った私は、ルナさんが乗っていた馬車に向かった。


 馬車の中を覗くと、思った通りルナさんが持っていた専用の鞄に収まりぐったりとしているクロちゃんがいた。


「クロちゃん、ごめんなさい。ちょっといいかしら?」


「んぁ……アイネか? 何用じゃ? お主も妾を弄ぼうというのか? お主のような美少女なら大歓迎じゃがなっ!」


「なんだか大変だったみたいね……そうじゃなくて、ルナさんがいないの。クロちゃんはルナさんから何か言われていないかしら?」


「んん? あやつか……はぁ。なるほどのぅ……そういえばここは、そうじゃったのぅ……」


 クロちゃんは何かを思い出すように目を瞑ったあと、まるで『やれやれ』というような仕草をしながらため息をついた。


「何か知っているの!?」


「そうじゃのぅ……知っておるといえば知っておるのじゃ。――じゃが、なぜそこまであやつを気にするのじゃ? 別に放っておけばよかろう?」


 クロちゃんは最初のおちゃらけた様子から一転、どこか試すかのように私の目を見つめている。


「放っておけるわけないわっ! ルナさん、昨日から様子がおかしかったし、さっきはとても悲しそうだったもの……。それに、なぜだか分からないけど……どこかで泣いている気がするの……」


「ふむ……それがどうしたのじゃ? あやつが泣いておったとして、お主に何の関係があるのじゃ?」


「何の関係って……! 私とルナさんはお友達よ……それも、とても大切な」


「それだけかのぅ?」


「違うわ……ルナさんはどうかわからないけれど、私は……お友達以上に好意を……ううん、大切な人として想っているわ。私は、ルナさんのことが好きよ」


 周囲に人がいないとはいえ、私はこの黒猫になにを言っているのかと思いつつも、その試すかのような目を真っ直ぐ見返して、偽り無い気持ちをクロちゃんにぶつけた。


「……ぶはっ、ぶははははっ! そうかそうか、お主も妾と同類じゃったか! 『ゆりゆり』な世界へようこそなのじゃ! ぶははははっ!」


「な、なによぅ……笑うことないじゃない。私は本気なのよ……」


 真面目に告げたことを笑われてしまい、恥ずかしくなった私はつい唇を尖らせてしまった。


「ぶはっ……ふ~。まぁ良いのじゃ。合格と言っておこうかのぅ」


「えっ……?」


 合格……? やっぱり何か試されていたというのかしら?


 また真面目な顔に戻ったクロちゃんを見てそう疑問に思っていると、クロちゃんは後ろ足で立ち上がり、『抱っこ』をせがむかのように前足をこちらに向けてきた。


「ほれ、ゆくぞ。妾は動けぬから、抱きかかえてその『びにゅう』で包んでたもれ」


「……わかったわ」


 その言い様にはちょっと引いてしまったけれど、私は仕方なくクロちゃんを抱きかかえて、その肉球が示す方向に歩き出す。


「あっちは……林? なにかあるのかしら?」


「良いから歩くのじゃ」


「わかったわよ……って、どこ触ってるのよっ」


「ぶははははっ! 役得なのじゃ~」


「もうっ……」


 そんなやりとりをしつつしばらく歩き、林の中に入る。


 早くルナさんの元に……そしてできるなら、その悲しみを取り除いてあげたい……。


 下草が短いので足を取られることはないけれど、歩きにくいことに変わりはない。


 右胸の不思議な感覚でルナさんに近づいていることはわかりつつも、早まらない足にもどかしさを感じていると、ふと、妙な気配を感じ、木の陰から突然現れた人影に道を遮られた。


「――もし、そこの貴女」


「えっ……私?」


 この場には当然、私しかいないのだけれど……。

 現れた人影の姿を見て、思わずそう問い返さずにはいられなかった。


 人影は……背の高い女性だ。

 見たことがない艶やかな黒髪に、赤い花の髪飾り――かんざしというのだったかしら――をつけた綺麗なヒト。

 本で見たことがある東方の着物という艶やかな衣装で身を包み、雨も振っていないというのに傘をさしている。

 歳は私よりもいくつか上だろうか。

 頭の上には普人族以外であることを現す猫のような黒い耳が、着物の間からは尻尾が覗いている。


 当然、学院の関係者ではないということは分かるけれど、こんな目立つ格好をした綺麗な女性って、来賓の中にいたかしら……?


「ええ、貴女です。この先に、何か御用でございましょうか? それにその……猫まで連れて」


 女性の目が、私が胸に抱えているクロちゃんに向けられる。心なしかクロちゃんも、女性のことをジッと見ているようで、二者の視線が交わっていた。


「……クロちゃん、お知り合い?」


「まぁのぅ……はぁ、お主も過保護じゃのぅ。通してはくれぬのか?」


「くろ……猫様こそ、なぜその方をここにお連れしたのですか?」


「こやつがのぅ、あやつのことを好きじゃと言うたのじゃ。友達以上に好きなんじゃとな」


「……ほぅ。それは……」


 突然始まった2人(1人と1匹?)の会話に置いていかれていた私だったが、クロちゃんのその言葉を聞いた黒髪の女性が睨むような……内面まで見透かすかのような真っ直ぐな目で私を見てくる。


「っ……」


 それは先程クロちゃんが私に向けたものとは違う、容赦のないもの……言ってしまえば殺気すら混じったものだったけれど、私は目をそらすことなくその視線を受け止めた。


 その視線に僅かに嫉妬や悲しみというものが混ざっている気がして……いや、彼女がルナさんにとってどういう人なのかは分からないけれど、私はルナさんへの想いをしっかりと自分の胸に持っているのよ。


 私は好きな人には一途なんだから。怯んでたまるものですか!


「……なるほど。それでは僭越ながら、問わせていただきます。……貴女には、覚悟がお有りですか?」


「あるわ」


 何の、とは聞かなかった。これもまた、私を試しているのだとわかったから。


「この場の空気や一時(ひととき)の感情だけでそう返事をしているわけではありませんか?」


「違うわ。私はこの想いを以って彼女と……ルナさんにずっと添い遂げるわ」


「最後の問いです……この先、何見ても、何を知っても、あの人と……あの方から離れるようなことはありませんか?」


 黒髪の女性は、どこか悲しそうな顔をしながらも、私にそう言った。


「当たり前だわ。それが何だかしらないけれど、生半可な想いで、同じ女の子に恋をするなんてありえないもの」


「……ふふっ。そうですか……」


「ぶはっ……」


 私が間髪入れずに答えると、黒髪の女性の視線は柔らかなものになり、なぜかクロちゃんと目を合わせて笑い合っているようだった。


「なによ……貴女も私を笑うの……?」


「いえ、失礼いたしました。クロ様はこちらでお預かりします」


 そう言って私からクロちゃんを受け取った女性は、横にそれて道を開けてくれた。


「……ありがとう。私は、行くわ」


「はい。ご無礼をいたしました」


 そういって彼女は、主を見送る従者のように頭を下げる。


 ……この先に、ルナさんがいる!


 そう思うと、私は自然に駆け出していた。


「……どうか、」



 ――どうか貴女が、主様の重荷を軽くする一端となりますように。



 彼女の横を通り過ぎる時、そんな祈りにも似たつぶやきが、聞こえた気がした。


 それでも、私は立ち止まらずに走り続ける。


 口にすることでますます大きくなった想いと、右胸の不思議な感覚に導かれるままに。

 そうして林を走り続けていると、唐突にその切れ目が見えてきた。


 間違いなく、この先にいる!


 最後の距離を駆け抜け、遮られていた光の下に出た瞬間に私が見たのは――。


「ぁっ……うぅっ……ごめんなさいっ……ごめんよっ……っく……」


 懺悔をするかのようにうずくまり、嗚咽を漏らしながら、地面を涙で濡らし続けるルナさんで――。


「……ルナ、さん……どうして……」


 ――私の頭は、夢で見たあの光景と重なるかのような既視感を覚えるのだった。








――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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皆様からいただく応援が筆者の励みと活力になります!


次回、「実習開始~光を求めるもの~」

僕の胸騒ぎは、いつも――。

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