041.旧オリエント砦跡へ~宿町、満月前夜~



 王国歴725年、大樹の月(4月)中旬。



 快晴の空の下。

 真新しい街道を、10台以上の馬車の連なりが行く。


 馬車の半分ほどにSクラスの学生が乗っていて、残りの馬車に教員や学園が用意した荷物が乗っている。

 馬車は乗っているときでも光を取り入れるためか、荷台より上は半透明の素材で覆われていて、さながら『前の記憶』にあるビニールハウスに窓と椅子と車輪が付いているかのようだった。

 ちなみに中を見られたくない時は内張りに不透明なシートを展開するのだそうだ。


「わぁ……なんて心地よい手触りなのでしょう……」


「ふわふわで、もふもふしていますわ……!」


「次、わたくしにも触らせてくださいまし!」


「ぶははっ! 良いぞ、良いぞ! ここにきてようやく妾にも『もて期』というものがやってきたというものじゃ! ぶははははっ!」


 そんな1つの馬車の中では、クロが女の子たちから大人気だった。とっかえひっかえ膝の上に乗せられては撫でられて、本人はだらしない顔をしている。

 普段ならこんな状況になればこの変態は、ほぼ確実に女の子にイタズラを仕掛けて僕にお仕置きされているだろうけど、満月を明日に控えた今日は、先週末よりもさらに動きが鈍いようで、なすがままにされている。

 ご機嫌なところ悪いけど、それ、ぬいぐるみ扱いだから。


 いま、この馬車には僕とクロの他に5人のクラスメイトが乗っている。

 実技の授業で僕が面倒を見ていたココさんを除けば、これまであまり話したことがない子たちばかりだ。


 今回の実習では班行動が基本になるらしく、班分けは先日のテストやその後の訓練での優秀者をリーダーとして振り分けが行われた。

 なので、アイネさんやミリリアさんを始めとした僕が馴染み深い女の子たちは別の班になってしまった。ほんの少しだけ話せるようになったとはいえ、エルシーユさんがちょっと心配だ。


 車内の賑やかな声をBGMに、馬車は王都を出発して早数時間。


 頬杖をついて変わり映えしない外の景色を見ながらみんなのことを考える僕だが、その実、そんな心配をしているのは頭の中のほんの一部だ。


「…………はぁ」


 僕の頭の中では、否応なく近づいてくる目的地のこと、その時の悲しみと後悔が思い出されている。

 街道から離れた位置に、見覚えがある大きな岩を見つけて、僕は思わず溜息を付いてしまった。


「(ホワイライトさん、ご気分がすぐれないのかしら……)」


「(憂いの表情もまたお美しいですけれど……どうされたのでしょうね?)」


 あとでクロから聞いたところ、そんな会話があったらしい。

 しかし僕がそれに気づくことなく馬車は進み続け、途中で何度か休憩をはさみつつ、日が傾くころにはアイネさんが言っていた宿町へと到着するのだった。



*****



 ほぼ、まん丸な2つの月が輝く夜。


 学院寮の食堂と比べるとかなり質素な夕食をとった学院生達は、一部から不満がありつつも、旅の疲れのせいか早めに眠ってしまっていた。


 宿はいくつかある大部屋に二段ベッドが並んだ軍の宿舎のような作りで、ベッドはアイネさんの予想通り薄く硬いマットと毛布が一枚と、この時期にしては心もとないものだった。清潔なのが唯一の救いだろうか。


 一旦は大人しく横になって目を閉じた僕だったけれど、頭の中を巡る考えのせいか、月明かりを求めてざわつく右胸のせいか寝付くことが出来ず、週末に購入したジャージのような服をパジャマの上から着て、見つからないように気配を消してこっそりと宿を抜け出してきていた。


 宿町といっても、僕たちが留まっている宿屋の他には片手で数えるほどしか建物がない。住人もいないようで、建物や施設は定期的に管理されている程度らしい。


 用途的には町というよりも、利用者が訪れるときにだけ機能する登山客向けのログハウスのようだな……と『前の記憶』に照らし合わせて僕はそう思った。


「……っと……はぁ」


 宿屋の入り口からは死角になる場所で適当な木を見つけ、もたれかかる。

 我ながらなんてナイーブな心だろうと思いつつ、また漏れ出た溜息を空に向かって吐き出しながら月光を浴びると、僕の肌や髪、瞳など、白い部分が強調されて輝いているかのように見えた。


 しばらくそうして月明かりに身を晒し、右胸のざわめきが落ち着いてきた頃。


 誰にもバレずに出てきたはずなのに、見知った気配がどこか慌てた様子で宿から飛び出してくるのを感じた。

 そしてその気配の持ち主――アイネさんは、なぜか迷うことなく宿の裏手……僕が居る方を目指してやってくる。


 その迷いのなさの理由は不明だけど……アイネさんにこんな暗い顔を見せたくはない。

 僕は木から背中を離すと姿勢を正し、笑顔を作って彼女がやってくるのを待った。


「ルナさんっ……! ぁっ……」


 建物の影から飛び出してきたアイネさんは僕を見つけると安堵の表情を浮かべるが、それがすぐに驚きに変わった。


「こんばんは、アイネさん。そんな格好でどうされたのですか?」


「こ、こんばんは。ルナさん。目が覚めたらルナさんがいないことに気づいて、それで……」


 アイネさんの格好は、さすがに彼女の部屋で見たネグリジェではなく新しく購入した厚手のパジャマだったけれど、それでも寝間着のままというのは『淑女として』とよく口にする彼女にしては珍しいと思ってしまう。


「それは、すみません……ちょっと、外の空気を吸いたくなったものでして……」


「はぁ……すぐに見つかって良かったわ。あれ……やっぱり。でも私、どうして……」


 アイネさんにしても、僕をすぐに見つけられたのは予想外だったのだろうか?


 僕の言い訳が聞こえていない様子で、息を整えながら不思議そうに首を傾げている。


「アイネさん? どうかしましたか?」


「あ、いえっ。何でもないわ。ルナさんこそ、その……大丈夫なの? 同じ部屋の子から、馬車でルナさんがずっと何かに悩んでいるようだったって聞いて……気がついたら宿にいないから、あの……心配で……ぁぅ……」


 アイネさんはそう口にしながら恥ずかしくなったのか、だんだんと頬を赤らめていってしまった。

 彼女に心配をかけてしまったことを申し訳なく思いつつ、そんな様子を嬉しく思ってしまっている僕がいて、自然と笑みが深くなってしまう。


「居ても立ってもいられなかった、ですか……?」


「……ルナさんの意地悪……」


 パジャマの裾を掴み、赤くなった顔をそらしてそういうアイネさんが、ますます可愛らしい。

 冷めていた僕の心の中が温かくなっていき、否応なく自分の気持を再確認させられた。


「ふふっ……すみません。アイネさんとこうしてお話できたから、気にしても仕方ないと気づけました。もう大丈夫です」


「ぁぅ……そんな恥ずかしいことを、そんな優しい微笑みで言わないでほしいわ……」


「アイネさんがそんなに可愛らしい反応をするからですよ」


「か、かわっ……もうっ! ……くちゅんっ!」


 僕がアイネさんの反応を愛でていると、熱がこもった彼女の頬を冷ますかのように夜風が撫で、可愛らしいくしゃみが上がった。

 もう少しこの時間を過ごして心を温め合いたい気もするけど、このままだとアイネさんが風を引いてしまう。


 僕はアイネさんに歩み寄ると、彼女の両手をとって僕の両手で包んだ。

 思った通り、少し冷たくなってしまっている。


「さ、さぁそろそろ戻りましょう。夜風は身体が冷えてしまいますよ」


 反対に僕の頬は熱くなっている。自分でやっておいて……ではあるけど。


「そ、そうね……明日もあるのだし、早く戻って寝たほうが良いわ」


「では、行きましょう」


「……くすっ。ええ、行きましょ」


 僕はなるべく自然になるように意識して、握っていたアイネさんの手を引いて歩き出す。

 僕の目線がよそを向いていたからか、頬が赤くなっているからか、アイネさんは何かに気づいた様子だったけれど、それを口にすることなく微笑み、僕の手を握り返してくれたのだった。


 ……ちゃんと部屋の前で分かれ、自分のベッドに戻ったことを記しておこう。

 少しだけ、手のぬくもりを思い出して寝付くのが遅くなってしまったけど――。








――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「慰霊祭~月の涙~」

王太子の死の真相、そしてルナの姿を求めるアイネの行く手を阻むのは――。

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